Episode.4-2
◇ドラバーン国境・中立地帯◇
デネル洞穴でリルと別れてから中立地帯の内陸へと進んだ。陸路を経由するよりも早く火の国に辿り着けるということでデネル洞穴を進んでいたのだが、俺たちの向かう先々で崩落を起こしており、やむを得ず経路を変更せざるを得なかった。そのため地上へと上がり、再び陸路経由で進むことになった。陸路経由と聞いて俺は不安を覚えたが、これ以上足止めを喰らうわけにもいかないため、洞穴を出ることにした。
中立地帯はその名称が示す通り、どの国の支配下にも置かれていない地域である。例外(アスクリード)を除き、他国を訪れる際には必ずこの中立地帯を経由した上でその国へ行かなければならないという決まりがある。この地域内においては、如何なる理由があろうともヒト同士で争ってはならない。この決まりだけは、この世界に生きる全ての人々が周知していると言われるほど知れ渡っている。中立地帯には気性の荒い野生動物が数多く生息しているが、人が通るために整備された道を進んでいる限り、絶対に襲われることはない。それがどういう理屈で成り立っているのかは不明だ。何故ヒト同士が争ってはいけないのかの理由も分からない。しかしその理由を、俺だけは思い掛けない形で知ることになった。
◆
「ヒトが中立地帯と呼ぶこの一帯は、私が管理しているのだから」
◆
以前エルザが口にしていた。その時は真偽は不明だったが、陸路で向かうと聞いた時にそれらについて尋ねることにした。実際に、陸路に出て人の通る道でなかった場合、食い殺されるようなことがあっては困るからだ。俺が尋ねるとエルザは、「私といる限り坊やたちの安全は保障するわ」と答えた。そして、詳しい経緯は省いた上で、俺が聞きたいと思っていることを掻い摘んで説明してくれた。
「以前も言ったけど、
中立地帯とは言われているけど、言い換えればここは五国のいずれにも属しない第六の国。
話の内容とは裏腹に、そう話すエルザの目には、悲しさというか優しさのようなものがあった。
その後、エルザに促されるままに、ヒトが通ってはいけない道を進んだ。常に周囲に気を払っていたが、襲ってくるような気性の荒い動物は現れなかった。それどころか、クルーエルアでは見たことのない中型の動物が顔を覗かせることもあった。エルザが呼び掛けると、素直にエルザの元に寄っていき、撫でられるという場面もあった。そんな動物と触れ合うエルザの横顔が、クルーエルアで小鳥と接していた俺の大切な人の横顔に重なって見えた。
エルザの案内の下、陸路経由で火の国を目指した。ここ最近、中立地帯に訪れるような一般人はいないということで、ヒトの通る道を進んでも良かったのだが、どこで何者に出会うかも分からないため、ヒトが通ってはいけない道を進んだ。万が一の可能性だが、仮面を被った者たちと遭遇した場合、向こうが手を出してきたとしてもここでは応戦することができない。俺の隣には、自称この大陸の管理者がいるため問題はないと思うが、無用な戦闘は避けるに越したことはない。そういうこともあり、俺たちはヒトが通ってはいけない道を進むことにした。
陸路に上がってからは順調に火の国に向かうことができた。洞穴内にいたため正確な時間の感覚が分かり辛くなっていたが、それについてはエルザが教えてくれた。どうやらデネル洞穴に入り、中立地帯を経由し火の国との国境に辿り着くまでに六日も掛かっていたらしい。俺の感覚が間違っていなければ、デネル洞穴に辿り着くまでに七日掛かっている。つまり、クルーエルアを発って今日で十三日が経過したことになる。
リリアナ王妃が、火の国、土の国に赴く場合、凡そ片道に三十日掛かるとおっしゃっていた。騎士就任の儀の翌日から出立まで遅れること十日。単純計算だが、想定していた日数で火の国に辿り着けることになる。本来ならそれは喜ばしいことだ。だが、忘れてはいけないことがある。それは、俺一人で訪れなければならない国が二国ある、ということだ。
本来なら、王国騎士は三人一組となり、そのうち二組が火の国と土の国に使者として赴くことになっていた。つまり何も問題がなければ、滞在期間含めて七十日という期間を以て帰還したということになる。だが、今は使者として赴くのは俺一人。俺一人が双方の国に赴き、クルーエルアに帰還するということになる。どれ程の旅になるかは分からないが、想定を百日としても、その時点で三十日遅れることになる。この遅れを如何に取り戻せるかは、全て俺に掛かっている。
◇
「ここが火の国か」
眼前に広がる巨大な火山島を見て俺は呟いた。
今俺がいる場所は火の国と中立地帯との
火の国に入国するに至り障壁となることがいくつかある。それが、時間と天候だ。夜になれば潮が満ち、火の国に繋がる一本道が消えてなくなる。同様に、雨脚が強い日などは夜と同じように一本道が消え、それでも入国しようとすれば流されてしまう。そのため、火の国に入ることができるのは、雨が降っていない日中の間だけだ。
一本道へと視線を向ける。渡り切るのにそれなりの時間が掛かることは見ただけで想像に難くない。一本道に入る前に、時間を管理し、天候にも配慮しなければ火の国に入国することはできない。
「どうしたものか」
先程も言ったが、今はまだ日が昇りきったくらいだ。今すぐ高台を下り、一本道を進めば夕刻までに渡り切ることはできる。ただ、そんな安直な考えで行動するのは危険な気がする。少なくとも、今俺の中には不安要素が二つある。
一つ目は、目に見える範囲での不安要素だ。一本道を渡った先、すぐというわけではないが、ヒトが暮らす村が見える。村の名はビステーク。一般的には、火の国を訪れた場合、必ずビステークに立ち寄る。訪問者はそこで長旅の疲れを癒し、住人は訪れた者が怪しい者でないかを調べることができる。俺も一人であればビステークに向かうことは間違いなかったはずだ。しかし、エルザはともかく今はグレイがいる。グレイは、どう考えても一般的な動物に当て嵌まらない。そんな動物が一本道を渡っている姿を見られようものなら、渡り切った先で即刻火の国の兵士たちに掴まることは想像に難くない。何としても、それは避けねばならない。
二つ目は、目に見えない範囲での不安要素だ。見晴らしも良いため、一本道を渡っている最中に突然襲われることはないと思い込んでしまう危険がある。潮が引いている今の一本道は、横幅も広く、ヒトが行列で渡ることも十分に可能だ。しかし、自然が作り出す天然の一本道であるが故に、足元は濡れた砂地になっている。砂中、もしくは海から凶暴化した動物が襲って来た場合、足が奪われるこの場においてはこちらが不利になる。それだけでなく、今の時間から渡ろうとすればまともに戦うことも出来ない。潮が満ちてくれば戦える場所が狭くなっていき、渡ることも出来ず、下手をすれば殺されかねない。これもまた、考慮しなければならない大きな不安要素だ。
快晴の空が広がり、海は穏やかに水面を揺らしている。こうして考えている間にも時間は過ぎ、火の国に続く道も閉ざされてしまう。
どうするべきか悩んだ。今日は諦め、明日早朝に入国を目指すことが最善手だと思う。それにより、たとえ襲われた場合であっても、時間を掛けて確実に入国することは叶うからだ。しかし、それでは一つ目の問題が解決されない。グレイの姿を見られないためには、潮が満ちている夜中に入国を試みる必要がある。当然その時間は一本道は海中にあり入国できない。そして残念ながらドラバーンは離れた島であるため、洞穴などから入国することもできない。
いくつもの過程を導き出してみるが、どれも何かしらの要素が影響し、入国には至れない。最善手はやはり、凶暴化した動物に襲われた場合でも確実に入国が叶う早朝だろう。グレイについては、エルザとここで待っていてもらうことも可能だと思う。中立地帯はエルザが管理しているということだし、いざとなれば土の国に続く道中で待っていてもらう手もある。半日以上ここで時間を持て余すことにはなるが、確実に事を運ぶとなると、現時点ではこれが最善手で間違いない。
「エルザ、頼みがある」
俺は振り返りエルザに声を掛けた。エルザはグレイの傍に立ち、俺の呼び掛けに視線で返した。俺は、俺の考えを説明した。俺の説明の間、エルザはただじっと俺の顔を見ていた。
全ての話を終え、どうするか尋ねようとしたところでエルザは不満げな顔をして口を開いた。
「坊やは馬鹿なの? デネルで私が言った言葉をもう忘れたわけ?」
デネル洞穴でエルザが言った言葉……?
エルザがどの台詞のことを言っているのか分からなかったため黙ってしまった。暫く考えていると、エルザは溜め息を吐き、掌を下へと向け口を開いた。
「今後は坊やの邪魔はしない。私にできることは可能な限り協力する。そう話したはずでしょう。デネルをどうやって進んだか忘れたわけじゃないわよね。今のうちに腹を満たしておきなさい。火の国には今夜入国するわ」
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