第16話「魔物でも動物の形をしているなら食べれるに違いない」
「ところで」
共闘の意思を示す握手の後、ケイは唐突に、ガレイスにある事を尋ねた。
「この辺りで何本も木が折れたりしてるんだけど、君達は誰かと戦っていたのかい?」
ケイの質問に、ガレイスは難なく答える。
「ああ……そういえば、別の仲間の紹介もあるんです。モルデレッドといって、妙な奴なんですよ……戦ってた相手はトリステレム……そう、トリステレム=インダルジェンスと言ってました」
ケイは質問を続ける。
「そうか……その、トリステレム?という相手には、逃げられたのかい?」
ガレイスは訝しげに答える。
「はい……?倒したのはモルデレッドで、頭を一刀両断した筈ですが……」
ガレイスはうっすらと、質問の違和感に感づいた。
それは、次のケイの質問にも表れた。
「ふむ……?モルデレッドがトリステレムを殺した場所は、また別の場所かい?」
ガレイスは確信を得、尋ね返す。
「もしかして、死体を見てないんですか……?」
ケイは首肯を返す。
この時、ガレイスは一番最悪な結果を考えていた。
トリステレムが生きていて、未だ近くに息を潜めている場合。
転生者(チーター)ならば、異常なまでの回復力を持っていても不思議ではない。ましてや、かのトリステレム=インダルジェンスは、内容こそ不明なものの、二つ目の能力を発現させていた。三つ目の能力を持っているべきと考えるのが妥当であろう。
しかし最悪の想定に逸らず、質問を絞る。
「……血溜まりを、見ましたか?」
ケイは再び、首を縦に振る。
「ああ……あの出血の量で動けるならば、それは最早、人間ではないだろう」
ガレイスは予想をさらに絞る。
「血溜まりの周りに何かを引き摺ったような、足跡のような、跡はありましたか?」
ケイは、今度は首を横に振った。
そして、ガレイスは一つの仮説を立てる。
「そうか……なら、転生者(チーター)は殺されると、遺体も残らない、という可能性がありますね……」
ケイもその意見に頷き返す。
「うん……僕もそう思う…………今の状況からは、ね……」
勿論、これは仮説の一つに過ぎず、実際はトリステレムが生きているという可能性が消えた訳ではない。
その可能性を考えるよりも、希望に視点を当てた方が気が済むと思っての言動であったが、然して、より絶望を濃く感じざるを得ない結果となった。
「…………」
「…………」
二人の間に、再び沈黙が訪れる。
「……そ、そうだ!アレは見た事もなかった魔物だけど、解体の仕方は鹿にそっくりだったからその、美味しいかもしれないよ!」
そう言いながら、ケイは解体した、鹿のような魔物の太腿辺りの肉を差し出した。
ガレイスにとって、魔物を食べるなど、今の今まで無かった事である。
そういう料理がある事を聞いたことはあるが、所謂、ゲテモノの類であるらしく、また、孤児院には魔物を仕留められるような人物が常駐していた訳でもなく、そもそも、基本的に魔物が発生しない地域に人は住む。
とにかく、魔物を口にする機会が滅多に無かったのである。
はち切れんばかりに発達した脚は、力強い弾力とハリに恵まれ、肉のランクとしては上位に入るような、そんな気がする程に、美味しそうに見える。
ガレイスはケイから肉を受け取り、微小な火属性魔法によってその表面を軽く炙った。
肉汁は僅かながらも、溢れるエネルギーが流れ出したかのように滴り、塩胡椒などの調味料を振りかけてもいないのに、鼻腔をくすぐる匂いは、芳ばしい旨味の放つそれであった。
「そうだ!君の剣で、良かったら、ドネルケバブを作ってみないかい?」
その提案で、ガレイスはある葛藤に苦悶する。
騎士の誇りたる装備、手間暇かけ、長い間、戦いを共にしてきた(支給品の)剣を、果たしてそんな事に使って良いのかと。
しかしそこで、ガレイスは自分の背後から、おぞましい気配を感じた。
自らの頭に、誰かが囁く。
それはさながら、悪魔の誘惑。
恐る恐る、ガレイスが背後を振り返る。
いつか、ガレイスを襲おうと牙を向けてきた魔物……巨大な猪、その傍に、黒く光る物が見えた。
アレは……ナイフだ。
ナイフなら、肉を斬るのにも使うべき物だよな。
使わないと駄目だよな。
持ち主が居ないなら、有難く使わせて貰おうぜ……なぁ、俺?
自らの頭にこだまする言葉のままに、魔猪の牙元、トリステレムの遺したナイフを取りに歩く。
手に取って眺めるそれは、鍔の形が無ければ何処からが刃なのかも分からない程の、相変わらずの漆黒で、光さえ呑み込んでしまうかのようなのに、確かに黒光りしている。
そして、トリステレムの能力とはまた別に、ちゃんとした斬れ味と強度を持つ事を、ガレイスは知っていた。
ケイを見れば、皿と箸を出し、食事の準備をしている。
全て彼の手作りであり、ガレイスにとっては、知識はあるものの、箸は初めて見る存在であった。
ガレイスはケイの元へ駆け寄る。
ガレイスが戻ると共に準備を終えたケイは、「待ってました」と言わんばかりに、魔物の大腿から脚の骨が付いた肉をガレイスに渡す。
ガレイスは喉を鳴らし、炎を回転させ、肉の周りを周回させる。
人力で肉を回すよりも、こちらの方がより正確に、表面だけを一定の焼き加減で焼けるからだ。
そして焼けた表面から縦に一閃、ナイフを動かす。
黒い軌跡は、肉の表面だけを綺麗に削ぎ落とし、その内に潜むピンクの原石をさらけ出した。
剥片は皿に落ちる。
これを二回、二つの皿に、肉の剥片が乗った。
木製の皿に乗った、たかが焼いただけの肉の剥片は、肉汁と共に輝きを放ち、それだけでどんな絵画よりも芸術的で、どんな宝石よりも高価値を持ちそうな程に魅力的に見える。
流石のケイも、この光景に喉を鳴らした。
まずは何も付けずに試食。
芳ばしい匂いから、調味料が無くとも、十分に美味しそうな気がしたためである。
覚束無くも、箸で摘んだ肉は、まるでスポンジのように肉汁を垂らし、黄金色の輝きに溢れだした。
ナイフで切るだけで出る輝きでは完成していなかったのかと思うほどに、より美しく煌めく。
ケイの方を見ると、涎を垂らしていた。
きっと自分は、もっと酷いのだろうな。
ガレイスは、箸で摘まれた芸術を眺めながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「じゃ、じゃあガレイス君……」
「えっ、あ、えぇ……」
見る事に没頭しすぎて、これが食材であるという事を忘れかけていたガレイスは、ケイの催促に気付く。
「せーの……」
そして、待ちきれないといった具合に、二人の口から涎と共に言葉が出る。
「「いただきます!」」
二人は、ほぼ同時に口に肉を入れた。
薄いながらも、スルメもさながらの、弾力に富んだ歯応え。
肉の甘さの中に潜む、僅かな酸味。
そして、噛む度に溢れ出る肉汁は、意外にも僅かな苦味と甘みを提供し、胃の中で強烈にスパイシーな喉越しを主張してくる--
--肉が吐き捨てられたのは、二人が食べだしてから僅か5秒後のことであった。
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