Episode.4-16

「名前のない騎士……?」


 イーマと呼ばれた男がレオンの言葉を繰り返す。


 目の前の男――イーマさんは口許に手を添え、品定めするようにじろじろと俺たちを見る。そしてレオンに目配せし口を開いた。


「訳ありのようだな。ひとまず倉庫に案内してやれ。こんなでかい犬が入れる家なんざうちの倉庫くらいしかねぇだろ。間違っても家畜小屋の方に連れて行くんじゃねぇぞ。牛の一頭でも食われることがあってみろ。そんときゃお前、今後一生酒抜きだからな」


 イーマさんの言葉にレオンは、「わーってるよ」と苦笑いで返す。続けてイーマさんが口を開く。


「俺は忙しいってのに。お前はいつもいつも面倒事を持ち込んでくれるな。たまには飲むだけでなく、畑仕事や店の手伝いをしてやろうって気にはならないのか?」


「俺は飲むことで店の景気に貢献してるつもりだが?」


「お前のせいで俺の仕事が増えてるんだよ馬鹿野郎」


 そう言い、イーマさんがこちらに歩み寄ってくる。俺の前で立ち止まり、身なりを一瞥した後、口を開いた。


「言った通りだ。俺は仕事で忙しい。それにもう時間も時間だ。こんな時代にランバークまで来るなんて、何か事情があっての事だろ。とりあえず、そういったことは明日ゆっくり聞くから、今日のところはうちの倉庫で休め。おい、レオン。二人分の毛布用意してやれ。俺の家に余分に何枚かあったはずだ」


 そう口にし、イーマさんは酒場へと足を進める。レオンはイーマさんの言葉に、「ありがとな」と返した。俺も「親切にどうもありがとうございます」と頭を下げる。すると、酒場へと戻ろうとしていたイーマさんが振り返り俺を見た。


 もう日は沈み、酒場からの逆光でイーマさんの表情が見えない。イーマさんは声調を落とし、口を開いた。


「事情は明日聞くと言ったが、今の態度でおおよそ見当がついたぜ。あんた、この国の者じゃないな。何も知らない善人みたいなつらしてやがるからそうだとは思ったが。

 念のため忠告しておくが、さっきレオンが俺に紹介したようなあんたの通り名、この村の誰かにするんじゃねぇぞ。嘘でも適当に名乗っとけ。つうかレオン。お前も、よくこんな奴をランバークに連れてきたな」


 イーマさんが怒りの形相でレオンに顔を向ける。レオンは真面目な顔をして答えた。


「まぁ確かに思うところはあったんだがな。それでも、こいつが助けてくれなかったら、今俺はここにいねぇよ」


「なにっ……? レオン。まさかお前、化物相手に殺されかけたのか?」


 その言葉に、レオンは肯定の意を示した。


 二人の会話が終わり僅かに時が流れる。ドラバーンの夜は、昼に比べてとても寒い。気のせいかもしれないが、今夜は特に冷える。


 二人はその後も黙っていたが、やがてイーマさんが折れるような形で溜め息を吐き、頭を掻きながら口を開いた。


「くそ、急に面倒事と気になることの両方を持ち込みやがって」


 イーマさんがそうぼやく。そしてすぐさまレオンに顔を向け、「さっさと倉庫に案内してやれ」と顎で示した。イーマさんは再び俺たちに向き直り、した。


「おい、あんた。事情は明日ちゃんと聞く。だから、夜の間は絶対に倉庫から出るな。絶対だぞ」


 その後、忠告の理由も聞けないまま半ば強制的に倉庫へと連れて行かれた。


 倉庫は雨風を凌げる頑丈な造りの木小屋だった。倉庫というだけあり、入口は民家と比べて大きく、中には大きめの材木などが綺麗に並べられている。客人を泊めるために建てられたものではないことは一目でわかった。


 俺たちを案内した後、レオンがイーマさんの家から毛布を持ってきてくれる。それと同時に簡易的な食事も持ってきてくれた。


「味は期待すんな。爺さんも言っていたが、自給自足がこの村の常。今日来たばかりの余所者に豪華な飯を振舞ってやれるほど余裕はないんだよ。まぁ一昔前程貧しいわけでもないが」


 そう言い、レオンがどこか遠くを見るように視線を逸らす。そして「じゃあまた明日な」と口にし、倉庫の入口へと向かった。


「どこに行くんだ?」


 俺はレオンを呼び止める。しかし、レオンは真剣な目をして答えた。


「どうしても外せない用事があってな。それを済ませにいく。イーマも言っていたが、絶対に倉庫ここから出るなよ。俺かイーマが尋ねてくるまで出ちゃだめだ。分かったな」


 そう言い残し倉庫を後にする。しかし、最後に小声で、「まっ、何かあってもお前なら大丈夫だろ」と呟いていたのを俺は聞き逃さなかった。


 倉庫の中には、俺とエルザとグレイだけが残る。いつもの面子なのに、どこか急に寂しくなったように感じた。


「やっと一息付けるわね」


 エルザがそう呟き外衣を下ろす。俺も腰を下ろし、レオンが持ってきてくれた食事を有難く頂いた。




 ドラバーンに来て初めての人の作った食事だったが、独特の風味など、とても新鮮で味わい深いものだった。食事を終え一服した後、俺たちは床に就いた。灯りを落とすと周囲に静けさが走る。結構な時間を待ったが、結局レオンは戻ってこなかった。




「……エルザ、起きてる?」


 尋ねるが返事はない。しかし、エルザはなんとなく起きているような気がしたため、そのまま話しを続けた。


「感知の術の破壊を俺に任せてくれてありがとう。ちゃんとしたお礼をまだ言ってなかったから」


 エルザからの返事はない。


「エルザが言っていた通り、あれは俺の手には余る行為だった。力も知識も足りていなかった。にもかかわらず、俺の信念を守るため、俺のすることを最後まで見届けてくれた。

 エルザは今も納得していないかもしれない。でも俺は、傷付き血を流すエルザの姿を……」


 女の子の姿を……。


 胸が強く締め付けられる。もう、誰かが血を流し、涙ながらに笑い掛ける姿を、俺は二度と見たくない。


「見ずに済んで、嬉しかった」


 エルザからの返事は期待していなかった。だから、感謝の言葉を伝えたら改めて寝ようと思っていた。しかし意外なことに、エルザから返事が戻ってきた。


「あの時も言ったけど、絶対に失敗するようなら術の破壊は私がやったわ。それなりに成功の見込みがあったから坊やに任せただけ。ただ、余りにも無様だったから口を出したけど。結果的に上手くいったのだから良かったんじゃないかしら。次は私がやると思うけど」


「次……?」


 エルザの言葉を受け咄嗟に聞き返す。俺が尋ねると、エルザはゆっくりと体を起こし、薄暗い炎を右手に浮かべ俺の疑問に答えた。


「マスカー峠に掛かっていた橋が落ちていた理由だけど、あれは感知の術を行使しようとした術士が失敗したからよ。壊れた橋の残骸とそこに残っていた僅かな術の残滓から薄々感じてはいたけれど。風と火、二つの国の国境に感知の術を行使した痕跡があった。つまり……っ!?」


 突如、エルザが手の中に灯っていた黒い炎を消す。何故灯りを消したのか、俺もすぐに気が付いた。


 息を殺し意識を集中させる。俺たちのいるこの倉庫を取り囲むように、人の気配が迫りつつあった。

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