Episode.4-25

    ◇翌日◇


「……昨夜は一睡もしなかったようね」


 目を覚ましたエルザが上体を起こし俺に話し掛ける。俺は天井を見上げたまま一晩中考え事をしていた。


「早ければ明日にでもドラバーンへ向かうのよ。幸いにも村人たちも坊やに協力的だし、気を許して深く寝入ってもいいんじゃないかしら」


 そうエルザが俺に告げる。エルザにしては他者に気を許す発言などどういう心境なのかと尋ねたくなるが、今の俺にはそんなことを考える余裕はなかった。


「別に、ランバークの人たちを信用していないとかそういうことじゃない」


 エルザの問いに曖昧に返す。するとエルザは、「昨夜の話が気になるのかしら?」と俺に尋ねた。


 昨夜小屋に戻った俺は、老人と会って起きた出来事、そしてイーマから聞いた話をエルザに話した。イーマは、老人とレオン、レオンの兄エランのことについて語ってくれた。


 老人と老人が連れてきた幼子二人、勿論だが最初は毛嫌いされた。余所者は徹底的に排除するのがランバークの掟。受け入れると許諾したものの、それは表面上だけで、隙を見て三人は殺すつもりだったと当時の長は考えていた。なぜなら、ランバークの住人をだけの力を持っている者が、そう易々と村のために尽くすなど信じられなかったからだ。しかし、長の思惑とは裏腹に、老人は信じられぬほどランバークのために尽くした。


 日々、村の周囲を警備しては、危険が及びそうな場合はすぐに村人へ伝達した。特別な力――闘士としての力――を持っている者を集め、自ら指導し村人を鍛えた。当時村にいた子供たちを集め、一般的な文字の読み書き、ある程度の歴史など、教養を身に付けさせた。特に、長の息子であったイーマは老人からあらゆる分野での知識を教わった。村の区画を整理し、それぞれにしっかりと役割を分担させ、ランバークの本来の目的ともいえるドラバーンからの独立のために大きく発展させた。


 そういった行為を見て、ランバークの者たちも少しずつ心を動かされた。そして、その老人と、老人が連れてきた幼子二人だけは特別に村の一員として迎え入れることにした。その幼子二人も、老人の例に漏れず、成長すると共に才能を開花させていった。


 弟のレオンは、闘士としての才能に優れ、幼い頃から大人顔負けの身体能力を身に付けていった。十以上歳の離れたバンギットたちと共に老人に日々鍛えられ、訪れて十年程で、レオンは一人でランバークの見回りができるほどになっていた。


 それに対し兄のエランは、術士としての才能に優れていた。偶然としか言えないが、イーマも術士の才があることが分かると、エランと共に老人にその力の使い方を習わされた。闘士と違い、術士は力の操作コントロールが難しい。あらゆる知識、度重なる経験を経て、その力の使い方を学ぶ。イーマとエランは研鑽を重ね、共に成長していったが、学ぶにつれイーマは挫折を味わった。


 術士の強さは持って生まれた才能が全て。それを、身をもって味わった。


 村の長の息子であり、次期ランバークを束ねる長となる自分が、余所者に劣るという事実を受け入れられなかった。力の伸び悩むイーマに対し、エランは着々と才能を開花させていった。老人はエランのことを「ドラバーン随一の術士かもしれない」と評価したほどだった。エランは、当時増えつつあった凶暴な動物――化物――への対策のため、ランバークの周囲に術を張り巡らせた。多少の痛みが走り、直接的な害はないものの、そこにいるだけで不快に感じる展開式の術――防護の術――、それを何の苦も無く易々と行使してしまった。それを知ったイーマは、自身の中に流れるランバークの血が騒いだそう。


 そこでイーマの話は終わってしまった。


 イーマは、悲しそうに歪む顔を俺に向け、「くだらない話をしちまったな。レオンは俺が送り届けるからあんたは小屋に戻ってゆっくり休みな」と伝えた。その話を、小屋に戻ってからエルザに話した。それを聞いたエルザは、特に何かを話すことなくそのまま寝てしまった。


 その後、俺は一人イーマの話をずっと考えていた。そして気付けば朝になっていた。


 イーマの話が頭に焼き付いて離れない。いや、正確にはレオンの兄エランの話だ。


 イーマはエランのことを「既に亡くなっている」と言っていた。イーマのあの表情からも嘘ではないだろう。だが、何かが心に引っ掛かる。この気持ちの悪い感覚は一体なんだ……。


 手で顔を覆う。その隙間にある目を見開く。目に映るのはただの木目上の壁だが、その線一本一本が一つに交わり、一本の線になっていくのが今の俺にはハッキリと見える。


 エランは、労することなく展開式の術が行使できるほどの類稀な才覚を持った術士。老人がエランのことを、『ドラバーン随一の術士』と評価する程の。


 エランが亡くなったのは六年前だと言っていた。どういう経緯で亡くなったのかが分からないため定かではないが、もし……、もしそのエランが生きていたとしたら……?


 自身の中にある無数の歯車が急速に回り始める。それら一つ一つが徐々に噛み合い、思考という次の歯車を回し始める。


 そうだ。これまで聞いた話と似たような経験を俺はしている。クルーエルア城で、俺は騎士長たちに何て言った。俺は、あの時、確か……。


    ◆


「六年間の空白期間に何を行っていたかは想像がつきます。恐らく他国の術士を集めていたのでしょう。そして六年の歳月を経て再びクルーエルアの術士を攫いに来た」


    ◆


「……嘘だ」


 あれはあの時言った俺の予想。それまでの事実とその時の状況を組み合わせて導き出した、俺の仮定話だ。それが、こんな偶然が有り得るのか……?


 顔から手を離し自身の掌を見る。


 ドラバーン国境に展開されていた感知の術。あれも火の国の術士が展開した術だと言っていた。それとほぼ同種である防護の術がこのランバークの周囲に展開されている。それじゃあ、この村に展開した防護の術、ドラバーンの国境に展開されていた感知の術。そして四年前、クルーエルアの術士校を襲撃し、ローズお姉ちゃんを攫った四人の術士の内の火の術士というのは、まさか……。


 そこまで考えたところで急に体から力が抜ける。なんとか顔を動かすと、俺の背後に立ち、背中に掌を押し付けているエルザと目が合った。


 意識が微睡まどろみの中に落ちていく。意識を失う直前、エルザが小さく呟く声が聞こえた。


「それを調べるのが、私の役目よ」

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