Episode.2-25
◇騎士就任の儀〔アーキユング視点〕◇
「あなたの未来に祝福を」
その言葉と共に騎士剣が与えられる。俺は、ティアナ=アリアス=クルーエルア王女を見上げ答えた。
「祝福の御言葉感謝致します。我が命果てるまでこの国のために尽くし、人々の心に未来を灯します」
騎士剣を受け取り自らへ突き立てる仕草を行う。そして騎士剣を鞘へと納め、横たえていた自身の剣を王女に捧げた。剣を受け取り、王女は微笑み、「ありがとうございます」と唇の動きだけで答えた。
太陽のような笑顔だった。シグムントがぞっこんだというのも理解できる。この笑顔と向かい合えばこちらまで笑顔になってしまう、そんな笑顔だった。
順々に騎士剣の授受は進み、今代王国騎士となる最後の騎士、オオルリこと"名前のない男"へと騎士剣が与えられる。当初は王か王妃がいらっしゃると思っていただけに王女がいらした時は驚いた。そのおかげというのも無礼な話ではあるが、俺は緊張することなく騎士剣の授受を行えた。しかしそんな俺に対し王女はそうではなさそうだった。先程、王女は手にした騎士剣を落としそうになった。繕って見せてもそこはやはり年相応の少女、剣の扱いには慣れていないようだ。
王女は、おおよそ十年もの間、人々の前に姿を見せなかった。どこかで十年前に誘拐されたという話を聞いた。その後、無事に戻られたと聞いてはいたが、(人々の前に姿を見せないことからも)亡くなったのではないかと噂が立つこともあった。ただ、シグムントが度々(王女を好きだと)吹聴して回るものだから、亡くなってはいないのだろうと思っていた。実際こうして目の前にいることからも噂は噂だったわけだ。
「信じること、信じ抜くこと。守ること、守り抜くこと。この言葉を胸に、この国とティアナ姫をお守りします」
オオルリが王女に誓いの言葉を捧げる。その言葉は以前も口にしていた。
オオルリが捧げた誓いの言葉、そういえばあの時も口にしていた。あの時あいつは……。
以前それを口にした時のことを思い出そうとする。しかし俺が思索しようとした瞬間、異変は起きた。王女の驚く声と共に鋭い音が響き渡る。その音を聞き、この場の全員が其方へと振り向いた。誰の目にも明らかだった。音の正体は、王女の手から離れ落ち、地面に落ちた騎士剣の音だった。
王女が手を伸ばしオオルリの頬に触れる。
「あなたの……あなたのお名前は?」
王女の声が震えている。声の
二人は、知り合いなのか……?
王女の反応は明らかに初対面のそれじゃなかった。涙を流し名前を聞くなんて、初めて会う相手にすることじゃない。遠い昔に生き別れ、死んだと思っていた、とても大切な人に再会できた時の反応だ。
「私の名前は……」
オオルリが言葉を紡ぐ。俺は固唾を飲み、その先に続く言葉を待った。
しかし、続きの言葉が語られることはなかった。
余りの出来事に何が起こったのか分からなかった。先程まで見ていた光景は、未だ残像として眼球に焼き付きその光景を映し出している。前触れなど何も感じさせない突然の闇が、俺たちを襲った。
殴打音のようなものが聞こえたかと思うと、騎士長が声を漏らす。騎士長の気配はそのまま遠退いていった。
「父上!?」
シグムントの声が響く。『騎士長』と呼ばない辺り、シグムントが如何に焦っているかが分かった。だがシグムントが焦っている理由は、騎士長の安否が分からないからではない。次に口にした言葉が、シグムントが何故そこまで焦っているかを理解させた。
「ティアナ。ティアナは無事か? 返事をしろティアナ!?」
王女からの返事はない。シグムントは王女を呼び続けたが返事はなかった。
「落ち着け、シグムント」
ディクストーラがシグムントに呼び掛ける。しかし、シグムントは我を忘れたように王女の名を叫び続ける。
突如訪れた暗闇だった。瞼を閉じたように一瞬にして視界が真っ暗になり、世界が閉ざされた。考える暇も分析する時間もないくらい一瞬の出来事だった。シグムントが取り乱したことで逆にこちらが冷静になる。何か対策を考えようとしたところで、俺の傍で冷静に状況を見ていた男が声を上げる。その声は、真っ直ぐに特定の人物へと向けられ、シグムントの声を掻き消した。
「なな! 王女は無事なのか?」
ライオデールがオオルリに尋ねる。
そうだ。この訳の分からない状況になる前は、オオルリの前に王女はいた。ライオデールの判断の通り、オオルリに尋ねるのが正解だ。
「なな! なな……?」
ライオデールが何度も呼び掛けるが、オオルリからの返事はない。ライオデールの声色は、(シグムント同様)次第に不安を感じさせる声調へと変わっていった。
誰もがこの異変がただ事ではないことに気付いていた。だからこそシグムント以外の者たちは、声一つ上げず状況の把握に努めた。シグムントに限れば仕方がない。(騎士長がそう簡単にやられるとは思えないが、)父親がどこかへ連れ去られ、最愛の人もまたその安否が分からなくなっているのだから。
ライオデールが呼び掛けるのをやめて
騎士長は、先程異変が起こった直後に気配が遠退いたことから十二人の中に含めなくていい。となると王女を含めた残り十三人がこの場にいるはずなのだが、気配は十二しか感じられない。
誰が欠けた……?
早計過ぎる判断だが考えるまでもないと思った。それは返事をしない二人のうちのどちらか。
王女か、オオルリか。
安否を確認するべく、その二人の傍にいた――――に呼び掛けようとする。しかし俺が声を発しようとした瞬間、背筋に悪寒が走り、同時に誰かが声をあげた。
「伏せろ!!」
その声に従うように俺は伏せる。直後、鋭い音が響き渡った。
視界は暗闇に閉ざされ確認できないが、そこで何が起こっているのかは把握できた。金属のぶつかり合った音。それは、あいつが、オオルリがいた場所から発せられていた。
せめぎ合う二つの気配。その内の一人の声が聞こえてくる。ぶつかり合った金属――真剣を受け止めながらも、受け入れたくないという困惑の感情を込め、シグムントが叫んだ。
「何故だ……! 何の真似だ……!? 名無しっ!!」
暗闇に閉ざされた世界の中でシグムントの叫びが響き渡る。シグムントが叫んだあだ名を聞き、俺たちは呆然とすることしかできなかった。
せめぎ合う鈍い音が続き、再びシグムントが叫び声をあげる。力任せに剣を振り切り、相手を――シグムントの言う通りなら名無しことオオルリを――弾き飛ばした。
(オオルリが)礼拝堂の壁にぶつかったであろう大きな音が響く。同時に、地面に落ちる残骸の音が聞こえてくる。その音を聞き、ここが礼拝堂の中で間違いないことだけは分かった。
シグムントの荒い息遣いが響く。そんなシグムントにディクストーラが声を掛けた。
「シグムント。今言ったことは、本当なのか?」
その言葉に、この場にいる全員に緊張が走る。シグムントは息を落ち着かせると、声を低くして口を開いた。
「間違いない」
シグムントの言葉にライオデールが尋ねる。
「なんで言いきれるんだよ。真っ暗で何も見えないんだろ。堂内に隠れていた敵の可能性もあるんじゃないのか!?」
ライオデールの声が響き渡る。その声は明らかに困惑している。
「何も見えないのは確かだ。しかし何故だろうな。俺にも分からないが、何か悪い感覚が俺たちを襲う姿だけははっきりと視えるんだよ。それに、暗闇で何も見えないとはいえ、名無しの剣を俺が間違えるはずがない」
驚き固まっている俺たちを他所に事態は更に悪化する。相当の勢いで壁にぶつかったはずなのに、オオルリ(?)の立ち上がる音が聞こえてくる。オオルリ(?)は、剣を構え直し、再びこちらに切り掛かってきた。
「いい加減にしやがれぇ!!」
シグムントの叫びが木霊し、鋭い音が再び響く。俺は、何を、どうすればいいのか分からず混乱していた。
「アーキユング、『あなたの剣』でこの闇を断てますか?」
突然名前を呼ばれ驚きの声を漏らす。俺を呼んだのはアルヴァランだった。一瞬驚いてしまったが、お陰で落ち着きを取り戻すことができた。
「分からない。分析してみないことには。それよりもシグムントが戦っているのは本当にあいつなのか?」
俺の問いにアルヴァランが答える。
「残念ながら私にも分かりません。今シグムントが戦っている相手が"彼"なのかは。恐らく、シグムント以外誰も確信を持てていないはずです」
冷静に答えているようだが、アルヴァランの声はどことなく震えていた。アルヴァランがオオルリのことをどれだけ心配しているのかは俺たちなんかじゃわからない。きっとライオデール以上にオオルリのことを心配しているはずだ。ここはアルヴァランのためにも、何としてもこの状況を打破しなければならない。
「アルヴァラン。やってみるよ。この闇は俺が断ってみせる」
俺の言葉にアルヴァランは、「頼みます」と答えた。
立ち上がり、腰に提げている騎士剣を引き抜く。騎士剣を両手で持ち、構える。騎士剣からは、俺の心を映すかのように、剣身から透緑色の光が溢れてきた。
心を落ち着かせ意識を集中する。シグムントが戦っている斬撃音が聞こえてくるが、今の俺には雑音にもならない。この暗闇は、照明が落ちたとか目を塞がれているとかそういう類の物じゃない。これは人為的に生み出された霧のようなもの。しかし、ただの霧とは大きく異なる。
騎士剣に力を込める。騎士剣から、心に風が吹き込まれるのが感じられ、目を覆っていた闇が晴れていく。闇が晴れていく先、その先に、闇を生み出す気流のようなものが渦巻いて見える。その方角に俺は向き直った。
今ははっきりと視える。先程シグムントが口にした、悪い感覚と形容していた黒い靄の塊が。それから発せられる力により周囲が暗闇に染められている。
俺は手に力を込め、祭壇上部に浮く黒い靄の塊へと騎士剣を振るった。
俺が放った剣閃は、黒い靄の塊へと真っ直ぐに飛んでいく。そして、その塊を真っ二つに裂いた。黒い靄の塊の中央に、横一文字で裂いた一本の線が入る。その線は、揺らめくように上下へと開き、
内側から眼球を覗かせた。
余りの不気味な光景に、俺は視線を釘付けにされた。過去、多くの文献を目にしてきたが、これほど醜悪で邪悪な存在を目にしたことはなかった。恐怖、嫌悪、身の毛もよだつ拒絶感が、脳を一色に染めていく。あらゆる視点からその正体を模索すればするほどに頭がおかしくなる。
眼が、眼球を大きく動かし周囲を見回す。そして、その眼を見詰めていた俺に気付き、俺と目が合った。眼から発せられる視線が、俺の眼球を通り抜け、脳へと到達する。その瞬間、俺の全てを真っ黒に染めた。
俺は血が出るほどに騎士剣を強く握り締め大声を上げた。空き手で顔を覆い、口を大きく開け叫び続ける。俺の突然の叫び声にシグムントが、「何があった!?」と声をあげた。
目を通し俺の心を染め上げたのは、ありとあらゆる黒い『願望』だった。殺害、恫喝、欺瞞、己の欲求を満たすためなら他者を傷つけることなどなんとも思わない自己中心的な行い、それらを脳が命じていた。
意識までもが黒一色に染め上げられ、身体の感覚すら消えていく。そこで意識は途切れ、俺は完全なる闇へと落ちた。
◇???〔アーキユング視点〕◇
「うっ……」
瞼を開けると、そこは天井も壁もなく、ただただ見渡す限り白い世界が広がっていた。どうしてこんなところにいるのか分からない。思考が全く働かず呆然としていると、近くから俺を呼ぶ声が聞こえた。
「目が覚めたか、アーキユング」
顔を向けると、そこにはディクストーラが膝を突き蹲っていた。
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