第17話「異世界でもゲテモノ食材はあるし甲冑もある」
魔物のゲテモノ食材たる所以を、身を以て味わったガレイスとケイは、他に食糧になりそうな動物を探しに出ていた。
なまじ魔物の肉が美味そうに見えた為、余計に腹を空かせていた。
そもそも、陽も見えないのに妙に明るい森だが、いつ明かりが無くなるとも限らず、そもそも、いつまでここに居れるのか、ここから出ることが出来るのかも分からないのだ。
食糧と水の調達は切迫した問題であった。
勿論、ガヴェインを一人残しておくわけにはいかないので、ケイの能力(チート)によって"化けの皮"にして、それを着るという形で同行してもらう事になった。
なので、傍目にはガレイスとガヴェインの二人だけが歩いているように見える。
「そっちはどうだい?」
「何も居ねぇ……あっ、居ません」
ガヴェインと同じ見た目、同じ声であり、あくまで口調が違うだけでも、気を抜けばガヴェインと同じように接してしまう。
「ははっ、気にすることは無いさ。事実、僕は彼と一体になりつつある。ともすれば、君の知ってる彼が帰ってくるかもしれないさ」
ガレイスは、そう言ってのけるケイが空恐ろしかった。
ケイの笑いは決して、空虚なそれでも無ければ、本気で心の底から思っている言葉でもない。
要するに冗談なのだが、あまりにも自己を軽視し過ぎている。
ともすれば、生徒をいの一番に考えるという教師職をしていたという事は、きっとこの自己犠牲の精神から来るものもあったのかもしれない。
ガレイスは一人、ケイ=スワッガーという人物の危うさを心に刻んだ。
「しかし、実際問題、早いとこ食糧見つけないとねぇ……」
ケイの腹が空腹の音を告げる。
ガレイスの腹からも、少し音階の高い、同じような音が出た。
辺りは未だ暗くなる気配は無いが、食糧はまだしも、そもそも水さえも無い状況なのだ。
この森林に川があるかどうかすら怪しい。
木が生えている以上、水源は必ずあるのだろうが、仮にこの未知の樹木が水ではなく、他の物を吸収して育つなら……水分が要らないのなら、川の存在はおろか、雨さえも降らない可能性がある。
そして、水源が無いのであれば、普通の動物が存在しない理由にもなる。
しかし、ガレイスはふと訝しんだ。
「だとしたら、あの魔物達は……獣が魔物となったのなら、元の獣は何処から来た……?」
勿論、この森全体がこうではないのかも知れない。
現在地点一帯のみが断水の地であるだけかも知れない。
そして、断水の地でない可能性も消えた訳ではない。
そもそも、ガレイスは、恐らくケイも、誰一人としてこの森の全容を知る者は居ないはずなのだ。
ゲームの駒が動かされる、言わばボードの上に集められただけで、それぞれの駒が最初からボード上にいたわけじゃない、と。
そう、ガレイスは考えていた。
ボードゲームの駒は、ゲームの時以外はボード上以外の場所にしまっておく物だと。
ならば、この森を知る者は、まず居ないと考えるのが妥当だと考える。
「成程。でもそれだと、ゲームとしては少し面白味に欠けるんじゃないかな?」
ケイがガレイスの思考を読み取ったかのように話し掛ける。
「いやいや、口から漏れ出てたよ……そうそう、いくら駒が思考して動くとは言え、ボードが広すぎるんじゃあ、面白くないだろ?MMOゲームのステージ作りの最初の鬼門はサイズだって、専門家の友人が言ってたんだ」
ガレイスは、交友関係を持つことはおろか、それを馬鹿にしていた節さえ生前にはあったが、成程、交友関係の差とは即ち知識量の差と成り得るのか、と評価を改めた。
「でも仮に、全員が戦闘するようなステージの大きさだとすると、ここには全ての戦闘が終わるまで滞在し続ける事になりませんか?」
ガレイスの質問に、ケイは目を丸くする。
「そうじゃないのかい?いや……ボクはてっきり、これがワンゲームマッチだと考えてしまっていたのか……」
慌ててガレイスは両の手を振る。
「いえいえ!まだそこも分かりませんから、こうして食糧だけでも何とかしようとするのは間違ってないと思います!」
ガレイスのフォローを受けながら、ケイは感心したように頷く。
「なんというか……君は、極端に思い込みが薄いというか……前提条件から全てひっくり返して洗いざらい調べるのが癖になってるような、そんな感じだね」
ガレイスは胸に刺す様な痛みを感じた。
生前からどうしても治らなかった癖。
自らの人生を狂わせた、全ての元凶。
胸に刺さっていた針が、さらに深く、打ち込まれたような痛みを。
「すいません……面倒ですよね、こんな性格(もの)…………分かりきった常識を再確認するなんて、余程の変人じゃないとしませんよね……」
しかし、ケイは俯くガレイスの両肩に手を置き、ガレイスを真正面から覗き込んだ。
「僕らは、そんな変人たちが打ち立てた偉業の上に居たんだ。『当たり前』なんて……『常識』なんて曖昧なものと、しっかりと理解し、凡人達にも分かるように伝えた変人たちを、人類は"天才"と呼び讃えたんだ。君には間違いなく、"天才"の素質がある」
「そう……ですか」
前世で自らの驕りの末に命を絶った彼は、決して自分を高く評価しない。
寧ろ、過小評価している。
高評価は彼にとって、心のアレルギーのように、心臓に張り付いた鎖を締めるようなものとなっていた。
だが、ケイの言葉は不思議と、ガレイスの内に靄を作らなかった。
「新たな視点をくれるという意味では、チームには欠かせない存在だ。ボクの騎士団に欲しいくらいだよ」
そこでガレイスは、隙を逃さずに質問を挟む。
「ケイさんも騎士団を?ということは、ケイさんも騎士で……それも、団長格の……?」
ケイは少し申し訳無さそうな顔をして、語り出す。
「そうだね……ここには、斥候として森の中を通っていた時に飛ばされてきたよ」
「斥候……という事は、他の団員は?」
ケイは力無く、首を横に振る。
「……目覚めた時には、誰も居なかった。乗っていた馬さえも」
「そう、でしたか」
しかし、ガレイスは尚更怪訝に思うのだ。
ケイはゲームをする為に必要な駒であるために此処に来させられ、逆に、その他の玩具はゲームに必要無いから此処には来ていない。
では何故、ガヴェインが、此処に居るのか。
「さて、休憩にしよう。ガヴェイン君の記憶が混同してくる前に、一旦脱ぎたいんだ」
別段、止める必要も無いので、ガレイスは休憩案に首肯を返し、二人は周囲よりも一際太い幹を持つ樹の根元に座り込んだ。
ガヴェインの胸が割れ、身体が縦に裂け、中からケイが姿を現す。
「……っふぅ〜〜」
ケイのくすんだ白髪が波を打つ。
「お疲れ様です」
そう言いながら、ガレイスはケイに青く丸い小さな木の実を渡した。
「キュアの実か。こいつのポーションにはよく世話になったな」
ケイは小さな実を口に放り込み、噛み潰す。
僅かな果汁が破裂によって勢いよく放出され、瞬く間に爽やかな甘さで口内が満たされる。
「ケイさんの所ではキュアの実を使っているんですね。自分の方では、チアの実を使っているのが主流ですね。残念ながら、見つけたのはこの1つだけでしたが」
ガレイスはそう言い、ベルトに下げたポーチから小さな木の実が1つだけ入った、小さな瓶を取り出した。
「チアの実で作られたポーションは、強烈な酸味がたまらないと評判だな。後味にくるこれまた強い甘さがとても良いとも言われてるな。ブルーベリーの様と言えば良いのかな?」
ケイはビンに入ったそれを眺め、感嘆の声を漏らす。
「へぇ……中々に濃い赤色をしているんだね。ポーションの鮮やかなワインレッドからはとても想像がつかない」
ガレイスはやけに興奮した様子で、説明を始める。
「キュアの実とチアの実の大きな違いの1つですね。大体一瓶当たりのポーション製作に必要な個数は、キュアの実が10個なのに対して、チアの実はおよそ二分の一つで充分なんです。つまり、これ一粒で二瓶分のポーションが作れるんですよ」
ケイは説明を引き継ぐ。
「理由は、チアの実の味が非常に濃いのと、魔力の濃度も非常に高いから、だったよね。うちの騎士団でもやる、薬学の基本的知識だ」
ガレイスはさらに興奮し、語り出す。
「でも本当はそれだけでは無くてですね、チアの実とポーション製作に使う魔素水の親和性も高過ぎるせいで、たとえ半粒でも粒が大きければポーションではなくハイポーションになっちゃったりして、非常に製作が難しいので、通の間ではチアの実のポーションは、ハイポーションやエクスポーションよりも高値で取引されたりするんです!」
ケイの微笑みに、ガレイスははっと我に返った。
「ふふっ、余程好きみたいだね。でもそれなら、なんで魔導士じゃなくて騎士になろうと思ったんだい?」
ガレイスが転生してから一番に驚かされた事は、魔法が、この世界においては、機械科学工業の補助的な役割が大きいという事だ。
魔導士、所謂魔法使いは、杖と本を持って相手に魔法を振りかざしたりその術で味方を癒したりする、ロープを身にまとった老爺、或いはミニスカートの美少女、或いは黒系のドレスを来た美魔女…………そんなイメージとは掛け離れていた。
魔導士の大半は作業着、つなぎのような服を着ており、筋骨隆々、豪快な髭と白髪を持ち、鉄槌を炎魔法と交互に剣に振りかざす。
或いは、白衣に身を包み、傷を負った者たちに爽やかな笑顔と元気を振り撒きながら、その裏では汗と血と涙と魔素の結晶によって人々の命を救うべく遁走する。
また或いは、強力な風魔法によって物資を運搬、水魔法と土魔法によって乾くと超硬化する接着剤を生み出し、煉瓦と煉瓦を繋ぎ合わせ宿を創り出す。
意外にも、魔導士とはその高度な知識や技術にも関わらず、スペシャリスト達が行き着く先は体力勝負なのだ。
勿論、魔法を扱えずとも職自体に就く事は出来る。
ただ、魔法を扱えた方が、人生の幅が広がるという事なのだ。
一転して騎士とは、魔法の才は実はあまり重要では無い。
罠として扱う事も無い限り、魔法を行使するよりも剣で斬りかかった方が早い、そんな剣の道を極めたがる、剣バカの集まりが騎士とも言える。
魔法を扱う者も居るが、それはごく少数であり、そして成績自体は芳しくない。
ガレイスもまた、黒騎士として選ばれたとはいえ、全体から見た成績は中の上、悪くは無いのだが、決して「良い」と誇れるようなものでもなかった。
「……そう考えると、俺が騎士はともかく、黒騎士に選ばれた理由も謎過ぎるんだよなぁ」
ため息混じりのガレイスの呟きに、ケイは苦笑で応えた。
その時、突如として背筋に走った悪寒に、二人は同じ方向へ首を回す。
両者の視線の先には、青い甲冑に身を包んだ子供が居た。
否、不確定要素を取り除いて説明すれば、未だ年端もいかない子供くらいの身長の甲冑が、身長の倍ほどもある槍を片手に、佇んでいた。
一般的な騎士の鎧より重厚感のある無骨な甲冑は、然して、その身長の低さを際立たせているように見えた。
そして、その兜の内より漏れ出る、尋常ならざる殺意は、とてもではないが、幼子が放つことの出来るようなそれでは無かった。
煮えたぎるようでいて、冷徹に研ぎ澄まされた殺意。
それはまさしく、百戦錬磨の戦士或いは狩人のようなものであった。
そして、甲冑は既に臨戦態勢の二人の視線を受けても、未だ、二人を品定めするかのように、その意思を晒さぬ佇まいでいた。
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