1.異変

「これで三人目だ……かわいそうに……」

「ああ、神よ。我々が一体何をしたというのか……」


 そう嘆いている村の男達の足元には、人間の四肢が散らばっていた。

 これは獣の仕業ではない。食人鬼の仕業だと、村の中では常々話題に上るようになっていた。


 エドワードは農地に出る度、村で一番年長のラドスに言われていた。


「お前の夢魔にそっくりな美しい妻、ヘレンが来てから村の人間が食われるようになった。お前は食人鬼の夫だ、忌々しい。さっさと消えてしまえ」


 ラドスは妄言が多かったため、そう言われるエドワードを同情する人間も少なくなかった。しかし、ラドスの言葉に賛同する人間も少なくは無かったのだ。


「全く酷いことをいう。君の一体どこが食人鬼だというのか。こんなにも美しく、繊細な指で働き、空を映す湖のように透き通った瞳を持っているのに」


 エドワードのその言葉に、ヘレンは困ったように笑う。


「ありがとう。あなただけよ、そんなことを言うのは」

「僕だけで良い。あの夜、君を助けられなかったから、みんな僕に嫉妬しているんだ。村一番の醜男である僕の元に、君みたいな天使が来るなんて……」

「ああ、もう。エドワード、そういうことをいうのはやめて。恥ずかしいわ。それよりね……」


 夫婦の仲睦まじい時間の中、ヘレンは突然として言った。


「そろそろこの村にはいられないと思うの。ねえ、二人でどこか遠くへ行かない?」

「それは、この村を離れるということかい?」

「そうよ。誰の目もつかないところに行くの。そうね、森の奥深くとか、奥地の湖のほとりとか。素敵じゃない?」

「ああ、確かに素敵なことだけど……」

「エドワード、食人鬼がこの村にいるのよ。いつあなたが喰われたっておかしくない。そうなる前に、次の犠牲者が出る前に、ここを出なきゃ……」

「みんな俺に冷たいけど、ここは俺が生まれ育った村だよ。そう簡単に答えは……」


 答えを出さないエドワードの腕を掴み、ヘレンはもう一度言う。


「お願い……もうこれ以上……」


 か細い声で最後は聞き取れなかったが、どうにもここを出たい意志は伝わった。自らを掴むヘレンの腕に手を置き、エドワードは優しく微笑みかける。


「わかったよ。君がそう望むならそうしよう」


 そう言ってエドワードは優しくヘレンを抱擁し、それに彼女も答えた。そして二人は愛を確かめ合った。きっと二人ならなんとかなる。生まれ育った村を出ても、どうにでも……。


 エドワードは不快ではない疲労を感じながら、眠りについた。彼はもう、ヘレンを迎え入れた直後のように冷たい床では寝ていなかった。

 今は愛と共に、夜を越えるのが常になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る