Episode.4-9

   ◇???◇


「そんな馬鹿な……!?」


「どうした」


 暗闇の中に双眸が浮かび上がる。その視線は先程声を発した男に向けられた。男は問いには答えず肩を震わせている。ぱくぱくと口を開けては閉じ、何度目かの開口の末、ようやく言葉を口にした。


「俺が展開していた感知の術が、破壊された……」


「なにっ……!?」


 双眸の男もまた、男と同様に驚きの声を上げる。


「何者だ、そんな真似をしたのは」


 双眸の男は男に告げるが男は何も答えない。二人が黙りあぐねいていると、そこに別の男が現れた。


「何かあったのですか?」


 穏やかな口調でその男は尋ねる。双眸の男は穏やかな口調の男へと視線を向け、今起こった出来事について説明した。


「ドラバーンに展開していた感知の術が破壊されたらしい」


「なんと。それはそれは」


 口調そのものは穏やかだが、新たに現れた男も他の二人と同じく動揺があるようだ。穏やかな口調の男は、絶句し言葉を失っている男に対し、冷ややかな視線を向けた。


「これに懲りたら少しは反省してこちらの手伝いをしてくれませんかね。どうもあなたは我々の目的を軽視しがちな側面が強い」


 そう言い、穏やかな口調の男は溜め息を吐く。それを聞いた男は、穏やかな口調の男の胸倉を掴み、拳を振り上げた。


「やめろ」


 暗闇に浮かぶ双眸の男から声が上がる。男の拳は穏やかな口調の男の眼前で止められた。男は拳を下ろし、舌打ちをし、二人に背を向け歩き始めた。


「どこへ行く気だ」


 暗闇に浮かぶ双眸の男が男に告げる。男は足を止め問いに答えた。


「ドラバーンに決まっているだろう。あの国がどうなろうと知ったことではないが、今はまだ存続してもらわねば困る。

 止めても無駄だ。そういう契約でお前とは手を組んだはずだ」


 そう答え、男は暗闇に浮かぶ双眸の男に視線を向ける。双眸の男は、こちらを睨みつける男に対し、普段通りの口調で返した。


「好きにすればいい。だが、自ら契約という言葉を口にしたのだ。よもや、これ以上の説明は要るまいな」


 男はその言葉に舌打ちをする。そして苛立ちを抑えつつ、一つ小さな深呼吸をして答えた。


「侮るな。いくらドラバーン出身だからといってそこまで馬鹿じゃない。俺の術を破壊した者を探りに行くだけだ。十日もすれば戻る」


 そう言い残し、男は透赤色の光と共に消えていった。


 透赤色の光がその場を去ったことで、穏やかな口調の男が溜め息を吐く。そして暗闇の中の双眸の男に対し口を開いた。


「それにしても相変わらず効率の悪い男ですね。――――を連れて行けばものの数日で戻ってこれるだろうに。といっても、――――を連れて行くことはあなたが許しませんか」


 穏やかな口調の男がそう告げる。双眸の男は、穏やかな口調の男の問いには答えず、自身の中に浮かんだ疑問を繰り返し反芻させていた。


「やつ(透赤色の光を放った男)も無名ではあるが、火の国の術士の中では間違いなく最強の強さだ。ましてや、災厄の力で強化されている。その災厄の力を帯びた術士の術を破壊しただと。一体何者がそんな真似を」


    ◇ドラバーン西部海岸沿いにて◇


 目を開けると、そこには無数の光が輝いていた。それが星であることに気付くのに時間は掛からなかった。星の並びがいつもと異なる。その瞬間、俺は今いる場所がクルーエルアではないことを思い出した。


 ここは一本道を抜けてすぐ西に進んだ海岸沿いだ。穏やかに波を打つ音が耳に入ってくる。術の破壊後、体の傷をエルザに癒してもらい、西に進んでいたのだが、余りにも頭痛が酷かったため一旦小休止することにした。

 頭痛はしばらく続いていた。ずきすきと痛む頭を抑え体を起こす。目の前には、俺のことを心配してこちらを見ているグレイの姿があった。グレイを見て、俺は感知の術の破壊時のことを思い出した。


 騎士剣から溢れ出る暴風に耐えきれなかった俺を支えてくれたのはグレイだった。グレイもまた、身体に傷を負いながらも俺を支えてくれた。グレイがいなかったら、俺は、己との戦いに負けていたかもしれない。


「ありがとう、グレイ」


 グレイに笑顔を向ける。俺が言葉を掛けるとグレイは立ち上がり、俺の傍まで歩み寄り、伏せた。グレイの頭を撫でてやる。すると、グレイは気持ち良さそうに目を閉じ、嬉しそうな声を上げた。グレイを撫でていると、波の音に混じり足音が聞こえてくる。足音のする方に顔を向けると、海から出てきたエルザの姿があった。


「あら、起きてたの。まだ横になっていてもいいわよ。どうせこんなところに人なんていやしないんだから」


 そう言い、エルザは濡れた髪を払う。俺が何も答えないでいると、それを不思議に思ったエルザが俺に声を掛けた。


「なに? どうかした?」


 俺は顔を逸らし、小さく溜め息を吐く。僅かにしかめっ面をしてエルザに答えた。


「目のやり場に困る。せめて布一枚でもいい。何か纏ってくれ」


 俺がそう告げると、エルザは何でもないような顔をして、「意外とお子様なのね」と答えた。エルザが足元にあった被服の一枚に手を掛ける。それを身体に纏い、被服の中に納まった長髪を後ろ手で掴み、すっと、かき上げた。


 エルザと俺との間には黒い炎がくすぶっていた。黒い炎は薪などの燃料を必要としないのか、その場で燃え続けている。エルザは髪を払い、黒い炎の前に行き、そこで座り込んだ。髪をかき上げ、手櫛を通し、時折頭を左右に振り、髪を乾かしている。その様子を見ているとエルザと目が合った。


「今度はなに?」


 俺の視線を感じ取ったのかエルザが再び尋ねる。こういう時、リリアナ王妃やリリィであれば皮肉の一つでも言われたことだろう。しかしエルザには冗談が通じない。エルザは、俺がどこを見ているのかに気付いたのか、俺の視線を遮るように、髪で顔を覆い隠した。


 俺は目を閉じた。そして、喉元まで出かかっていた言葉を無理矢理に押し留めた。以前にも言ったが、エルザの行使する黒い炎は一般的な炎とは異なり、明るさを殆ど感じない。しかし、その僅かに感じる明るさの中に覗いたその顔に、見て見ぬふりをすることなどできなかった。


 初めて出会った時、エルザのことをティアナと呼んだあの時、エルザは怒りのままに殺意の塊を俺に向けた。ラミスでは殺意こそなかったものの、怒気を含んだ視線を俺に向けていた。あの時、あれ以上の詮索は無意味と判断し、その後も聞くことはできないと思っていた。しかし、聞くことはできずともやはり考えてしまう。はっきりと見えたエルザの顔。その顔はやはり、他人と呼ぶには無理があるほど、ティアナ姫にそっくりだった。


 エルザが此方に顔を向ける。髪の隙間より僅かに顔を覗かせ、俺に目を向け口を開いた。


「この後はどうやって首都に向かうか考えているの?」


 エルザが尋ねる。俺は、火の国に入ってからの凡その地理を頭の中で俯瞰し、その地理に沿うように首都ドラバーンに向かう経路を考えた。


 火の国は大きな島であり、島のほぼ中央に位置する場所に休火山がある。そして、そこからやや南下した場所に首都ドラバーンがある。今いる場所から北上すれば、最短経路で首都に向かうことはできる。しかし、最短経路を進むのは少しばかり難がある。最短経路で首都へ向かおうとすると、人が通るために整地された道に合流するからだ。

 ドラバーンも、クルーエルアのように、昨今は地方の村や町と定期的に連絡を取り合っていないかもしれない。そうであれば、人が行き交う可能性も低く、最短経路を通ることも可能であろう。しかし一本道の先に見えたビステークの村は、クルーエルアのようなを設置すらしていなかった。それはつまり、必要がないからに他ならない。必要がないということは、首都と各村で定期的に人の行き来があっても不思議ではない。そもそもの問題の一つにグレイの存在があるが、ここより先は身を隠す場所も殆どないため、もし誰かに出会うことがあったら面倒事になり兼ねない。首都ドラバーンへ向かいつつ、可能な限り人と遭遇しない、そんな経路があるのだろうか。


 俺が悩んでいるとエルザが俺を呼ぶ。エルザは、俺が考えていることなど理解した上で、俺に提案をした。


「どうやら風の国との違いを理解できてきたようね。そう、最短経路で首都ドラバーンに向かう場合は、道中、何度も火の国の者たちとすれ違うことになる。その度誤解を解いていたらいくら時間があっても足りない。ここは一つ、騙されたと思って、少し遠回りをしてみないかしら?」


 エルザの提案に首を傾げる。俺が知っている首都へと通じる経路は、ビステークから首都へと続く道だけだ。いくら頭の中に地理が入っているといっても、デネル洞穴のように全てを把握しているわけじゃない。


「何か良い案があるのか?」


 俺が尋ねると、エルザは意味あり気な視線を向け答えた。


「このまま西へ進みましょう。そこにランバークという村がある。グレイの足なら二日も掛からないと思うわ。ちょっと癖のある村なんだけどね。そこの住人ならきっと坊やに協力してくれるわ」


 二日という時間が気になったが、一本道を抜けた先に聳え立っていたビステークの村に寄らなかった時点で、最短経路から首都へ向かうのは良策とは思えない。エルザの提案を受け入れ、俺たちは西のランバークの村へ向かうことにした。

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