第4話「異世界でも説明が大事なことに変わりはない」
「ガレイス、ガヴェイン、同郷より来たりし汝ら兄弟に、心で繋がりし汝らに、決して折れぬ二振りとなる騎士の誇りと栄光を捧ぐ」
16歳になり、俺とガヴは正式に騎士団に入った。
入団式は簡素なもので済まされる。
なにせ、人が多い。
大事なのは入団した時点での、それまでの評価、そして、これからの功績だ。
評価が良い者は、その分強い隊に編成される。
「--では、これにて宣誓の儀を終わる」
騎士団長の前に跪いていた新団員が恭しく下がり、同輩の列に戻る。
その瞬間を見計らって、次の儀に入る。
「ではこれより、入隊発表を行う!」
眩いばかりの長い金髪を揺らし、騎士団長は拳を挙げて高らかに吼える。
騎士はざっくりと4つに分かれる。
王の側近として働く「金騎士」
その部下に当たり、国が擁するものとされる「赤騎士」
赤騎士とはまた違い、近衛騎士が個人で抱える「黒騎士」
そして、王と共に政治を為す土地貴族の所有する「青騎士」
さらには、今まで挙げた功績によって通り名や勲章が付く。
騎士団長の通り名は「遠雷」
一番有名な勲章は「竜殺し」だ。
「竜殺し」にして「遠雷の金騎士」、それが我らが、ノイン=アレクサンドル団長だ。
歴代最年少で騎士団長となり、今もこうして、凛とした目で我らを品定めしている。
…………ん?品定め?
待てよ、なんで今…………?
「……もしかして、まだ割り振りが決まってない…………?」
自分の名が呼ばれるのを今か今かと待っていた新入りたちの静寂に、つい口に出てしまった声はよく響いた。
背筋が凍った、どころではない。
その場に居た兵たちの冷ややかな視線が、俺の身体を串刺しにして止まなかった。
次にそんな事を抜かすと骨も遺さないぞ
そんな猛者の声が聴こえてくるようだった。
誰もが憧れる完全完璧超人の騎士団長に限って未だに仕事が終わってないなど有り得ない。
考えるだに不遜で死んでしまう。
それが普通だったのだ。
待っていれば良かったのだ。
周りと同じく、息を殺していれば……。
「ほぅ、素晴らしい……明察だとも!君、名前は?」
後ろにいたガヴが我慢出来ないといった感じで、俺に話し掛けようとしたその時、騎士団長が澄んだ声で語りかけてきた。
不敬罪で何らかの処分を覚悟していた俺は、その逆に開き直ったような声に、呆気に取られてしまった。
「君、君だよ!そこの……綺麗な黒髪の!自然なパーマの掛かった君!」
どうやらやはり、俺の事らしい。
直々のお呼び出しとあらば、前に出ても誰も文句は言わないだろうと、騎士団長の前に傅いた。
「名前は?」
天から降り注ぐような優しい声に、考えるより先に口が動いてしまう。
「ガレイス……ガレイス=ロッソと申します……」
一言一句に注意しなければ、何が起こるか分からない状況の中、とにかく受け答えをする。
ノイン騎士団長は僅かに沈黙した後、高らかに宣言した。
「ガレイス=ロッソ!汝は我が黒騎士団、『煌黒の閃光』に入るものとする!異存は無いだろうか?」
………………へ?
……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!?
あばばば、馬っ鹿じゃないのこの人!?
何で!?
何で俺が!?
いや嬉しいよ!?こんな幸運滅多に無いってか明日死んでもおかしくないくらいだよ!!?
でもなんでサボってた事を言い当てただけで選ばれるのさ!?
あっ!分かった!さては自分の懐に入れといて散々虐める気だろ!そうなんだろ!?腹黒さが違うぜ!
……ってぇ〜〜!俺の馬鹿ァ!騎士団長に限ってそんなことは絶ッ対に無い!……と!思う!
じゃあナンデ!?さては!まさか俺に隠れた才能があったのを見抜いたのか!!駄目じゃん!タイトル詐欺じゃん!
「どうした?異論は無いのか?」
「ひゃうっ!?」
俺が返答をあまりに長く返さないのを不審に思ったのか再び繰り返された質問に、深く思考に潜っていた俺は意識を無理矢理覚まされた。
「い、いいい異論など無いです!有りません!」
あまりに突拍子も無さ過ぎて、動揺を抑えきれない。
言葉遣いもおかしくなっている。
「そうか、では……」
そこで俺は一つ、大事な事を思い出した。
俺の夢だ。
「あっ、あのっ!」
「ん?」
「ガヴェインも……ガヴェイン=ロッソも入れさせてやって下さい!お願いします!」
土下座だった。
なりふり構わないのに慣れていたせいで、こんな所でも痴態を晒してしまった。
そもそも騎士が両膝は疎か、両手も地べたに這わせるのは、見苦しいにも程がある。
騎士はそんな事はしない…筈なのだが。
どうしても、騎士として生きようと心に誓った16年の人生よりも、土下座に慣れた32年の方が心にこびり付いているらしい。
俺の申し出に、騎士団長はしばし悩む様子でガヴェインの方を見た。
そして、
「分かった。君たちはどうやら二人で強くなるタイプの人間らしいからね」
と言った。
ガヴェインもまさか了承してくれるとは思っていなかったのか、喧しい叫び声を上げている。
ガヴが喜んでくれて俺も嬉しい。
いや、純粋に。兄弟みたいなものだから、な?
実際、兄弟は俺にも居た。前の世界で、だ。
だが、兄は出来損ないの俺をついには弟として扱わなくなり、弟は出来損ないの兄のせいで死んでしまった。
だからこそ、何も出来なかった俺が、兄弟の為に何かが出来るという事が、嬉しい。
兄弟の為になる何かが出来て、嬉しい。
「だけど、二人ともまだ騎士の作法を身に付ける必要があるね」
騎士団長の続けた言葉が、俺たちの耳に入る事は無かった。
他の騎士たちが続々と任命される。
最初から金騎士指名は居なかった。
あのいけ好かない銀髪女男野郎も流石に金の称号を得る事は無かった。
ちなみにモルデレッドは17歳(俺より年上と聞いた時は冗談だと思った)になって少しは男らしくなるかと思えば全くの逆で、益々美人になっていた。
17歳という盛りにして、美人…というよりは可愛い盛りになっていた。俺はそろそろ女説を疑い始めている。
男なのは確認済だが、それでもやはり気になる。
声変わりさえしないのはもはや恐怖ですらある。
彼が入った当初から出来たファンクラブ(騎士団内)は、既に四倍程の規模になりつつある。
それでも事案が発生しないのは、一重に彼女…彼の規格外なまでの強さだろう。
とにかく、いくら強かろうと、ふわふわ系美少年だろうと、俺はあいつは嫌いだ。金騎士になれなくてざまぁみろだ。
……とまぁ、モルデレッドの事ばかり長々と話してしまったが、そうなるのも仕方がない。
俺はモルデレッドが嫌いだ。
少し、想像してくれ。
嫌いな奴に背中を預けないといけない奴の心境を。
…………そうだ。
モルデレッドは金騎士にはなれなかった。
代わりに、『煌黒の閃光』に入団した。
今回の任命式で黒騎士に選ばれたのは俺とガヴ、モルデレッド、その他二人。
二人は、別々の金騎士の元へひきとられた。
ノイン騎士長及び団長の元に三人、子犬と猫が入った。
……需要の偏りにも程がある。
ちなみに、金騎士は五人居るが、騎士長はノイン団長のみだ。
その理由は、王の騎士使役権の肥大化を防ぐためらしい。
つまりは、王は金騎士を通して国の兵力を使えるが、実際に駆使出来るのは騎士団長権限による、という事だ。
中々に複雑に思えるが、考えてみれば意外と仕組み自体は簡単なものだ。
しかし、結構芯の通った構造となっている。
この構造で恐れのある行為は主に次の二つだろう。
一つは、王は騎士団長を除く金騎士四人を、事実上自在に扱えるという事。
これは、騎士団長が王または国に対して謀反的な態度を見せた時に対抗する為なのだが、実力差がえげつない。
そしてもう一つは、今言った通り、騎士団長は王ないし国に対して容易に反逆を行う事が出来る。
それも、王国兵の全てを使役して。
その場合これを迎え撃つのが金騎士四人とその黒騎士たちなのだが、マンパワーなどと考える余地もないほど、彼らは強い。
言ってしまえば悪いが、金騎士からしたら赤騎士以下など雑魚にもならない。
黒騎士10人がかりで何とか1人討ち取れるだろうか。
そしてここで発生する問題がある。
仮に騎士団長が謀反を企てようとすれば、王国の兵力は大幅に低下する。
そしてまた仮に王が私利私欲に走り、金騎士を操るような真似をしたら、これも王国の兵力を軒並み低下させる事になる。
金騎士及び黒騎士たちにも、それなりの被害が出る事は間違いない。
この構造の唯一の欠陥を挙げるとするなら、王または騎士団長が他国と手を組んだ場合、または、このうちどちらかか双方が馬鹿な場合、どちらの場合でも王国総倒れは免れないという事だ。
つまりは、この構造の維持には愛国心と、類稀なる責任感が必要不可欠という事だ。
…まあ、ここまで分析した俺が言うのもなんだが、そんな心配は要らないだろう。
なにせ、この時代辺りの価値観は、まさに王権絶頂期だからである。
そして王もまた、王たらんとする良き君主なのである。
正直言って、向こう30年は安泰だろう。
ノイン黒騎士団…『煌黒の閃光』の住まいに着くまでに、ぼんやりとそんな事を考えていた。
ちなみに移動は馬車だ。
これも騎士団長の特権かと思えば、ノイン団長の個人所有品だそうだ。
考えたこともあったが、やはり結構な家の出身だ。
ガヴは緊張のあまり石と化し、ゆるふわ系クソ野郎はノイン団長の隣に座って何を考えてるのか考えてないのか分からない顔をしている。
ノイン団長は……瞑想をしておられる。流石だ。
その張った水面のような心持ち、憧れます。
…………ん?
…………………………よだれ………………?
……気の所為だろう。きっとそうだ。
まさか騎士団長ともあろう方が部下の前で居眠りなどしないだろう。
まさか。
俺が悶々と考えてる間に、モルデレッドが口を開いた。
「ガレイス……くん〜だよね〜」
ビックリした。
なにせ俺を打ち負かした時と全く変わらない声で語りかけられたのだ。
急に昔に戻ったような感覚だ。
それよりも、名前を覚えてるという事が意外でならなかった。
「……人の名前とか、覚えてるんだな」
意外半分、やっかみ半分でぶっきらぼうに言った。
「いやぁ……任命式ぃ、の時に〜あれだけぇ、大声で叫んだばかりだからぁ〜」
いちいち語尾に?が付きそうな喋り方だ。
ていうか、えっ、俺そんなに声出てた?マジで?うわっ…なんか恥ずい。
「って、そうじゃなかった。何か用か?」
気を取り直して尋ねた。
「うん〜……えっとぉ〜気付いてるぅ?」
首を傾げながらそう言う。
今度は多分?がちゃんと付いたのだろう。
「気付いたって、何にだよ」
何を言ってるのか分かりにくくて本当に鬱陶しい。
社会人ならはきはき喋れよ。
って社会の先輩(鬼)に教わらなかったのか?
まぁ、もしかすれば、まだだったんだろうな、と軽く哀切の念に駆られた瞬間、耳を疑った。
「ノイン団長ぉ〜転生者(チーター)だよぉ」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?
何を言ってるんだこの小動物?
ノイン団長が?転生者(チーター)?
というか、何故こいつがそんな事知ってる?
「……まさか……お前も…………?」
「うん〜」
モルデレッドはぼんやりとこちらを見たまま頷く。
………………っはぁ〜。
何?今日は厄日なのか?もう驚ける気力無いよ?
ていうか転生者(チーター)ってそんなに浸透してんの?隠してた俺が馬鹿みたいじゃん……って。
「お前まさか……俺が転生者だって知ってて……!?」
「そだよ〜」
…………この猫野郎は本当に心臓に悪い。
「そもそもぉ〜、転生者(チーター)を見つけられるのがぁ、ボクの能力の一つだからぁ」
…………やめてくれよ……。
「じゃ、じゃあもしかして過去に俺と決闘したのも……?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「覚えてないけどぉ……ボクが決闘したんならぁ、転生者(チーター)だろうね〜」
マジかよ転生者(チーター)ってだけで価値なのか。
ってか、こいつにとっての価値ってそうかそうじゃないかしかねぇのかよ。
俺は益々、モルデレッドが嫌いになった。
そして、モルデレッドは再び口を開く。
「殺さないのぉ?」
呆気に取られた。
何故殺す必要がある?
そう聞きたくなったが、堪えた。
察した。
恐らく、そういう事なんだろう。
転生者(チーター)同士は殺し合う運命にある。
きっと、二度目の人生を歩める者だけが持つ、呪いなんだろう。
俺が沈黙していると、それをどう思ったのか、モルデレッドも喋らなくなった。
俺は、不意に降り掛かった疑問に思いを馳せる内に、意識がゆっくりと、途切れた。
馬車の揺れだけが、心地良かった。
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