Episode.4-5
◇クルーエルア〔リリィ視点〕◇
「二人とも、ありがとう。朝までは私とジークムントで介抱するから、アルメリアはエリカに付き添ってあげて」
リリアナの言葉に、アルメリアが「申し訳ありません」と頭を下げる。そんなアルメリアに対しリリアナは、
「無理をさせているのはこっちだから。私とジークムントで国を回している間、あなたたちには休む暇もなくあの人の世話をしてもらっている。場合によっては丸一日様子を見に行けない日もあるくらいだし。こんな時くらい頼ってもらえた方が嬉しいわよ」
と話し、サイコロンドの部屋に続く扉が閉められた。
深夜になってアルメリアが、王族の世話係が使用する待機部屋を訪ねてきた。エリカの体調が良くないとのことで、朝まで別室で休ませたいとのことだった。隣室にいるジークムントを尋ねると、当然のように「代わりは私が務める」と進み出た。そして、エリカを迎えにサイコロンドの部屋に向かう途中、リリアナが自室から顔を出し、「何かありましたか?」と聞かれたため、説明したところ、
「では、朝までは私とジークムントで介抱します。アルメリアはエリカに付き添ってあげてください」
と言われ、そのままリリアナの提案通りになってしまった。
アルメリアと共に王の待合室から通路に出る。片手に力を込め、透緑色の灯りを作り出した。その灯りを頼りに、私たちはエリカの待つ、王族の世話係が使用する待機部屋へと足を進めた。
「深夜に我儘言ってごめんね」
アルメリアが話し掛けてくる。私は「気にしないで」と答えた。
お互い同じ護衛術士という立場にありながら、一緒にいる機会は殆どない。アルメリアとエリカは一日中サイコロンドの介抱に努め、私は一日の殆どをティアナと共に過ごしている。エリカは術士校での事件以降、護衛術士に任命されてから、アルメリアはエリカが護衛術士になる以前から、サイコロンドの世話を務めている。私は、ティアナの友人兼護衛役を任命された十年前からずっと、ティアナと一緒にいる。
ティアナの部屋の前を通る。中からは何の気配も感じない。起きているのか寝ているのかも分からない。"彼"が旅立ってから、ティアナは一度たりとも部屋を出ていない。
ここ最近は毎日、「何かしなさい」と言い聞かせてはいる。シグムントとアルがいない今、王族として公務を手伝えるのはティアナだけだ。先程見たリリアナは、以前より少しやつれたように感じた。ジークムントも同じ。あの二人は、国に、世界に、尽くすことが当たり前だと考えている。二人から弱音一つ聞いたことはない。二人とも無理をしているのは分かっている。私にできることなら可能な限り手伝ってあげたい。でも、私にできることは限られている。だからこそ私には、ティアナの肩を叩くことしか出来ないのだけど……。
ただ、ティアナの気持ちを汲んであげたいと思う自分もいる。あの子のことは妹のように可愛がってきた。あの子が攫われた時、無事に戻って来てくれた時は泣いて喜んだ。でも、その後、あの子の虚ろな姿を見て、私は涙が枯れるほど泣いて悲しんだ。それを今も鮮明に覚えている。だから、強くは言えない。今のあの子は、あの時程ではないにしろ、生きる希望を失いかけている。
「相変わらず、ティアナ様のことが心配なんだね」
アルメリアが私に声を掛ける。私は、「そりゃ、ずっと一緒にいるからね」と答えた。
「一つ、尋ねてもいい?」
アルメリアが再び私に声を掛ける。私は、「いいよ」と答えた。
「先日初めて会ったんだけど、王国騎士になった、ローズの弟だって言う、名前のない"彼"。"彼"は何者なの?」
唐突にアルメリアから"彼"の質問をされる。何を言いたいのか分からなかったため、私も聞き返してみることにした。
「ごめん、質問の意味がよく分からないんだけど」
そう返すと、アルメリアは眉を顰めながら答えた。
「先日"彼"と話した時に、リリィのことを聞かれたの。どうして皆、リリィのことをリリィ"様"と呼ばないのか、と」
アルメリアの話を聞き、私は立ち止まり、「そう」と答えた。
長い沈黙が続く。私にしては珍しい。いつもならこんなに迷うことはないのに、何故か今日はすぐに答えることができなかった。
「……それはね。"彼"が知らないからだよ。"彼"は、この国の生まれじゃないから」
「え?」
アルメリアが驚いた顔をする。アルメリアは続けて口を開いた。
「クルーエルア領土内の生まれじゃないってこと?」
「そう。それどころか、どこの国の出身かすら分からないみたい」
私の話を聞き、アルメリアが口許に手を当てて考え込む。そして私の顔を覗き込み口を開いた。
「"彼"じゃ駄目なの?」
来た、と思った。中庭の件(グリフィストーラの件)以降、"彼"の素性については一部で話題になった。その翌朝、私が失態をおかしたこともあり、いつもなら冗談で「結婚してくれ」と言っていた者たちからも、「"彼"じゃ駄目なのか?」と聞かれた。
「駄目って、何が?」
アルメリアの質問にとぼけて返す。アルメリアが何を言いたいのかは全て理解していた。しかし、この質問にはとぼけるしか答えがない。私の返しが不満だったのか、アルメリアは視線をきつくして再び口を開いた。
「とぼけないで。こんな機会そうそう訪れないわよ。この国の生まれじゃない上に、国の重要な立場に就いていて、本当のリリィのことを知らない人なんて、今のこの人の行き来の少ない世界でそんな条件を満たす人、次に会える機会なんていつ訪れるか分からないわ」
アルメリアの話を聞き反対を向く。正直に言って、その通りだと私も思った。
認めたくはないが、"彼"は全ての条件を満たしている。前提として、形式的なものは当然だが、何よりも私が望む、本当の私を知らない人という、気持ちの面も条件を満たしていた。自惚れにはなるが、もし"彼"が祝宴の儀で私に手を差し伸べてくれていたら、私はきっと、その手を受け入れていただろう。こう考えてしまうあたり、遠からず好意は持っているのかもしれない。
アルメリアが回り込み私の顔を覗き込む。行動自体は茶化しているようにも見えるが、アルメリアの目は真剣そのものだった。
「物騒な言い方になるけど、権力を行使するという手もあるでしょ。いくらあなたが皇位継承権がないからといって、エルミナ家の長女であることに変わりはない。それに、あなたの望みは何より優先されてもおかしくない。どうしてリリィは、そういうところで我儘を言わないの」
アルメリアはちょっと怒っているようにも見えた。でも、それだけ私のことを心配してくれている証拠でもある。私はアルメリアから目を逸らし、ぼそりと呟いた。
「こういうのは当人の気持ちもあるでしょ。仮に、私が"彼"を好いていたとしても、"彼"が私を好いてくれなかったら意味はないし」
私の呟きを聞きアルメリアが私の肩を掴む。そして私の顔を正面から見て、はっきりと、私が言われたくない言葉を口にした。
「気持ちなんて後からどうにでもなるでしょ。リリィは、自分の命が惜しくないの?」
その言葉を聞き心臓が大きく高鳴る。それを感じた瞬間、「ああ、私はまだ生きてるんだ」と今更ながらに思った。
「自分の命が惜しくないかと言われたら、そりゃ惜しいと思うよ。でもね、さっきも言ったけど、気持ちを蔑ろにはできない。私はそれを、十年という時間を越えて見てしまったから」
「えっ?」
アルメリアから目を逸らし、私は別に視線を向ける。アルメリアも私の視線に釣られるようにその先を見た。
「"彼"はね。十年前にティアナを救ってくれた、ティアナの運命の人なんだよ」
「リリィ……。あなた……」
アルメリアがどこか泣きそうな顔をして私を見ている。私はアルメリアには顔を向けず、視線の先にあるティアナの部屋だけを真っ直ぐ見詰めていた。
いつの間にか生きていることを当たり前のように感じていた。護衛役を引き受け、ティアナと一緒に生きていく内に、あの子が幸せを手にすることが出来ればそれでいいと思っていた。だけどあの日、あの黄金の光を見た時から、私は自分の中に違和感を覚え始めた。その違和感は少しずつ大きくなって、ティアナと"彼"が一緒に踊る姿を見た時に、私の中で何かが弾けた。あぁ、これが嫉妬なんだなって。アルメリアは、「気持ちなんて後からどうにでもなる」と言った。それも一理あるのかもしれない。でも、私がこうして気持ちを『自覚』するようになれたのも、あの二人をずっと見ていたから。私は、私の幸せは……。
「アルメリア、私の幸せはね……。あの二人が、共に手を取り合って、笑い合っている姿を見ることだよ」
そう口にした私の頬を、とても冷たいものが流れていくのを感じた。
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