Episode.4-21

    ◇翌日◇


「おう、起きてるか」


 呼び声と共に倉庫の扉が開かれる。入ってきたのはイーマさんだった。


 靴紐を強く結び直し立ち上がる。そして、剣を握り直しイーマさんに答えた。


「おはようございます」


 陽は既に上っていた。イーマさんはいつもならもっと早く起き一仕事終わらせてから朝食を食べるとのことだったが、さすがに昨晩は寝るのが遅かったこともあり今日は予定を変更したらしい。自身が食事を取るのに合わせて俺たちを呼びに来てくれた。ちなみにレオンはまだ寝ているそうだ。


 イーマさんに連れられ、イーマさんが経営しているという酒場に案内される。グレイは中には入れないこともあり裏口前で待ってもらうことにした。裏口の扉は開けっ放しにしており、グレイの様子はいつでも確認できる。俺たちを安心させてやりたいというイーマさんなりの気遣いと、グレイが誰かを襲ったり襲われないようにするための目的があっての事だろう。


 酒場には俺たち三人しかいなかった。イーマさんが俺とエルザの分の食事を長卓カウンターテーブルに置く。お礼を言い、俺たちはそれを有難く頂いた。俺たちが食事をする間、ランバークの村の暮らしや決まりなどについて教えてくれた。


 ランバークの村は規模は小さいものの、東と西で区画が別れており、双方で特性が異なる。今俺たちがいる酒場は西にあたる。東は、バンギットさんのように気性の荒い過激派が暮らしており、西は、戦いを好まない穏健派が暮らしている。東西で村が分かれているものの争いがあるわけではなく、あくまで、過激派か穏健派かのどちらに寄った考え方でどういった役割を担うかで住む場所を変えているらしい。レオンのように闘士であっても西で暮らす者もいれば、小さい頃から喧嘩っ早いという理由だけで東に送られる者もいる。「西で迷惑を掛ける奴は東で根性を叩き直される」というのが、親が子供をしつける時に暗に教える恐怖話だそうだ。

 東は島の中央寄りなこともあり、海に近い西に比べて田畑や緑、水場が近い。それらを野生動物などから守るため、過激派の者たちが東で暮らしている。また、西の者たちは東に行き農作業を行う。西の者が安心して農作業を行えるよう周囲に気を配ることもまた、東の者たちの役目だ。


 この村における決まりについて。今後は俺の丁寧な口調もやめろと言われた。イーマさん含め村の住人のことも呼び捨てで構わないと言われた。元々この村は罪人の集いでできた村。自分以外の者を蔑み、利用し、弱みを見せれば殺されることも多々あった。それももう百年以上も前のことらしいが、簡単に他者を信用するなというのがこの村の決まりらしい。村人同士の結束は高まりつつあるが、余所者は徹底的に利用し、利用できないなら殺しても構わないという過去の風習は未だに続いているそうだ。近年は全体的に軟化しつつあるランバークの風習だが、外の文化に触れることはほぼない。根っこのところは変わらないため、用心だけは怠るなと念を押された。


 そんな感じの話を聞かされ、念のため東に行く場合は気を付けろと言われた。昨夜の話し合いの内容はある程度村の者に周知させたそうだが、下手に怒らせると何をするか分からない連中も多いとのこと。特に、『名前がない』などという噂は広がると面倒になりかねないため、クルーエルアの王国騎士という名を伏せてもおかしくない立場であるという理由を逆手に取り、俺のことは『騎士』と呼ばせることにしたそうだ。ちなみにエルザとグレイはそのまま呼ぶことにしたとのことだ。


 ランバークの人たちは、日の出前には仕事の準備をし、日の出と共に農作業を始める。太陽が昇りきってしまうと、暑さでままならなくなることもあり、そういう周期サイクルで仕事をやっている。そのため、イーマは太陽が昇りきる頃に酒場を開け、仕事終わりの農夫たちを労うようにしている。レオンは昼頃に起き、その足で酒場まで来て飯と酒を要求する。死の危険と隣り合わせということもあり、ただ飯やただ酒を許容してはいるが、昔から知っている仲だからこそ苛つく時は苛つくらしい。その感覚はなんとなく俺も理解できたため、素直に苦笑した。


「こんな感じだが、それ以外に聞きたいことはあるか?」


 イーマが尋ねる。俺は気になることがあったため、それらについて尋ねることにした。


「いくつか聞いておきたいことがある。まず、ドラバーンの王に会いに行くことについて。これについてだが、具体的にはいつになるのだろうか」


 俺の質問に「もっともだ」という顔をしてイーマが頷く。そして続けて説明してくれた。


「昨夜エルザが言っていた通り闘技大会は七日後だ。ランバークを発つのは二日後、遅くとも三日後でいいだろう。それまでに可能な限りの支度はこちらで手配しておく。罪人の業道を通るのであれば、旧闘技会場には約二日、そこからの現闘技会場までは半日も掛からない。地下を歩き続けることになるため気が滅入るかもしれないが、レオンと一緒ならどうにでもなるだろ」


「旧闘技会場?」


 イーマが気になることを言ったため尋ねる。エルザを見るが、エルザはすました顔をしている。イーマが続けて説明する。


「旧闘技会場とはその名の通り昔使われていた闘技会場だ。今はそちらは放棄され新闘技会場で闘技大会は開催されている。罪人の業道は旧闘技会場と直で繋がっている。坑道を抜けさえすれば、闘技会場は目と鼻の先だ」


 闘技会場が新設された理由などについて尋ねてみる。曰く、「旧闘技会場がいつ頃放棄され、どういう理由で会場を新設したのかは分からない」とのことだ。しかし凡その検討はつくとのことで、その理由は、「旧闘技会場は罪人を収監する施設も兼ねていた。その罪人たちを余興として戦わせ、死んだり使い物にならなくなった者たちを罪人の業道に棄てていた。そういう負の遺産を隠すため、闘技会場を新設したんだ」とイーマは話した。その話を聞いていたエルザは、カップを口に運び飲み物を飲む素振りを見せたが、イーマには見えない角度で口端を上げ、笑っていた。


「それ以外の聞きたいことってのは?」 


 イーマが再び尋ねる。俺はイーマを見て口を開いた。


「こちらは興味本位……というわけでもないが、東と西でランバークの住人の気性の違いについては理解できた。しかし分からないことがある。西は、東に比べて防備が薄いように感じる。突然化物が現われでもしたらとてつもない被害が出かねない。そのためにレオンが西に住んでいるのだとは思うが。それにしても、外壁や柵すら設けないのはどうしてなんだ?」


 俺の質問にイーマは顔をしかめる。そして、僅かに周囲に気を配るように視線を向けた後、改めて俺を見て口を開いた。


「少し早いが、まぁ言ってもいいだろう。どうせ後には知られることだ。俺が今朝方エルザに師事を受けたいと言っただろう。実はそれに関係する」


 その話を聞きエルザを見る。エルザはイーマの話を聞き、閉じていた瞼を開く。その瞳を向けられ一瞬怯んだイーマだったが、一息吐いた後その理由を話してくれた。


「昨夜、バンギットがお前たちを襲いに来た時、俺はまだ仕事があると言っただろう。あれは、ランバークの周囲に設置している防護の術の確認に行っていた。あれがあるからこの村は化物からの被害を出さずに済んでいる」


「防護の術?」


「防護の術ってのは、範囲内に入ったものに微弱な痛みを感じさせる術だ。人に対してはあまり効果はない。しかし、本能で理解する動物には効果が強いらしく、化物共もそこには近寄らないようだ」


 それを聞いてちらりとグレイを見る。この村に来てからも元気にならない理由は、そういう事情もあったのかもしれない。


「しかしこれの維持が大変でな。俺が行使した術じゃないこともあっていつ消えるかわからない。だから日々手入れをしては、術が消えないように維持している」


 そうイーマが話す。


 話を聞く限り、防護の術は感知の術に近い特性のような気がした。違いがあるとしたら、範囲内に入っても痛みを感じさせない感知の術に対し、防護の術には痛みを感じさせること。対して、感知の術には痛みを感じさせない代わりに相手に姿形を把握される。術にも、効果によって用途があるということだ。しかしそれぞれの術も、展開式の術という共通点がある。以前エルザが、展開式の術は維持するのが大変だと言っていた。維持するためには術を行使し続けなければならないため、命を落とす危険もあると。深夜の話の中で、イーマは、「この村には、もう術を使える者が俺しかいない」と言っていた。先程、「俺が行使した術じゃない」とも言っていた。では、防護の術は、一体誰が行使し、どうやって維持しているのだろうか。


 イーマに今考えていたことを尋ねる。すると、イーマは渋ったような顔をした後、窓の外へと顔を向け、どこか遠くを見て答えた。


「繰り返すようだが、今展開されている防護の術は放っておけばそのうち消える。俺がやっていることは、既に展開された術に力を注ぐことで消えないようにしているだけだ。防護の術を行使した術士は六年程前に死んでいる。その死んだ術士っていうのがな。実はレオンの兄なんだよ」

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