第3話「異世界でも下積みは大切に変わりはない」
どうも、俺です。
騎士見習いのガレイスです。
騎士見習いっていうのは、ざっくりと言うと騎士様たちの雑用係のようなものです。
日も登らぬうちに起床して掃除、騎士様たちの朝ご飯の用意、騎士様たちの朝餉の後に余り物を食し、朝練、昼ご飯の準備、ランチ、午後練、日が暮れぬうちに寮に戻り、騎士様たちの寝具を整え、夕食作製に取り掛かり、1日分の皿洗いを終えた後に、湯浴みをしてからぐったり眠り込む。
ハードといえばハードなのだが、やはり元の世界と違うという事を思い知らされるのは、これは見習いが進んでやっているのだ。
騎士様たちから強制されているわけではない。
騎士見習いになれば、王宮騎士以外の職に就く事はまずないのだから、少しくらいはサボりたくなるのが人間だろう。
エスカレーターを好んで歩きたがる人など、そうそう居ない。
だが騎士志望は意識が高いのか、慈善事業を率先して行う。
中には、媚を売る事が目的の者も何人かはいる。
だが、媚び売りが何年も続くものでは無いと俺は知っている。体験談だ。
それに、媚を売る事でのし上がった奴は、基本的に何も出来なくなるか、媚を売られないと部下さえ信用出来なくなる、"傲慢"に成り下がる。
同じ大罪でも強欲はまだ良い。時に強力な原動力となるからだ。しかし、傲慢はどう足掻いても、社会的動物の人間にとってはマイナス要素が強くなってしまう。
俺は皿洗い中に、騎士様方にマッサージで媚を売るグループを横目に見ていた。
正直言えば、先程言った通り、騎士見習いは騎士以外の何にもならない、なれないので、同僚にあんな奴が居るのは不快でしかない。
だが、その不快感を彼らにぶつけても、やるかたない。
なんだかんだと言っても、アレだって、彼らなりの必死さなのだから。
頑張る方向が違うだけなのだ。
端から否定なんて出来る事ではない。
モラルなんぞの話ではないのだ。
まさに将来の生活がかかった時間、同じ騎士でも、あばら小屋に住むか、王都の高級住宅街に住むかの差があるのだ。
生きる為に必死になる事を咎められようか。
ちなみに俺も媚は売っている。
周りがまだ寝ている間に起きて早朝練ならぬ暁練、毎晩は夜練。
隙を見つけては魔法の勉強。
頑張って実力をつけると共に頑張ってますアピール。
物は言いようだ。
一番のアピールは、手合わせの時に全力を出す事。
今までの自分の成長が手に取るように分かる。
そう、分かるように、騎士様たちは戦ってくれる。
別に手を抜いてくれる訳では無い。
言葉ではなく、剣でこちらの長所と短所を教えて下さる。
流石だ。
そんな俺は、アピールが露骨過ぎて同輩から絡まれる事もしばしばあった。
何処で頑張ろうが人の勝手だろうとは思うのだが、こういう、結果を出せずに焦っている連中はどうやら俺の事が目障りらしい。
そんな奴は潰すに限る。
自分が頑張るよりも、人にイチャモンつけてくるのに時間を割くような奴だ。
その伸び切った鼻を折るなんて容易い。
潰す方法は、決闘というものだ。
騎士見習い及び騎士は、手合わせ練習以外にも、決闘という形で成長を確認する。
しかし、剣術を確認する手合わせと違い、実戦の色が強くなる。
騎士から正式な審判をつける事が条件で、それさえ守ればあとは戦うだけ。
それに、決闘は喧嘩と違い、申し込んだ方も申し込まれた方も面子は立つ。
再戦は可能なのだ。
ガヴもよく挑んでくる。
俺もよく挑む。
そして、俺たちの決闘の時には決まって審判にくる人が居る。
「いや〜はっはっ!ガヴェイン君もガレイス君も成長が早い!君たちの決闘を見るのがワシの楽しみの一つになっとるわい!」
騎士らしくガタイも良く、騎士に似つかわしくなく恰幅も良い、この騎士様の名はレドン。
騎士様の中でも高齢なのに、未だに現役に劣らぬ成果を挙げており、体格と相俟って人間ではなく、ドワーフのような別種族なのではないかと言われている。
ちなみに正真正銘、生粋の人間だ。
レドンは小さく燃えるような短い髪と同じ色の茶色い髭を擦りながら、歳不相応の快活さで笑う。
「でもよぉ、レドンのじっちゃんにいつになったら追い付くかなぁ?」
決闘の末に消耗してへたりこんだガヴが言う。
明らかに騎士様に対した言葉遣いではないが、レドンさんがそう言えと仰るので命令通りにしている。
実際、そんな堅苦しい人ではないので、こちらも馴れた。
しかし、手合わせの時は全然違う。
気迫だけで剣を落としそうになる。
それくらい強いからこそ、砕けた口調でも敬意を忘れずにいられる。
「ん〜?そうだなぁ……あと、150年って所か!ガッハッハッ!」
冗談じゃなさそうなのが反応に困る。
一生かかってなんとか追い付く、追い越すにはそれこそ、人間を辞める必要があるだろう。
しかし、レドンさんは突然に笑いを止めて、顔を落とした。
「じゃがのぅ……ワシはついこの前、お前さんたちの同輩に決闘で負けたんじゃよなぁ……」
その発言に、息を呑む。
確かに、レドンさんの上を行く騎士様なら居るには居る。
一度も見た事は無いが、騎士団長や副団長たちがそうだ。
騎士団全体でも50人程上が居るとレドンさんは言っていた。
……本人の性格上、実際はその半分くらいだろう。
だからこそ、その呟きは重い。
そして、それでも、いつも通りで居てくれたレドンさんの強さを、改めて実感する。
聞けば、その騎士見習いは騎士様たちを次々に決闘で打ち負かし回っているらしい。
決闘は公式戦であるために、その実績は、たとえまぐれで在ろうと、本人の成績そのものとなる。
それは、騎士となるには、最も早い道。
騎士達の矜恃もかかっている、茨の道だ。
それを容易く歩いているのだ。
是非手合わせ願いたい。
あわよくば、レドンさんの仇を--。
--そして、その戦いはそう遅くないうちに実現した。
その見習いの名前はモルデレッド。
銀髪の、澄ました野郎だった。
「うん?いいよ〜」
澄ましたクールな奴かと思ったら、喋り方はふわふわしていた。
そして、決闘の申し込みはアッサリと承諾してくれた。
騎士様たちと決闘するような奴だから、同輩には目もくれてないのかと思っていた。
あまりにも軽すぎたために、わざわざ理由を聞いてしまった。
これも軽く、本当に軽く答えてくれた。
「本当は見習いの子たち皆と決闘したいと思ってたけどね〜。でもぉ、片っ端まで倒すなんて労働をするよりは、"上の子たち"を倒していた方が効率的だと気付いたからね〜」
喋り方と同じくらいふわふわとした銀髪が、可愛らしい女子のような顔が、余裕そうな態度が、全てが憎々しく見えた。
多分……いや確実に、この時の俺は冷静さを欠いていた。
審判の合図とほぼ同時に、モルデレッドに突っ込む。
何もさせずに短期で決着をつける。
作戦とも言えない作戦に身を委ねる。
すぐに懐に入り込み、エレメントソードを叩きつける。
そして、目の当たりにした。
何をか。
天才と、真の才能をだ。
ゆっくりと、ひたすらにゆっくりとモルデレッドは動く。
エレメントソードはもう躱せないはずの距離。
なのに自らの剣がゆったりと目標を逸れていくのを、誰よりも間近で、俺は見ていた。
そして、モルデレッドが片手で模擬剣を俺の首筋に振り下ろす瞬間も。
首筋に攻撃をくらえば、いくら本人が元気であろうと、実戦形式である以上、敗北を認めるほかはない。
しかし、モルデレッドは、俺のうなじに、撫でるように、木で出来たソードを置き、欠伸をした。
俺が憶えていた限り、初めての、ガヴェイン以外から貰った、敗北だった。
その後の記憶で一番古いのは、ガヴェインの怒号だった。
確か、ガヴから誘ってきた、いつもの決闘に負けた後だった、と思う。
「ガーちゃんらしくねぇよ!なんでだよ!?一回負けた!だから何だ!?一回負けた所で『次は勝つ』って頑張るのがガーちゃんだろ!!?」
俺は完全に腐っていた。
「次は勝つ……か。次って何だ。いつだ。いくら頑張ったって届かない。アレは努力とかそういう次元じゃない。剣神か、戦いの神が居るなら、アレはその愛息子か何かだ。それでもなきゃ、人外だ」
戦いに勝つ強さを身に付ける為だけに、生きてきた日々。
その努力を嘲笑うかのような、どうにもし難い実力差。
人生を否定されるという事が、如何に容易く人の心を砕くのか。
それも、今に感じた事ではないのに、だ。
いっそのこと、また死んだ方がマシだ。
俺はそう思っていたがしかし、
「強さの次元が違うとか努力がどうだとか才能がどうだとか人外だとか知らねぇよ!ガーちゃんがガーちゃんらしくない理由にならないだろ!!」
この親友は、俺を見捨ててはくれなかったようだ。
「それともガーちゃんは、俺に負けても何とも思ってなかったのか!?」
泣きたいのは俺の方なのに、いや、泣く気力すら無いが、でも、この親友は、兄弟は、今にも泣きそうだ。
他の誰でもない、俺の為に。
人の心のなんと単純なものか。
いや、俺だけなのかもしれない。
あの時に、励まして、泣いてくれる奴が居なかったからかもしれない。
目の前で涙を零すガヴを見て、ふと、目から熱いものが、頬を流れ落ちる感覚がした。
ガヴは俺が涙を流すのを見て、さらに慌て出した。
俺はその様子を可笑しく思い、笑いながら、涙を拭った。
「ガヴ、やっぱりお前は俺に必要不可欠だな」
入団テストの時を思い出したのか、ガヴは再び顔を真っ赤にしてなんだかんだと言ってくる。
俺はその居心地の良い喧騒を聞かぬフリをして、心の中で、転生をさせてくれた女神と、ガヴに礼を贈った。
しかし、歴然とした差は埋まらない。
才能はあくまで伸び代。
努力なしでは結果足り得ない。
しかしそれでも、伸び代を征く速さは、純然たる才能にのみ左右される。
上限を努力で破るには、人生とは短いものなのかもしれない。
ガヴは魔法の腕こそ俺に遥かに劣るが、剣術と筋力、体力は卓越していて、感覚的に魔力を行使出来ている。
ガヴはその土属性を、魔法と違って、型に嵌らない使い方をしてのける。
魔力を流として駆動させるのが上手い。
俺は筋力は体格的にガヴ程は付けられない。
事実、ガヴは次第に、筋骨隆々となった。
熱血イケメンマッチョだ。
対する俺は筋力トレーニングを欠かさない一方で、剣術と柔軟さを伸ばし、魔法も全属性三段まで扱えるようになった。
ちなみに、俗に賢者と称される者は、五大属性、すなわち、火・水・風・土・雷のうち三つを五段まで扱える者が語り継がれるなかで最高だ。
存命する賢者が、同じ程という。
さらには、その賢者は未だに成長を続けているそうで、新たな伝説となるのではないかとまことしやかに噂されている。
遥か西方の話だ。
兎角、体格で劣るならと、技術と戦術を伸ばした。
しかしそれもやがて、筋力による圧倒的なまでの重さと速さを伴った剣には敵わなくなっていった。
かつて、モルデレッドに敗北を喫してから数日後、読書をしている彼に、強さの秘訣を尋ねた事もある。
「ん〜?とりあえず、僕が気にしてるのはぁ……相手にやられないこと?」
天才ここに極まれりだ。
要は、格下相手に油断しない、と言いたかったのだろう。
しかし、格下相手と言わなかった、言えなかったのは、今まで彼が格上に会った事が無かったから、なのだろう。
とりあえず誰にも負けない。
とりあえずで出来るのは、天才以外に何と言う?
そして、俺とガヴは、16歳となり、騎士団に入った。
ガヴには14歳の頃から、俺が負ける事が多くなった。
それでも、決闘を申し込めば受けてくれるのが、ガヴの良い所であり、憎い所でもある。
次第に才能を開花させていくガヴに、焦り続ける俺。
傍から見れば愚かしく見えただろう。
それでも、自分を見る余裕なんて無かった。
そして、それは悲劇を招いた。
ガヴの死を以て、最悪となった災厄を。
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