Episode.4-11

 俺は振り返りエルザに顔を向ける。そして再び男へと向き直りその戦いを見守った。


「このまま得物ぶっ壊してその脳天ぶち抜いてやらぁ!!」


 男は鋏を持った動物に怒涛の連撃を仕掛ける。俺はその圧倒的な強さに視線を釘づけにされていた。


「あれがドラバーンの闘士と呼ばれる者の強さなのか。確かに、あれ程の強さを持った者が何人もいるのなら、クルーエルアのように壁を必要としない理由にも納得がいく」


 俺がそう口にしている間も男の攻撃は止まない。男の攻撃を受けている動物は徐々に後退っていく。男の連撃を受け続けたせいか、動物の鋏に小さな亀裂が入る。それを危険と感じ取ったのか、鋏を持った動物は後方に素早く移動し、もう一方の鋏を突き出し男を串刺しにしようとした。しかし、男はそれを読んでいた。鋏の先に合わせるように男も拳を突き出し、真っ向からぶつかり合った。


 嫌な音が響き渡った。何かが砕ける気持ちの悪い音。本来ならそこに目を逸らしたくなる現実があるはずだった。しかし信じられないことに、嫌な音の正体は、鋏を持った動物の得物が砕けた音だった。


 固唾を飲みその光景に驚嘆する。男が突き出した左手の拳と動物の突き出した鋭利な得物がぶつかり合っている。地面を裂き、離れた場所まで衝撃を放てる動物の得物とぶつかりあっているにもかかわらず、男の身体は人の形を保っていた。


 男は鋏を持った動物を睨みつけている。そして、小さく息を吐いた後、全身に力を込めたかと思うと、透赤色に輝く右拳を思い切り動物の顔面に叩きつけた。


 男の叫び声と共に大きな殴打音が響く。鋏を持った動物の巨大な身体が宙を舞った。鋏を持った動物は、殴られた勢いのまま後方へと吹き飛ばされ、そのまま海へと沈んでいった。


 鋏を持った動物を殴り飛ばし、男は肩で大きく深呼吸をする。そして、その場で振り返ったかと思うと、俺と目が合った。


「ん……? 誰だ、お前。なんでこんな場所にいやがるんだ?」


 俺の存在に気付いていなかったのだろうか、男は怪訝そうな顔で俺を見ている。俺は敵対の意志はないことを証明するため、剣を収め男の問いに答えた。


「危ないところを助けて頂きありがとうございました。私たちはこの辺りにあると聞くランバークの村を探していたのですが、突然あの動物に襲われまして」


 そう答えると、男は俺の後方へと視線を送る。エルザとグレイの姿を認めた後、再び俺に視線を戻し口を開いた。


「武器を所持しているからドラバーンの兵士かと思ったがそうでもないらしいな。そもそもドラバーンがランバークに人の一人も寄越すはずもないが。で、てめえはランバークに何の用だ?」


 男は再び詰め寄るように俺に視線を向ける。構えこそないものの、両の拳は握られており、まるで喉元に刃物を突き付けられているようだ。


 男の問いにどう答えるべきか悩んだ。クルーエルアから来たと答えるには男が信じられる相手かどうかも分からない。エルザの助言を受けランバークを目指してはいたものの、それが首都に向かう手助けにどう結びつくのかも聞いていない。一つ分かっていることは、先程の口ぶりからこの男はランバークの村の者ということだ。


 俺はエルザに助けを求めた。だが、俺が顔を向けると、真剣な顔をしてエルザが口を開いた。


「油断しないで。まだ気配は消えていないわよ」


 エルザの言葉を受け、俺は鋏を持った動物が殴り飛ばされた先の海へと顔を向けた。男もまたすぐさま振り返り拳を構えた。


 鋏を持った動物が沈んだ海面から小さなあぶくが浮き上がっている。その数は時間と共に増し、巨大なあぶくがいくつか浮かび上がったかと思うと、海から突然巨大な影が姿を現した。


「馬鹿な。確かに手応えはあったのに」


 海から姿を見せたのは、先程男が倒したはずの鋏を持った動物だった。顔面にひびが入り鋏の一部が欠けている。男の「手応えがあった」というのも嘘ではないのだろう。


 鋏を持った動物は触角を揺らし、俺たちの姿を認める否や襲い掛かってくる。俺たちは左右へと跳び、鋏を持った動物を挟み込むように向かい合った。


「一発で楽になっていれば苦しまずに済んだものを。そんなひび割れた面になってまでまだ向かって来るか。いいぜ。望み通り、今度こそ地獄へ送ってやる」


 男は静かに闘志を発し、鋏を持った動物へと意識を集中させる。俺もまた剣を抜き鋏を持った動物の次の行動に警戒した。そこで海に落ちる前と後とで、大きな違いがあることに気付いた。


「先程よりも黒い光が大きくなっている……」


 男が叫び声を上げ鋏を持った動物へと飛び掛かる。それを見て俺は咄嗟に呼び止めた。


「待て、そいつは!」


 男の拳が鋏を持った動物のひびの入った頭部へと真っ直ぐに刺さる。鋏を持った動物の頭部に走っていた亀裂は、頭部から腹部へ、腹部から全身へと徐々に走っていった。そして、その亀裂が尾びれへと走り、全身にひびが走った瞬間、大きな音と共に鋏を持った動物のが砕け散った。


 外殻が弾け飛ぶ余波を受け男は咄嗟に距離を取る。俺もまた、飛んできた破片を剣で振り払った。

 改めて正面を見る。そこには僅かに白い光を残しつつも、先程よりも更に強い黒い光を放つ、鋏を持った動物の姿があった。


「脱皮した、とでも言えばいいのか」


 男がそう呟く。さすがの男も身構えてはいるが手を出そうとしない。鋏を持った動物の姿形は変わってはいないものの、潜在的に感じ取れる強さは大きく変わっていた。


 鋏を持った動物が両方の得物を薙ぎ払う。その得物は俺たちに届く距離にはない。しかし、俺は剣を払い、を真正面から撃ち落とした。


 鋏を持った動物の衝撃と俺の放った一閃がぶつかり合い砂埃が舞う。最初に対峙したときよりも一回り鋭い刃。明らかに威力が上がっていることは明白だった。


 男を見る。男はその場から一歩も動いておらず、鋏を持った動物を睨みつけていた。


「速い。先程よりも速さが増してやがる。それだけじゃない。あの得物もより鋭利になってやがる」


 男が怪我をしている様子はない。自分に飛んできた衝撃を打ち消すだけで精一杯だったが、男もまた、恐らく俺と同じように飛んできた衝撃を拳で打ち消したのだろう。男の身体能力ならばあの衝撃を打ち消すことは造作もないはずだ。


 鋏を持った動物は触角を揺らしている。追撃をしてくるような素振りはない。男はその様子を見てゆらりと身体を揺らし、鋏を持った動物へと再び拳を構えた。


「重い鎧を脱いだことにより速さを増したとでも言うのか? だったら、防御力は下がったってことだよなぁ!?」」


 男は初速から瞬時に駆け出し、先程よりも速さを増し動物との距離を一気に詰める。そして懐へと飛び込んだかと思うと、男は拳を放った。鋏を持った動物は無防備の状態で拳を顔面に喰らう。先程と同じく、そのまま海へと殴り飛ばしたかと思ったが、現実は俺の予想とは異なる結果になった。


「んな、馬鹿な!?」


 男が驚嘆の声を上げる。男の拳を受けながらも、鋏を持った動物は何でもないように触角を揺らしていた。しかし、その直後、鋏を持った動物は目の色を変え、男へと得物を振り上げた。


「やべえ!?」


 男が声を上げる。俺は剣を薙ぎ払い振り上げられた得物へと一閃を放った。一閃は鋏を持った動物の得物に直撃し鈍い音を上げる。その音を聞いて、俺の放った一閃は、鋏を持った動物にとって何の痛手にもなっていないということに気付いた。


 男は、僅かにできたその隙に動物と距離を取る。そして、俺の傍まで跳び寄り口を開いた。


「助かったぜ。ありがとうな」


 男がそう口にする。俺は鋏を持った動物から視線を外さずに尋ねた。


「あれは、この辺りではよく見掛ける種類なのですか?」


「ん? あぁ。といっても、こんなやべぇ奴は滅多に出ないが」


 男が答える。俺たちは、鋏を持った動物の次の行動に注視した。


 俺たちが会話をしている間も鋏を持った動物は積極的に攻撃を仕掛けてはこなかった。この行動の読めないところは、ラミスやデネル洞穴で出会った種類よりも、初めて対峙したグレイに近いように感じる。グレイと戦った時、凶暴化した動物には何か特性があるのかと疑ってはいたが、もしかしたら、これが答えなのかもしれない。


「よう、お前。随分と深く考え込んでいるようだが、あれを倒す手立てがあるのか?」


 男がそう口にする。俺は、鋏を持った動物から目を逸らさず、男の問いに「ある」と答えた。


「ほう、大した自信だ。伊達に大振りの剣をも携えているだけあるな」


 男の言葉に心臓が大きく跳ねる。男を見ると、男は口端を上げにやりと笑った。男は正面へと視線を移し、改めて鋏を持った動物へと拳を構えた。


「てめえの実力、見たくなったぜ。……共闘だ。異論はあるか?」


 男が俺に問う。俺もまた正面へと向き直り、剣を構え、男の問いに答えた。


「ない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る