Episode.3-7

    ◇王国騎士試練初日(対ギルトライル)◇


 剣閃が迫る。直後、ギルトライルが大地を蹴った。


 目を凝らし迫りくる剣閃の軌跡を追う。俺はギルトライルの放った剣閃と同じ軌跡の剣閃を放った。互いの剣閃が中空で合わさり、ぶつかり合った衝撃で風が巻きおこる。その間にも、ギルトライルは俺の眼前まで迫って来ている。身体が小さいことを逆手に取り、俺の視線よりも低い位置に潜り込んできていた。


 考えが浅いと思った。この程度の攻撃に反応できないと思われていたのだろうか。当初はギルトライルの剣閃を受け止める気でいた。しかし、直後にギルトライルが駆けだしたことから、これは剣閃と本人による二段攻撃であると踏んだ。そのため、剣閃は剣閃で打ち消し、本人による攻撃は自身で迎撃を行おうと、そう切り替えた。


 ギルトライルが低い位置から突撃してくる。俺は、上段から打ち下ろそうと、剣を構え直そうとした。しかし、俺の動きを何かが遮った。


 なんだ、この風は……!?


 俺の動きを制するように風が俺を襲う。その瞬間、考えが浅かったのは俺だったことに気付いた。俺はギルトライルの放った剣閃を、打ち消したと思い込んでいた。しかし、殺すためではなく制するためなら、打撃は斬撃に勝るとも劣らない。


 鋭利な刃物であっても同じ硬さの盾に切り掛かれば刃は欠けるというもの。それに対し、硬さは劣ろうとも、鈍器であれば、盾の上からでも相手に傷を負わせることもできる。過去多くの騎士がいただろうが、『斬撃』ではなく『打撃』を込めて一閃を放てた者など未だかつていなかっただろう。


 咄嗟に剣を縦に構え防御の姿勢を取る。直後、凄まじい衝撃が俺を襲った。想像を上回るその衝撃は、俺の持つ模造剣を軋ませるだけでは済まなかった。小さな身体からは想像もできない、圧倒的な圧力により、俺の身体は空中へと打ち上げられる。目に映るギルトライルの姿が、少しずつ小さくなっていく。ギルトライルは、打ち上げた俺を真っ直ぐに見て、模造剣を両手で構え直し、追撃の姿勢を取った。


 打ち上げられた衝撃で身体がいうことを聞かず、目の前の追撃に対応できないと俺は分かった。ギルトライルは真っ直ぐに俺を捉え、すぐにでも切り掛かれるとその姿勢が語っている。しかしギルトライルは、ゆっくりと目を閉じ、俺にしか聞こえない程の小さな声で言葉を零した。


「……できない」


 ギルトライルが模造剣を下げる。追撃が来ないと分かった俺は、ギルトライルから加えらえた圧力が身体から抜けたことに気付き、受け身を取ってその場に着地した。ギルトライルは、腕を下げ、その場に佇んでいる。周囲からは困惑の声が上がっていた。俺はギルトライルに声を掛けようとしたが、その前に俺を制止する声が響いた。


「待て、名無し。そこまでだ」


 声を発したのはシグだった。シグは前に出て、教官へと顔を向け、口を開いた。


「教官、決闘の儀の最中ではありますが口を出させていただきます。よろしいですね」


 シグの言葉に教官は何も答えない。試練とはいえ、正式な決闘の儀である以上、途中で止められることはないと思っていた。俺はシグが止めに入ったことに驚きを隠せなかった。


 シグがこちらに近付いてくる。俺は近付いてくるシグから視線を外せずにいた。そんな俺を他所に、目の前の影が大きく身体を震わせる。俺の前で佇んでいたギルトライルは膝を折り、手を突き、その場で泣き崩れた。


 ギルトライルが大声で泣き続ける。何度負けても、何度苦汁をなめても、泣く姿を見せることはなかったのに。泣き叫ぶギルトライルの元にシグが歩み寄る。シグはギルトライルの前で立ち止まり言葉を掛けた。


「手を抜いたと判断されれば、名無しを問答無用で失格にする。騎士長からそう言われたことを忘れたのか」


 ギルトライルは何も答えない。


「先程の状況では、誰の目から見てもお前の勝ちは明白だった。だがお前は最後の一撃を撃たなかった。それは騎士長の言葉を裏切ることにならないか」


 ギルトライルが嗚咽を零す。震える手で模造剣を握り立ち上がろうとする。俺は、どうしてギルトライルがこんなことになっているのか分からないでいた。


 手を抜く? 何故? 俺とギルトライルとの接点はあれきりだったと言っても過言じゃない。あの団体戦以降、ギルトライルは俺を避けているんじゃないかと思っていた。そんなギルトライルが、騎士長の言葉を裏切ってまで俺に勝ちを譲ろうとしたのか? いったいどうして……。


 ギルトライルが模造剣を地面に突き立ち上がろうとする。しかし、震える身体で重心が安定しないせいか、体勢を崩し倒れ込んでしまう。誰の目から見ても、ギルトライルはもう戦えない状態だということが分かった。


 嗚咽をあげ続けるギルトライルに容赦なくシグが責め立てる。ギルトライルはその度立ち上がろうとする。そこに教官が割って入った。


「シグムント、もういいだろう。この戦いを見ていた誰もが、ギルトライルが手を抜いていたなんて思うはずがない。それにお前だって分かっているだろう。もし最後の一撃をギルトライルが放てるようなら……」


 シグは教官に顔を向けることなくその場で返した。


「分かっています。もし最後の一撃を放てるようなら、ギルトライルが王国騎士に至ることはなかったでしょう。だが、もし仲間や名無しと敵対するようなことになった時、剣を振るえないようでは話にならない」


 シグが衝撃の一言を口にする。最後の一撃を放てなかったことがギルトライルを王国騎士へと至らせたと、そう言ったのだ。教官が歩み寄りギルトライルの肩に手を置く。教官はギルトライルを優しく宥めつつ、シグへと顔を向け、口を開いた。


「シグムント、お前の言うことは正しいと私も思う。もしギルトライルがあの局面で躊躇なく最後の一撃を繰り出すことができたなら、もっと早くその強さは評価されていたはずだ。しかし、強さだけでは王国騎士にはなれない。他者から見た弱さも、本人にとっては強さとなることもある。そして、それがギルトライルなんだ。自分一人だけで戦うのではない。誰かのために振るうだけでもない。仲間と共に振るう剣。『繋げる剣』が、彼にしか振るえない、ギルトライルだけの剣なんだ」


「ギルトライル……」


 俺はギルトライルへと手を伸ばす。しかしギルトライルは、俺の言葉を拒絶するように、震えながらも足を踏ん張り、模造剣を強く握り締め、再び立ち上がった。


 皆が見守る中、ギルトライルが肩で大きく息をする。そして顔を上げ、もう一度俺を真っ直ぐに見据えた。


「できない、お前を切るなんて。お前と闘いたいと思っていたのは本心だ。でもそれは、共に戦う力を得た俺を見てほしくて、知ってほしくて、お前と闘いたかったんだ。あの瞬間お前に剣を振るえていたら……、俺は……今までの自分を否定することになる……」


 ギルトライルが顔を背ける。俺に剣を向けたくないという気持ちと、俺の王国騎士試練のために全力を尽くさなければいけないという気持ちで葛藤しているのが伝わって来る。そんなギルトライルを前に、俺もまたどうすればいいのか分からなくなっていた。


 今の俺がギルトライルのために何ができる。こんなにも俺のことを大切に想ってくれている友人が近くにいたにもかかわらず、気付くことができなかった。そんな俺が、ギルトライルに声を掛ける資格なんてあるのだろうか。俺は、ギルトライルの仲間だと、友人だと、胸を張って言えるのだろうか……。


 俺もまたギルトライルから目を逸らす。そんな俺たちを周囲は黙って見守っている。沈黙が流れる中、ギルトライルがぽつりと呟いた。


「ずっと羨ましかった、ライオデールたちが。身分が違うのに、当たり前のようにお前と会話をして、切磋琢磨し強くなっていく。そんな、お前の周りにいる奴等が、俺はずっと羨ましかった」


 ギルトライルは続けて語る。


「俺に大切なことを思い出させてくれた、そのきっかけをくれた奴だ。そんな奴と俺も仲良くなりたかった。だけど付き合い方が分からなかった。だから、せめて仲間として一緒にいられるようにと、ずっと願い続けてきた」


 そこでギルトライルは再び俺に視線を戻す。


「お前は絶対に王国騎士に至ると思っていた。だから、こんな情けない気持ちを伝えることもないと思っていた。お前が王国騎士試験に落ちたと聞いた時、俺は愕然とした。もう、お前と肩を並べて戦うことはないのだろうと。

 皆が騎士長のところへ、お前が王国騎士になるチャンスをもう一度与えてほしいと頼みに行ったとき、同行させてもらった俺は、その場では全力を尽くすと騎士長に約束した。でも、だけど、実際に剣を握って、その瞬間が訪れると……、どうしても……どうしてもできないんだ! お前に剣をぶつけるなんて! お前が失格になると分かっていても……どうしても!!」


 ギルトライルが強く歯を食い縛りながら叫ぶ。


「俺は最低だ……。言われたことも守れない。守ることができない……。こんな俺が、王国騎士なんて務まるはずがない……」


 ギルトライルはそう呟き、肩を落とす。


 風が強く吹く。太陽は明々と強く輝いているにもかかわらず、俺たちのいる場所は重い空気が漂っている。俺は目を閉じ、ギルトライルの言葉を、表情を、心を、その全てを心の中で反芻させた。


 一人の男の赤裸々の気持ちを告白されて、それで黙っていられるやつがいるとしたら、そいつは男じゃない。それにギルトライルは大きな勘違いをしている。


「最低なのは俺の方だ。俺のことをこんなにも想い、大切に感じてくれていた。そんな想いに気付いてあげられなかった俺の方こそ、むしろ最低だ。もし、王国騎士試練に落ちて、同じ場所で戦えないとしても、俺たちはいつも共にある。共に戦っている。だって俺たちは、あの日からずっと、『友達』だから」


「友、達……?」


「ああ、俺たちはずっと友達だ」


「うっ……友達……友……達……」


 ギルトライルが再び涙を流す。俺たちのやり取りを見て、周囲は安心したように胸を撫で下ろしている。これが、今までと同じ、訓練により行われた決闘の儀ならばここで終わることもできたであろう。しかし、まだここで終わらせることはできない。先程はああ言ったが、特例として与えられた特別な機会だ。こんなところで終わらせてしまっては、皆の厚意を裏切ることになる。ギルトライルの想いに応えるためにも、俺は最後まで、この試練を戦い抜かなければならない。


「ギルトライル。まだ勝敗は決していない。俺たちのどちらが勝者か、それが告げられていない。俺たちの闘いはまだ続いている」


 ギルトライルが顔を上げる。俺はギルトライルを真っ直ぐに見据え、真っ向からその気持ちに向き合った。


「ギルトライルの剣の、本当の姿を見せてほしい。ギルトライルの剣の真髄。繋げる剣の、本当の姿を……」


「それは……」


 俺の言葉にギルトライルは気まずそうに顔を伏せる。周囲を見ると、皆が笑っていた。俺だけじゃない。この場にいる全員が、ギルトライルの剣の本質を既に理解していた。


 ギルトライルの剣は繋げる剣。戦いにおいては共闘という意味であり、背中を預けるという意味でもある。背中を預けることは、心の底から信頼していなければできない。その信頼の証こそが、ギルトライルが放つ最後の一振り。


 ギルトライルが模造剣を下げ、涙を拭う。そしてギルトライルは、最後の一振りを俺に放った。


「これが、俺の最後の一振りだ。受け取ってくれるな」


「ああ。ギルトライルの最後の一振り、確かにこの手で受け取ったよ」


 俺たちは手を取り、共に笑い合った。


 その後教官は、「ギルトライル、お前はもう弱虫なんかじゃない。紛うことなき王国騎士だ」と口にし、を宣言した。

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