Episode.4-17
剣を取り入口へと向かう。扉を僅かに開け外の様子を窺うと、そこには松明を掲げた、いかにも"賊"といわんばかりの者たちがを周囲を取り囲んでいた。
「どこからこんな者たちが?」
まがりなりにもここは村の中だ。突然こんな大群が押し寄せれば騒ぎになってもおかしくはない。それなのに村は静かそのものだ。この大群は一体どこから現れた?
入口の隙間から外の様子を窺う。賊たちは更にこちらに迫りつつあった。話し声が聞こえるが、何を言っているのかここからでは聞き取れない。俺はエルザたちを守るため飛び出しそうになったが、イーマさんの忠告が頭を過ぎった。
◆
「おい、あんた。事情は明日ちゃんと聞く。だから、夜の間は絶対に倉庫から出るな。絶対だぞ」
◆
剣の鞘を強く握り締める。あの忠告がなかったら、俺は今確実に飛び出していただろう。
「イーマさんの忠告は、まさかこれを予期しての発言だったのか?」
ぼそりと呟く。しかし、俺の呟きにあわせるように、外から男の声が響き渡った。
「そこで様子を窺っている奴、出て来い」
心臓が一際大きく跳ねる。
まさか、見付かったのか……?
相手の言葉を受け必死に気配を殺す。焦りが生じ一瞬剣を強く握り締めたが、その気配を外の何者かは見逃さなかったようだ。
更に気配を殺し沈黙に徹する。しかし、それが余計に癇に障ったのか、何者かは大地を強く蹴りつけ、先程よりも大きな声で俺に向かって叫んだ。
「出て来いっつってんだろ!! そこにいるのは分かってんだよ。それともその小屋ごと全員丸焼きにしてやろうか」
男の言葉と共に、周囲の者たちの気配が変わる。松明を振り被り、こちらへ投げ込む姿勢を取っている。
俺はどうするべきか悩んだ。俺たちは今、この倉庫からは出てはいけないことになっている。しかし、男の声と周囲の者の気配は、演技や冗談といったものには到底思えない。俺は、拳を強く握り、後ろに振り返り声を上げた。
「エルザ、グレイと一緒に物陰に隠れていてくれ」
俺の言葉にエルザは黙って頷く。そして、大きめな荷の裏に移動し、そこに隠れるように腰を下ろした。俺はそれを見て、ゆっくりと戸を開け放った。
最初に目に飛び込んできたのは、赤と黄色の混ざり合うような光景だった。その色の正体が火だとは言うまでもない。俺は開け放った戸の手前で立ち、正面に立っている体格の良い男に目を向けた。
「ふん、ようやく姿を見せたか」
男が鼻で笑う。男は言動や行動に漏れず、最初に抱いた心象通り、"賊"という言葉が似合う人相をしていた。男は、巨大な剣斧のようなものを担いだまま歩み出て、俺の顔をじろじろと見た。
「とんだ優男じゃねぇか。俺たちに気付いたくらいだからどんな手練れかと思ったが、大したことはなさそうだな。でもまぁ、中々良さそうな身なりしてるじゃねぇか。それら全部寄越しな。そうすりゃ命だけは助けてやるぜ」
男はそう言い、剣斧を俺に向ける。俺は視線を外さず、男を真っ直ぐに見て口を開いた。
「あなたたちは、何の目的で襲おうとするのですか?」
俺の言葉を聞き、男は意表を突かれたように口をポカンと開ける。そして、男は腹を抱え込むように下を向き、大声で笑い始めた。
「急に何を言い出すのかと思えば、今日はとんでもなく面白い奴が来たもんだな。 おもしれぇ、おもしれぇぞ!!」
男は更に腹を抱えて笑う。周囲の者たちも同じように笑った。男は一頻り笑った後、俺の問いに答えた。
「いいぜ、教えてやるよ! この村のためだ。てめぇのような生まれも育ちも良さそうな奴が俺たちは大嫌いでな。稀にランバークのことを知らずに訪れる馬鹿がいるんだよ。で、そんな馬鹿共の所持品を頂くんだ。てめぇの持ってるその剣、中々な逸品じゃねぇか。頂いて、この村を守るために使わせてもらうぜ」
そう叫び男は目を見開く。そして、剣斧を強く握り締め、俺の前に立ちはだかった。
……守るためか。
男の言葉を心の中で反芻させる。一瞬、足が進みそうになった。あの忠告がある限り、俺はこの倉庫から出ることは許されない。しかし、男の行動はともかく、言葉には会話を続ける意義がある。俺は剣を握り締め、真っ直ぐに男へと言い放った。
「あなたと戦う理由がありません。それに私は、ここを出てはいけないと忠告されています」
俺の言葉に男は疑問の言葉を口にする。そして、訝し気な顔をし、俺を見て口を開いた。
「忠告されただと。いったい誰に?」
「イーマ、と名乗る男性にです」
「イーマに……?」
男が考えるような顔をして俺から視線を逸らす。それは当然のことだった。
先程男は、「この村を守るため」と言った。それはつまり、男もまた
男は思案した後、どこか納得のいかない表情をして口を開いた。
「イーマの客人ということならおいそれと手を出すわけにはいかねえ。あいつのお陰で村が平穏に保たれていると言っても過言じゃねぇからな。
くそっ、早とちりとかだせぇことしちまったぜ。あいつも、余所者とはいえ客が来てるなら言えっての」
男が頭を掻きながら独り言を呟く。先程までの態度とは打って変わり、男からは敵意がなくなっていた。それどころか、自身の勘違いによる申し訳なさすら感じ取れた。男は、再び俺を見て口を開いた。
「お前が今言ったことが事実なら俺に落ち度がある。だが、それだけじゃ納得がいかない。俺の質問に答えろ。こんな時代だ。いくらお前が強くとも、そう易々とランバークまではこれまい。ランバークまではどうやって来た? 来た理由はなんだ?」
語気を強めて俺に問う。相変わらず敵意はないが、剣斧を握り締め、答え次第では敵対する用意はできていると態度が語っている。
俺は脇見をするように顔を後ろに向ける。男の質問に答えるには、エルザの言葉の意味を知らねばならなかったからだ。しかし、エルザは物陰に隠れて出てくる様子はない。つまり、男の問いに対し、俺がどう答えようと問題ないと言っているということだ。
「ランバークへは、ビステークから海岸沿いに進んできました。ここへ来るのに、凡そ二日費やしました。ランバークに来たのは、ある目的のためです」
男へと向き直り、短く簡潔に答える。
一つ目の質問には、具体的な時間を告げることで男に納得してもらうため。二つ目の質問には、話せない
しかし、俺の予想に反し、俺の言葉を受け、男は妙に納得したように含み笑いを浮かべた。
「目的だと? ふん、全然隠す気ねぇじゃねぇか。どこで知ったか知らねぇが、お前の目的はドラバーンに行く事だろ?」
男の言葉に心臓が跳ねる。答えずとも動揺したことが男への返答になった。男は俺の態度を見て、一層嬉しそうに声を上げた。
「こいつは驚きだ。ビステークから正規の手順を踏まずにドラバーンに行く奴なんざ訳ありしかいねぇ。お前、密入国者か? てめえの面、善人にしか見えねぇが、人は見かけによらないもんだな。
ドラバーンに何をしに行くのかは知らねぇが、そこは俺が口をだすところじゃねぇ。そういったことはイーマと相談すりゃいいよ。どうせ俺の出る幕はなさそうだ」
男は鼻で笑う。しかしその笑いは、俺を見下しているようには見えず、素直に心からの喜びを表しているようだった。男が剣斧を担ぎ直す。そして振り返り、顔だけを俺に向け口を開いた。
「どうせ数日はここに滞在すんだろ。見掛けた時に声を掛けることもあるだろうから、てめえのこと覚えておいてやるよ。名前、なんつうんだ?」
俺はこの時、イーマさんに言われていたもう一つの忠告のことを忘れていた。このやり取りそのものが、日常会話に等しい頻度で答えることもあって、不意に口を突いて出てしまった。
「私に名前はありません。今は、重要な使命を帯びた一介の騎士です」
俺の言葉を聞き、男の顔がみるみると怒りの形相に変わる。そして、「名前がない、だとぉ……?」と怒りに震える声を零し、再び俺に向き直り、睨みつけた。
「てめぇ、英雄気取りか? あの『名のない英雄』気取りか!? 世界に平穏を齎したとかいうくせに、ランバークに罪を被せた、あの『名のない英雄』気取りかって聞いているんだ!!」
一際大きい男の声が夜の闇に響く。男の声は、ランバークの村中に響き渡るほど大きなものだった。
男の圧を受け僅かにたじろぐ。俺は、剣を握ったまま男を見据え、男の放った言葉に疑問の言葉を零していた。
「何を、言っているんだ……?」
困惑する俺に対し、男は仇の如く俺を睨みつける。男は剣斧を投げ捨て、拳を強く握り締めた。その拳から透赤色の光が大きく輝く。
男が大地を蹴り、俺へと迫る。しかし、その拳が俺に届くことはなかった。どこからともなく俺と男との間に、一つの影が割って入った。
「バンギット、そこまでにしておけ」
目の前から低い声が聞こえてくる。現れたのはレオンだった。バンギットと呼ばれた男は、拳を振り上げた姿勢のままその場で停止している。そこにもう一つ大きな声が響き渡った。
「あぁ、はいはい。そこまでそこまで」
遠くから声が聞こえてくる。そちらに顔を向けると、暗闇から見知った顔の男が現れた。
「イーマさん?」
俺が声を掛けるとイーマさんは舌打ちをする。そして、俺とバンギットと呼ばれた男とを交互に見て、苛立ちを含んだ顔をして口を開いた。
「お前、馬鹿なのか? 俺の忠告を無視しやがって。その通り名をここでは名乗るなと言っただろ。ランバークはな、何代も前の俺たちの先祖、ドラバーンに収監されていた者たちによって作られた、罪人の村なんだ。レオンの命を救ってくれた礼にこの村を発つまで面倒をみてやろうと思ったが、本来てめえみたいな育ちの良い奴が訪れる村じゃねえんだよ。クルーエルアの王国騎士よぉ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます