Episode.4-24

「はははっ! そうかそうか。お前でも爺さんには勝てなかったか!!」


 レオンが笑顔で俺に話し掛ける。


「なんでそんなに嬉しそうなんだ。それよりも、どうしてもっとちゃんと教えてくれなかった」


「いや、俺は言ったぞ。爺さんかなりの腕利きだって。それに俺は一言たりとも爺さんが俺より弱いなんて言った覚えはないぜ」


 じろりとレオンを見る。レオンは、「してやったり」と言わんばかりの顔をしてにやにやしていた。


 今、俺とレオンはイーマの店を目指し歩いている。陽は沈み、辛うじて灯りを点けている家のお陰で、道の先を目視できるような状態だ。


「まぁまぁ気を落とすな。俺も子供がきの頃から爺さんに戦い方を教わっているが、未だに本気の爺さんに勝てたためしがねえ。共闘した時にお前の実力は見せてもらったが、仮に本気を出したとしても爺さんには敵わないと思うぜ」


 レオンが笑顔でそう告げる。俺は、先程の老人のことを思い返していた。


 初めて会った時に手に触れて、尋常ではない強さを有していることは想像できた。しかし自惚れではないが、互角にはやりあえると思っていた。真剣による剣閃、それも騎士剣を使用しての剣閃にもかかわらず、両の手の掌底だけで防がれた。全力ではなかったとはいえ、その事実が余りにも衝撃的過ぎて俺は目を疑った。その一瞬の隙を突き、老人は間合いを詰めてきた。俺は防御の姿勢を取ろうと考えたが、その時には既に手遅れだった。老人の拳はすぐ目の前にあった。そう、文字通り、あった。迫っていたなど生温い表現ではない。本当に目の前に拳があった。

 見惚れそうになる程の美しい透赤色の光を放つ拳が目の前にある。剣で防御可能な時間は疾うに過ぎていた。俺は顔を逸らし、なんとか老人の拳を躱すことができた。しかし、剣と拳とでは大きく間合いが異なる。ここまで踏み込まれた俺に反撃の術はなく、身体を掴まれ、その後大きく投げ飛ばされたのだ。


 このことをレオンに話すと、最初は「爺さんに両手を使わせたのか!?」と驚かれたが、俺が負けた事実を知るとすぐに嬉しそうな声を上げた。


 まがりなりにも俺はクルーエルアの王国騎士だ。速さにおいておくれを取るなど予想だにしていなかった。圧倒的な速さを武器に戦うのがクルーエルアの騎士。それに対し、圧倒的な力を有し、その肉体を武器に戦うのがドラバーンの闘士。その筈が、速さにおいて一回り上を行かれた。


 砂浜でのレオンとの共闘を通じ、闘士の尋常ではない強さには驚かされた。こんな強さを持った者がドラバーンにはごろごろいるのかと考えると身構えた。しかし、バンギットさんと一緒にいた者たちも拳から透赤色の光を発していたが、レオンや老人ほどの強さはない。たまたま俺が最初に出会った闘士が尋常ではない強さを持っていただけで、闘士全員が凄まじい強さを有しているわけではない。それでも、クルーエルアの騎士に相当する力を持っているのは間違いないだろう。この後、闘技大会に出場した場合、レオンに相当する相手と戦うことになるのだろうが、その心積もりが今できたことを考えると、老人との闘いは率直に有難いと思うべきだろう。


 そんなことを考えているとランバークの中央路に着く。東には大きな明かりが灯っており、そこから怒声が響き渡っていた。その怒声の一つに聞き覚えのある声が混じっている。バンギットの声だ。夜ということもあり、うるさいくらいその内容が聞こえてくる。どうやら昼間言っていた若者たちと揉めているようだ。耳を澄まさなくとも、殴打音がところどころで聞こえてくる。バンギットには、「今日は東には近付くな」と言われたが、騒ぎの原因が俺にあることは間違いない。そのため、止めに入らないわけにもいかない。俺のせいで誰かに怪我をされては申し訳が立たない。


 そう考え東に踏み出そうとしたが、肩に手を置かれ止められた。


「いつものことだ。お前は気にしなくていい」


 レオンがそう告げる。しかし俺は渋り、レオンに返した。


「そうは言っても……」


「お前のその思いつめた顔。事情は知らねぇが、どうせイーマの決定に不服な奴が反発してるとかそういう落ちだろ。だったら、余計に気にする必要はねぇよ。東のことはバンギットに任せておけ」


 そう言ってレオンが東を見て笑う。その表情を見て、俺は二人の関係がどういうものかを感じ取った。レオンとバンギットは、僻み合いながらも互いに認め合っている存在といったところだろう。しかし、二人……いや、イーマを含めた三人の関係性には少し気になるところがある。


 最初に年齢の話だが、レオンは俺とそう変わらないであろうことは予想できた。それに対し、バンギットとイーマは俺たちと十歳以上歳が離れている。見た目も、バンギットは蛮族とも思わせる風貌に対し、レオンはとても整った顔立ちをしている。イーマとも長年連れ添った兄弟のようなものと聞いたが、全く似ても似つかない。あくまで兄弟のようなものであって、兄弟ではないのだからそう言われればそうなのだが、それにしても根本的に何かが異なる。そう、イーマとバンギットはランバークの慣習に則り、何かしら『奪う』ことを目的としているが、レオンにはそれがない。それどころか、他者に対し『与える』行為すら感じられる。まるで先程闘った老人のように。老人は、自身のことを「ランバークの生まれではない」と言っていたが、もしかしたらレオンも……?


 そんなことを考えていると、レオンは東から視線を外し俺に笑い掛ける。そして、「腹減ったな。さ、イーマのところに行こうぜ」と言い、俺に店の方角へ進むように促した。


 俺は、後ろ髪引かれる思いながらもレオンの言う通りにした。もし俺がレオンの立場だったなら、バンギットのことを信じて任せられると思ったからだ。


 その後、俺たちはイーマの店に戻った。レオンを連れてきた旨を伝えると、イーマから礼を言われた。先程の老人との出来事を話そうと思ったが、酒を飲み始めたレオンにそれを遮られた。レオンは絡みこそしないものの信じられないペースで酒を飲み始めた。そして、イーマの作った飯を食い、酒をたらふく飲んで再び眠りについた。つい先程まで寝ていたはずなのに、起きて間もないにも関わらずまた眠りに入った。イーマはそんなレオンを見て、「飲みすぎだ。ちょっとは農作業を手伝って、ただ飯食ってるツケを返せ」と言っていたが、レオンはもう夢の中にいるようだった。


 レオンの酒癖の悪さは中々だったが、他人に絡んでこないだけましだと感じた。しかし、その酒癖の悪さを見てどこか懐かしい感じになった。まだ何日か前の出来事でしかないはずなのに、遠い昔のように感じられる。クルーエルアの皆は元気にしているのだろうか。父さんや母さん、カールにエリー、リリィ、ティアナ姫。


 感傷的になっていたが、念のため今日起きた出来事をイーマに報告しておく。すると、イーマはレオンが爆睡していることを確認してから小声で俺に話した。


「もう20年以上も前になるか。一人の老人が、二人の子供を連れてランバークを訪れた。老人は、その圧倒的な力を示したうえで、当時の村の長に取引を持ち掛けた。「ランバークを脅威から守る代わりに、この子たちを村の一員にしてくれ」と。

 老人はいくら問うても自身の名を口にすることはなかった。「儂の名は他者に名乗る価値はない」、と言い、名を名乗ることを拒否し続けた。しかし、連れてきた二人の子供の名はハッキリと伝えてきた。まだ、物心もついていないだろう幼子二人。その名が……」


 イーマの瞳に寂しさの色が映る。そして何かに耐えるように顔を歪ませた後、再び口を開きその名を告げた。


「弟のレオンと、今は亡き、兄のエランだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る