Episode.4-14

 黄金の剣閃が鋏を持った動物を貫く。同時に、鋏を持った動物の中にある黒い光が砕け散った。鋏を持った動物は時が止まったように停止し、そのまま海へと落ちる。海面にぶつかった衝突音と、大きなあぶく音をあげ、鋏を持った動物は海底へと沈んでいった。


 肩で小さく息を吐き騎士剣を下げる。身体の疲労はそれほど感じられなかった。気を失う理由として騎士剣を使用することも考えたが、どうやらそうではないらしい。騎士剣を振るうこと自体はそれほど負荷が掛かるわけではないらしく、やはり『誰かの剣を振るう』ことが、この上なく俺の身体に負担を掛けているのだろう。


「おい」


 男の声が響く。声が聞こえた方角に顔を向けると、未だ鋭い眼光を放つレオンの姿があった。


「俺はしばらく様子を見る。お前は連れの心配でもしてやれ」


 そう口にし、レオンは鋏を持った動物が沈んだ海へと体を向ける。俺も共に残るべきかと思ったが、ここはレオンの気遣いに甘えることにした。


「……ありがとう」


 騎士剣を納める。レオンを浜辺に残し、俺は離れた場所で様子を見ていたエルザたちの元に駆けよった。


「エルザ、無事か。グレイの怪我は?」


 俺の言葉にエルザが視線で促す。グレイに顔を向けると、グレイは伏せていた頭をゆっくりと上げた。 


「完治はしているわ。ただ、かなり弱気になってる。ドラバーンに来てからというもの、野生動物の群れに追い回されたり、魔物の攻撃を避けられなかったりと、クルーエルアでは自信のあった自分の脚が、別の地域で全く通用しなかったことに相当堪えているようね。ラミスで戦った魔物と比べたら今の魔物はそれほど強いわけではないわけだし。ヒトでいう意気消沈しているといったところかしら」


 エルザがそう説明する。グレイの頭を撫でてやるが、確かにどことなく元気がないように感じた。グレイの心情を理解してやれなかったことを心の底から詫びた。


「ごめん、グレイ」


 グレイが小さく声を上げる。グレイを撫でつつ、俺はエルザに顔を向けた。


「ありがとう、エルザ。グレイを看てあげてくれて」


 素直な気持ちを伝える。エルザは顔色一つ変えることなく、俺の目を見て口を開いた。


「何度も言っているけど、グレイを同行させるように言ったのは私だし。グレイに危害が及んだ時には、できる範囲で力は貸すわよ。保護者としての責任は坊やにあるけど、私も無関係と言い張るには無理があるから」


 そう言ってエルザもグレイに視線を向ける。しばらくグレイに構ってあげていると、少しだけ元気が戻ったように感じた。


「なぁ、エル……」


 エルザに話し掛けようとしたところで誰かが近付いてくる気配に気付く。そちらに顔を向けると、そこにはレオンの姿があった。レオンは俺たちの近くで歩みを止め、一頻り俺たちを見回した後、ゆっくりと口を開いた。


「どうにも纏まりのない面子だな」


 俺たちに対しレオンがそう告げる。俺は立ち上がり、レオンを真っ直ぐに見据え、改めて口を開いた。


「先程は助けて頂きありがとうございました。あなたが加勢して下さらなければ、私たちは殺されていたかもしれません」


 俺がそう話すと、レオンは眉を顰め、機嫌の悪そうな口調で答えた。


「戦いの最中にも言っただろう。気持ちの悪い話し方はやめろ。あと、礼を言うのは俺の方だ。まさかあんな失態を曝すとはな」


 舌打ちをし足元の砂を蹴り上げる。冗談ではないらしく、随分と腹を立てているようだ。レオンは未だ不満が収まらないようだが、大きく溜め息を吐いた後、再び俺たちを見据え口を開いた。


「つべこべ言っても仕方ねぇ。結果的にこうして全員無事だったんだ。今、命があることを喜び合おうや。で、ドラバーンから来たわけではないみたいだし、『騎士』と名乗るあたりそれ相応の事情がありそうだ。助けてもらった借りもある。もうすぐ日没だし。案内してやるよ。俺の村ランバークに」


 そう言ってレオンが足を進める。グレイに顔を向けると、グレイは立ち上がり、身体をぶるぶると震わせた。いつもならグレイの背に乗るエルザも、今は遠慮しているのかグレイの隣に並ぶ。俺は二人を先導するように前に立ち、レオンの後に続いた。


 その後、エルザとグレイを紹介しつつランバークへと向かった。エルザは、顔は見せなかったが、自身で名前を伝えた。ランバークの村は、俺たちが戦闘を繰り広げた砂浜からそれほど離れていない場所にあった。大きな戦闘ともなれば、その余波が村に届いてもおかしくはない。それなのに、ビステークの村と同じように、村を守るための壁のようなものは設置されていなかった。その理由については、後に知ることになる。クルーエルアとは、情勢も異なれば、状況も異なる。今のクルーエルアが、如何に追い詰められた状況であるのかを、俺は他国を訪れることで知ることとなった。

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