Episode.3-6

    ◇


 最初はまともに話もできなかった。だけど団体戦の時、偶然あいつと同じ組分けをされ、それを俺が指揮することになった。当然言うことは聞いてくれなかったし、結果は敗北だった。しかしその試合で、たった一人だけだが相手を戦闘不能に追い込むことができた。それを成し遂げることができたのは、あいつのお陰。驚きの余り固まってしまったせいで、その後すぐにやられてしまったが。その倒した相手は、同じ代に入校した中で最も身体の大きな奴だった。


    ◇王国騎士試練初日(対ギルトライル)◇


「ギルトライル、前へ」


 教官の呼び声と共に、模造剣を携えたギルトライルが姿を現す。真一文字に結んだ唇に、いつ頃からか人一倍強くなった眼力。剣なんて持ちたくないと言っていたあの頃からは想像もできない、溢れ出る騎士としての風格。今や、王国騎士として認められたギルトライルが俺の前に立ちはだかっていた。


 あの訓練以降、ギルトライルとは殆ど会話をしていない。同じ組分けをされた訓練の際も最低限の会話のみだった。


「俺は絶対に手を抜かない」


 ギルトライルが口を開く。


「この話は、騎士就任の儀の後にしようと思っていた。俺は、お前は必ず王国騎士になれると思っていた。だから、肩を並べて戦える資格を得た時に、打ち明けようと思っていた」


 ギルトライルが模造剣を木の枝のように振り回す。小柄な身体には重そうに見える模造剣を手足のように扱っている。ギルトライルは模造剣を一頻り振り回した後、切先を翳し決闘の儀の構えを取った。


「俺は、お前と戦いたかった」


 ギルトライルの視線が刺さる。俺は目を閉じ小さく深呼吸をした。そしてその視線に応えるべく、ギルトライルと共に手を取り合ったあの日の出来事を思い出し、初めて見せてくれた笑顔を心に刻み、目を開いた。


 先のディクストーラ、アーキユングと異なる、心の底から俺だけを見ている瞳がそこにはある。三年もの期間、近くにいながらも殆ど口を利いたことはなかった。だけど、俺が気付いていなかっただけで、ギルトライルはずっと俺のことを見ていた。


    ◇


 決闘の儀、第三幕を終え、俺とギルトライルは視線を交わし、剣を握りしめたまま距離を取った。


「ギルトライルの奴、いつからあんなに強くなってたんだよ」


 周囲から声が聞こえる。


「王国騎士試験の時、あいつの戦いを見にいったやつは殆どいなかったって聞いたが。あいつの実力、試験に合格した他の奴等と比べても、劣っているなんて言えないんじゃないか」


「でも、どうしてあいつの実力に誰も気づかなかったんだ」


 どよめきが大きくなる。教官が周囲の者に注意を呼び掛けようとしたが、それを制すように、俺の前に立つ男が地面を強く蹴った。


「どうしてお前が王国騎士になれなかったんだ。そんなの何かの間違いだ。この先お前と一緒に戦えないのなら、俺は何を目標にこれまで頑張ってきたのか分からなくなる」


 周囲からは物音一つ聞こえなくなり、ギルトライルの声だけが響き渡る。ギルトライルは模造剣を強く握りしめたまま、俺を真っ直ぐに見て呟いた。


「あの訓練の日のこと覚えているか」


 俺はギルトライルに「覚えている」と返す。


「あの出来事の後、俺は二つの誓いを立てた。一つは、さっき言ったお前と戦うこと。そしてもう一つは、お前と『共に』戦うこと。この二つだけを心に誓い、ずっと鍛錬に励んだ」


 ギルトライルは、あの訓練の日以降、それまで以上にひたすら鍛錬に臨んでいた。無駄口を叩くこともなく、負けようとも決して挫けない。皆がいなくなった後も、一人剣を振っている姿を何度も見掛けた。誰かの気配に気付くと、その場でやめ、すぐにどこかへいってしまった。「あいつの考えていることはわからない」と、皆がよく口にしていた。


「俺は捻くれ者だからな。誰かに自分の努力を見られるのが嫌だった。だって格好悪いじゃねぇか。必死に鍛錬しているのにいつも負けているようじゃ、さ」


 ギルトライルが視線を逸らし呟く。


「でも本当は俺だって勝ちたい。格好良くありたい。そして、誰かの役に立ちたい。そう思っていた」


 ギルトライルが目を閉じる。


「三年前、王国騎士だった兄は、術士校を襲撃した何者か達を追って無残にも殺された。俺はその仇を取りたくて騎士校に入った。父や母、姉にも止められた。身体も小さく、心も弱い俺には無理だと。家族の反対を押し切って、俺は騎士校に入校した」


 三年前のできごと。その言葉に、俺もまた騎士校に入校するきっかけとなったローズお姉ちゃんのことを思い出す。


「だけど、待っていたのは家族の予想通りの結果だった。誰にも勝てない俺は、いつしか兄の仇のことを忘れ、自分が騎士校に入校した理由すら忘れた。馬鹿な自分を正当化するため、全部周りのせいにしていったんだ」


 そこでギルトライルが目を開く。ギルトライルの目には、怒気ではなく、騎士としての覇気が宿っていた。


「でも、今は違う。お前と一緒に戦ったあの訓練を経て俺は変わることができた。一人じゃない、誰かとなら一緒に戦える。臆病な自分でも誰かの役に立てる。そう思うようになれた。だから!」


 そこでギルトライルが模造剣を構え直す。あの時のギルトライルとは完全に別人。そこには、王国騎士に至った一人の男、ギルトライル=ラシュマー=クルーエルアの姿があった。


「俺は、お前と『共に』戦いたい」


 その言葉に、どれだけの想いが込められているのか俺には分からなかった。しかし一つだけ分かったことがある。それは、この戦いは、俺の王国騎士入りだけが懸かっている戦いではないということだ。


    ◇


 決闘の儀第四幕に入ってからのギルトライルの剣は、想像を遥かに上回る強さを有していた。小柄な身体から振るわれる剣は、見た目とは裏腹に非常に重い。戦いを見物している者たちも、驚きの余り言葉を発せないでいる。


 剣戟はずっと続いている。ギルトライルは息一つ切らしていない。しかし、これまで振るわれた剣、その全てが見えている。言い換えれば、『躱そうと思えば躱せる』ということだ。だが、俺の中の何かがそれを許そうとしない。ギルトライルの気迫を真正面から受けてみたいと思っている自分がいる。王国騎士試練の内容を考えれば、ここで負ければ更に不利になることは分かっているのに、それでも、目の前のこの男と戦いたいと思っている自分がいる。


「全然隙が出来やしない。さすがだよ」


 そう言ってギルトライルが模造剣を振り切る。それを捌ききると、ギルトライルは大きく距離を取った。


「あぁ、分かってるよ。剣の腕では俺はお前に敵わないって、そのくらいは分かってる。このまま攻撃を続けたところで、お前を倒すことなんて出来やしないと。でもな、俺だって持ってる。この場の誰にも決して真似ることはできない、俺だけの剣を」


 そう言ってギルトライルが剣を持ち替え、一閃を放つ姿勢を取る。クルーエルアの騎士であれば誰でも放てる一閃の構え。俺は正面で模造剣を構え直し、握る両手に力を込めた。


「正面から受け止めるつもりか?」


 ギルトライルが俺に問う。


「クルーエルアの剣は騎士となった者なら誰にでも振るえる剣だ。だが、それを放った後に、俺にしか振るえない、俺だけの剣をお前に見せることになる。それを防ぎきれなかったら、その時お前は負けるぞ」


 ギルトライルが姿勢を落とす。足に力が入っていることが分かる。ギルトライルの言葉を聞き、俺は真っ直ぐに視線を向け、口を開いた。


「ギルトライル。あの時、どうしてきみは俺を助けに来たんだ」


 ギルトライルは一閃を放つ姿勢を保ったまま微動だにせず俺を見ている。


「俺は、相手の拠点へ向かってほしいと頼んだ。それなのに、どうして俺を助けに来た」


 ギルトライルは瞬きもせず俺を見ている。周囲からは誰も声を発さない。ギルトライルは、何も口にせず黙っていたが、その瞳が一瞬揺れたかと思うと口を開き語りだした。


「お前が会場に入る前にした『あの話』が、俺に思い出させてくれた。大切なことを」


 ギルトライルが目を閉じる。ギルトライルが口にしたこと、それは術士校で起きたあの事件のことだ。その話は、クルーエルア王国に仕える身ならば、原則として口にすることを禁止されている。憶測で国を混乱させないようにするための処置だ。それを『あの話』という形で表現した。つまり、今口にしている話は、俺とギルトライルの間でしか分からない話だ。


「俺は強くなれないことをずっと誰かのせいにしていた。力が弱いだの背が低いだの言われ、模擬戦で結果も出せず、捻くれた俺はそこで立ち止まってしまった。だが、お前は強くなるためにずっと努力していた。民出身で名前がないだの言われ、模擬戦で負け続けても、強くなるためにひたすら前を向いていた」


 ギルトライルがゆっくりと目を開く。その目は俺を捉えることはなく、下を向いていた。


「お前は俺と同じ気持ちを味わっていた。それなのに俺たちは対照的だった。俺は自分が情けなかった。同じ経験をした者が大切なもののために強くなろうとしているのに、俺は何をしているんだ、と。それに気づいた時、俺の中で何かが変わった」


 ギルトライルが視線を上げ俺を見る。その目は悲哀の色に染まっていた。


「俺が求めていた強さはすぐ傍にあった。その強さは、まだ手を伸ばせば掴むことのできる距離にある。俺はまだ追い付ける、共に戦える。そう思ったんだ」


 ギルトライルの目に光が宿っていく。


「人はきっかけ一つで変わることができる。それを気付かせてくれたのが、お前だよ。変われない者にとって、変わるきっかけというのは、それだけで全てなんだ。俺にとってお前は、俺を照らし導いてくれた光そのものなんだ」


 ギルトライルが俺のことを『光』と表現する。その表現が、何故かとても心に引っ掛かった。


「お前に伝えたい言葉がある」


 ギルトライルの目に強い感情が渦巻いているのがわかる。


「俺は弱虫で、捻くれていて、素直じゃないから、あの時は言葉にできなかった。でも今は、強くなれた俺自身の剣と共に、言葉にできそうな気がする」


 俺は再び模造剣を強く握り締め、ギルトライルの一閃を真っ向から受け止める姿勢を取った。


「……ありがとう」


 その言葉と共にギルトライルが一閃を放った。


    ◇現代◇


 騎士剣を強く握る。ギルトライルの心が重なりその感情が映し出される。


 自分よりも大きな相手、強い相手に挑むことがどれほど勇気のいることか、それを経験したことのないものには決して分からない。勝てる者に、勝てない者の苦悩など分かるはずがない。どれだけ時間を掛けても、どれだけ努力をしても、他人はその一歩先へ行ってしまう。そんな境遇を経験し続けた者はどうなるのか。


 努力することを止めてしまう。


 自分だけができないんだ、自分だけが悪いんだと、心に壁を作ってしまう。その者は本当に、誰にも、何の役にも立てないのだろうか。


 そんなことはない。


「人はきっかけ一つで変わることができる」


 騎士剣から透緑色の光が溢れる。俺は友との繋がりを全身で感じ、声を上げ、ひれを持つ動物へと一閃を放った。透緑色の残光が半円を描き、それが巨木のように具現化する。一閃を放った直後、俺は地面を強く蹴り、ひれを持つ動物目掛け駆けだした。

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