Episode.4-13
「騎士……?」
俺の言葉に、レオンはぴくりと眉を動かす。そして口端を上げた後、「なるほどな」と呟き、鋏を持った動物へと駆けて行った。
鋏を持った動物は、レオンが間合いに入るや否や衝撃を放つ。レオンはそれを避けようともせず、真正面から向かって行った。
「カァァァッ!!」
レオンが巨大な咆哮を発する。その咆哮は周囲に影響を及ぼすほど凄まじく、迫っていた衝撃を消し去った。
「なんて出鱈目な奴だ。叫び声一つで凶暴化した動物の攻撃を無力化するとは」
レオンは衝撃を退けたことで真正面から鋏を持った動物へと殴り掛かる。左腕を振り被り、今まさにその拳を放とうとした。しかし、鋏を持った動物はそれよりも早く、鋭利な得物を突き出した。
「危ない!!」
咄嗟に叫んでしまった。鋏を持った動物の得物は鋭く、同じ硬度の物質でなければ受け止めることはできないだろう。レオンは革製の手袋をしているが、手袋の下に金属を仕込んでいるような音も、これまでの戦いの中から聞こえてはいない。それだけでなく、鋏を持った動物の方が先に技を繰り出しており、レオンが後手に回る形になっている。そして、今となってはもう躱せない。俺は剣を握っていない手を前へと伸ばすが、鋏を持った動物の加速度の乗った得物が、レオンの左拳へと突き刺さった。
吐き気を催すような、気持ちの悪い音が響き渡った。
それが何の音なのかは、目の前の光景から想像するしかなかった。丁度雲が掛かり、鋏を持った動物とレオンが陰に隠れてしまっている。俺は手を伸ばした状態のまま動けずにいた。何も言葉を発することができない中、男の声が響き渡った。
「じゃんけんって知ってるか?」
その声はレオンの声だった。俺の正面から聞こえてくる。
「じゃんけんてのはなぁ、人が生み出した娯楽の一つなんだが。要するに一種の勝負事だ。チョキはパーに勝って、パーはグーに勝って……」
レオンが説明を続ける。レオンの声と共に、ミシミシとひび割れるような音が聞こえてくる。
「でな。どんだけ先に出そうとも、チョキにはなぁ……グーが勝つんだよぉ!!」
その声と共に雲が晴れ、鋏を持った動物の得物が欠けた。
得物そのものが砕けたわけではないが、鋭利な刃物となっている部位が刃こぼれを起こしボロボロと砕け散っていく。あの状態では恐らく衝撃は放てないだろう。もう一方の鋏は無事だが、得物一枚から放つ衝撃などたかが知れている。つまり奴の戦力は、事実上半減したも同然だ。
「あとはどうやって奴の脚を止めるか、だが……」
俺がそう呟いた瞬間、レオンが振り返り俺に視線を向ける。しかし、その視線を感じ取った時には、レオンは前を向いていた。
「見間違い……?」
なわけがない。今のは、まさか……。
レオンが空き手となっている右手に力を込める。これから放つ一撃が必殺の一撃だと証明するように、レオンの右拳が透赤色の輝きを放ちだした。その輝きが余りにも美しかったせいか、俺はその光に見惚れてしまった。
レオンの拳から溢れる透赤色の輝きは本当に美しい光を放っていた。デネル洞穴でリルが見せた透水色の輝きに勝るとも劣らない。感知の術を破壊する時に見た透赤色の光とは違い、黒い混じり気が一欠片も感じられない、綺麗な透赤色の輝きを放っていた。
レオンが叫び声を上げる。そして、その透赤色の輝きを帯びた右拳を、鋏を持った動物の頭胸部へと放った。
鋏を持った動物の巨大な身体が
レオンが振り返る。先程まで不敵に笑い、常に挑発をするような態度を見せていたレオンだったが、今は笑うこともせず、俺を見ていた。俺は騎士剣を構え、一閃を放つ姿勢を取っていた。
騎士であれば誰でも放つことのできる一閃。これができて初めて騎士として認められる。そして、クルーエルアの剣と自身だけの剣を併せ持った、『自分だけのクルーエルアの剣』を習得して、王国騎士へと至ることができる。
だが、俺には『
俺を信じて共に戦っている王国騎士の仲間。俺を信じて待っている俺の大切な人。そして、俺を信じ、俺に背中を預けてくれたあの男――レオンの想いに報いるために、今、俺の全てを、この『黄金の一閃』に込める。
目を見開く。俺の心が騎士剣へと流れ込むのが分かる。俺は、騎士剣を掴む両の手に力を込め、鋏を持った動物の中にある黒い光目掛け、己の信念を解き放った。
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