Episode.4
Episode.4-1
火の国ドラバーン。かつては火山島と呼ばれた孤島であった。火山岩などが島の至る所に存在し、生活には苦を強いられてきた歴史がある。しかし500年前の出来事を経て一変し、現在は火口付近を除けばそれなりに緑を見掛ける島になった。ただ、元々の気候が影響し、人が暮らせる土地とするには未だ時間を掛けて開拓を進める必要がある。
ランバークの村は、ドラバーン島の西端に位置し、首都に向かう場合には訪れることのない村だ。そのため、ドラバーンにとってはあまり重要な位置にない村である。それ故、首都からの支援は乏しく、ランバークの村民たちは生活に苦を抱えながら生きてきた。昨今の世界情勢に対し、小さな村などすぐに消え去りそうなものだが、この村には特別な力を持つ者がいる。術士のように身体の外に力を放出する
◇ドラバーン領土内・ランバークの村にて◇
「ふあぁぁぁ……」
大きな欠伸が酒場に響き渡る。欠伸をした男は机に突っ伏し気怠げな声を上げた。口を開き、腕を上げ、酒筒を引っ繰り返してみるが、そこからは酒の一滴すら流れ出てこない。男は机に酒筒を叩きつけ、店主に向かって声を上げた。
「おかわり」
それだけ言うと男はそのまま目を閉じる。そんな男の姿を見て、店の主と思われる壮年の男が溜め息を吐いた。
「いい加減にしろよ。もう何杯目だ。お前のために酒を造っているわけじゃないんだぞ」
店主がもう一度大きな溜め息を吐く。真昼間に他のお客のいる前でこの酔っ払いの相手をしなければならないことが本当に情けない、と店主は思った。幸いにも、今酒場内にいる客はほんの数人だ。こんなやり取りも日常茶飯事として誰も店主たちを見ていない。皆、思い思いに語り合い、和気藹々と酒を楽しんでいた。
一向に酒が注がれないことに不満を覚えたのか、男は机を叩き再び酒を要求する。店主は本日何度目か分からない溜め息を吐きながらも、黙って酒を注いでやった。
しかし、酒が注がれたにもかかわらず男は動かない。いつもなら酒が注がれるのと同時に飲み始めるのだが、今回はピクリとも動かない。店主はそのことに疑問を抱いたが、男が聞き耳を立てるように集中しているのを見て異変に気付いた。
急いで窓の外に目を向ける。窓の外からは強い日差しが差し込み、子供たちのはしゃぐ声が響き渡っている。一見何の危険も感じない平和な光景だ。しかし、そう思っていた矢先、男は急に立ち上がり強かに声を上げた。
「イーマ、悪い。急用ができた」
男はそう口にし、足元に置いてあった袋に手を掛ける。それを肩から担ぎ、酒に酔っていたとは思えない朗らかな笑みを浮かべ口を開いた。
「いつも奢ってもらって悪いな。それじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
男は背中を向け左手で手を振る。男が酒場を出ようとすると、「お前また昼間から酒ばかり飲んでいるのか」、「ちょっとはイーマに悪いと思わないのか」など、他のお客から冷やかしの言葉を掛けられている。それに対して男は、
「あいつとは長年付き添った兄弟みたいなもんだから遠慮なんていらないんだよ。それよりもおめえらこそ、仕事済んだら酒、酒、酒って。他に楽しむものはないのか?」
と返す。男の言葉に他のお客たちは、「お前にだけは言われたくねえよ。酒が不味くなるからとっとと失せな」と返した。男はそれを聞いて笑い、「じゃあ、そうさせてもらうわ」と答え酒場を出ていった。
男は外へ出て、遊んでいる子供たちの元へと向かう。そして子供たちに、
「おい、ガキども。元気なのは良いが、怪我だけはするんじゃねーぞ。分かってるな」
と声を掛けた。男の大声に子供たちは向き直り、「あ、飲んだくれのサボりオヤジじゃん。お前こそ何にもしてないくせに今日もいっちょ前に他人の説教か?」と店内にいた大人よりも酷い言葉をぶつけている。男はそれを聞き、
「んだとこのクソガキ。てめえ、親切で言ってやってるのになんだその態度は!?」
と子供たちを睨みつけた。子供たちも負けず劣らず互いに牽制し合っていたが、そんな睨み合いも長く続くことはなく、男はすぐに快活に笑い、子供たちの頭に手を置き大きく声を上げた。
「そんだけ元気があるなら畑仕事は任せても問題ないな?! んじゃあ、おめぇらに任せたぞ!!」
そう言い、男は手荷物を担ぎ直し子供たちに背中を向ける。子供たちは離れていく男の後姿に呆然としつつも、「どこに行くんだよ!?」と叫んだ。男はイーマに向けた時と同様に左手を上げ、軽く手を振った。
「サボりだ」
男はそう答え、その場を後にした。
店内には、男が出ていく前と同様に、酒を飲み和気藹々と語り合う大人たちの姿がある。そして店の外では子供たちのはしゃぐ声が再び響いていた。イーマは、男が出ていった店の出口を見やる。そしてぽつりと呟いた。
「兄弟、か」
長年付き添った、という点においては違いはないが、十以上歳の離れた男に兄弟と呼ばれるのは些か違和感を覚える。年上の自分が言うならまだしも、馴れ親しんだ仲とはいえ、年下に言われるのは、年上としての面子が立たないような気がした。
「イーマ、酒の追加」
他のお客が声を上げる。イーマは「おう、ちょっと待ってな」と返し、酒瓶を手に取り客の元へと向かった。
机の上には、注がれて手の付けられていない酒筒が残っている。その酒筒の水面が、誰の目にも付けられないその場所で、小さく揺れていた。
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