第2話「転生」
嫌な夢を見た。
自分が殺される夢など、嫌な夢以外の何物でもない。
飛び上がって起きたまま、汗を拭い、顔を洗いに行く。
どんな夢だったか、ハッキリと思い出せない。
自分が殺される夢なんて思ったが、実際どんなものだったのか憶えていない。
ただ、嫌な夢だったのは明確だ。
顔を洗って、朝飯を食って、着替えて、出勤だ。
いつも通り、苦しんでいこう。
にしても、こんなに廊下は長かっただろうか?
こんなに天井は高かっただろうか?
あ、あれ?
声が出せない……?
でも、声は聴こえる……?
さっきから、赤ん坊の声が……。
「あ〜ら、こんな所まで逃げて。元気いっぱいでちゅね〜」
上から声が唐突に降り掛かってきた。
誰だ?知らない声だ。
それに、話し方が何だか……。
お?身体が浮いた?
待って、待って何でだ?
……いや、これは浮いてるんじゃなくて……。
「よいしょっと……坊は元気いっぱいでちゅね〜。ほぅら、高いたか〜い」
これは……まさか……。
俺は、赤ちゃんになっていた。
俺がまだ赤ん坊の時にこの孤児院の前に捨てられてから、10年が経った。
所謂、転生というものだろう。
しかし転生物語にお決まりな、特別な能力などは無かった。
強いて言うなら、転生前の記憶が、途切れ途切れではあるものの、残っているくらいであった。
正確には、記憶というよりは、知識と言い換えた方が正しいのだろうか。
そしてやはり、ここは美少女にでも生まれたかった所ではあるが、どうにも物語とは違って、そこまで都合の良い事は無いようだ。
ただし、男に生まれたとはいえ、中々に美少年なのは良かった。
それでも、此方の世界のレベルで言えばまだ中の上といった所か。
元の世界ならばトップアイドル間違いなしの顔付きなのに。
そして1つ、此方の世界には有り得ない常識があるようだ。
そう、魔法だ。
魔法だ。あの魔法だぞ?何処ぞの眼鏡のように杖を降る必要も無く発動出来、魔力は基本的に全員に備わっている。
魔力量も完全な平等でない所が、余計に好ましい。
俺は魔力量で言えば下の上だった。
美少年の見た目故に、体付きも貧弱なものだった。
だから努力した。
筋力トレーニングも魔力トレーニングも魔法トレーニングも、勿論、勉強もした。
今度は才能に感けたりなんてしてやらなかった。
ただひたすらに、愚直に、やってきた。
やめたくなることもあった。
自分に負けそうな時もあった。
からかわれたりしても耐えた。
全ては11才になる今日の為に、俺はこの王国の騎士団入隊試験に受かるために今まで苦汁を飲む思いを続けてきた。
これまでを振り返ると、身に染みて分かる。
俺に与えられたのは、努力の才能だったのだろう。
怠惰な人生を送っていた、俺に。
「おいおい、まだ試験は始まってないぜ?何しんみりしてんだ?」
隣の少年は、俺とこれまで同じ時間を共に生きてきた仲間だ。
この少年の名前はガヴェイン。
俺は親しみを込めてガヴと呼んでいる。
俺をライバル視しているらしく、何かと勝負を挑んでくる。勝ったり負けたり、それこそ、好敵手に相応しかった。
ライバルというだけはあるのか、此奴のお陰で俺も頑張れてきた所はある。
ガヴはその短い金髪を揺らしながら、試験会場の門を見上げる。
立派なものだ。勉強したとはいえ、芸術にはそこまで明るくない俺にも、凄さが分かる。
彫刻『考える人』で有名な『地獄の門』の実物を目の当たりにしたようだった。
「俺たちはここまで来れたんだ……来た以上は!誰かに邪魔させる暇なんか無く!一直線だァ!!」
ガヴはこうして、自分に喝を入れる。
「一直線」が彼の口癖だ。
俺もガヴの熱気に充てられたからか、少し昂っているようだ。
なら、俺もここで一つ、自分に檄を飛ばしてみるか。
深く息を吸い込む。
そして--
「俺が!団長に!なってやるッ!!」
俺の突然の激昂に、ガヴは目を丸くしている。
「ふ、普段はクールなガーちゃんが……」
「俺だって、気持ちが高揚する事くらいあるさ」
そして、門を潜り、試験会場へと向かう。
そういえば、自己紹介がまだだったな。
目の前に面接官も居るし、序に騎士団に憧れた経緯も話しておこう。
筆記試験の後の、面接試験だ。
「受験番号812番、ガレイス=ロッソです」
面接には前世での苦い思い出しか無いが、年齢的にも、ようは中学受験だと思えば、そこまで気負う事も無い。
面接官は鎧兜姿なので、顔はよく解らない。
ただ、眼光だけが見えるようだ。
これが騎士という者か。
俄然、興味が湧いてきた。
「志望動機を話して下さい」
その威圧感とは対照的に、口調や声色は優しいものだ。
しかしそれも、変に気負う者からしたら違和感であり、無為に警戒してしまうものともなる。
俺には効かない。
面接の練習なんて6才からしてるんだ。
志望動機だって、学校受験なんかとは違って、嘘偽り無く、壮大な話が出来る。
「はい。私が7才の頃、生まれ育った孤児院が魔物に襲撃された事がありました。しかし、その場に居た騎士様が、鮮やかに、そう……踊りでも踊るかのように、撃退しました。小さき命を救える気概、実力、そして、怯えている私たちに優しく声をかけて下さった……まさに、騎士たる彼を見て、憧れました」
嘘偽りは無い。
少し壮大に話しただけである。
これは貰った、と心の中で思った。
後は、他愛も無い質問が幾つかで、その後に実技試験くらいだろう。
これも全て努力のお陰、そう、思った。
しかし、面接官の反応はイマイチで、何か質問を迷っているように、言おうと言わないでいる。
やっと質問が固まったのかは分からないが、次に全く俺の予想外の質問が出てきた。
「その騎士は……何と名乗ってましたか?」
予想外ではあるが、まあ、分かるからそこまで動揺する事も無い。
「はい。確か……アルサリア、と」
面接官の騎士が突然に立ち上がった。
椅子が揺れ動く音、鎧が机に当たった音、あまりにも突然で、動揺してしまった。
面接官は何も言わない。
ただ、呆気に取られているような、絶句してるような、そんな感じだ。
暫くして、俺が訝しんでいるのに気が付いたのか、
「なっ……何でもない。気にしないでくれ……」
と、ゆっくり席に着いた。
その後は予想通り、簡単な質問を幾つかしただけでつつがなく終わった。
しかし、面接官は明らかに動揺を隠せていなかった。
「そんなに凄い騎士様だったのかなぁ……?」
面接部屋を出た俺はそう呟いた。
「おっ!ガーちゃんも面接終わったか!」
別の面接部屋の方からガヴェインが歩いてきた。
「ああ。次はいよいよ実技試験だな」
「おうよ!団長候補のオレが優勝してやるぜ!」
「優勝なんて無ぇし。団長になるのは俺だ」
「あー!?知ってんよンな事!分かってたよ!言わんでええよ!」
ぎゃあぎゃあ。
ガヴとのやり取りはこんな感じだ。
いつも通り、気の抜ける事だ。
「ふっ」
つい、笑いが零れてしまった。
「何が面白いんだよォ!?」
「いや……お前と一緒に生きれて、良かったなって、思っただけだ」
そう言った途端に、ガヴの騒ぎが止んだ。
耳まで真っ赤だ。
「お……お前っ……よくそんな事、恥ずかしげも無く言えるな…………」
「俺は俺の思ってる事しか言わねぇし、行動しねぇよ。それより、次の実技試験は鎧を着れるんだ。早いとこ着替えようぜ!」
そう言って、俺は走り出す。
「あっ、ズリぃぞガーちゃん!」
ガヴも遅れて走ってくる。
この時には面接の事など、俺は全く気にしていなかった。
「失礼します。面接官の交代に来ました」
ドアを2回ノックし、スーツ姿の女性が入ってきた。
「……もうそんな時間か……」
全身を鎧兜に包む男は、溜息と共に立ち上がる。
「……相変わらず、フルアーマーで若作りですか?それでも歳の疲れはだだ漏れですよ」
女性は臆面も無く言い放った。
男はそれに、
「あぁ……今日だけで、寿命が3年は縮んだな」
いつもの反応と違ったからか、女性が眉を顰めて尋ねる。
「何か……あったのですか?」
男はゆっくりと、兜を脱いだ。
その顔は年老いているとも言えず、しかし若々しさは無く、戦士らしい頑強な壮年のものであった。
顔面を斜めに走る巨大な傷痕が、その厳しさを強調している。
男は、その口を開いた。
「"魔の狩人"は生きていた…」
女は驚愕に顔を塗り潰される。
「そんな……アレがちゃんと死んだ所を見たのでしょう!?『魔狩』の唯一の生き残りである貴方が!!」
女は怒声を上げたが、男の静かな目に我を取り戻した。
「……申し訳ございません。少し、取り乱してしまいました……」
「仕方のない事だ。アレが本当に生きていたならば……それは、この世界の崩壊を意味しかねない……取り乱して私を殺しにきてもおかしくないもんさ」
その発言には一切の軽率さは無く、女もまた、それ以上追及する事無く、持ち場を代わった。
女は男が部屋を出ようとした直前に言った。
「もし本当に生きていたとして……今の国の騎士たちで勝ち目はあるの?」
しかし、女の弱々しい質問に対し、男はきっぱりと「ある」と答えた。
「そんなに優秀な芽が見つかった訳?」
女は幾分か期待を持って尋ねた。
「……毒草の芽だが、な……」
男は重々しく答え、部屋を後にした。
実技試験はランダムに5回、模擬刀を使って対人戦を行う。
降参とどちらかが言うか、戦闘不能になるまで戦う。
主立って評価されるのは勝敗の数だが、その場に居合わせる騎士の目に留まるような才能が在れば、それだけで合格する事もあるそうだ。
実技試験なので、実戦を想定して、魔法等の使用も可能だ。
ちなみに魔法とは、魔力さえあれば誰でも使えるもので、基本的にはどんな魔法でも使える。
ただ、生きるという有限がある限り、覚えられる魔法の数にはやはり限界があるので、広く浅くいくか、狭く深くいくかは個人の選択と裁量次第だ。
俺は広く浅く、相手のどんな魔法にも対応出来るように勉強した。
グレードは全ての魔法に於いて2。前の世界で例えるならこれは、中堅の学校で全教科上位レベルという程だ。
ただ、上位校にはどれも敵わないくらいのレベルだ。
しかしこれでもかなり頑張った。
具体例が上手く伝わっていると助かる。
そしてそんな俺の実技試験。
結果から言えば、5戦4勝だった。
数多の応募の中から不運にもガヴと当たってしまい、途中までは互角に戦えたものの、俺の魔力が切れて力でゴリ押しされてそのまま負けた。
そんなガヴは、別のヤツに負けていた。
敗因は俺に勝った事への余韻。
ざまぁみろ。
5戦4勝がどんなものかと言われれば、結果が出るまで本当に分からないが、ガヴと戦っていた時の周りの反応からして上位ではある筈だ。多分。
そして合格者の番号と、正式入隊までに組まれるチームが発表される。
俺は前に言った通り。ガヴは俺の次だ。
「うぉぉ……緊張するぜぇ……」
「勝った余韻に浸るような奴が受かるかねぇ?」
「う、うるせぇ!縁起でもねぇ事言うな!?」
これは明らかな嫌がらせだった。
今回でガヴとは1001戦500勝501敗だ。
負け越した。涙が出そうだ。
合格者発表はそろそろ、最後の方に差し迫って来た。
鼓動が耳元で大きく響いている。
「---809番!812番!813番!893番!910番!5名はノービス隊!合格者以上!」
俺とガヴは互いに抱擁を交わしていた。
無意識だったが、だからこそ、嬉しさが伝わると思う。
大袈裟だが、これで人生の半分は報われたようなものだ。
そして大袈裟ではなく、ガヴェインの人生の半分はここで過ぎた。
次の日から、俺とガヴは騎士見習いとして、寮暮らしになった。
初日の夜、見習いとしての厳しい指導と、いつもの夜練を終えて寝ようと二段ベッドに転がり込んだ時、鼻に羽根のかかったような、こそばゆさを感じたが、疲労はそんな事を気にも止めさせずに、強烈な睡魔をけしかけ、負けた。
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