第5話「異世界でも殺し合いが残酷な事に変わりはない」

「久方振りじゃのう、少年。いや、お主からすれば、蛆虫と呼ばれる方が心当たりがあるか」


感覚のはっきりしない、意識だけの世界。


何から何まで見渡す限りの輪郭が曖昧で、ふとしたら見渡せる範囲なんてのも定まってないような、晴天の雨雲のような、真夏の雪空のような世界。


恐らくは夢というのだろうその世界に、謎の幼女が居た。


否、俺はこの幼女に見覚えがある。


それ以上に、殺され、転生させられた覚えがある。


むしろ今まで考えたこともなかったのが不思議だった。


「……儂に会えた事で前世の記憶をより鮮明に思い出せたようじゃのう。良かったわ」


女神を名乗る幼女の姿も、その姿声に似つかわしくなく妙に堂に入った老人口調も、何一つ変わっていなかった。


俺は前世の記憶をぼんやりながら持ち、赤ん坊の頃から大人とほぼ変わりない思考で動いてきた。


転生という現象は理解していたが、それが起こった原因を忘れていた。


思い出そうとしなかった、出来なかった。


そうしようと意識するのが、出来なかった。


「お主はまだ転生して16年、転生者(チーター)の中ではまだまだ年少の若輩者じゃ。だからこうして、参加資格を得るのに時間がかかりおった。全く、他神(ひと)の気も知らんで、なーにが戦争じゃ……」


俺を転生させた女神が何やらボヤいている。


そういえば、転生の理由を聞かされていなかった。


「ん?ああ、儂ら女神は今、有り体に言えば喧嘩の真っ最中なのじゃ。喧嘩……ふむ、ボードゲームと言った方が分かりやすいかのぅ?とにかく、各々目星を付け、転生者を作り、それを駒として他の女神の駒を殺す。そんなコロシアム……洒落て言わば、『殺し合む』をしているんじゃ」


……巫山戯るんじゃ、ない。

命を愚弄するにも程があるぞ…………!


「おい。一つ勘違いを正しておくとな、儂はこのゲームは本来参加する予定は無かったんじゃぞ?儂だって、命くらいは尊重しとる。仕事相手じゃからな。むしろ、女神の中でも一番、命を大切に思うとるくらいじゃぞ」


…………じゃあ、一体、何故こんな事を?


「いや、参加予定の一人がドタキャンしたそうで、代打として儂が入る事になった」


軽ッ!?合コンかよっ!?


「なに、普段本ばかり読んでいて友達なんぞ滅多に居らん儂が、部屋から引き摺り出されて連れてこられただけじゃて」


重ッ!?拷問かよっ!?


ぼっちを極めた女神……そして前の世界では搾り取られる社畜と化していたぼっち…………。


うん、考えてみると中々に無理だ。

このタッグで勝ち残れるとは思えない。


って、ちょっと待て。


「あー、『そんなゲームに参加させた割には特殊能力とか無いんだな?』って事か。いやまぁ、言ったじゃろう?儂は元々乗り気ではない。別に勝ち残る事に拘っておらん。従って、特に能力とか要らんじゃろうと思うてな」


……成程、俺の命がどうなろうと構わないってか。


「そうなるな」


お前らは一体……何なんだ…………?


俺たちは一体、何でここまで愚弄されなきゃならんのだ!?


「はて、おかしな事を言うのぅ」


…………?


「愚弄されるにも、命を捨てるにも慣れている。儂等はそんな人間を選んだつもりじゃが、どこかで選択を間違えたかのぅ?」


なっ、お前ら……っ!!…………悪魔かよ……。


「悪魔とは心外じゃのぅ。人の命を容易く奪うくらい、神だってやっておる」


「神にとっては人間の命も蟻の命も変わらんよ。取るに足りない、ただ、そこに在るだけで消えてしまうモノ」


クソ……っ!!


ここでお前を殺せたらどれだけ楽か……っ!


「おいおい、殺人に逃避するなんて、人間のする事じゃあないのぅ」


うるせえッ!どの口がほざきやがるんだッ!!


「……ん?すまん、ちと連絡じゃ」


そう言うと、ラキエルは俺に背中を向け、虚空に向かって頷き始めた。


「ふーむ……うむ。相分かった」


くるり、とこちらに向き直る。


「……こほん。先刻にも言った通り、儂は乗り気ではない」


「ではない……が、早々に敗北というのも儂の望む所ではない」


…………勝ち残れってか。


「早い話そうじゃが…各駒に一つ、"縛り"を加えてみようかという話が出てな」


……言ってみろ。


「お主には、誰一人として殺さずに勝ち残って貰う」


……可能なのか?


「不可能じゃ」


……不可能に近いとかじゃなく、か?


「不可能じゃ。じゃが、儂は早くこのゲームを終わらせたい」


…………成程、そういう事か。


「そうじゃ、死と血の無いコロッセウムをお主には体現してもらおう」


……もし、仮に…………。


もし仮に俺が生き残ったら、お前には何かあるのか……その、メリットやら、なんやらが。


「………ぼっちに戻れる、とは言わんよ。儂に利益は無い。ただのゲームじゃからのぅ」


なら……。


「それよりもお主、自分の益よりも儂の益を聞くとは、どういう心積りじゃ?」


…………他意は無い。ただ、気になっただけだ。


「ふぅん……ふむ。お主は、存外、面白い奴かも知れんのぅ」


…………は?


「いや何、思えばどうして今まで気付かなかったんじゃろうな」


「平々凡々な第二の人生を歩ませようとしたのに、わざわざ死と隣合わせの騎士なんぞに就くとはな」


「その為の才能も無しに、並々ならぬ努力で壁を乗り越えて」


「まあ、どうせ駒同士、巡り合わせる予定ではあったが」


「これ程の逸材、何故に見逃していたのじゃろうか、なぁ?」


何が言いたい……。


「いやいや、儂も最初はお主がよく居る有象無象の類じゃと思っとったが、ははぁ、こうして振り返ってみれば、なんともいじらしいのぅ……」


……突然、蛆虫を褒め出したりして、何が言いたい?


「ここまで言って分からんか?なら、わかりやすく言ってやろう」


そう言うと幼女の見た目をした女神は、幼女らしくない艶やかな、恍惚とした表情で、潤んだ瞳で男の意識を覗き込んだ。


「儂はお主を好いた。じゃから、ゲームに勝利したら、褒美をやろう」


…………具体的には、何だ。


「こういうのは貰う時までのお楽しみというのが一般的じゃが、儂が決めるのも勿体無い気がするのぅ」


勿体無いってのは、どういう意味だ。


「理不尽な神の遊戯に絡め取られた生霊が、生存の末に何を望むのか。それを考えるのも乙なものだとも思うてな」


……趣味が悪ぃ。


「何を言うか。儂がここまで人間に興味を持ったのは久方振りじゃ。具体的には、約300年振りじゃ」


江戸時代かよ……。


「日本人とは言うてないじゃろう」


大航海時代かよ……。


「わざわざ言い換える必要も無いと思うがのぅ……そも、人間の作った基準も呼び方も儂はよく分からん。肌や髪の色が違うのぅ、くらいにしか思えん」


そうか……そうなんだろうな。


「……おや、この短時間でもう儂の一端を理解するとは、流石儂が見初めた男よ」


幼女の姿をした化け物に好かれても嬉しくねぇよ。


「お主も前世ではそういう趣味じゃったろう?」


アレはフィクションだから良いんだよッ!!てか、薄々思ってたけどお前に隠し事は通じねぇのなッ!!思う前に思考を読まれてるもんなッ!!


「……そうじゃ、儂の名前を言い忘れておったな」


完全にスルーかよ……。


「名前なんて文化も人間のモノじゃが、元を正せば、神に名を与えて神たらしめたのも人間じゃからな。名は在るぞ」


…………別にいいぜ、そんなポーズ。


「……本当に儂を理解してきているのがちと不快じゃのう。儂の名前も知らで」


なら早く名乗れよ。そして現実に返せ。


「連れないのぅ……ラキエル。儂の名は、ラキエルじゃ」


それを聞いて、前世でサブカルに染っていた俺は、思わずにはいられなかった。


…………それ、どっちかって言うと女神じゃなくて天使の名前では?


「名前なんぞ記号じゃ」


俺の指摘に謎に半ギレしたラキエルによってか、俺の意識は後ろに吹き飛ばされた。


後ろなのか、下なのか。とにかく、小さくなっていくラキエルの姿と、それに比例せずに、ラキエルの声が大きく頭に響いていた。


「自殺しようとしても無駄じゃぞ。また此処に戻ってくるからのう」


……全く以て、趣味が悪い。


対話中はハッキリとしていた意識は、段々と、細々と、うつらうつらと、途切れた。






「起きろガーちゃん!」


穏やかに覚醒へと向かっていた意識は、ガヴの平手打ちによって荒々しく引き揚げられた。


バチーン、とかじゃない。

肉の破裂する音がした。

パァンッ、とでも言うのか。


「痛ってぇぇぇぇえっ!!何なんだよ一体!!?」


そして、思い出す。


「着いたぜ!騎士団長ん家!」


そうだった。


新たに『煌黒の閃光』となったメンバーに、騎士団長の棲家、兼団員寮に向かっていたのだった。


そしてもう一つ。


「今度はちゃんと……覚えているのか」


夢の中の話も、頭に残っている。

まるで脳に焼入れでもしたかのように、こびりついている。


それはまるで、駒としての役割を忘れるなと、言われているようだった。


俺の役割……無血終幕。


大団円じゃなくても良い、ただ、ルールを破るだけで良い。


「どうしたんだ?まだ寝ぼけてんのか?」


ガヴの平手がもう一度来る前に、俺は馬車を降りた。


馬車を降りると、意外にもそこは森の中であった。

細い獣道を行く。

…………が、中々に長い。


ガヴが先導してくれているが、ここで俺は、ある結論に達した。


「ガヴお前まさか……」


予想通り。

これほどまでに実証されて嬉しくない仮説はそうそうない。


ガヴはゆっくりと此方を振り返り、頭の後ろに手を回し---


「…………悪ぃ、迷っちまった☆」


---俺は目覚める時にガヴに平手打ちをされた。


なので今度は、目覚めさせるために俺がガヴの顔を殴った。






「さーて、と。面倒事になる前に奴は帰したし、儂もちと休憩せねばなるまい」


「全く、人間の夢の中とて無粋な奴らよ。儂が寛容だから良いものを。いや、儂が寛容だからつけあがりおるのか」


「いずれにせよ、いかんせん、今の儂はぼっちが祟り過ぎておる」


「碌に助けも呼べないとはのう」


「まあ、どのみち誰とも連絡は付かんが」


「……頑張れよ、人間」


「『殺し合む』は……」


幼女の姿をした女神、ラキエル。


夢と現の狭間にて。


「……駒を殺された女神も、死ぬんじゃぞ」


その肢体は、無惨にも、上下に引き割かれていた。

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