第1話 意味が分かると両思いな話(問題編)

 『青春』とは、誰もが一生に一度は夢見る理想のことである。


 最高の友人たちと出会い、一生の仲を誓える親友ができ、最愛の恋人ヒロインと永遠の愛で結ばれる。

 それが誰もが思い描く『青春』だ。


 大半の人間が、そんな素敵な学園生活を送りたいと思ったことがあるのではないだろうか?

 少なくとも、僕はそう思っている。


 漫画や映画みたいな、甘酸っぱいシチュエーションを味わいたい。青春を謳歌したいと本気で望んでいるのだが、そんな理想の青春を送る上で、僕には一つ大きな問題があった。

 それは――。


 恥ずかしい……っ!!


 そう、青春とは文字取り青い春!

 青臭い言動、行動が必要不可欠!


 臭い台詞。格好付けた行動。歯の浮くような、赤面必須なシチュエーションの数々。そのどれもが、恥ずかしい! そんなこと出来るか! でもそんな夢みたいな人生を送りたいと本気で思っている!!


 がぁああああああああ!! 青春イベントを経験したいのに! その全部が全部恥ずかしいぃ!! あんな臭い台詞吐けるか! くそ、とんだ囚人のジレンマだ!!


 かといって、このまま呆然と人生が過ぎるのを待つのなんて嫌だ。

 地団駄を踏んだところで、僕の求めている青春はいつまで経ってもやってこないのだ。


 そこで僕は、知り合いすらいなかったボッチ中学校時代からなんとか脱却すべく、高校生デビューを果たすことを決意した!

 

 と言っても、すごくお洒落になったり、髪を染めたりするのではなく、髪を整えて、身だしなみに気をつかったりして、中学生時代の地味で暗かった容姿を少しだけ直しただけだ。

 あまり背伸びしすぎても、返って悪目立ちしてしまい恥ずかしい思いをするだけだからな。


 結果、『クラスの端っこにいる背景A』だった容姿が、『普通の男子高校生A』くらいにはなった。

 青春イベントを発生させる上で、『普通』はとても重要なキーワードだ。

 大概の物語の主人公は『ごく普通の人間』だと相場が決まっている。つまり、青春イベントに遭遇したいのなら、普通の容姿が一番適した格好と言えるのだ!

一応、妹にも意見を聞いてみたが、「悪くはないんじゃない?」と答えてくれたので多分問題ない。完璧だ。

 

 これで僕も高校生から青春イベントが発生しまくって、友人や親友、そして念願の彼女が出来ることだろう! くははははっ!


 この時の僕は、本気でそう思っていた。



◇◇◇



 単刀直入に言おう。結果は惨敗だった。


 高校一年生、四月。

初めてのホームルームが終わり、僕は意気込んだ。


 よーし、友達百人つくるぞ~! 


 と気合い十分で張り切るも、持ち前の恥ずかしがり屋が発生。

 誰とも上手く話すことができず、友達百人どころか、自分の机の上で孤立してしまう。

 幸い、たまたま前の席だった快晴晴明かいせい はるあきと言う名の同級生が話しかけたきたので成り行きで友達ができた。どうにかボッチは真逃れた。


 

 高校一年生、五月。

 図書委員会に立候補。

一緒の委員会になったのが、女子生徒(可愛い小悪魔系)だった。


 これは一緒に活動していてフラグが立つやつじゃないか!


 と、青春イベントを期待するも、彼女の口車に乗せられて仕事を押しつけられて、図書室で一人受付として時間を過ごす(何故か妙に視線を感じた)。

 

 おまけに、委員会の仕事を終えて帰宅しようと自転車置き場に行くと、帰宅もせず男子生徒(多分彼氏)と駄弁っている彼女を偶然発見してしまう。苦虫を噛んだような感情に襲われた。


 高校一年生、六月。

 同じ学校の同級生、碧空春さんに一目惚れしてしまう。

 彼女はまさに、僕が追い求めた『青春』という理想そのもの。

 見た瞬間に、心をわしづかみされ死にかけた。

 

 例えるなら、夏に流れる清涼飲料水メーカーのCMに出てくるような美少女。

 例えるなら、学生が思い描く、妄想を具現化した美少女。

例えるなら、『青春』に関連するワードを全て詰め合わせた美少女。


 あまりにも美しすぎて、横顔しか見ることはできなかったが、それで十分なほどに、彼女は綺麗だ。

 持ち前の長い黒髪は、あまりにも艶やかで、日差しを浴びるごとに反射して青色や水色の光りを放ち。

 顔は芸術家が迷わず線を引いたかのような美しいラインをしており、その中にはコバルトブルーの大きな瞳が宝石のように輝いていた。

 それだけなら、可愛く幼い印象を受けるが、唇は厚すぎず、薄すぎず、丁度よく膨れた淡い桜色をしており、思わず異性として意識してしまう異性としての魅力も持ち合わせていた。

 

 清廉潔白。

 純真無垢。

 マジ天使。


 などの単語が似合う、僕の憧れの存在だ。というか、全校生徒から好かれる存在だ。

 当の本人は口数が少ないので、どんな性格をしているのかは知らないけれど、きっと見た目通りの清らかで爽やかな内面をしてるんだろうな~。


 僕と別のクラスってこと以外、完璧だよ。畜生が!


  

 高校一年生、七月。

 演劇部が夏の大会に出場すべく、臨時の役者、裏方を募集しているポスターを発見する。


 演劇の舞台に立つなんてまさに青春イベント! 


 乗り気で立候補し、参加することに。

 演技力が高ければメインキャストの一人になれると聞いて、演技指導、演技の基本を片っ端からかき集め、腹式呼吸まで身につけた状態でオーディション挑む。


 しかし、肝心のオーディオで持ち前の羞恥心が発症。一言も台詞を喋ることができず、役者どころか裏方に回されてしまう。

 

泣く泣く裏方仕事をする僕だったが、その時よく作業を一緒にすることが多かった黒縁眼鏡をかけた地味な女子生徒(そこそこ可愛かったような気がする)と少しだけ仲良くなる。

 お、これはもしやいけるのでは? 期待するも、特にフラグが立つことなく、演劇部の活動と同時に関係は自然消滅した。踏んだり蹴ったりだ。


 

 高校一年生、八月。

貴重な夏休みの最中に、学校から緊急招集がかかる。

 どうも、うちの高校の野球部が初めて、甲子園予選の決勝まで勝ち進んだらしく、全校生徒で応援することになったのだとか。

 

 甲子園といえば、青春の代名詞! 


 太陽降り注ぐ猛暑の中、気合いを入れて応援したため、熱中症でぶっ倒れてしまう。誰一人フラグを立てていないので、お見舞いイベントももちろん発生しない。

 いや一応、晴明は来てくれたけど、僕が倒れた直後に碧空春さんがチアガール姿で応援したことを聞かされて、口から血を流すくらいに悔しかった。 

 どうして僕が倒れた直後なんだよ! 生で見たかったよ! それ!! 


  

 高校一年生の九月。

 文化祭準備で生徒会が補佐を募集。


 生徒会といえば、一存的にも、役員共的にも青春イベントの一つだよね! 


 もちろん参加した。

 青春イベント発生率を上げるため、何でも感でも仕事を請け負ってしまった所為で、文化祭当日は仕事に追われ、殆ど遊べないまま終わってしまう。

 くそっ! 仕事にかまけすぎた! 僕だってもっと文化祭楽しみたかったよ! 出来ることなら碧空春さんを誘ってなんかして。誘う勇気なんてなかったけどな!!

 

後日、晴明からクラスのメンバーで集まって文化祭の打ち上げしたことを聞かされた。

 僕は呼ばれなかった。生徒会の仕事が忙しすぎて、クラスの方には全く顔を出せず、忘れられてしまったらしい。泣きそうになった。


 

 高校一年生、十二月。

 今日は楽しいクリスマス。

 様々なイベントが発生する一年で最もワクワクする日の一つだ!


 もちろん、僕には何も起きなかったが……。

 しかも、夜の十時頃、晴明から電話がかかってきて、クラスでクリスマスパーティーがあったことを聞かされた。

 

『なんで、あまのっちは来なかったんだよ?』


 いや、まずそんなパーティーすら知らなかったよ。

 どうやら文化祭の打ち上げ同様、今回も忘れられたようだ。これで二度目である。そろそろ死にたくなった。

 流石に晴明も思うところがあったのか、その足で僕の家まで来て、野郎二人でクリスマスパーティーをすることになった。首は吊らずにすんだ。


 高校一年生、一月、二月、三月。

 特に何のイベントもなく過ぎ去る。

 ツライ。


 気がつけばもう、高校二年生の五月だ。

 貴重な学生時代の三分の一が何もないまま終わってしまった。


笑いたければ、笑え。

 結局、僕はこの一年間、青春とは無縁な日々を過ごしてきた。

   

 高校一年生で僕が得られたものなんて、快晴晴明という悪友と、全ての学校行事に参加する便利な優等生の称号くらいである。

 

青春なんて所詮、フィクションでしかない。

 僕から言わせれば、青春を謳歌してるやつなど全員、『青春バカ野郎』だよ。


「けっ! 青春なんて結局はリア充だけのものなんだよ! 僕みたいな地味な高校生には縁もないんだよ! かぁーぺっ!」

「えらくやさぐれてるな、あまのっち」

「やさぐれたくもなるっての! これだけ色々やっといて、何一つイベントが起きないんだからな! それにだ――」


 僕がここまで荒れてたのには、もう一つ理由があった。

 

「なにちゃっかり彼女出来てるんだよ。晴明……」

「いやー! 彼女がいるって最高だぜ! あまのっち!」


 そう。

 なんと、高校二年生になって、晴明に彼女ができたのだ。


 つまり、こいつも青春バカ野郎の一人。僕の敵である。

 お前は友達だと思ってたのに……くぅ……裏切られた気分だぜ……っ!!

 

「いや~、本当に彼女がいるっていうのはいいぜ、あまのっち! 学校に来るのが毎日楽しみになったし、一緒に昼飯食べるだけで嬉しいし! 放課後一緒に帰るのが楽しみで! もう本当最高だぜ! オレっちの人生はまさに絶好調! バラ色さ! あまのっちの言う青春バカ野郎真っ最中だぜ!」

「五回も告白してよく言うぜ」

「終わりよければ全て良しだぜ、あまのっち!」


 上機嫌に笑う晴明に、ますます眉が寄ってしまう。

 

 なんでだ……! どうして色々やってる僕よりも、特に何もしてない晴明の方が早く彼女が出来るんだよ!?

 恋人ができるだなんてそれ、青春イベントの目玉の一つじゃねぇかよ! 


 あれか? 物欲センサー的なやつ? 僕が青春を望みすぎてるから手に入らないのか? 仕方ないだろうが! 夢みたいな青春に憧れるのは学生として当然だし、彼女だってほしいに決まってる!

くぅ~~~っ!! どうしてこうも僕には何も起きないんだよ!? 僕前世でなんかとてつもない罪でも犯したのか!?


「まあ、あまのっち、そう睨むなよって。どうしてオレが告白に成功したのか教えてやるからよ」

「なんだ? 何か特別な方法でも使ったのか?」

「おう! 親友のあまのっちだから教えるとっておきの方法だぜ! オレはこれで美夏(彼女)に告白して成功したからな!」


 動画広告などでよく聞く謳い文句みたいな台詞に、正直半信半疑だが、晴明は偉く自信満々だ。

 

 そんなに効力があるのか? 

 もしそんな方法があるというのなら。憧れの女の子に告白して成功する秘伝があるのなら、是非とも聞きたいところだ。


 僕が聞く気になったことに気づき、晴明は声を整えると、重大そうにゆっくりと語り出した。


「オレが告白に成功した方法。それはな――」

「それは?」

「なんと――恋塚神社こいづかじんじゃで恋人を願ったからなんだぜ!」

「………は?」


 ガンっ!


 どこからからともなく、何かがぶつかる音が聞こえた。なんだ?


「てっ待てよ。つまり神頼みでなんとかしたってことか?」

「そうだぜ!」

「てか、恋塚神社ってどこだよ。縁結びなら、ここら辺じゃ生田神社の方が有名だろうが」


 僕らが住む街から一番近い縁結びの神社は、生田神社が定番だ。

 歴史もあって、街のど真ん中にあるため、観光シーズンには多くの観光客で賑わっている人気スポットの一つ。

 

 ここからなら電車で二十分もすれば着くし、晴明だってそのことは知っているはずだが。何故そんな名も知られていないような神社にお参りしにいったのだろうか。

 何か特別な理由でもあるのか?


「流石察しがいいな、あまのっちは。恋塚神社は坂の上、山の中にある神社なんだけどよ、ここにはある噂話があるんだよ」

「噂だって? どんなだよ」

「恋人を願えば、運命の相手と赤い糸で結ばれる。しかも物理的にな!」


しかも物理的? どういうことだ、意味が分からん。

 

「オレっちも詳しい話は分からないんだけどよ。きっと物理的に離れられないくらい、深い仲になれるって意味だと思うぜ? 現にオレと美夏は、絶賛ラブラブ中だからな! なはははははっふがぁ!?」


 デコピンをかましてやった。

 ふざけやがって。マジメに聞いて損したぜ。


「いやいや! 待てよあまのっち! オレは恋塚神社にお参りした後に告白して、成功したんだぜ!?」

「たまたまだろうが。お前のしつこさで五回も告白されれば、誰だって首を縦に振るさ」

「あまのっちも試してみろよ! オレっちみたく彼女が出来るかもしれないんだぜ!? 一緒に青春を謳歌しようぜ!」

「生憎、僕は無心教徒なんだよ。それじゃあな」


 晴明にそう言い残し、僕は鞄を持って自転車置き場まで向かった。


神頼みで恋人がどうにかなるのなら、この世にマッチングサイトや出会い系など存在しない。

 晴明も善意から言ってるのは分かるが、流石に僕も神様に頼むほど迷走しているわけでもない。


 あーあ、放課後まで残って時間を無駄にしたな。とっとと家にでも帰って、寝るまで日までも潰すとしよう。

 


◇◇◇


 チャリリリリリリィン、カランカランカラン!


「理想の恋人ができますように!」


 学校を後にして数十分後。

 僕は自転車を飛ばして坂道を駆け上がり、気付けば恋塚神社の賽銭箱に財布を逆さまにして小銭を全て投入し、鈴を鳴らしていた。


 何をしてるのかって?

 もちろん、彼女を願っている。

 当たり前だろうが。


 晴明にはああ言ったが、前に言ったとおり、僕は夢の青春を送りたい。

 だが青春イベントを始めるに当たって、一つとても重要なことがあった。


 それは、ヒロインとの遭遇だ。


 思い出してみてほしい。

 青春を題材にした作品のファーストアタック。最初に起きる事件は必ず、ヒロインと出会うことから始まる。


 これが青春を送る上で運命の分かれ目となる。


 平凡な主人公は、特別なヒロインと出会うことで物語が始まる。


 逆に言えば、ヒロインと出会えなけば、平凡な主人公は永遠に平凡な人生を送ることになる羽目になる。

 そう、青春においてなにより大切なのは何より、ヒロインなのだ!


 だから僕は晴明の言葉に乗せられてここに着た。

 なんせ告白する勇気など、僕にはないからな!


 ああ腰抜けだ。目的のためなら神頼みだろうが、なんだろうがやってやる。


 それで憧れの青春を送れるなら安いもんだ! 


「あ~~~~っ!! そうだよ、僕だって彼女がほしいんだよ! 甘酸っぱい日々を送りたいんだよ! 青春を謳歌したいんだよ! おっぱいだって揉みたいんだよっ!!」


 周辺に誰もいないことは来た時に確認してので、思わず発作的に叫んでしまった。

 容赦なく、自分の欲望を叫んでいた。


 その時である――左手の小指に赤い輪っかのようなものが見えたのは。


「え?」


 左小指に指輪のようにはまる赤い輪っかの先からは、一本の糸が伸び、そのまま背後に伸びていた。

 これま……まさか……。


『恋塚神社で恋人を願うと、運命の赤い糸が実際に見えるんだとよ!』


 先ほど聞いた晴明の言葉を思いだす。

 つまりこの先に――――僕の運命の相手が!


 あまりにも現実離れした現象に、僕は驚いたり、疑問に思ったりするよりも、ドキドキした。

 この先に僕の運命の相手がいる! こんなこと、ワクワクするに決まってる!


 僕は急いできび返し、運命の相手を探しに行くため神社から出ようとした。

 どこにいようが見つけ出そう。そこから、僕の青春物語が始まるんだから!


 そう思い、鳥居の方向に振り向いた瞬間――一人の人影が鳥居の下に立っていた。


 セーラー服を身に纏った、美しい黒髪の美少女。

 僕は彼女を知っていた。忘れることなんてできない。そして目を離すことができなかった。だって彼女は――。


「碧空春……さん……?」


 僕の憧れた『青春の象徴』、碧空春。

 彼女の右小指には、僕と同様に赤い輪っかがはまっており、僕らの小指同士は、赤い糸で結ばれていた。

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