Episode.4-4

 その後、どのような手段で感知の術を破壊するか話し合うことになった。エルザは当初の予定通り、俺から『眼』の力を取り込み、その力を以て術を破壊すると言った。しかし、そのためには潮の引く早朝を待たなければならない。気泡の術を使用している間は感知の術を破壊する術が使えないからだ。別の手段がないか尋ねたところ、「一つだけある」とエルザは答えた。


「坊やが所持している騎士剣であれば術を破壊することは可能よ。ただし、破壊するためには大きな力が必要になる。騎士剣から放たれる力に耐えられなければ術も破壊できないし、下手をすれば坊やの身体の方が吹っ飛ぶわ」


 その話を聞き俺は黙ってしまった。エルザの口ぶりだと、術を破壊すること自体は容易なものだと思っていたからだ。俺が気を失うだけで、目を覚ます頃には対岸についていることを約束するなど、結果だけ見ればこれ以上ない提案をエルザはしてくれていた。しかし、術を壊す過程には一切触れていない。もしかしたら、エルザが怪我を負う可能性もあるのかもしれない。本人は一々そんなこと気にしちゃいないだろうが、俺は、女の子が傷つく姿を二度と見たくない。たとえ、俺の力が足りなかったり、どれ程の矛盾を孕んでいようとも、それだけは絶対に譲れない。


「それでいこう」


 俺が答えるとエルザは驚きの表情を浮かべた。そして両手を広げ、「有り得ない」と口にした。


「馬鹿なの坊やは。術の破壊と火の国への入国、私に任せておけばその二つは確実に達成できるのよ。それなのに自ら可能性の低い方を選択するなんて、無謀を通り越して愚かとしか言いようがないわ。それとも、そんなに私のことが信用できないの?」


 エルザの声が周囲に響く。こんな場所で周囲に人はいないだろうが、エルザにしては珍しく、感情のままに声を張り上げていた。


 エルザの言うことは尤もだと思う。俺の取ろうとしている行動は、云わばクルーエルアの勅命を無視した行為に他ならない。口にはしていないが、エルザは、俺がクルーエルアからの勅命で他国を訪れようとしていることなど、とっくに気付いているはずだ。そして、それを理解した上で俺に力を貸すと言っている。だからこそ、俺の発言がどれほど愚かなことかをエルザは理解している。この場においては、エルザの言っていることの方が全て正しいと、俺ですら思う。


「そうじゃない。エルザのことが信用できないとか、そんな話じゃないんだ」


「じゃあ、どういう意味かしら」


「それは……」


 頭の中に過去の映像が浮かび上がる。一本道の先に見える明々と輝く灯りの色が、その光景を鮮明に映し出す。


 これは、合理性も妥当性も存在しない俺の我儘だ。俺の我儘で、一国家の存亡が危ぶまれようとしている。そして、その国家には俺の守りたい大切な人がいる。その大切な人を守るため俺は使命に赴いた。それなのに、俺は今、自らの我儘のために、その大切な人すら犠牲にしようとしている。


 エルザは黙って俺を見ている。俺の答えを待っている。俺は目を閉じ、かつての出来事を思い浮かべた。


    ◆


「もし、国家の大事と己の信念を天秤にかけた時、お前ならどちらを選ぶ? 俺は迷いなく己の信念を選ぶ。俺の信念とは、最愛の人を取り戻すこと。それさえ叶えば、俺にとってはクルーエルアなど、どうなっても構わない」


    ◆


 そうだ、俺はあいつに教わった。俺たちは、信念をもってクルーエルアに仕えると誓った。その信念がなければ、俺たちは騎士を目指してすらいない。これはただの我儘なんかじゃない。本当の気持ちから目を背けてしまったら、それこそ俺たちは、王国騎士へは至れていない。


 目を見開く。俺はエルザを真っ直ぐに見て口を開いた。


「俺はもう、俺の目の前で、女の子が傷付く姿を見たくないからだ」


 俺の答えにエルザは瞬き一つせず俺を見ていた。そして、一つ小さな溜め息を吐き、


「じゃあ勝手にしたら」


 と答えた。


 どう受け取られたかは分からないが、俺の気持ちは伝わったと思う。先程の答えからも、術の破壊は俺がすることになったということで大丈夫だろう。


 暫く沈黙が続いたが、やがてエルザが此方に顔を向ける。そして改めて術の破壊方法について説明してくれた。


「術の破壊にあたり、二つ説明しておくわ。一つ目、さっき言った得体の知れない生き物だけど、読み通り海底にいる生物のようよ。だから一本道ここを進んでいる限り襲われる心配はないと思う。

 二つ目、術を破壊する手順についてだけど、感知の術の前までは私の張った気泡の術の中に入って付いて来てくれればいい。ここはデネルの時と同じ想定。次に、術の前に辿り着いたら坊やは一度待機。破壊する際、周囲に余波が溢れないように、辺り一帯を防護膜で覆うわ。気泡の術の応用だから、『眼』の力がなくてもなんとかなると思う。防護膜の準備が出来たら、坊やは感知の術の前まで行ってちょうだい。後は、騎士剣を感知の術に突き立てるだけで大丈夫よ。これだけの規模だから相当の力が必要になるだろうし、かなりの余波を受けるだろうけど、そこは耐えてみせてよね」


 先程「騎士剣から放たれる力に耐えられなければ術も破壊できないし、下手をすれば坊やの身体の方が吹っ飛ぶわ」と言っていたことからも、やはりそれなりに傷を受けるということだろう。騎士剣を突き立てるだけで大丈夫というが、どの程度の力が必要になるのだろうか。


「俺は術士じゃないから分からないんだが、感知の術の破壊のために騎士剣が必要とする力というのは、具体的にどのくらいなんだ?」


 俺が尋ねるとエルザは、「なるほど。殊勝ね」と呟き、俺の質問に答えてくれた。


「50の力に50の力で挑んだ場合、それは上回っていると言えるかしら。答えは言うまでもないわよね。じゃあ、51の力で挑んだ場合には上回っていると言える?」


「言える」


 俺はそう答えたが、エルザは首を横に振った。


「残念だけど、答えは『言えない』なの。一発限りの術であれば坊やの言う通り『言える』になるんだけど、継続型の術の場合は、常に50の力を保持し続けていることになるから、僅かに上回ったくらいでは破壊することはできない」


「それは、つまり」


 俺が答えようとするとエルザが首を縦に振る。そして、俺が口にしようとした答えをそのまま口にした。


「そう、破壊するためには、倍の100の力で一気に破壊する必要がある。今回の場合、かなり大規模の術だから、仮に10000と想定しても、破壊するためには倍の、凡そ20000は必要になるということよ」


 エルザの言った20000という数字がいまいちピンと来なかったが、その数値の意味については、すぐに思い知ることになった。

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