Episode.4-12

「で、どう戦う? 共闘なんて提案しておいてなんだが、俺はお前の戦い方を知らないんでな」


 男が俺に尋ねる。俺は鋏を持った動物に剣を構えたまま男の問いに答えた。


「私はあれの生態についてはよく知りません。その点、あれはこの辺りではよく見掛ける種類だとおっしゃっていたので、あなたの方が……」


「急に口調を変えるな。さっきまでと同じように話せ」


 男が苛立ちを露にして返す。俺は固唾を呑み、改めて口を開いた


「俺はあの動物については知らない。それに対して、あなたは、少なくとも俺よりかは分かっていると思う。あなたが先陣を切り、俺が援護する立ち回りの方が確実だと思うが……。この場は一度、俺に任せてもらえないだろうか」


「何か策でもあるのか?」


 俺の申し出に男は言葉を返す。


「あれを鎮める方法に心当たりがある」


 そう答え、俺は鋏を持った動物へと駆けだした。


 鋏を持った動物は触角を揺らし俺の方を見ていない。俺の勘が正しければ、この動物は俺の放つ黄金の一閃で元に戻すことができる。


 俺が距離を詰めるまでも、鋏を持った動物は迎撃をしようとはしなかった。しかし、動物の身体の中にある黒い光に向かって剣を放とうとした瞬間、鋏を持った動物は目の色を変え、その得物で俺の剣を防いだ。


 先程と同じく動物の得物には傷一つ付かなかった。甲殻の上からでは俺の攻撃は通用しない。俺の攻撃を受け止めた動物はもう一方の得物を振り上げ、俺を串刺しにしようとした。しかし、得物が振り下ろされるのと同時に、俺は左方へと跳び、寸でのところでそれを躱した。


 動物の得物が地面に刺さり砂が舞う。振り下ろされた地面には、先程同様大きな衝撃が走った。鋏を持った動物はすぐさま得物を引き抜く。そして今度は自ら距離を詰め、俺へと振り払った。


 縦薙ぎに対しては左右へ、横薙ぎに対しては跳躍で躱す。一手でも読み間違えれば体を真っ二つにされる。そのため、下手に手を出すこともできない。凶暴化していた時のグレイと行動は似ているが、あの時よりも状況は悪い。グレイの時は、ぎりぎりで躱したり、剣で受け流すことも出来た。しかしこちらは躱し方が限られている。それだけでなく、足場が砂地ということもあり、跳躍に掛かる力もそれ相応に必要になる。グレイの時と同様、相手が隙を曝すのを待つという手もあるが、それまで俺の体力が続くかは分からない。どこかで反撃の糸口を見出さなければ、じりじりと体力を削られ、いずれ殺されることになる。


 繰り出された得物を躱し後方に跳ぶ。鋏を持った動物を真っ直ぐに見据え反撃を試みた。狙う先は、先程と同じく身体の中にある黒い光だ。俺の読みが正しければ、それを狙おうとすればきっと、俺の剣を防ごうとするはず。


 着地と同時に足に力を込める。ここまでの戦闘の甲斐あって砂地に足を取られることもない。鋏を持った動物の次の行動を読み、「いける」と心の中で呟いた瞬間、強い気配が俺の背後に迫ってきた。


「いつまでちんたらやってやがる」


 その声の主は俺の傍を通り抜け、叫び声と共に鋏を持った動物へと拳を放った。


 巨大な殴打音が響き渡る。男の拳は、咄嗟に守りに入った鋏を持った動物の得物に防がれ、頭胸部には届いていなかった。鋏を持った動物と男が膠着したのを見て、俺は剣を強く握る。追撃を掛けようとしたが、俺の次の手に勘付いたのか、鋏を持った動物は素早く足を動かし、俺たちから距離を取った。


「なんだ、急に慎重になりやがって」


 男が呟く。俺は急ぎ男の隣に並んだ。


 鋏を持った動物は得物を掲げ、俺たちを威嚇するように睨みつけている。俺は、鋏を持った動物へと剣を構え直し、ちらりと男に視線を向けた。すると男もまた動物へと拳を構え直し、視線だけを俺に向け口を開いた。


「風のようにすばしっこい奴だな、てめえは」


 男がそう呟く。男は続けて口を開いた。


「黙って見物しているのも性に合わないので手を出しちまったが、どうやらただの剣士ではないようだな。割り込まなかったら何をしようとしていたのか興味はあるが。お前さっき、あいつを倒す方法ではなく、鎮める方法に心当たりがあると言っていたな。どういう意味か説明しろ」


 男は、先程の口端を釣り上げた話し方ではなく、真剣な面持ちで話し掛ける。俺は鋏を持った動物に再び視線を戻し、身体の中に僅かでも白い光を感じ取れることを確認した後、口を開いた。


「言葉の通りだ。鎮める方法についての説明はできないが、手段は持ち合わせている」


 男は黙って俺の話を聞いている。


「俺に任せてほしいと言ったのは、それを確認したかったからだ。そして、恐らくだが、鎮めることは可能だと思われる。だから、残りも俺に任せてくれないか」


「おもしれえ」


 男が嬉々としてそう口にする。


「そんなことができるのなら是非見てみたいもんだ。おい、俺にも一枚噛ませろ。俺は何をすればいい」


 男に顔を向ける。俺は、これまでの男の動きを思い出し、共に戦う状況を頭の中で想定した。


 率直に言って男の申し出は有難かった。俺一人で鋏を持った動物を元に戻す場合、動きを封じた上で黄金の一閃を放たなければならない。そのためにはグレイの時と同様、騎士剣を使用する必要がある。だが、これまでを鑑みると、騎士剣を使用するだけで素性が割れる可能性は高い。共闘を交わす仲ではあるが、まだ男が何者か分からない以上、俺の素性を知られるわけにはいかない。それだけでなく、動きを封じる役を男がやってくれるのなら、俺は一閃を放つだけでいいことになる。騎士剣を使用するだけなら何の問題もないが、誰かの剣を振るうとなると身体に大きな負荷が掛かる。場合によっては気を失うこともある。そのため、騎士剣を使わなくて済むのであれば、それに越したことはない。


「今のように逃げられては元も子もないため、逃げられない状況を作った上で、相手の動きを封じてほしい。たとえば、先程海に殴り飛ばした時のように、上空に打ち上げてくれたら、後は俺の方でどうにかできるのだが」


「なんだ、そんなのでいいのか。そのくらいでいいならいつでもやってやるよ。鎮める方法があるなんざ、生まれてこのかた聞いたこともねえしな。

 てめえの目、とても嘘を吐いている奴の目には見えねえ。どんな手段で鎮めるのか、今から楽しみだ」


 俺の提案を、「何でもない」とでもいうように、男は一歩を踏み出す。革製の手袋をきつく締め直し、更に歩を進める。そして、あと一歩踏み込めば、鋏を持った動物の間合い、と思われるところで立ち止まり、口を開いた。


「俺はレオン。レオン=カシール。一応、命預け合ってんだ。てめえの名前も教えろや」


 男が腰を落とし腕に力を込める。無防備にも俺に背中を曝して。


 俺は、この男――レオン――は信に値すると思った。その上で、その申し出に真摯に答えられないことを心の中で詫び、誠意をもって俺の答えを示した。


「名前はない。故あって旅をしている、騎士だ」

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