Episode.4-18

 その後、イーマさんは周囲へ向けて帰るように指示を出した。周囲にいる者たちは戸惑っている様子だったが、バンギットと呼ばれた男が同じ指示を出すと、渋々ながら帰って行った。


 松明あかりを持った者たちがこの場を去ったことで暗闇が立ち込める。しかし、その暗闇を断ち切るように大きな光が迸った。


 術の輝き!?


 その光と共に俺の目の前に三人の人影が照らし出される。レオンと、バンギットさんと……そして最後の一人、イーマさんの掌から、透赤色に輝く炎が燃え上がっていた。


「その反応、術を見るのは初めてじゃないな。まぁ当然か。クルーエルアの王国騎士ともあれば」


 そう言い、イーマさんが俺の前まで歩み寄ってくる。そこにバンギットさんが声を上げた。


「おい、イーマ。何だこのふざけた野郎は。どうしてこんな奴を客として迎え入れた」


 バンギットさんがイーマさんに詰め寄る。イーマさんは炎を発していない方の手でバンギットさんを制し、再び俺を見て口を開いた。


「ふざけた奴ってのは同意するがな。中々どうして、面白い奴じゃねえか」


 そう口にし、イーマさんは俺の足元を見る。そして、


「俺がした忠告の内、重要な方を無視したくせに、どうでもいい方を律義に守るなんてな。お前、ランバークで上手くやっていける素質があると思うぜ」


 と、倉庫からぎりぎり出ずに立っていた俺に言った。


 イーマさんは俺を押し退け倉庫の中を見渡す。一頻り見渡した後、再び倉庫を出てバンギットさんに尋ねた。


「バンギット。お前まさか、本気で倉庫ここを燃やす気だったとか言わねぇだろうな? 村の外に資材の調達に行くのは、今のご時世かなり手間なんだぞ」


 そう言われバンギットさんが顔を背ける。そしてしかめっ面をしつつ、ばつの悪い顔をして答えた。


「仕方ねえだろ。この村は昔からそうやってきたんだ。それに久々の獲物ってこともあって、他の奴等あいつらも昂ってるようだったしよ。そもそもこうなることを予想してここを提供してくれたんじゃねえのか」


 バンギットさんがイーマさんに尋ねる。イーマさんは溜め息を吐き、そして俺に顔を向けた。


「詳しい話は明日と言ったが、このままじゃバンギットの腹の虫が治まらないようだ。長旅で疲れていると思うがまだ起きていられるか?」


 イーマさんの問いかけに俺は頷く。俺の答えに、イーマさんも頷いて返した。


「さっきも言ったが俺にはまだ仕事がある。それを終わらせるのにもう少し時間が掛かる。終わったらまたすぐに戻るから、それまで待っていてくれ。居心地は悪いだろうが、バンギットこいつと一緒に」


 イーマさんが親指でバンギットさんを指す。バンギットさんは怪訝そうな顔をしてイーマさんに返した。


「お前この時間まで仕事って、どこで何をして……ああ、そうか。そういうことか。わざわざ客を自分の倉庫に泊めたのは、俺たちが襲いに行くことも想定していたってことか。その上で村の奴等に迷惑を掛けないようにするためだったってことかよ。くそっ、相変わらず俺たちの行動なんてお見通しってわけか。……そういうことなら分かったよ。事情を聞くまでは大人しくしててやる」


 バンギットさんが舌打ちをする。それを見たイーマさんは口端を上げ、「馬鹿の割に察しが良いのはレオンと同じだな」と口にした。それを聞いていたレオンはイーマさんに向き直り、バンギットさんとレオンは互いに指を差し合わせ、


「絶対にお前こいつの方が馬鹿だ」


 と口を揃えて言った。


 それからイーマさんとレオンは夜の闇へと溶けていった。バンギットさんはというと、俺と一緒に倉庫に入り壁際で腰を下ろした。俺に話し掛けてくる様子はなく、腕を組み一点を見詰めている。その視線の先にいるのは、伏して眠るグレイと、毛布を被りその場に寝ているエルザだった。


 暫くしてイーマさんとレオンは戻ってきた。行く前と然して変化はないが、とても疲れ切っているように感じた。レオンは適当な壁際に腰掛け横になる。イーマさんは倉庫の中央に腰掛け、俺に近くに来るように促した。俺がイーマさんの前に腰掛けると、イーマさんは口を開いた。


「待つように言っておいてなんだが、俺も疲れてるんでな。積もる話は明日にして、手短に話をしよう。今話しあうべき話題は二つ。あんたたちがこの村を訪れた理由と、俺があんたたちを受け入れた理由だ」


 イーマさんがそう口にする。


 前者は、この場におけるもっとも重要な話だ。そして後者は、バンギットさんを納得させるためのものであろう。前者がなければ後者は成り立たない。当然だが、俺から話すのが筋なため、俺はここまでの経緯を話すことにした。


「まさか本当に外から来た奴だったとは……」


 俺の話を聞き、イーマさんは目を閉じ重く息を吐く。そして、ランバークに向かっている途中でレオンと出会い、力を合わせて鋏を持った動物を撃退した話をすると、黙って聞いていたレオンが口を開いた。


「油断したつもりはない。だが、結果として、そいつがいなかったら恐らく俺は殺されていた」


 レオンがそう口にすると、壁際で床を叩く音が響く。バンギットさんが床に手を叩きつけ、顔を歪めわなわなと震えていた。


「レオン、てめえが一人で敵わない化物がこのあたりで出たのか? そんなこと有り得るのか?」


 目を見開き驚愕している。そんなバンギットさんに、レオンは顔を向け、真剣な顔をして答えた。


「残念だが本当だ。以前から、日に日に化物共の強さは増していると思ってはいた。だが、自分自身、化物なんぞに負けるなんて考えたこともなかった。

 こいつらに出会ったのは単なる偶然だ。俺にとっては化物退治に出向いたらたまたま出会っただけだからな。しかしランバークを目指していたということだから、出会ったのは偶然というより必然といったほうがいいか。ひとまずそれは置いておいて。

 化物退治はいつものことだ。だから、いつも通りぶったおすつもりでやっていた。それが、今日戦った化物は、俺の攻撃が通らなかったんだよ。これまでそんなことはなかったから俺も動揺しちまってな。その隙を突かれ、殺されそうになったところをそいつが助けてくれたんだ」


 レオンが説明してくれる。イーマさんはそれを聞き、「そういうことらしい。バンギット、これで少しは納得してくれたか?」とバンギットさんに尋ねる。バンギットさんは、レオンの話にまだ動揺を隠せない様子だったが、イーマさんの問いに嘲る様に返した。


「俺が言うのもなんだが。イーマ、お前レオンのこと心配してるようでしてねぇんじゃねえのか。レオンが殺されそうになったことを救ってくれた恩はあるんだろうが、こいつらをランバークに受け入れた理由は別にあるだろ。てめえのそういったところは昔からいけ好かねえ。てめえが知りてえのは、レオンでも敵わない相手をどうやって倒したのかってことだな」


 バンギットさんの発言に、「さすがに勘付かれてるか」とイーマさんは返す。イーマさんは改めて俺を見て、をして口を開いた。


「レオンはこの村にとって必要不可欠な存在だ。そのレオンを救ってくれたあんたには感謝してもしきれない。それもまた俺の本心だ。しかし、手段は違えど、俺もランバークの一員。どんな理由であれ、この村を訪れた者から奪えるものは奪う。

 あんたは騎士だ。俺たちにその力を奪うことはできない。だから、代わりに情報を寄越せ。外の世界のこと。そして、日ごとに増していくあの化物共についてだ」




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