第6話「異世界でも目が合ったらバトルに変わりはない」
前回のあらすじ
--俺は騎士団長直属の舞台『煌黒の閃光』にいけ好かないモルデレッドとガヴェインと共に入団し拠点へ向かう途中で寝てしまい夢の中での転生の張本人との話でゲームを知り目が覚めてガヴに案内されていると思ったら遭難していた--
何を言っているか分からないと思うが俺も何を言ってるのかちょっと分かんないです。
「そもそも、お前ってそんなに方向音痴じゃなかったよな?」
とりあえず動き回るのはリスクなので、と茂みの中に共に身を隠しながらガヴに聞いてみる。
「ひやー、ひふんへほほうはひりはほんなほほなはっはんはよなぁ」
ガヴは左の頬を腫らしながら喋る。
今のは多分、「いやー、自分で思う限りはそんな事なかったんだよなぁ」と言ったんだろう。
そしてもう一つ、ともすれば此方の方が大事であろう質問をする。
「お前……道が解ってたのか?」
ガヴは突かれたくない所を突かれたような、痛い所を突かれたような、苦い顔をした。
やはりな、と俺は思った。
「道を知らないのに俺を何処に連れていくつもりだったんだ?」
これはどうしても問い詰めておきたかった。
……もしかしたら、ガヴェインも駒として動いている可能性があるからだ。
ガヴは僅かに逡巡した後、重く口を開いた。
彼にしては珍しいその動作に、俺は言葉を聞かずにはいられなかった。
「……ノイン団長が、『着いた』と言ったんだ……」
「それで?」
俺は無意識の内に急いていた。
「……団長と、次にモルデレッドが、馬車を降りたんだ……そして、俺も降りようとした……」
「その後か」
ガヴはそこで眼をキツく閉じ、口を噤んだ。
俺は待った。
彼が自分から口を開いてくれるまで。
彼が眼を閉じ背けていようと、その瞳を、眉間に刻まれた青い筋を、凝っと見続け、待った。
やがて、ガヴは口から、胸の奥から溢れる悔しさをせき止めきれないように、流し始めた。
「おかしかったんだっ……!ノイン団長が寝てるようなっ…状況でっ、誰一人警戒せずに眠ってたのがっ……!それに気付けばっ……!」
俺はガヴの情けない姿を見て、漠然と、思っていた。
こいつはそうだ。常に周りに気を使って。何かを失敗したら自分のせいにして。誰よりも誰かを見ているのに、誰よりも自分を見ていない。顧みていない。
だから、あの時俺に言ってくれた言葉は、こいつの中には無い。
無いものは、言ってもしょうがない。
俺の言葉が、こいつには必要だ。
心の中でそう思ったなら、行動は早い。
「警戒を怠ったのは俺も同じだガヴェイン。鼻水を止めろ。お前の鼻でここ一帯の臭いの中から植物と野生動物以外の臭いを探り当てろ。歩数と方向は俺が覚えている。周りに警戒しながら一先ず馬車まで引き返すぞ」
ガヴの震える背中に手を当てる。
「それにまだ2人とも……死んだとは限らない、だろ?」
ガヴが泣き止むよりも早く、俺は後ろを振り返って足跡を確認しようとした。
本来ならば消しておくものなのだが、拠点への道という事で油断していたのと、ここまで長時間は居ないだろうということで消し忘れていた。
だが、だからこそ、もし足跡を追って来るような存在が居れば、何処に来るのかは用意に分かる。
俺の足跡は、即席の誘き寄せ罠と化していた。
俺は罠を確認した。
そして見たのは罠だけじゃない。
引っかかった獲物を見て、しまった。
いや、獲物ではない。
アレでは--あちらが狩人だ。
未だ遠くに居る筈なのに、遠近感を狂わせる程の巨体。
どんな生物も及ばない、暴力的なまでの風貌なのに、何処か馴染みのある容姿。
芋のような図体を支える四足の細く短い脚、しかし、その付け根に存在する筋肉は異常なまでの発達を見せ、大人1人の身長分はありそうな筋肉コブを作っている。
頭の方には三日月状に前に突出した巨大な牙を2対、それでなくとも、涎と共に口の端から見える牙は奥歯に至るまで犬歯のように鋭い。
茶黒い体毛は一本一本がまるで針金のように頭から尻のほうにかけて流れており、逆になぞろうものなら何物も擦り下ろしそうな剣幕を漂わせている。
これを見てどんな生物のイメージを抱くかと問われれば、10人中、9~10人は同じ答えを出すだろう。
そう、あれはまさに、バカでかい猪だ。
それもただの猪ではない。
一般的に魔物と呼ばれる類のものだ。
ここで軽く補足をすれば、魔物とは、「人を食らい、人しか食えなくなった獣」、「闇から生まれた異形」の二つに分けられる。
前者は既存の動物のイメージが強い見た目になり、後者はまるで予想も出来ない姿となり、個体差が激しい。
今回のは……無論、前者だ。
さらに言えば、この怪物猪は顔周りの灰白色の毛からして、この辺り一帯の長である可能性が高い。
長になるには狩りが上手い事が何よりも必要不可欠な条件とされている。
故に、長は群れの中で最も狩りに出ている時間が長い。
そして勿論、狩りに必要なものは力のみでない。
索敵、追込み、待伏せ、エトセトラ…
頭脳を駆使する狩りに加えて、狩人の尋常ではない身体能力の高さ。
獲物は為す術もなく捕まるだろう。
魔猪はその場で土の臭いを嗅ぐような仕草を見せると、呆気に取られていたガレイスへと目を向けた。
--目が合ったら、生死を賭けた狩りの始まりだ。
推定700メートルほど先に居た魔猪は、はち切れんばかりの筋力を以て、文字通りに大地を揺らし、地面を抉り上げながら突き進んで来た。
この時の速さはおよそ…秒速350メートル、いや、それよりも速かった。
「---あ」
2秒と待たずに、ガレイスの目の前には、自分を穿たんとする牙が迫っていた。
これは……死んだ………。
ゆっくりと流れているような光景を見ながら、ガレイスの頭は走馬灯を呼び起こそうとしていた。
そして、まさに牙がまだちゃんとした鎧も持たない身を、易々と突き殺そうとした瞬間---
---魔猪はその身を正面から2つに分かれさせ、血飛沫をガレイスとガヴェインに浴びせた。
ガレイスは放心状態、ガヴェインも轟音に振り向いた体勢のまま固まった。
「………は?」
ガレイスはそんな事しか言えなかった。
事を言った、というよりは、止まっていた呼吸を再び思い出したかのように始めた、その初めに吐き出す作業のようであった。
全長で5メートル程はありそうな、縦に裂けてバラバラに倒れた魔猪の先に、人が立っていた。
ガレイスは先ず、団長か、あるいは最悪でもモルデレッドが救ってくれたのかと考えた。
しかし、違う。
雰囲気からしてどちらでもない。
団長にもモルデレッドにさえも、騎士団に属する者全員、いや、なんなら王都に居た全ての一般人さえ放つオーラのようなもの。
無害と友好を肌で感じさせるもの。
それが微塵も、感じられない。
不気味なまでに、何も感じない。
此方に興味など、微塵もないようだった。
「あーあー、ついうっかり手を出しちまったよ。でもさぁ、ギリギリまで教えてくれなかった女神様も相当意地が悪いよねぇ」
両肩の力を抜いて、だらしなく両腕を垂らしている。
「まさか『魔物のせいで駒が死んでもノルマを果たした事にはならない』、なぁんて大事なこと、まさに実現する直前に言うかねぇ」
極度の猫背と、身体中に纏っているボロい布切れのせいで、体格は判断出来ない。
「まあ、間に合ったから良かったけどさぁ」
両手の部分は見えないが、布切れの散切りになっている裾から見えた得物は、ナイフ。
「感謝してくれてもいいんだよ…してくれなくてもいいけどね……はぁ」
病気にでも罹っているかのように肌は黄ばみ、頬はやつれて、目の下には隈が幾重にも重なっていた。
生気を失ったような長い髪は肩下まで垂れ下がり、幽霊のような雰囲気を醸し出していた。
「それじゃあ、自己紹介だけしようか」
枯れた唇の隙間から、やけに通る声だけを発していた。
「ボクはトリステレム=インダルジェンス。女神様からはゴミって呼ばれてるよ」
痩けた頬に、にこやかな笑みを浮かべる。
それに違和感こそ感じれど、嫌悪感は一切感じさせない、まさに笑顔と呼べる代物だった。
……思い出した。
ああ、なるほど。この人はまるで…生前の俺だ。
トリステレムと名乗った男のソレは、疲れ切った営業マン……まさにそのものだった。
「ボクは名乗ったよ。君は?」
「ガレイス=ロッソと申します。以後、御見知りおきを」
元営業マン同士なら、穏やかに話し合いで解決も可能かもしれない。
ガレイスはそう思った。
「……そっちの子は?」
トリステレムはガレイスの脇の辺りを指さした。
ガレイスもそいつの事を思い出した。
見ればガヴェインは、未だに放心中であった。
強さに憧れる彼ならば、圧倒的な強さを前にして、思う事も多くなるのであろう。
「ガヴェイン……!自己紹介しろ…!」
ガレイスはガヴェインを小突きながら小声でそう促した。
ガヴェインもそれで正気に戻り、慌てて礼をした。
「ガヴェイン=ロッソと言います!」
「強さの秘訣を伺いたいのですが!」
単刀直入過ぎるのがガヴェインであった。
ガレイスは正直、かなり焦った。
常識であれば、格上の相手に対して取るべき態度ではなかったから。
そして、それが相手を逆撫でないか、それが心配でたまらなかった。
が、それも杞憂だと知った。
「強さ……ねぇ。まあ、これはボクの能力なんだけどね。このナイフが掠りさえすれば、その物体は切り口から直線上に真っ二つになる、そんなチートさ」
ご丁寧にも、能力の解説をしてくれた。
しかし、それで弱点をすぐに見抜ける程、脆弱な能力でもない事も知ってしまった。
「ところで、君たちの能力は何だい?」
公平性を期したいというのか、それともただ単に自分の能力だけが知られるのが怖いのか、どちらかは知らないが、こちらの能力まで探る気のようだ。
当たり前といえば当たり前であるが。
しかし、こちらは何か、申告出来るような能力など持っていない。
それよりも先に、誤解を解かねばなるまい。
「すいません、俺は能力を持ってないんです……それよりも、ガヴは転生者じゃありません。このゲームに巻き込みたくはないです」
嘘はついてない。
笑顔を見るからに営業マンとしてのキャリアは長かったのであろう人物であるから、こちらがそうであると理解してくれるだろう。
そう云う腹づもりであった。
「そうか……それは大変だったろうに……」
「ええ、ですので……」
「でもさぁ、それをボクに言われてもどうしようもないんだよねぇ。此処に来た奴は皆殺せって言われてるし……どうにも出来ないや。ごめんなさい」
それは、心からの謝罪であり、抗いようのない諦念があった。
「……っ、アナタも人間なら、ただ巻き込まれただけの無関係な人を殺したくなんてないでしょう!?」
せめてもの願いであった。
「人扱いされるのは久々だねぇ……でもさ、その子は巻き込まれちゃってるし、その時点で関わっちゃってるんだ。殺すには充分だと思うんだけどねぇ」
取り付く島もない様子に、これ以上は懇願するだけ無駄だと気付いた。
「ガーちゃん……何が何だかよく分からないけど、オレは、迷惑だなんて思ってないぜ!」
ガヴェインが肩を叩いてくる。
「ガヴ……すまない……」
「謝んなよ!とりあえずアイツ倒すんだろ?勝ち目はあるのか?オレは考えるの苦手だぜ?」
そう言い、意識を相手に向けながら、目だけでこちらを伺ってくる。
「勝算は……まだ、無い。能力を知れているのが唯一の救いだ。必死に考える」
「じゃあ、オレはそれまで時間稼ぎだな!任せろ!」
ガヴェインはそう言い、剣を構える。
「お前の力は必要になる。絶対に消耗しきるな。ダメージは食らうな。とにかく攻撃は避けろ」
「応よッ!」
「ああ……始めるのね。じゃあ、いつでも良いよ」
そう言いながらも、トリステレムは体勢を変えない。
無形の構え、だっただろうか、両腕の力を抜いて素早く反応させたりするのだったか?
ガレイスはそう思った。
それならば、触れれば斬れるというあのナイフと、受身の動きというのは実に合致する。
合理的で、無駄が無く、恐ろしい。
「あの構えは初段の反応が速い。反撃は警戒し続けろ」
「分かったぜ!回避に専念、だなっ!」
そう言い、ガヴェインはトリステレムへと走り寄って行く。
数秒をしないうちに、がきぃん、と甲高い金属音が鳴り響いた。
それは、開戦を示す音であり、そして、ガレイスが思考の一端に答えを掴む音であった。
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