Episode.4-6
◇中立地帯~ドラバーン間の国境◇
夜も更け込んで来た中、エルザとグレイと共に火の国に通じる一本道を進んだ。当然この時間帯の一本道は海水の下にあり、エルザの術がなければ進むことができない。気泡の術は周囲の水を押し退けていることもあり、海面に不自然な空間ができる。対岸の兵士に見付かってしまうのではないかと思い、尋ねてみたのだが、
「その為に水位の高い深夜に入国を試みているんでしょうが。ちゃんと空を確認しなさい。勘の良さや機転の早さはずば抜けているのに、術に対する知識はどうにも浅い気がするわね」
空を見上げると、月の光が反射した海面が波打っている様子が窺える。それほど深くはないが決して浅くもない。確かにこの水深であれば、目を凝らしたとしても地上から見付けるのは難しいだろう。エルザの言う通り、俺の発言は浅はかだったと言わざるを得ない。
「あと少しで目的の場所に着くわ。着くまでにもう一度、術の破壊手順について話しておくわね」
エルザはそう言って説明を始めた。
感知の術の破壊方法については、先程一本道に入る前に説明を受けた通りだった。懇切丁寧に、念を押すように説明をしてくれた。恐らく、それだけ術の破壊には困難を極めるということだろう。だが、その話を聞きつつも、俺の頭は先程エルザが言った言葉を反芻させていた。
◆
「術に対する知識は、どうにも浅い気がするわね」
◆
今の今までそんなことを考えたことはなかったが、言われてみれば心当たりが数多くある。
術士は、互いに術を使えるということが直感的に感じとれること。
術には、それぞれの国家に合わせた色が存在すること。
術には、単発型と継続型の二つが存在すること。
ざっくりと思い返すだけでも、すぐに候補が挙げられる。自身が術士でないことから、こういう分野はお座なりになりがちだが、国家の重要な立場に就いていることからも、そんなことは言っていられない。
そもそも騎士校時代、筆記試験において、術への理解が特別低かったわけではない。他科目と比べると低かったというのはあるが、それも決して手を抜いたわけではない。これについては教官も首を傾げていた。その場は「もう少し頑張れ」の一言で終わったが、その後の結果も芳しくなかった。しかし、その理由に思い当たる節はある。それは俺が、無意識的に避けていた、ということだろう。
当然だが、かつては
「
強い口調でエルザが俺に告げる。かなりご立腹だということが表情から読み取れた。俺は謝罪し、考え事をしていたと正直に告げると、エルザは溜め息を吐いた。
「文句の一つでも言おうと思ったけど、これから行うことの困難さを考えたら不安になるのも仕方がないわね。同じ説明を二度するのは気が進まないけど、次はちゃんと聞いておくのよ」
そう口にしエルザは再び足を進める。俺もエルザに続いた。
「私が防護膜を広範囲に展開したら坊やが感知の術を破壊する。間違っても中に入らないでよね。中に入ると相手の術士に姿を曝すことになるから。
騎士剣を突き立てた後だけど、先程も言ったように吹き飛ばされないように気を強く持つのよ。気持ちだけでどうにかなるものでもないけどね。この方法を選んだ以上、坊やの命の保証はできかねるわ。もっとも、本当に死ぬようなことになれば、坊やの信念を裏切ることになっても生かす方法を選ぶけど」
エルザは話を続ける。
「この場の目的はあくまで術を破壊することよ。それ以上のことを考える必要はないわ。感知の術を行使した術士については、今は私に任せてくれればいい。少なくともその術士とすぐに
「感知の術を行使した術士についてだが、どんな人物像なのか想像がついているのか?」
俺が尋ねるとエルザは俺の質問に答えてくれた。
「今更言うことでもないけど、火の国に通じるこの一本道は、中立地帯……ひいては、他国との連絡を取るための国境でもある。その国境に、こんな巨大な術を堂々と展開するなんて、他国に知られでもしたら国際問題になりかねないでしょ。つまりその術士は、火の国と他国との関係に亀裂が入ることに何の躊躇いもない者。火の国と他国が争うことを是としている者よ」
火の国と他国が争うことを是とする者……?
その言葉を聞き、俺はいつかクルーエルアで自分が口にできなかった言葉を思い出した。あれはクルーエルアを発つ前日、ジークムント騎士長に呼び出され、リリアナ王妃に謁見した時のことだ。
◆
例えばそう、クルーエルアとケスラが、『互いに滅ぼし合うよう仕組んでいる』とか。
◆
あれは、術士校を襲った者たちの目的について考えていた時の事だった。その考えは推測の域でしかなかったということもあり、口にすることができなかった。しかし、俺の想像でしかなかった言葉を、エルザは当然のように口にした。しかも、今度はクルーエルアとケスラではなく、ドラバーンにおいて。
「ついたわ」
突然エルザがそう口にする。急に現実に戻され、俺はびくりと体を震わせてしまった。しかし、正面には感知の術どころか何も存在しない。これまで歩いてきた砂地の道が広がっているだけだ。
エルザが被り物を取り顔を曝す。そして両手を広げ、俺たちを覆っていた気泡の術を広げた。
「身も蓋もないけど、私にできることはこれで終わりよ。後は、騎士剣から溢れる力が外部に漏れないよう術の維持をし続けるだけ。それじゃあ、後は任せるわよ」
エルザはそう言い、両手を下げ、此方に向き直った。黙ってエルザの元に歩み寄る。そしてエルザの傍を通り、正面に目を向けた。
先程(気泡の術の広範囲展開前)までと異なり、今見えている景色は、空気の通っている地上と何も変わらない。遥か遠くを見ようとも、どこも波打っている様子はなかった。しかし、空を見上げると、そこにはやはり海水が流れているのか、空が波を打っている。俺は視線を戻し、正面を見てエルザに尋ねた。
「この先に術が展開されているのか? ここまで進んできた景色と、特に何も変わらない気がするんだが」
俺の質問にエルザが溜め息を吐く。そして片手を上げ、呆れたように口を開いた。
「もう少し自分が持っているその剣について知っておいた方が良いわよ。騎士剣を使いこの先を薙ぎ払ってみなさい。それで答えが出るわ」
「騎士剣を……?」
言われた通り、長布から騎士剣を取り出し、引き抜き、構える。騎士剣から透緑色の光が溢れる。俺は目を閉じ、心を静め、神経を集中した。そして目を見開き、心に溢れた風と共に、その場で一閃を放った。
俺の放った一閃が真っ直ぐに飛んでいく。その飛んでいく軌跡に合わせるように、地面に線のようなものが浮かび上がった。それを目の当たりにし、俺はエルザに声を掛ける。エルザは、よく分かっていない俺に、今起こった出来事について説明してくれた。
「展開式の術を目に見える形で残す馬鹿はいないわよ。術の行使に合わせて不可視の処理を施している。今坊やが騎士剣で断ったことで、その領域だけ不可視の処理が解除された。足元を見て御覧なさい。その線より先に感知の術が展開されているから」
エルザに促されるままに足元を見ると、もう十歩も進まない先の地面から、線のようなものが浮かび上がっている。一閃が消滅するまでのそこに至るまでの地面に、紋様のようなものが描かれていた。よく見ると、線が透赤色の色を放っている。それを見てエルザが呟いた。
「少なくとも、この術を行使したのは、元は火の国の術士ね」
その言葉を聞き驚愕する。俺は振り返りエルザに尋ねた。
「まさか……!? その話が本当なら、先程の話と合わせると、火の国の術士が火の国と他国が争うことを望んでいるということなのか?」
「そういうことね」
俺の問いに、エルザは俺の目を真っ直ぐに見て答えた。
エルザの言葉を聞いた後、俺は再び正面に向き直る。そして、不可視の効果の切れた面から浮かび上がる透赤色の光を見て、ただただ困惑の色を示すことしかできなかった。
火の国の術士でありながら、自らの国が滅ぶことを望むのか? 何故そんなことを……。
時間と共に強く光を放つ透赤色の色が、血のように紅く染まっていく。その紅色を目の当たりにし、俺は体中から血の気が引いていくのを感じた。何も考えられずその場に立ち尽くしてしまう。そんな俺に気付いてか、いつの間にかエルザが俺の後ろに立ち、俺の背中に手を当てていた。
「あまりに迷うようなら私が代わってあげてもいいわよ。当然こうなることも想定していた。坊やができないようなら、無理にでも『眼』の力を取り出し、私が感知の術を破壊する」
エルザの声が強かに響く。俺は、眼前に浮かぶ透赤色の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます