第15話「異世界でも過去が消えたわけじゃないことに変わりはない」
再び木陰に置かれたガヴェインの傍に、ガレイスとケイの二人は座っていた。
ガレイスは周囲の監視を、ケイは魔物の解体を行っていた。
二者の間に会話は無く、えも言われぬ気まずさに、ガレイスは苛まれていた。
しばらくして、ガレイスから話し掛ける。
「……本当に、すいません。決して、ケイさんがそんな打算だけで動いてるとは思っている訳ではないのですが、この先、ボクらは足でまといになる可能性の方が高いです」
「ボクからしても、ケイさんからしても、結託するというのは悪くないですが、正直、良くもないと思います……ということを、伝えたかったので……」
ガレイスは言葉を選びながら、あたふたしながら、必死に弁明を図る。
ケイはその途中に、堪えきれずといった様子で、噴き出し、笑いだした。
呆気にとられるガレイス。
少しして、笑いが収まってきたケイが話し出す。
「はははっ……君の言う事は尤もだよ。確かに、打算的な話となれば、君らとは結託しない方が良さげだ」
「ならっ……!」
逸るガレイスをケイは片手で制止する。
すっきりとした顔立ちからは想像もつかないほど、皮の厚く、大きな手だ。
「だけど、そうしてバイバイして、次に来るのは何だと思う?……相手の死体さ。君か、僕か、あるいはガヴェイン君の。これは確かに、僕にとって打算的な話じゃない、君の安全のためなんだ。君を護るための、チームさ」
ガレイスはその言葉に唖然とする。
頭の中には疑問符が絶えない。
しかしその疑問符は、全てケイの一言によって彼方へと消える。
「それに……君の制約からしても、メリットとなるはずだよね。無血……優勝?の」
「何処でそれを……っ!?」
ケイは人差し指を立てて、ガレイスの唇に当てる。
そして自身もまた、唇に人差し指を当てて、視線はきつく、明後日の方を向いていた。
その意図を捉え、ガレイスは周囲を目だけで見回す。
近くに、敵影は認められなかった。
「…………うん、大丈夫。これは、僕の能力(チート)、つまりは、戦略に関わる話だからね」
ガレイスはゆっくりと首を縦に振る。
それを見たケイは、静かに語りだす。
「……僕の能力(チート)は、『虎の"衣"を借る狐』と言ってね、意識不明、または気絶状態の生き物を"皮"に加工して、姿形や身体能力までそっくりそのままになれるって能力(チート)さ」
「さらに、"皮"にした生き物は、全ての生命活動が停止し、脱ぐまでは意識も取り戻さないし、老いたり、死ぬ事も無い……外傷以外では、ね」
「本来なら、能力(チート)にデメリットなんて無くて然るべきだろうけど、何故かこの能力(チート)にはあってね。"皮"にした生き物の力しか扱えなくなる上に、その記憶さえも全て脳に入ってくる」
「じわりじわりと、自分の記憶と混濁して、自分が薄れて、他人が濃くなっていくんだ」
「いやまあ、能力(チート)をくれた女神様たちからすれば、きっとこんな事デメリットでも無いんだろうね」
あまりにも軽く話されるその内容に、ガレイスは憐憫でも同情でもなく、ただ、恐怖していた。
自我の喪失。
それは聞くだけならまだしも、体験するには、あまりにも重すぎる。
アイデンティティを形作る上で重要な基盤となる記憶が軒並み失われ、自己の成り代わり得ないはずの他者に存在位置を奪われる。
それは言うまでもなく、究極の恐怖の一端に他ならない。
何故なら、それは広義で言う所の死。
自分の死を意味する行為に、恐怖感を抱かぬ方が異常と言えよう。
しかしケイは、いとも茶飯事であるかのように、話してみせた。
ガレイスの様子を見たケイは、微笑みながら言う。
「……ああ、気にする事は無いよ。何回か、そうなりかけたっていうだけで……慣れてるからね。あとは、一度だけ、僕も君も、全く似たような事を経験してるからね」
ガレイスにはその意味が分からなかった。
自らの存在が失われ、全くの他者に成り代わるなどと。
全く以て身に覚えが無かった。
しかし、ケイはそれすらも見抜くかのように語る。
「いや、確実に経験してるんだよ、ガレイス君。だってそもそも君は、ガレイス=ロッソではない、だろう?」
ガレイスは初め、その意味するところを理解しきれなかった。
しかし、反復するうちに気付く。
「そうか……転生……!」
ケイはガレイスの様子の変化に、微笑みで返す。
「そう。だから、怖がる必要も、恐れる必要も無いんだ。君もまた、自ら死を選び、転生を望んだ者なら、ね」
そうしてガレイスは気付かされた。
この爽やかな青年もまた、自ら生命を絶ち、転生を望んだ者の一人だと。
独りであった者の、一人だと。
自分と、同じだと。
「……ケイさんは、生前は、何をなさっていたのですか?」
だからこそ、ガレイスは知りたくなった。
ただの好奇心に任せ、気付けば、そう尋ねていた。
そして、逡巡するケイの顔を見て、ふと、我に返った。
「あっ……いえ、気にしないで下さい。言い難い事もあるでしょうし……」
口ではそう言いながらも、一度言葉を発してしまえば、意識してしまうのを止められるはずもない。
ガレイスは、ついつい、目で催促してしまっていたのだろう。
ケイは空を見ながら、目を細め、口角を僅かに上げた口を開く。
「……僕は生前、教師をしていたらしい。らしい、というのは、知っているだろうが、前世の記憶ではなく、前世の知識のみが頭に入ってるからだ」
それならば、ガレイスも何となくではあるが、覚えがある。
前世の記憶が本当に引き継がれていれば、ここまで年相応な感情の起伏は、無かったかもしれない。
もしかすれば、死ぬ直前の、擦り切れた心のままだったかもしれない。
前世の記憶が無いのかと言われれば、全くそうでもなく、知識だけはある。
人に物を頼む時は土下座する、といった風に、文章として、前世のあらゆる知識、及び文章を構築する単語の意味を、勿論前世で得ていた分だけ、理解出来る。
また、前世での癖なんかも、持ち越されていた。
ナカではなくガワのみがここに持ち越された、と言えるかもしれない。
ケイが続ける。
「教師……そう、中学校教師だった。職業柄、色んな中学校を回ったが、中学校は何処も同じ……高偏差値で有名な所も、不良伝説に絶えない所と変わらないレベルの生徒たちだった。教科書の内容を知っているだけで、教科書の意味を知らない、知ろうともしない、知った気になってる、滑稽な感情を持て余した子達だ」
ガレイスはその言葉を聞いていると、知らずのうちに、無性に笑いがこみ上げてくる気がした。
嘲笑か、自虐か、それはガレイスにも分からない。
「僕らはそんな子達が、自ら教科書の答えを探してくれるようになるように、育てる義務があるんだ……それを理解してか、せずしてか、導くはずの教師たちさえもが、生徒たちと変わらない、一度教えられたことを反芻するだけの愚者だった」
ケイは握った拳に、さらに力を入れた。
「『金さえ貰えれば良い』…………別に、金を稼ぐ事は悪くないさ。それ自体は、あの世界では真っ当な考えだ。ただ、それだけが全て、それだけで全てかのように振る舞う彼らが、どうしても、見るに堪えなかった。教師として暫く勤めて、一人として、僕に心から共感出来る人物に出会えなかった」
ガレイスはその話を聞きながら、場違いにも、親近感をケイに覚えていた。
高潔なまでの道徳観、倫理観を持つ者はマイノリティであり、マジョリティの為に淘汰されるだけの存在。
悲しくも覆せない事実に気付き、絶望するのに、一体どれだけ、無為な時間を費やしていただろうか。
「気付けば、僕はいつからか、生徒は疎か、教師とさえも、他人とさえも、向き合う事をやめていた。自分を見つめ続け、自らが正常であると、錯覚させ続けていた……」
ケイは奥歯を噛み締める。
「そうしなければ……僕はきっと、もっと早いうちから自ら首を括っていた!」
初めて見るケイの激昂したような怒声に、ガレイスは案外、冷静な視線を向けることが出来た。
同胞の怒りに、同調せず、穏やかな心持ちで居られた。
ケイは荒らげた息を整え、続けだした。
「…………それから時間が経ち、独身のままに中年を迎えた僕は、あらぬ噂に、吊られざるを得なくなった……というわけさ」
声音こそ落ち着いてはいるものの、ケイの瞳は決して穏やかな色を見せてはいなかった。
しかし、ガレイスを見ると、強ばった顔から力が抜け、柔和な、寂しそうな笑顔となる。
「だったから、かな。君のような子を見ると、護りたくなる。明るい未来を、自らの手で拓けるような、そんな可能性を秘めた子をみると、ね」
その笑顔に、ガレイスはあるものを得た。
「……解りました」
ガレイスはやれやれといった風に、首を振る。
「ケイさんと、手を組みましょう」
ガレイスが手を差し出す。
ケイはきょとんとした顔から一変、再び、爽やかな、自然な笑顔となった。
二人は固く、互いの手を握った。
「(この人が前世では出来なかった事……叶えられるのなら、俺も力になりたい)」
ガレイスは、そう微笑むのであった。
「む……珍しいな。儂の所に客人とは」
ラキエルは読んでいた本を閉じ、安楽椅子から下りる。
すると、本と椅子は、役目を終えたかのように、霧となって消えた。
「それにしても、駒同士が勝手に結託なんぞしたせいで、お主とも繋がりが出来てしもうたわ」
客人に背を向けたまま、ラキエルは話す。
「何じゃ、もしや儂は、相性の悪い駒でも手にしてしまったんかの?コミュ障にはコミュ障が良いと思ったんじゃが、彼奴はコミュ障ではなかったという事かの?」
客人を見ぬまま、ラキエルだけが話す。
「しかし、こういう駆け引きもゲームの一環とはいえ、彼奴も本当に運が無いというか、巡り合わせが悪いというか」
ラキエルの語調に呆れの色が入った。
「まさか……以前、儂に不躾なペットを送り付けた張本人の駒と結託してるなんぞ、夢にも思わないじゃろうな」
ラキエルが客人の方へと振り向く。
「なあ?【羅刹】の女神よ」
客人の方を振り向いた瞬間に、ラキエルの視界の半分は、堅牢な牙の並ぶ獣の口内で埋め尽くされていた。
ラキエルの小さな顔を、獣の牙が蹂躙する。
獣の前腕が四肢を引き裂き、後脚が身体を踏み躙る。
小さな身体は破壊された所から再生を繰り返し、血飛沫を上げながら、瞬く間に紅く染め上げられる。
その光景を目前に、【羅刹】の女神は仮面の下で、嗤った。
「--ららっ」
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