Episode.2-24

    ◇騎士校卒業日(約二週間前)・騎士校にて〔アーキユング視点〕◇


「何をしているんだ?」


 今日で騎士校を卒業となり俺たちは明日はここに来ない。それなのにオオルリは綱を手にし丸太に巻き付けていた。


「今日で俺たちはここを出ていく。だから最後に訓練用の丸太を作ることで、初めてこれを断った時のことを忘れないようにしたいんだ」


 オオルリがそう答える。


 こいつには驚かされてばかりだ。騎士長が課した試練とは、次期王国騎士となる(シグムントを除く)十人と決闘の儀を行い半数に勝つこと。そしてこいつは見事五人に勝ってみせた。

 皆が全力で闘ったと言っても過言ではない。三勝五敗で追い込まれてからのライオデール戦もそうだが、その後のアルヴァランとの闘いに至ってはどちらかが死んでもおかしくなかった。そんな過酷な闘いだったにもかかわらず、オオルリは勝利を収めた。


 こいつは本当に何者なんだろうな。


 俺も自分自身の本当のことを知らない。こいつとの決闘の儀を経て、俺は前を向き、未来に進むと決めることができた。だからといって過去が気にならないなんて言ったら嘘になる。知りたいかと言われたら知りたいと思う。しかし今は、俺が俺として、アーキユングとして始まったその時からを大切にしたい。

 そういえばさっき、初めてこれ(訓練用の丸太)を断った時のことを忘れないようにしたいと言っていた。


 初心か……。


 俺の始まりはいつからなのだろう。アーキユングは父上が俺に付けてくれた名前だ。もしかしたら俺もオオルリのように、クルーエルア本土に来た時には名前がなかったのかもしれない。それとも別の名前があったのだろうか。

 考えに耽っている俺にオオルリが声を掛ける


「ユングも記念に一個作らないか?」


「何の記念だよ」


 苦笑してしまう。しかしそう言われて悪い気はしなかった。だから俺は、素直に一緒にやるのが恥ずかしかったから、無理やり言い訳を考えた。


「仕方ねーな。勝者の言い分だ。付き合ってやるよ」


 俺の言葉に、「そんなつもりはないが」とオオルリが答える。俺も地面に置かれている綱を手にする。綱を手にした際に乾いた土が手に付き、埃っぽくて嫌だなと思ったが、熱心に巻き上げるオオルリを見て気が変わった。こいつの作るものよりも強度の高いものを作りたい、そう思った。これも勝ちたいという気持ちの表れなのだろうか。綱を丸太に巻き付けながら、俺は笑みが零れた。


「なぁユング、見てくれよ」


 オオルリが俺に手を見せ笑う。


「そんなもの俺に見せてどうするんだよ」


 土の付いた汚らしい手。俺が笑うとオオルリは「いいだろ。頑張った結果を少しくらい自慢しても」と答えた。


 あの手。あの手が、皆の心を開かせ、自らの未来も切り開いた。あの土塗れの手が……。


「ななーー! ユングーー! なに二人で楽しそうなことやってんだよ。俺も混ぜろーー!」


 考えに耽っていると遠くから声が聞こえてくる。俺たちに気付いたライオデールが此方に駆け寄ってきていた。思えば、オオルリが汚れた手を見せつけるという突拍子のない行動を取るようになったのも、ライオデールの存在が影響しているのかもしれない。


「親友のお出ましのようだぜ。中途半端で悪いけど、俺はこれで帰らせてもらうよ」


 持っていた綱を地面に置き、俺はオオルリに背中を向けた。


 ライオデールのことは友人だと思っている。しかしあんな闘いをした後だ。二人で話したいことは尽きぬほどにあるだろう。ここは気を遣って二人きりにしてやるかな。


 そう考えこの場を去ろうと足を進める。オオルリはそんな俺に、後ろから優しく語り掛けた。


「親友なら、目の前にもいるじゃないか」


 その言葉に俺は立ち止まってしまう。振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたオオルリが立っていた。


「前にライオデールのことを話してたじゃないか。あいつとは親友なんだろ? だったら、俺とユングだって親友だ。そうだろ?」


 親友……?


 何も答えられなかった。今までそういう考え方をしたことがなかったから。ライオデールは確かに最も仲の良い友人だ。でも親友という考え方を持ったことはなかった。


「おーーい」


 そこに、傍まで駆け寄って来たライオデールが俺とオオルリを引っぱり、二人の首に腕を回す。


「なーーーーに楽しそうなことしてるんだよ。俺も混ぜろって」


 ライオデールが歯を見せ朗らかに笑う。その顔を見て俺も笑みが零れた。


 うん。ライオデールはやっぱり笑っている方がいい。俺はずっと、こいつの底抜けの明るさが羨ましかったんだと思う。心のどこかで、俺もライオデールのようになりたいと思っていたのかもな。身近なものも、改めて観察すると違った見方が見えてくる。多角的に物事を捉えるといっても、自分のことだけは中々見えないな。


 オオルリがライオデールに今の状況を説明する。ライオデールは俺たちから離れ、また一段と明るい声を上げた。


「やっぱり楽しいことしてたんじゃねえか! 俺もやるーー! 早く巻いた奴が勝ちな!」


「早く巻くだけでどうするんだよ。凹凸のないようにしっかりと巻くんだよ」


 オオルリが答える。ライオデールは、「知るか!」とでも言うように、気合の入った掛け声と共に丸太に綱を巻き付けていく。そんなライオデールにオオルリが、「真面目にやれ」と声を上げた。


 二人のやり取りを見て俺は、心の奥底から湧き上がる何かを抑えることができなかった。二人ともが目を点にして俺を見ている。俺は自然と笑っていた。


 お前たちといると昔の事なんてどうでもよくなってくる。さっき一瞬だけ迷いはしたが、俺に別の名前があったとしても俺は俺だ。アーキユング=フローライトだ。俺にどんな過去があったとしても、それを受け入れた上で、俺はアーキユングとして生きていく。


 一頻り笑った後、俺はオオルリから聞かれた言葉を思い出す。俺は二人の顔を見て、心からの笑みを浮かべ答えた。


「お前たちは俺の大切な親友だ」


 俺の言葉を聞き、ライオデールはぽかんと口を開けた間抜け面になる。しかしすぐにいつもの笑顔に戻り、「あったりまえだろ!」と俺の背中を叩いた。俺もまたライオデールに笑い掛け、「いってえな。ちょっとは加減しろよ!」と答えた。


 こんな風に笑い合える日が来るとは思っていなかった。それもこれも、全てはこいつらのお陰。

 俺はもう迷わない。オオルリやライオデール、そして他の王国騎士の仲間たちと共に、この国の未来を守り抜いていく。


   ◇騎士就任の儀の朝(約二週間前)・フローライト家の屋敷にて〔エミール(アーキユングの父)視点〕◇


「父上。アーキユングはこれより騎士就任の儀に行って参ります。祝宴の儀にてお会いできるのを楽しみにしております故、必ずお越しください」


 アーキユングが頭を下げ部屋から出ていく。以前とはまるで別人のような顔付きをしていた。ここ数日で、あの子に何があったのだろうか。


「エミール、良かったのですか。あの子に本当のことを話さなくて」


 妻ミーリエが私に声を掛ける。私はアーキユングが出ていった扉を見詰めたまま答えた。


「私は私に話せる範囲であの子には話している。真実を求めるかはアーキユング次第だ。あの子の思考は既に私を超えている。もし本当に真実を知りたいと願うなら、私が過去に携わった遠征歴の閲覧を国に申請すればいい。そうすれば自ずと答えに辿り着けるはずだ」


「私にはわかりません。そうまでさせずとも、本当のことを話してあげても良いのではないですか」


 ミーリエが覗き込むように私を見る。私もまたミーリエに顔を向け答えた。


「それはできない。自ら知ることと誰かに教わるのでは大きく意味が異なる。それにお前も見ただろう、アーキユングのあの顔を。あの子はもう、過去を知ることよりも、未来へ歩む方を選んだようだ」


 ミーリエが驚きの言葉を零す。私は立ち上がり、窓を開け、クルーエルア城へと続く道を歩むアーキユングを視線で追った。


 メリーが亡くなった時はどうなることかと思ったが、騎士校で過ごす過程の中であの子は大きく成長したようだ。以前、話を聞いていた時に、「面白い男がいる」と口にしていたが、その"名前のない彼"の影響によるものなのだろうか。だとしたら、その"彼"には感謝しないとな。


 私は振り返りミーリエの傍に行く。ミーリエの肩に手を添え笑い掛ける。


「祝宴の儀に向かう準備をしよう」


 私の言葉に「まだ早くないですか?」とミーリエが答える。私は首を振り、「立派に育った息子が、今か今かと現れるのを待つのも良いものかもしれんぞ」と答えた。


 今のお前の姿を見ればメリーはきっと喜ぶだろう。メリーが亡くなったのは、お前は自らが不幸を齎したからだと言っていたが、そんなことはない。メリーは生まれつき本当に身体が弱かったのだ。それに関しては、お前の気持ちに気付いてあげられなかった私たちのせいだ。そのせいでお前を深く傷付けてしまった、すまない。

 メリーは本当にお前のことを慕っていた。お前が兄でいてくれて、お前が男児であってくれて良かった。お前が男児でなければ、そもそもお前が私の子になることはなかっただろう。お前にとっては辛い毎日だったかもしれないが、私はお前が私の子になってくれたことを、とても感謝している。

 いつかお前が真実を知った時、お前を引き取るに至った経緯を話そう。今は亡きお前の出生の村の名と、両親の名を。そしてお前の本当の名が何というのかを。

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