第2話 恋塚神社の運命の赤い糸


 たまに、自分の好みすぎるアイドルや有名人を見てしまったとき、そのあまりの美しさ、可愛さから、思わず目を背けてしまうことがあると思う。

 

 これ以上見たら、本気で好きになってしまう。

 全てをその人に捧げたくなってしまう。

 気が狂いそう。

 もう無理死ぬ。

 エッモ……。

 えっっっっ!!!

  

 等々、好意が強すぎて直視すらできない美がこの世にはあることを、僕は知っている――――それが、碧空春という美少女だ。


「うわ! (可愛いすぎて)眩しっ!?」


 碧空春のあまりの可愛さに、僕は目を手で覆った。

 鳥居と賽銭箱の距離がもっと近ければ、僕は彼女の顔を直視した瞬間に気絶したところだったろう。


 そのくらい、碧空春の顔は美しく、光り輝いて見えた。神聖さすら感じてしまう。 


 だが、彼女の美しさは僕だけではなく、他の人にも適用される。

 証拠として、碧空春の顔には数多の伝説が存在している。


 高校一年生の時、最初のホームルームでの挨拶で、彼女の顔を直視してしまった生徒、教師までもが、そのあまりの可愛さに悶え苦しみ倒れて保険室送りとなっただとか。

 

 少々、ガラの悪い生徒たちが彼女に話しかけた翌日、黒髪、模範的格好で通い始めただとか。

 

 甲子園の応援で、テレビ画面に碧空春のチアガール姿が写った瞬間、日本中で心臓発作を発症して、何人もの人間が病院送りになったのだとか。


様々な伝説を持ち合わせていた。

 どれもこれも嘘みたいな話だけど、碧空春に限っては本当だと言い切れる。

 それくらい、男女問わず誰も彼もが彼女の虜だと言える。

 

 もしも、彼女が授業中、僕の方を見てこっそりと、笑みを浮かべながら手を振ってきてくれたのとしたら――――僕は死んでしまうだろう。生涯、たった一つの青春の思い出を、十全な満足感を噛みしめながら。


 その証拠に、僕は彼女の顔を直視できない。

 ちょっと顔の端を見るだけで……可愛い! やばい! めっちゃ好み! ます(マジで好きの略)っ!


 と、言語能力にかけた限界オタクみたくなってしまう。

 

 緊張のあまり身体も固まって、動くことすらできない。

 風が草木を撫で、カサカサという音が聞こえる。


 僕も碧空春さんも両者ともに動けず、空の色もオレンジ色から、暗い青色に染まっていく。


 くそっ! せっかく碧空春さんと二人っきりで、しかも本当に運命の赤い糸らしきもので結ばれてるっていうのに……恥ずかしくってなんて口にすればいいのか分からない!?


 どうすればいいんだ? 話しかければいい?

僕は……僕は……っ!!

 

「いつまで突っ立てるつもりじゃ! お主らは!!」

「っ!?」


パンク寸前の思考の中、一つの声が無理矢理飛び込んできた。


「とうっ!」

  

 幼げな声が境内にこだまし、小さな黒い影がどこからともなく飛んできた。

 影は僕と碧空春さんの真ん中に降り立つと、夕闇に差し込むわずかな日の光に照らされて、その姿を現した。


 影の正体は、僕のお腹くらいの背丈しかない、小柄な少女。いや、幼女だった。

 彼女はコスプレなどではない本格的な作りの巫女服を着て、長く伸びた美しい黒髪をツインテールにまとめている。

 

 見た目は、小学三から四年生くらい。

 背筋は真っ直ぐ伸びており、凜とした印象を受けた。


「春! お主もいつまでそこに突っ立っておるつもりじゃ!? 早くこっちにこんか!」

「っ! ちょ、ちょっと待って……よ! 色々ありすぎて、頭がこんがらがってて訳わかんないんだよ……!」


 碧空春の生声!?

 これまたなんて透明感があって、聞いていて心地良い声をしているのだろうか……!

 聞くマイナスイオン。聞いてるだけで癒やされる……!


 それにしても、あの幼女。

 碧空さんとえらく親しげだが、妹さんとかだろうか?

 碧空春の妹らしき人物は、何故かわなわなと震える碧空春の手を引いて、半場無理矢理に僕の前までやってきた。


 その表情は、満面の笑み。

 汚れを知らぬ、純粋無垢さが垣間見えた。


「ようやく会えたのう、婿殿よ。儂は春の祖母にして、この恋塚神社の巫女兼、宮司。恋塚こいづか乙女おとめと言うものじゃ!」

「お、おばあちゃん! 勝手に話しを進めないでよ……っ!」 

「は? え?」


 祖母? おばあちゃん?


 僕は再び、恋塚乙女と名乗った幼女を見渡す。


 顔には皺一つなく、剥き立ての卵のようにつるつるとした白い肌をしている。言動もハキハキしてたし、身のこなしも軽い。

 

 うん、どう見ても幼女だ。


「くつくつくつ! 婿殿は口が上手じゃのう! こんな年寄り相手に、お世辞を言ってくれるとは」


独特な笑い声を上げながら、自称・碧空春の祖母。恋塚乙女さんは笑った。


 恋塚乙女さんはお世辞と言ったが、僕は本当に彼女が生まれたての幼女にしか見えなかった。

 あまりにも老けてなさすぎるし、声も若い。

 創作作品でロリBBAなどのジャンルはあるが、実際にいるなんて到底信じられない。

   

「いや、だってあまりにも老けてなさすぎでしょ」

「恋塚家の血筋は、代々老けにくいのじゃよ」

「身長だって、あまりにも小さすぎるし」

「歳を取れば、誰しも身長は縮むものじゃよ」

「飛んだり跳ねたりしても、息切れ一つしてないし」

「毎日、家から恋塚神社ここを、歩いて往復しておるのじゃぞ? 体力にはまだまだ自信がある。くつくつくつ!」


 僕の質問全てに答えてはくれたが、今だ納得できない。

 こんな非現実なことがあるものか。運命の赤い糸云々よりも嘘っぽいぞ。


「なんじゃ? そんなに疑うなら証拠を見せてやろうか? ほれ」


 恋塚乙女さんが手渡してくれたのは、保険証だった。

 ごまかしの利かない日本が発行している身分証明書の一つ。そこに記載されていた年齢は――。


「――なっ!?」

「納得したか?」

「……大変失礼しました」


僕は丁寧に、恋塚乙女さんに保険証を返した。

 具体的な数字は避けるが、表記されていた年齢は、僕よりも何倍上の年齢が表記されていた。

 彼女の言葉に嘘はなく、僕は素直に謝った。


「うむ! では婿殿、これから儂のことは気軽に、乙女と呼んでくれて構わんからのう! 少々難儀な孫娘ではあるが、これから末永くよろしく頼むのじゃよ!」

「あの、今更なんですけどちょっといいですか?」

「質問か? なんでも聞くがよい! 春の好みや趣向は全て心得ておる!」

「ちょ、ちょっとおばあちゃん……! だから勝手に話しを進めないでってば……!」


 碧空さんの意見に、僕も同意した。


 そうなのだ。

 先ほどから碧空さんの顔が可愛すぎたり、乙女さんの突然の登場によって、投げれに流れっぱなしになっていたが、結局のところまだ肝心の赤い糸のことについて何一つとして分かっていないのだ。


「なんじゃ? 婿殿はうちの神社のことを何も知らず、たまたま恋人を願ったのか? ならば、尚のこと運命じゃのう~」

「いえ、悪友から噂話程度のことは聞きましたよ。『恋塚神社で運命の相手を願えば、将来結ばれる』って。後、物理的どうとか」

「では、婿殿よ。春から少しずつ離れてみてはくれんかのう。危ないからゆっくりとじゃぞ?」


 実際にやってみた方が早いわ。乙女さんはそんなことを言って、僕の身体を押しながら少しずつ碧空さんとの距離を離していった。

 すると、糸の長さギリギリの2メートル付近で、僕の足が止まった。


これ以上、碧空さんから離れることが出来なかったからだ。

 僕と碧空さんを結ぶ赤い糸の物理的な長さの限界で、これ以上距離を離すことができなかったのだ。


 少し手を引けば、碧空さんの手が動く。文字通り、僕と彼女の手は一本の赤い糸で結ばれたような状況だった。

 

「これで分かったじゃろう。お主たちは、その赤い糸で結ばれたのじゃよ。文字通り、物理的にのう」

「まじっすか……?」


 いや、碧空さんと赤い糸で結ばれたことは素直に嬉しかったが、問題は今知った物理的距離についてだ。


 よくよく考えてみると、それこれから生活する上でかなりの問題が発生しないか?

 

 糸の長さは2メートル。

 この糸が物理的に離れられないものなのだとしたら、これからの生活は実質、碧空春と共に行動することになることを意味する。


 もしそうなら、日常生活も学校生活もとてもじゃないがまともには送れないだろう。

 そもそも、家族になんて説明すればいいんだ?


 ――僕、この人と赤い糸で結ばれたから離れられないだ。


 うん。確実に頭がおかしいと思われて、黄色い救急車を呼ばれてしまう。

 妹からも、優しい白目で見られることになるだろう。

 

事の重大さに、青ざめる僕の顔を見てか、乙女さんは優しくこう付け加えた。


「そう不安がるでない、婿殿よ。何もずっと糸の効果が適用されるというわけではないのじゃよ」

「それって、どういう?」

「恋塚神社の赤い糸はのう、相手に対しての想いで力を発揮するのじゃよ。つまり、常に意識し続けなければ、糸の長さ関係なく距離を離すことができるのじゃよ」


 乙女さんは、そこら辺に落ちていた手の平サイズの石を広い上げた。


「では、婿殿。儂がこの石を投げるから、追いかけて拾ってくれんかのう。それ!」


 乙女さんは、僕の了承を聞くよりも先に石を明後日の方向に投げ、僕は急いでそれを追いかけ、落下した石を広い上げた。


 何のためにこんなことを?

 そう思い顔を上げると、驚くべき事実が後ろにはあった。


 僕は糸の長さ関係なく、碧空さんから3メートルも離れていたのだ。

   

「このように、常に春のことばかり考えていなければ、糸の長さ関係なく行動が可能じゃよ。これまで通りの生活を送るもできるから安心せい」

「そ、それなら、なんとかなりそうですね……」


流石はオカルト原理。

 何を言っているのかはさっぱりだが、とにかくなんとかなりそうで安心した。

 

「うむ! して、春よ! お主はいつまでそうやって黙っているつもりなのじゃ! 早う、こっちに着て婿殿に挨拶せんか!」

「っ!?」


 乙女さんに呼ばれ、碧空さんは肩を跳ね上げた。彼女のリアクションに、僕は再び碧空さんを認識した瞬間、“キュッ”と糸が短くなった。


 ――糸が短くなった?


「言い忘れておったが、糸の長さは変化するのじゃよ。好意を抱けば、短く。嫌悪すれば、長くなる。と言っても、くつくつ! 儂が仲人をせずとも婿殿は大丈夫そうじゃのう」


心底嬉しそうに、乙女さんは僕たちを交互に見合った。


 そうだ。すっかり忘れていたけれど、僕らは運命の赤い糸で結ばれた仲。

 つまり、僕は本当に将来碧空さんと結ばれることなるということになる!!


 嘘、嘘、マジでぇ!!?

 やばい! 無茶苦茶嬉しい! 小躍りしそう! ここで僕、今日死んでも構わない!!

  

 えっとえっと、やっぱり告白からした方がいいのだろうか?

 今までずっと好きでしたとか。


 いや、最初からそれは重すぎるか?

 友達から始めましょうがベタか?

 でも、赤い糸で結ばれてるし、将来結ばれるのは確実だしな……ああ! どうしたらいいんだよ!!


「これ、春。なにか喋ったらどうじゃ? ようやく婿殿にも赤い糸が見えたのじゃぞ!」


乙女さんは、ぐいぐいと碧空さんの背中を押して、僕間近まで彼女を近づけてきた。

 

 乙女さんそれ以上は止めて!

 それ以上、僕の目線に入るくらい碧空さんを近づけないで! 可愛くて卒倒しちゃうから!!

 ああああああ!!! 駄目だ! 顔から目を離していても、碧空が近くにいるって事実だけでクラクラする! 何この甘い匂い! シャンプーか? ネットでよく見かけるシャンプーの匂いか!? どうして女の子って素でこんなに良い匂いするんだよ! 反則すぎるだろうがっ!!

 そうだ! 目を瞑ろう! 無の境地だ! 瞑想で精神を保つのだ!


 目を瞑り、僕は精神を安定させる。

 これでばっちりだ!

 これでもう何がきても大丈夫!


 どんと構えた僕に、聞こえてきたのは、綺麗な吐息。溜息。そして耳を疑うような、あり得ない言葉だった。


「はぁ……やっぱり。私は目を覆いたくなるくらいのブサイク女だったと言うわけですね。まあ、今となっては、もうどうでもいいですけどね……」

「ぶ、ブサイクだって……?」


 何を言ってるんだ。

 碧空さんは、学校中の生徒たちが羨む美貌の持ち主。

 ブサイクなんて思っている人間なんて一人もいるわけないじゃないか。百人中百人に聞いても美人と即答する。


「い、いや、待ってくださいよ。碧空春さんは、普通に綺麗な顔をしてると思いますよ……?」


僕は目を瞑ったまま、反論すると、碧空さんが息を呑んだ音が聞こえた。

 

「っ!? お、お世辞なんて言わなくていいですから……っ! 私の顔があまりにもキモくて、見ただけで倒れるくらいに酷いことは知ってるんですよ! ええ、私なんてどうしようもなく醜い女なんですよっ!!」

「いや、それは多分勘違いかと――」

「そ、それじゃあ、群青くんはどう思ってるんですか……? 私のことを」

「え?」


 何で僕の名前を知ってるんだ?


「と、とにかく答えてくださいよ! 群青くんは私のこと、どう思ってるんですか!? ちゃんと説明してください」

「え、えっと……それは……」

「それは……?」

「……ノーコメントで」

「なんですか! それ!?」


 言える訳無いだろうが!!

 『一目惚れするくらい可愛すぎるっ!!』なんて、本人を前で言うなんて、恥ずかしすぎて死ねるわ!!


「ハハっ、あーそうですよね……。どうせ陰キャな私なんて、可愛くもクソもないですよねー……」

「いや、そんなことは……碧空さんには魅力的なところが一杯ありますよ!」

「友達もいないし、ボッチな学園生活を送ってる根暗女子なだけですよ」

「碧空さんが魅力的すぎて、誰も近寄れないだけです!」

「あーあ、誰か私と友達になってくれる人とかいないかな……そんないい人が現れないかなぁ……?」(ちらっ、ちらっ)

「……」


 最初こそ、いじけているように見えてた彼女だったが、途中からいかにも構ってほしいオーラを感じ始め、僕はこう思った。


「やべ、この人超絶めんどくせぇ……」

「面倒臭いって言いました!? 今!?」


あ、口に出てた。

 なら開き直るまでだ。

  

「言ったよ。何だよせっかくこっちは励まそうとしてるのに、人を試すような言動ばかりしやがって。僕、面倒くさい人間って苦手なんだよ」

 

なんだろ……先ほどまではあんなに煌めいて写っていた碧空春が、今では根暗で面倒くさい人間にしか見えない。

 神々しかった雰囲気も吹っ飛んで、今では普通に碧空の顔を視認することができる。


 青くぱっちりした瑠璃色の瞳を自信なさげに細目、綺麗な桜色の唇はミミズがうねったようにもにょもにょとしていた。

 

 碧空の素顔は、予想通り滅茶苦茶可愛いアイドルみたいな顔をしていたけど、残念臭が強すぎて、魅力が相殺されてしまっている。


 なんと惜しいことか。これがなければ完璧なのに。

 

「わ、私はちょっと他人との会話が苦手なだけで、そこまで面倒くさくないんですよ……!? そ、それに群青くんには言われたくありません!」

「なんだよ。僕の事を碌に知らないくせに、勝手に判断するな」


僕と碧空が直接会ったのは、今日が初めてだ。

 恥ずかしがり屋な僕が話しかけに行くこともできるわけがないので、今までは遠くから眺めることしかできなかった。


 それなのに、知ったかぶりで自分のことを語られたら、誰だって腹が立つ。

  

「知ってますよ!? 群青くんのことならなんだってね! だって――」

「だって、なんだよ?」 

「っ~~~~~!!」


 碧空春は言いかけた言葉を飲み込んで、いきなり顔を真っ赤にして膠着した。


「な、なっ!? 何でもありませんから!!」

「おい、言いかけたなら最後まで言えよ」 

「だ、だから! 群青くんは、おっぱいが大好きなことを大声で叫ぶセクハラ野郎だって、言おうとしたんですよっ!!」

「お前っ!? あれ、聞いてたのかよ!?」


バカな! 境内でお参りするとき、周りに誰もいないことは確認したはずだぞ!?

  

「ええ、そうですよ! バッチリと聞いちゃいましたよ! どうしてくれるんですか! もう最悪ですよっ!!」

「聞き耳立ててるなんて、たちが悪いぞ!?」

「勝手に叫んだのは、群青くんじゃないですか!? 私は被害者ですよ! あれがなければ今頃は……きっと全部上手くいってたはずだったのに……っ!」


 碧空は、何かを悔しがるように歯ぎしりを立てた。

 一体、何が上手くいくはずだったんだ?


「っ~~~~!! もう知りませんっ! 群青くんのバカ! おっぱい星人!」


 碧空は顔を真っ赤にして、あさっての方向を向いてしまった。

 確かに、女性に胸部が好きと言うのはセクハラかもしれないが、僕だって故意に碧空春に向けて言ったわけじゃない。もし彼女がいると分かってたら、絶対に言わなかったさ。憧れで初恋の女の子だったからな。

 

 まあ、もう色々と冷めてしまったから、どうでもいいけどな。


 碧空春が、僕の思い描いていた『青春の象徴』ではなく、ただの根暗で面倒くさい人間だと分かった瞬間から、僕の中にあった彼女の憧れは脆くも崩れ去っていた。


 ああそうさ、僕はおっぱいが好きさ、大好きだよ。何か文句でもあるか?


「まあまあ、二人とも。一旦落ち着くがよい」


 乙女さんは両手を振って、僕らを宥めた。


「お主たちは、まだ赤い糸で結ばれたばかりじゃ。これから改めて共に過ごしていきながら、ゆっくりと仲を深めていけばよいではないか。そうすれば、お互いの新たな一面が見えてくるじゃろうよ。なんせ、お主たちは将来結ばれる関係じゃからのう! くつくつくつ!」

「(以前ならともかく)僕が碧空を好きになるなんて、ほとほと疑問ですけどね」

「わ、私だって、セクハラおっぱい星人の群青くんと結ばれるなんて、想像できませんよーだ」

「おっぱい星人言うな、コラ」

「事実じゃないですか。ふんっだ」

「これこれ、やめんかお主ら。そうじゃ、まず手始めに名前で呼び合うところから初めてみてはどうじゃ? ほれ、呼んでみ。ほらほら!」

「ならこれからよろしくな。根暗で面倒臭い春さん」

「こちらこそ。おっぱい大好き雨乃くん」

「うむ! 喧嘩するほど仲が良いということじゃな! よかろう!」


 乙女さんは納得げに首を縦に振った。

 その言葉は、この場合は適用されないと思いますよ。


「とにかくもう遅いですから、僕はもう帰りますね」


空はすっかり星空の見える夜空が広がり、境内の外。鳥居の向こうも街灯りで煌めいた。


「婿殿よ。折角のめでたい日じゃ、今日は我が家に泊まってお祝いをせんか? 腕によりを掛けて歓迎するぞ?」

「折角のお誘いありがたいですけど、遠慮しときます。今日は色々あって疲れましたから」

「そうか。ではそれはまた後日、改めて執り行うとしよう。では、気をつけて帰るのじゃぞ。春のことを考えれば、糸の効力が発動して引っ張られるかもしれんからのう。くつくつくつ!」

「ああ、それなら大丈夫です。僕、春さんのこと特になんとも思ってないんで楽勝です」

「い、言いましたね! 群青くん!? ほ、本当にあなたっ……あなたって人は……っ! もう知りませんよーだ! ふんっ!」


 碧空はふくれっ面をして、僕から顔を思いっきり逸らせた。

 

 その仕草も顔も可愛かったけれど、碧空が面倒なかまってちゃんだと分かった今、素直にそう思うことはできなかった。

 昔の僕だったら、可愛さで死んでしまってたんだろうな。本当に残念だよ、色んな意味で。

 

「あーはいはい。じゃあな、碧空。また明日教室で。といってもあまり関わることもないだろうけど」

 

 僕は手の平をひらひらと舞わせつつ、鳥居を抜けて階段を降り、自転車で坂道を下りながら恋塚神社を後にした。


 こうして僕の初恋は、始まることもなく終わり。そして望まない形で始まってしまったのだった。

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