Episode.4-22
そう口にし、イーマは神妙な面持ちになる。続けて何かを語ろうと口を開きかけたが、イーマはふと我に返るように窓の外へと視線を向けた。
「おっと、もう昼か。随分と話し込んでしまったな。急いで店を開ける準備をしないと」
そう言ってイーマが
「今日はランバークを好きなように見て回ればいい。東に行くも良し、西の者と話すも良し、長旅で疲れているのであれば休むも良し、だ。一応、村全員に共有できるようにお前たちの話は通している。この村で仲間外れにされるということは死を意味することもあり、大人は理解がいい。どこに行ってもお前たちを受け入れてくれるだろう。でもまぁ、東の奴等は物わかりの良い奴ばかりじゃない。そんな時は、実力の差を見せ付けてやった方が早い。レオンが買っているくらいだ。相当な実力なんだろう、あんたは」
そう言い残し、イーマは酒場の入口に向かう。入口の扉を開け、農作業を終えたであろう村人たちを出迎えにいった。
急に空白の時間が出来た。目的となるドラバーンに向かうのは二日後。現在何か出来ることもなければ、しなければいけないこともない。今俺がしなければいけないことは特にないように感じる。
そんなことを考えつつ隣に視線を向ける。エルザはこの後どうするつもりなのか尋ねてみようと思った。しかし、そこにいるはずのエルザの姿がない。周囲を見渡してみると、裏口にいるグレイの傍に腰掛けている姿が目に入った。俺は立ち上がり裏口へと歩を進める。そして、話し掛けようと傍に行ったところで、エルザは視線だけを俺に向け口を開いた。
「イーマが言っていた通り好きに見て回ればいいわよ。話があるなら夜にすればいい。私は適当に時間を潰しておく。私にとってはつまらない村でも、坊やにとっては有意義な村かもしれないでしょ。だから好きなように見て回ってらっしゃい」
そう言いエルザは目を閉じる。回りくどいが、エルザなりの親切心で言ってくれていることは分かった。俺は素直に礼を言い、エルザと話をしている間に来店したであろう、人々の賑やかな声が行き交う酒場の中へと戻った。
酒場に戻ると、年齢様々な老若男女が
「おう、ここにいたのか。なら話が早くて助かる」
入ってきて早々俺の姿を認め、声を掛けてきたのはバンギットだった。俺が呼び捨てで挨拶するとバンギットは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑み、その後、真面目な顔をして話を続けた。
「おめぇらにも悪いな。酒が不味くなっちまうような話なんだがな。
「あぁん? あいつら、俺の決定が不服だって言いてえのか」
イーマが苛立ちを含んだ声を上げる。バンギットが話を続ける。
「一言で言うとそういうことだな。何でも、「国の使者としてくるような奴が、闘技大会になんて出るか」ってことらしい。んで、「仮に出て優勝できるような奴が、ランバークに褒賞を還元するわけがない」とのことだ」
「はぁ……。俺の思惑を何も分かっちゃくれてねぇ。これだから若いやつらは……」
イーマが手で顔を覆う。俺は黙って見守っていたが、バンギットは俺とイーマとを交互に見て口を開いた。
「明日までに俺が何とか説得する。だから今日は東には近付くな。例の場所の下見は俺がやっておくから、俺が不在の間は東に来るんじゃねぇぞ」
そう言い残しバンギットは酒場を出ていく。バンギットの言い残した『例の場所』という言葉が気になったが、わざわざ名称を伏せて言うあたり、『罪人の業道』のことを示しているのであろう。
バンギットが去ったことで酒場が静かになる。しかし、すぐに全員笑い出したかと思うと俺の背中をばんばんと叩き、「まぁ気にすんな。俺らはおめぇが優勝できるなんざこれっぽっちも思ってねぇからよ!」、「余所者なんだからこれくらいの批難浴びて当然だ!」など、励ましとは縁遠い言葉をたくさんもらうことになった。
それから店の手伝いをしたり、酔っ払いの相手をしたりして時間は過ぎていった。イーマからは、俺の手際の良さに感心し感謝の言葉を言われた。この日はこのまま酒場の手伝いのまま終わるかと思っていたが、太陽がやや西に沈み掛けた頃にイーマに声を掛けられた。
「悪いがレオンを起こしてきてくれないか。あの馬鹿、放っておいたら一日中寝ていて手に負えん。来たら来たで酒を要求するのは面倒だが。何か食わせておかないと、いざという時に身体が動かないでは困るからな」
そうイーマに告げられる。そしてレオンの家は、村の中央を挟んだ南の一軒家だと言われた。それを聞いて、昨日ランバークに来てすぐの光景を思い出す。ランバークに来てすぐ老人と会ったが、レオンの家はどうやらその隣とのことだった。
イーマの頼みを聞き入れ、中にいる人たちに挨拶し酒場を出る。傾きつつある太陽だったが、西日はまだ強く照り付けており、手で覆う程の眩しさを感じた。外にはまだ人が行き交っており、幼い子供たちが走り回っている。俺の姿を見て、「あ、例の余所者だ」などという子供はいたが、誹謗するような発言はなかった。
村の中央へ向かい、ランバークの入口を目指す。すれ違う人たちから声を掛けられはしたが、どの人も普通の反応だった。昨夜の出来事があったり、罪人の村と呼ばれていることから悪い先入観が入ってしまっていたが、酒場の人たちと同様、そんな風には感じない。もし、この村の生い立ちが全く異なるものであったなら、もしくは過去を知る
「過去、か」
一人になるとどうしても感傷的になってしまう。旅に出てからというもの、殆ど口を利かないとはいえずっとエルザがいてくれた。たまに口を利けば、たまに返事をしてくれる。そんな曖昧な距離感だが、一人で旅をしているよりはずっといい。一人でいると、余計なことまで考えてしまうから……。
「と、ここか」
確認するように独り言を呟く。一人になると感傷的になってしまうが、悩み込むほど考える距離があるわけでもなかった。レオンの家らしき建物の前に立つ。目の前の木造の小屋は、ただ寝るために使われている建物であろうことは見ただけで分かった。どう考えても手入れが行き届いていない。比較するのは良くないが、クルーエルアで俺が住んでいたテイル家と比べても雲泥の差だ。
「一応声を掛けてみるか」
そう呟き、扉の前まで進む。そして、扉の前に立ち、叩こうとしたところで突然声を掛けられた。
「おや。そこにいるのは、昨日ランバークに来た者か」
声を掛けられた方へ顔を向ける。すると、そこには昨日会った老人の姿があった。会釈し挨拶をする。そして、レオンを起こしに来た旨を伝えると、老人は笑って答えた。
「レオンは昔からよく寝る奴だったからな。今もまだ熟睡しとる。ほれ、そなたにも聞こえるじゃろ。レオンの寝息が」
「寝息……?」と零し、俺は家の中に意識を集中する。二階建ての建物だが、寝息どころかレオンが寝ているのが一階なのか二階なのかすら見当がつかない。俺は困惑して老人を見る。すると、老人は俺を見て、
「そなたに興味がある。少し面を貸してくれんか」
と口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます