第12話「異世界でも弱者なら強者に適う道理はない」
ノイン団長も転生者(チーター)。
それは分かってる。
ボクの能力(チート)、『調査(シーク)』で分かってる。
……でも、ただ一つ、分からない。
他人のステータスなら、身長、体重は疎か、足の親指の長さや太さ、更には感情までも把握出来るボクの能力で。
例外無く何でも知れる能力(チート)で。
……ただ一つ、ノイン=アレクサンドルの能力(チート)だけが、分からなかった。
何かしらの能力を持ってる事だけは分かる。
ただ……能力の中身までは分からない。
仮に、情報を秘匿する能力にしても、能力だけを秘匿する、というのは無意味である。
しかし、能力(チート)に無意味は存在しない。
…………気味が悪い。
ただ分かるのは、この遠雷の音。
そして、この先に、団長が居ること。
…………他人のステータスなら何でも知れるこの能力(チート)は、自分のステータスは見れない。
だから、自分の事も分からない。
……………………………………………分からない、と言えば。
…………なんでガレイス君を置いてきたのかなぁ。
この先に嫌な予感はビリビリしてるよ?
彼が無力だから?
それだけじゃ、ない?
如何してなんだろ。
……お兄ちゃんなら、分かるのかな。
モルデレッドは、音速もかくやという速度で、森の中を飛ぶように跳び跳ねる。
太い樹の間隙を縫うように進む。
鈍る思考を、置いていくかのように--
「やっぱりノイン団長の能力(チート)は電気系……なんかな」
呼吸の落ち着いてきたガヴェインの傍に立つガレイスは、再び思考の海に潜る。
「蒼い雷……そう考えればむちゃくちゃ格好良いけど、たまたま蒼く見えただけだったら、なんか、逸ったみたいで恥ずかしいな……」
男の浪漫という、深い海……もとい沼に。
「ってなると、能力名はどうなるんだろ……」
……健全な男子であれば、一度は考えるものである。
「モルデレッドの能力は、『無視(アイス)』と『調査(シーク)』だったな……トリステレムは確か変な名前の……そう、『耽溺』!……耽溺……たんでき……?」
そして、ふと気付く。
「耽溺……英語で…………indulgence(インダルジェンス)!?まさか……!!?」
ガレイスの求めていた視点は、あまりにも近く、然して遥か遠くにあった。
「ロッソ、アイス、ノイン……イタリア語、英語、ドイツ語…………!?なんだこれ…………」
「違う国の言語が……名前レベルで融合している……………?」
顎先に手を当てて考え込む。
「待て待て………語源を辿れば別の国の言葉、なんて話はよくあるが、だからと言って別の国の言葉をそのまま使ってるような国は………………あ」
ガレイスは知っていた。
発音だけを自国風にし、時に言語の意味が変化したりし、然してそれを"外国語"として捉え、扱える者達を。
身近に、居たのだから。
「アレクサンドルは……フランス語発音だったか?いや、ロシア語もか。どちらにせよ、ドイツ語と並ぶような……何か………共通点…………」
「………!世界大せっ………!?」
閃いたワードを口に出そうとした瞬間に、心臓を鈍器で打たれたかのような激痛が走った。
あまりの痛さに、地面を転げて悶絶する。
暫くすると、鈍痛は引いた。
「ぐっ……!くそっ……異世界転生特有のアレみたいな奴か…………!?禁止ワードってか……?」
そして、何が引っ掛かったのかを思い出そうとする。
しかし--
「…………オイ、嘘だろ……?」
--思い出せない。
或いは、記憶を消された。
「くそ……っ!ラキエルの野郎……ッ!こんな、こ……と…………?」
予測にもならない、もはやただの押し付けで怒りの矛先を示した途端に、身体が眠気に襲われる。
口は呂律を回さなくなり、手足は立つ事を拒み、胴は力も入れなくなる。
脳だけがハッキリと、倒れる感覚を掴む。
だがわずかすると、瞼が下り、暗闇の中で脳は思考を止めた。
何度も足を運んだ事のある、黒と紫の靄だけで出来た空間。
正確には、足ではなく意識を、運んだのではなく運び込まれた、だが。
ガレイスはそこで意識だけの存在であった--
--筈なのだ。筈だったのだ。
「これは……」
手が有る、胴が在る、足が存る。
そしてそれらを見る眼があり、頭も顔もある。
「今までに無かったパターンだな……」
そして脚がある、という意味に気付く。
「自分から歩いてこいってか……」
無意識のうちに歩み始めていた。
一度動いたら止まらない、砂が落ちるように。
歩き続けていた。
疲れは無かった。
夢のようなものだからと、気に留めない。
方向は無意識が教えてくれる。
ガレイスは、ただ歩いた。
歩き続けてようやく、この空間の主に出会った。
--否、出遭った。
"遭遇"ってしまった。
彼の知った、羽根のついた幼女ではない。
彼の知り得ぬ、イカレ野郎の主でもない。
何者か預かり知れぬ、何者とも取れぬ、災害のような女性。
見てくれこそ、彼の元の世界における普通の主婦のイメージ。しかし感じるのは、底知れず黒い殺気と陽気。
ガレイスは知っていた。生前から彼は知っていた。
その異様な感じを持つ者の総称を。
「女神…………」
ごくり、と喉が鳴る。
漏れ出てしまった僅かな音。
しかし、静寂極まる空間に起こる空気の振動は、否応にも聞こえるという点では騒音となんら変わりない。
陽の光さえも存在しない靄の中で、乾くはずもないであろう洗濯物を干していた主婦は振り返る。
振り返るというよりは、繰り返る。
首だけを180度回転させ、穏やかな笑みでガレイスを睨む。
温情と冷血、正気と狂気、慈悲と殺意が共存する、まさに神のような存在。
--いや、少し違う。言葉が足りない。これでは、人間とも何ら変わらない。
破壊衝動を秘めながら慈悲を振りまき、無関心無興味に手を差し伸べ、怒り狂いながら冷静でいる、と言おうか。
何が足りなかったのか。
それはきっと……両極端だろう。
誰しも矛盾を抱える人間は、それでも矛盾を和らげようと妥協点を絞る。
ある人は、それを人間らしさといった。
しかし、その行為の跡が、一切無い。
怨恨殺人鬼のような殺意を持ちながら、実母のような慈悲を与えるだろう。
虚空の方が興味が湧くと思うような相手でも、伴侶のように助力するだろう。
思考停止して狂ったように怒り散らしながら、全てを見透かす計算が出来るだろう。
それは人では無い……まさに、神仏の類だ。
そして、女神だ。
この空間、この雰囲気……恐らくこの女は--
「……アンタはもしかしなくても、クルエルって女神じゃないか?」
--モルデレッドを苦しめた、張本人だ。
女神は丁寧な手付きで洗濯物を干しきると、洗濯物カゴを端へ蹴り捨て、胴体ごとガレイスの方を向いた。
「あ〜らぁ。可愛いお客さんねぇ。さぁさ、こんなところだけど、ゆっくりしていって下さいな」
気が付けば、ガレイスはソファに座っていた。
やけに座り心地の良い、ピッタリと肌に吸い付くような生地のソファ。
気持ち良いものだな、という場違いな印象を受けつつ、肘掛けを見る。
そして、類稀なる黒い何かで、胸がつっかえた。
肌に吸い付くのも、それはそうであった。
なにせ、素材は人の皮で出来ているのだから。
そこら辺の人工革等とは比べ物にならない、分子レベルでの密着。
まさに人肌恋しさを紛らわす逸品。
それはさぞ気持ちの良い事であろう。
…………たった一つ、人皮に対して、地獄のような吐き気を催すという点を除けば。
「気に入ってくれたようで何よりだわぁ。それ、作るのに何百年掛かったかしら……」
女のその言葉に縋りたかった。
決して猟奇的目的から頻繁に作っている家具などではないと。
決して殺人を愉快でやるような人物ではないと。
--そう、思いたかった。
人の望みとは何と自分勝手で、故に、儚く脆いものであろう。
「私が転生させた子たちで作ったのよ、それ。お陰でくたびれちゃったわ。あっ、それまだ未完成で、パーツが足りないからぁ、乱暴にしないでね?」
たった一言。
その一言で、張り詰めていた糸が切れる。
--直後、襲ったのは、圧倒的な恐怖。
女神という存在から見た人間の、なんと矮小な事か。
強大な力はそこにあるだけで弱者を傷付ける。
--逃げなきゃ。
--逃げなきゃ、殺される。
--逃げたら。
--逃げたら、殺される。
いやだ……嫌だ、殺されたくない。
殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない殺されたくない死にたく、ない。
身体は止めどなく震え、歯は狂想曲もかくやというリズムを奏で、頭では死を受け入れられないのに、瞳には諦めの色が滲む。
目の前の女神は変わらない笑顔を向けてくる。
いや、知ってる。アイツはこちらを見て舌なめずりをした。食材を値踏みするように、視線で舐り回した。
知ってる。間違いない。殺される。嫌だ。死にたくない。どうすれば。嫌だ。殺されたくない。どうして。ダメだ。まだなのに。まだ死ねない。待って。死にたくない。けど。もうダメだ。考えろ。殺されるんだ。ここで死ぬんだ。ここで死ぬなら--
--殺される前に、殺してやる。
ソファの上で、まるで雪の下のふきのとうのように小さく、蹲ってぶつぶつ呟いていた少年が今、その視線を女神へと向けた。
蛇のように血走った眼、裂けそうな程に吊り上がった眦、命乞いを吐きながら震え続けている唇、今か今かと負の力だけで動き出す事を待っている腕と剣。
その全てを、一心に受けた女神は一言--
「退屈ねぇ」
空白から目を覚ます。
何があったか分からない。
両の掌には血の花弁。
目の前には--
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