Episode.4-10
◇
一息ついた後、俺たちは西へと進んだ。島と呼ばれる割にはその広さはかなりのもので、大陸と呼んでもおかしくないとさえ感じた。グレイの足で走り続けても西端に辿り着くのに二日掛かった。見晴らしが良いこともあり、海岸沿いに進むことが正解ではあったのだが、飲み水や食料の事情などもあり、内陸の緑の生い茂る地域を経由しつつ進んだ。そういった場所は人が暮らしていたりするものだが、火の国の人たちは古き時代から同じ地域に根付き、住む場所を積極的に広げないらしい。そのため、火の国の村や町は、地図に描かれている座標から長い間変わっていないそうだ。それなのに、これから向かうランバークという村のことを俺は知らない。エルザが言うことなので間違いはないと思うのだが、クルーエルアで学んだ火の国の地理の中にこの村の名前はなかった。「癖のある村」とエルザは言っていた。ランバークという村は一体どういう村なのだろうか。
◇二日後・火山島ドラバーン西部方面にて◇
「グレイの足に追いつける動物がいるとは……」
周囲を見回しぼそりと呟く。俺たちは今、強靭な角を構えた動物たちに囲まれている。火の国に入国してから早二日。島の西端を目指し進んでいる途中だった。緑溢れる地域から一転し、枯れた地域へと徐々に足を進める。そろそろ目的地に近いということもあり、見晴らしの良い海岸沿いに出たのだが、それが裏目に出ることになった。
俺たちが海岸に向かって出ようとした経路は角を構えた動物の縄張りだった。勿論、傷つけるような意思はなく、すぐにその場を離れようとしたのだが、そんな考えを動物は分かってはくれない。グレイを走らせその場を離れようとしたが、予想に反し追い付かれてしまった。
「当然でしょう。グレイはクルーエルアでは足の速い部類に入るけど、別の地域においても同じとは限らない。グレイの足を生かせる地理ではない以上、撒ききれないと判断したら即座に迎撃に切り替えた方が良いわ」
エルザがそう告げる。
平地に緑が生い茂っている地域で駆け回っていたグレイにとって、火の国のような岩や砂混じりの地域はこの上なく駆け回り辛いのだろう。クルーエルアの領土を想定以上の速さで駆け抜けてきたこれまでと異なり、この地域では半分程の速さでしか走れていない。それに対し、目の前の動物は骨格的に見てもグレイより足が速いとは考え辛い。それなのに、グレイが走れば走るほど引き離すどころか追い付かれてしまった。
剣を構え相対してはいるのだが、この辺りの動物の習性は知らないため、追い払おうにも下手に刺激して群れ総掛かりで襲われる可能性を考えると手を出しにくい。今は元に戻っているとはいえ、一度は凶暴化したグレイを恐れないことからも、この動物たちはグレイを脅威と感じ取っていない。このままだと、真っ向からこの動物たちと戦うことになる。
「こちらから手を出すべきか。それとも……」
「待って」
突然エルザがそう告げる。エルザの言葉と共にグレイも後方に振り返り、海面へ向かって威嚇を始めた。俺は、角を構えた動物たちに剣を向けながらも、エルザとグレイの視線の先に顔を向けた。
俺が顔を向けるとすぐに、俺たちを囲っていた動物たちが一斉に元来た方角に去っていく。それを見て俺もまた、エルザとグレイが何に備えているのかを感じ取った。動物たちが去ってすぐ、海面に小さな泡が浮かんでくる。その泡は次第に数を増し、徐々に大きな泡を浮かび上がらせ、その直後、鋏を持った巨大な動物が海から姿を現した。
目の前に現れた鋏を持った巨大な動物は、どう贔屓目に見ても一般の動物とは言い難かった。グレイが威嚇したり、エルザが注意を向けたことからも、凶暴化した動物と判断して間違いない。その身体はあまりに大きく、元々大きく発達した鋏はさらに大きく禍々しくなり、強靭で鋭利な刃のようにもなっていた。
角を構えた動物たちが去ったことで俺もまた向き直り、鋏を持った動物へと剣を構える。鋏を持った動物は触角を揺らし、こちらに気付くとすぐさま目の色を変えた。高く鋏を構えたかと思うと、勢いよく振り下ろす。それを俺たちは躱すが、鋏が振り下ろされた箇所を見て言葉を失った。そこには、振り下ろされた鋏と共に、その大きな衝撃が走ったことが分かる刃の跡が後方まで伸びていた。
「
俺はそう口にし、エルザとグレイに後退するように声を掛ける。角を構えた動物と異なり、海中から出てきた鋏を持った動物は陸上での行動を得意としてはいないと思ったからだ。いくらグレイの足が本調子でないとはいえ、陸上においてはグレイに軍配が上がるのは目に見えている。そのため、俺は迷いなくこの場は撤退することにした。
「駄目よ、坊や」
俺の言葉をエルザが否定する。鋏を隔て反対側にいるであろうエルザに呼び掛けると、エルザは俺の問いに答えた。
「先程の衝撃でグレイが傷を負ったわ。軽傷とはいえ、すぐに走るのは無理よ」
グレイが怪我を!?
グレイを心配するが、グレイの元に駆け付けようとする俺をもう一方の鋏が邪魔をする。それを躱し再び対峙すると、鋏を持った動物は両の鋏を俺へと向けた。それを見て俺は好機と判断した。
「エルザ、俺がこいつを引き付ける。グレイを安全な場所に避難させてくれ」
エルザは俺の申し出に「分かったわ」と答える。俺は鋏を持った動物に一閃を放つが、鋏を持った動物は平然とそれを受け止めた。鋏を持った動物が動きを止めるのを見て、エルザはグレイを離れた場所に連れて行く。グレイが受けた傷は軽傷と言っていたこともあり、走るのは無理でも歩くのは問題ないようだ。鋏を持った動物の狙いが俺に絞られていることを確認した上で、エルザはグレイの治癒を始める。その姿を見て、俺は改めて鋏を持った動物へと剣を構えた。
グレイの治癒が終わるまでの時間を稼ぐのが俺の役目だ。だが、当然のように一閃を防いだことを考慮すると、通常の剣では一人で凌ぎ続けることは難しい。
俺は、後ろ腰に帯びている布に手を伸ばしそれを手にした。布を縛っている紐に手を掛ける。そして、その紐を解こうとした。しかし、その瞬間、何かが此方に迫って来ていることに気付いた。
「な、なんだ……!?」
思わずそちらに視線を向ける。視線の先からは、砂煙を巻き上げ何かが此方に迫って来ていた。砂煙は徐々に大きくなり、それを巻き上げている影が目視できるようになる。その影は、近くまで迫ってきたかと思うと突如飛び上がり、凄まじい勢いで鋏を持った動物へと拳を振り下ろした。
「出やがったな、化物め。ランバークに近付く奴は俺が容赦しない!!」
男の拳が鋏を持った動物の頭部に直撃する。鋏を持った動物は勢いのまま殴り飛ばされ、砂浜の上を跳ねるように飛んでいった。男はその場に着地し一つ静かに息を吐く。そして、殴り飛ばした動物へと向き直り、改めて拳を構え直した。男が拳を構え直すのに合わせて、鋏を持った動物も起き上がる。五対の足を滑らかに動かし、触角を大きく揺らしながら、その大きな得物を男へと向けた。
「はっ、厄介な野郎だ。かなり力を込めてぶん殴ったんだけどな。気のせいか、近頃の化物は一段と
男はそう口にし、大きな叫び声を上げる。そして、鋏を持った動物が振り下ろした大きな得物を、真っ向から拳で受け止めた。
その光景を目の当たりにし、俺は驚きの声を上げる。鋭利な刃物を相手に正面から殴り合う男を見て、自然と言葉を零していた。
「凶暴化した動物に真っ向から挑んでいくだけでなく、明らかに分が悪い得物相手に拳一つで戦えるなんて……。何者なんだ、あの男は」
眼前で繰り広げられている光景に驚愕する。茫然と立ち尽くす俺を他所に、少し離れた位置で見ていたエルザが俺に声を掛けた。
「坊やは見るのは初めてよね。あれがクルーエルアでいう王国騎士に相当する、ドラバーンの『闘士』と呼ばれている者よ」
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