第13話「異世界でも見た目が幼女なら幼女のイメージに変わりはない」

轟雷が起こる。

怒り狂うように乱れ落ちる。


目も当てられない程に鮮烈な信号の連続に、眼は焼き切れそうな痛みを感じる。


しかし、目を逸らしてはいけない。


それをしてしまっては--


「おォン!?どうしたァ?オレをブッ倒すんじゃァ、なかったのかあァン!?」


--轟雷は、その男に落ちる前に掻き消された。






少し前--


『調査(シーク)』で探索を進めていたモルデレッドは遂に、ノイン=アレクサンドルを木々の隙間に認めた。


けたたましく響く金属音。

どうやら、敵と刃を交わしている途中であるようだ。


助ける、など思うよりも先に、モルデレッドはその体躯を変え、剣に手を掛ける。


木々が乱立する、見通しの悪い森の中。

敵は騎士団長との交戦で、背中を向けている。

不意打ちをするには抜群のコンディションである。


音速並の速さを少しも緩めることなく、静かに斬り掛かる。


その切っ先が敵の首を--


「ァンだぁ!?」


--薄皮だけ切り裂き、止められる。


そして、剣を持っていたモルデレッドは、慣性により前に打ち出され、内蔵の揺れる感覚に顔を顰めた。


モルデレッドは何が起こったか微塵も理解出来ず、咄嗟に剣を見た。

男の浅黒い手が剣の刃を持ち、受け止めている。

その掌からは、一切の血液が流れ出ていない。


戸惑うモルデレッドをよそに、男の双眸がモルデレッドを捉える。


「ンだよ雑魚がよォ!!オレの楽しみを邪魔してンじゃねェぞ!!」


そう吐き捨て、モルデレッドごと、剣を放り投げる。

否、放り投げ上げる。


モルデレッドは投げ上げられても剣を手離さず、剣先を下に向け、すぐさま空中で反撃の姿勢をとった。

それも全て、空中なら攻撃は交わせない、という男の考えを汲んでの行動だった。

その考えも、行動も、微塵の狂いも無く正しかった。


そして、この男の前ではその全てが間違っていたとモルデレッドが知るのは、また暫くしてからである。


剣を構えながら落下するモルデレッドは、空中からの刺突を試みた。

空からは、『探査(シーク)』を発動出来ずとも、俯瞰によって男を詳しく観察する余裕があった。


憤怒に燃えるように熱く紅く染まり輝く鬣のような髪。

焼けて黒くなった肌には腰巻き1つのみで、剣などの刃物、槌などの打撃武器、弓などの遠距離武器に魔導杖も持たず、徒手空拳。

拳をつくる腕は先端になるほど赤く燃え輝き、隆々と流れる筋肉に黒い肌と相俟ってマグマを思わせる。


そして、モルデレッド=アイスが気付いた時には、遅かった。

響いていた、あの音が、無い。


「--剣、が……っ!?」


背中に鈍痛が響く。

衝撃に姿勢を崩す。


背中に増えた重量が、落下速度を速める。

最早、立て直すことは不可能。


モルデレッドの顔の前には、男の拳と、


「……ラッキーな野郎だぜ」


--独り言が迫っていた。


直後、モルデレッドの顔を射抜くのは、頭蓋骨を粉砕せんとするほどの打撃と、頭蓋骨さえも融かしそうなまでの灼熱。


化け物じみた上背の男の右ストレートを、顔の真ん中で受け止めたモルデレッドは、回転しながら吹っ飛ぶ。


木にぶつかり、滑り落ちる。


そして、糸の切れたあやつり人形のように、動かなくなった。


男はそれを見てから、ノイン=アレクサンドルの方を見る。


ノイン=アレクサンドルが居た場所には、モルデレッドと同じように、動かぬ人形と化した騎士が居た。


男は不満を顔に浮かべる。


「……ケっ、しけたヤツらが。ラッキーで命拾いするだけして、立ち上がりゃしねェ」


しかし、鼻で何かを嗅ぎつけた後、口角を上に歪ませた。


「--ン。面白ェ臭いがするじゃァねェか」


男は周りを見渡す。


「ンーと、そこの細男が来た方向は……こっちだった…………かッ!!」


一点を見た男は、腰を深く落とし、一直線に走り出した。

否、跳躍を踏まえ、その一歩が大きいが故に、最早、低空飛行となんら変わりなかった。


男が木にぶつかれば、木はシャーペンの芯のように軽く折れる。

男が茂みにぶつかれば、茂みは真っ二つに分断される。

男が足を踏み込めば、地面は硝子のように割れる。


ここで、少し話は逸れる。

ご存知ではあろうが、森の中で足繁く動物が通った痕は、『獣道』とよく言われる。

成程それならば、これも人間という動物が通った道であるならば、ある種の『獣道』と言えるかもしれない--


--否、断じて否。

それを形容するなら正に、"化物道"と呼ぶほかなかった。






暗闇の中--


--1人の少年は頭を巡らせていた。

思考を、堂々巡りさせていた。


少年の前には、左腕を斬り飛ばされたように失った、幼女が立っていた。

身長に似つかわしくなく、今にも地面につきそうな程に長い金髪。幼子のように大きく丸く、然して、腕を斬り飛ばされ、血飛沫を頬に浴びれど全く動じず、落ち着いた独特の雰囲気を醸し出す碧い眼。


ガレイスをガレイスたらしめた張本人……ラキエルは、血と涙で赤く歪んだガレイスの瞳を見、慈愛の笑みを浮かべた。


「…………すまぬな」


幼女の消え入りそうな声は、少年に届かなかった。


ラキエルの後ろに立つ女神は、その両手に余るほどの長さを持つ、無骨にして巨大な鎌を携え、凍てつくような、それでいて執着する、まるで蛇のような目を歪ませ、舌なめずりをしていた。


少年は問答を繰り返す。


何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?

何故、ラキエルが俺を庇う?


自問を繰り返す少年に、ラキエルは尋ねる。

斬れた肩から血はまだ止まない。


「ガレイスよ……女神を女神たらしめるものは何じゃと思う?」


降り掛かった新たな問いに、ガレイスは何も答えられなくなる。


ラキエルは口を開けたままのガレイスを見ながら、続ける。


「それは……命や、痛みや、心なんかを、"持たない"事じゃない…………一人一人、違った『何か』を"持つ"事じゃよ」


ラキエルは続ける。

肩からの出血は弱まっていた。


「正確には、儂ら女神は、何らかを司る者として、君臨せねばならない。そこには、同じものを司る女神も居り、特に姉妹神として扱われる……」


ラキエルの肩から血は、滴り落ちる程にまで、弱まっていた。


「……儂とそこのクルエル、そしてもう1人、『愛』の女神は今回のゲームに参加しておる。名前は、ドラウニエルという。勿論、『愛』の女神だけでない。他にも、『勇』の女神、『武』の女神、『羅』の女神なんかがこのゲームに参加しておるそうじゃ」


ラキエルの肩に、すっかり赤い痕は見られなくなった。


「……これはついでに教えるが、同じ『愛』の女神でも、また、司る領域は違う」


出血の止まったラキエルの肩は、再び、傷口から何かを出し始めた。


「そこのクルエルは、【狂愛】の女神。ドラウニエルは、【溺愛】の女神」


もぞもぞと蠢く"それ"は、血のような紅みではなく、ラキエルの肌と同じ色をしていた。


不規則に蠢く"それ"に、ひとしきり説明を終えたラキエルは息を吹きかける。

すると、肉塊はみるみるうちに形を変え、切り飛ばされた左腕は元に戻った。


「……儂らは神の戯れで生み出された、ある種の人間のような者じゃ。血も涙もあるし、個性もある。人と違う所と言えば、『生命が無い』点だけじゃな」


ガレイスはその見るもおぞましいメタモルフォーゼに意識を持っていかれていたながらも、微かに聴いていた話の内容を反芻する。


そして、ある疑問に辿り着く。


「……なぁ、ラキエル」


その呼び掛けに対して行動したのは、何かを察して肩を竦めたクルエルだけであった。


「お前は……いや、お前らも、か……このゲームは……一体、"俺たち"に何をさせたいんだ……?」


ガレイスのその瞳を覗きこみ、ラキエルは逡巡するような仕草を見せる。


痺れを切らしたのか、クルエルが鎌を肩に担いだまま、ガレイスに近寄ってくる。


「そんなこと、貴方が知る必要無いじゃない?」


威圧的な目でガレイスを睨む。

ガレイスはそれに怯むことなく、睨み返す。


「じゃあ何故!?このタイミングで!俺を!此処に!呼んだ!!?」


ガレイスの怒号にも、クルエルは冷え切った目線を浴びせる。


やがて、ラキエルの溜息が聞こえる。


「…………言葉足らずが過ぎるぞ、クルエル」


睨み、険悪な雰囲気を咎めるラキエル。


クルエルは溜息を吐き、渋々ながらも説明をする。


「つまり……このゲームのルールからして、"駒"である貴方たちは、バトルロワイヤルをしてくれさえすればいいの。他に余計な事を知る必要は無い。ま、ある程度勝手に動ける分、チェスの駒になるよりはマシだと思いなさいね」


嫌悪も皮肉も隠そうともしないその態度は、最早、清々しささえ感じる程であった。


しかし、堪えるにはあまりにも重いその言葉に、ガレイスはぶつけようのない苛立ちをより募らせた。


クルエルはそんなガレイスを見て、何かを思い付いたように、にやけながら喋りだした。


「これで充分説明したでしょ?おねーちゃん」


ガレイスは耳を疑った。


おねーちゃん?誰だ?さては、ドラウニエルとかいう奴もここに居るのか?


しかし目だけで辺りを見渡せど、自分を除く2人の女神しか見当たらない。

どころか、クルエルはしっかりとラキエルの方を向いて言ったのだ。


流石にガレイスも予想がつく。


「ラキエル……お前、まさか…………?」


ガレイスは顔を引き攣らせ、ラキエルに尋ねる。


ラキエルは察しながら、不満気な顔で答える。


「……そうじゃよ。儂が長女のラキエルじゃ」


「ぶっはは--はァァァァァァァ…………!?」


噴き出し爆笑しだす正に直前、ガレイスは突如現れた落とし穴に落とされる。


穴は、ラキエルが指を横に一閃すると共に閉じられる。


「全く……目に見える事に、一体どれだけの価値がある事やら…………お主も大概にせい」


ラキエルは頬を膨らませ、閉じられた穴を見ながら独りごちる。

その背中に、クルエルが抱きつく。

腕を回し、ラキエルの首を抱く。

その光景は、まるで母娘の抱擁だ。


「おねーちゃんさぁ、なぁんで今さっき私の邪魔をしたの?」


質問の内容とは裏腹に、さっきまでの殺気の影も見せず、甘ったるい声で、甘えるように呟く。


「気まぐれで他人の"駒"を召喚しおってからに……お前が、"駒"を殺せないルールだと分かってるのは知っておる。その上で、儂を信じて貰えるよう、演出に使わせて貰った、それだけじゃ」


ラキエルは振り向かずに答える。


「んもぅ、ひど〜い。おねーちゃんってば人でなしね。いや、女神でなし……ね。そのままじゃ、いつか痛い目を見るわよ」


さらに、クルエルはラキエルの耳元で囁く。


「なにせあの子は、腐ったリンゴ同然だもの」


クルエルは言葉を、狙いを定めた蛇のように這わせる。


「……じゃあ儂はさながら、腐った毒リンゴに心惹かれた、白雪姫じゃな」


淡々と応えるラキエルは、ガレイスの居た虚空を、ただ、目を細めて見続けていた。

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