Episode.2-22
ルーノに案内され村長の家に辿り着く。ルーノが家の扉を叩くと、俺たちと同い年くらいの女の子が顔を出した。短く挨拶をする。ルーノが用件を伝えると、女の子は「少しお待ちください」と口にし、家の中へと戻っていった。
「村長の『お孫さん』だ」
『お孫さん』を強調しルーノが教えてくれる。
「両親は亡くなられたと聞いている。それからはここで村長と一緒に住んでいるそうだ」
「そう、か」
心が痛くなる。先程出迎えてくれた女の子は悲しみに沈んでいるようだった。ルーノが挨拶をした時もすぐに下を向いてしまった。
「なあ」
ルーノが俺に声を掛ける。俺は視線で返すとルーノは言葉を続けた。
「こんな悲しいこと、いつまで続くんだろうな」
俺は双眸を閉じる。
その答えは誰にも分からない。本土にいた時はそこまで実感することはなかった。しかし本土を離れ、多くの景色を目にすることで、世界は徐々に悲しみの色に染まっていることが分かった。
双眸を開きルーノを見据える。
「いつまでもなんて続けさせやしない。この国を覆う悲しみを祓う。そのために俺たちは騎士になったんだ。この国に生きる全ての命を守るために」
ルーノが深く頷く。俺たちは視線を交わし拳を強く握りしめた。
起きた事実を覆すことはできない。女の子のご両親たちは決して戻ることはない。だけどいつかきっと、あの子にも笑える
そう考えていると目の前の扉が開く。先程の女の子が顔を出し、俺たちに一礼し女の子は俺を見て口を開いた。
「どうぞお上がりください。祖父もあなたが来ることを心待ちにしていたようです」
女の子に案内され、俺たちは家の中へと入った。
家の中は、一村の長の家とは思えないほど質素な造りだった。ルーノが住んでいる家ほど狭くはなかった。入ってすぐ出迎えるための客間があり、それ以外に部屋(の扉)が二つある。それぞれ、村長と女の子の私室であろう。
俺たちが中に入ると女の子は入口を閉め、「こちらへどうぞ」と部屋の真ん中にある長卓へと案内してくれた。俺はルーノに目配せし、女の子が案内してくれた長卓の椅子を引き腰掛けた。
俺たちが座るのとほぼ同時に奥の部屋の扉が開く。そこからは白髪頭のいかにもといった老人が姿を現した。見た目とは裏腹に、しっかりとした足つきは学長を思い出させる。杖も突かず危なげない歩調のまま長卓に付き、椅子に腰掛け、俺へと笑い掛けた。
「私はこのラミスを預からせてもらっているロールカイツ=ハールと申します。こっちは孫のマリアライズ」
マリアライズ……? どこかで聞いたような名だ。
俺は王国騎士である身分と、その証拠の騎士剣を提示する。名は故あって話せないことも伝えた。
「馬鹿共が迷惑を掛けたようだね。恩を仇で返すような真似をして。その件に関しては私から謝らせてもらいたい。この通り、すまなかった」
村長が頭を下げる。俺は「頭を上げてください」と返した。
「ルーノくんにも迷惑をかけたね。本当にすまなかった」
ルーノは「迷惑だなんて思っていません」と口にした。
「他の村に比べればラミスはまだ恵まれている方だというのに、あの馬鹿共ときたら」
村長が腕を組み溜め息を吐く。白髪頭の見た目が印象を狂わせるが、口調と言い内面は(見た目ほど)老いてはいない。学長とは別の
「他の村に比べれば、とは?」
俺は村長が口にした言葉が気になり尋ねる。村長は、「あぁ、それはだな」と口にし、傍にいるマリアライズさんを見て声を掛けた。
「マリー。話が長くなるかもしれない。騎士様たちの分も含めて、いつもより豪勢に作ってくれ」
マリー!? そうだ、思い出した。マリアライズ……。ユングの妹の名前がそれに近い名前だった。確か名前はメリアルイズ。ユングはメリーと呼んでいた。
マリアライズさんが頷く。しかし、俺はそこで立ち上がり村長へ声を掛けた。
「申し訳ございません。先を急ぐ身です。お食事は、また別の機会を設けさせて頂いてもよろしいでしょうか」
俺の言葉を聞き村長は、「食事の一回も出来ぬほどにか?」と口にする。俺は短く返事をし言葉を続けた。
「この村に寄ったのも、火急の用の中、どうしても落ち着いて話せる場所が欲しかったからです。本来なら日の出前には発つつもりでした。想定外の戦闘や、旧友との再会もあって長居しすぎてしまったようです。ロールカイツさんとの話が終わったら、すぐにでもこの村を発ちます」
「そんなにも急ぐ用事なのか」
ルーノが俺を見て言葉を零す。村長は俺の目をじっと見て口を開いた。
「なるほど。そうか、ならば仕方あるまい。王国騎士ともあれば何か重要な任を帯びているのだろう。では二つほど話をさせてもらいたい。それだけ聞いてもらえるか?」
俺は頷き座り直した。
「先程きみが私に聞いた、他の村に比べればという話だが、ここ数年で周囲の村は軒並み滅びてしまった。生き延びた者たちの多くはここラミスで生活を続けている。マリーの両親も今はもう滅びた村からこのラミスに逃げのびてきたんだ」
マリーの両親? 不自然な呼び方をする。孫の親、つまり自分の子供のことだろうに。ルーノが『お孫さん』を強調していたが、もしかしてマリアライズさんは。
村長は俺の疑問など分かっているように話を続けた。
「メリアルイズという人を知らないか?」
その一言に心臓が大きく跳ねる。
メリアルイズ!? やっぱりそうだ。それはユングの妹の名前で大切な人でもある。確かユングの話によると、ユングはフローライト家の養子で、メリーはフローライト家の娘だ。ということは、マリアライズさんとメリーことメリアルイズは姉妹なのか?
「俺も派遣され、村長に挨拶に来た初日に同じことを聞かれたんだ。本土でメリアルイズという人に会ったことはないか、と。どこかで聞いたことがある気はしたんだが、会ったことはないなと思って」
ルーノが俺を見て話す。
無理もない。ユングがメリアルイズという名を口にしたのはあの一回限り。それ以降はずっとメリーと呼んでいた。メリーと呼ばれている人なら本土でも何人かいたはずだ。だけどメリアルイズという名前はユングの妹以外に聞いたことがない。村長が口にしたメリアルイズという人は、フローライト家の娘、ユングの妹のメリーのことなのだろうか。
先程のルーノの言葉を思い出す。
そういえばルーノが、マリアライズさんのご両親は既に亡くなっていると言っていた。もし二人が姉妹だったらこの話には矛盾が生じる。いや、そもそもメリアルイズという名前はたまたま一致しているだけだ。最後まで話を聞いてみなければ何も分からない。
「もしご存じだったら手掛かりだけでもいいので教えて貰えないだろうか。マリーにとっては生きているかもしれない最後の肉親なのだ」
最後の、か。ルーノの言っていたマリアライズさんの両親は既に亡くなっているという話は本当だった。なら残りの問題は。
「失礼を承知でお尋ねしますが、先程村長のお孫さんと紹介いただいたと思います。あれは」
「……嘘を吐いたつもりはないのだ。すまなかった。本当は、私の孫と一緒になってほしい気持ちがあり迎え入れたのだ。しかし孫は亡くなってしまった」
村長は目を伏せ謝罪の意を伝える。俺も顔を伏せどう答えるべきか迷った。村長の意を汲んであげたい気持ちはある。だけど、今はマリアライズさんの話に集中したい。
これまでと異なり、仮説の根底すら組み上がらない。それは当然だ。分かっている範囲に矛盾がある以上、組み上げられるはずがない。しかし何故か感じるものはある。該当する人物は一人しかいないが、可能性は零じゃない。
「心当たりはあります」
俺がそう口にすると、ルーノも村長も驚きの声を上げる。そんな中、会話を聞いていたマリアライズさんが一目散に此方に駆け寄り、俺を見て口を開いた。
「本当ですか?! 本当に『兄』に心当たりがあるんですか?」
「「兄!?」」
俺とルーノが同時に口にする。
村長はルーノを見て、「言っておらんかったかね」と口にする。ルーノは首を横に振った。
兄……。兄……!?
さすがの俺も考えが及ばなかった。いや、どちらかと言うとそこに考えが至る者はいるのだろうか。……いるな。身近なところに一人。それこそ物事を多方面から捉えることが出来なければ、その可能性に行き着くこともないはず。しかし、ちょっと待て。そういえばあいつはなんて言っていた?
◆
「俺は父上と母上の、本当の子ではないから」
「俺は
「俺が生まれたのはクルーエルア領土内のある村だと聞いている。その村は既に滅んだと聞いているが、父上は今なお真実を話してはくれない」
◆
手で顔を覆う。そんな俺を皆が注目している。先程とは別の意味で言葉に詰まった。遠からずとは思っていたが、殊の外真相に近い位置にいるらしい。ひとまず仮説の足場くらいは組み上げられそうだ。
二人の話を整理してみよう。まずはユングの話だ。ユングの話していた内容を纏めると、
フローライト家の本当の子ではない。
本当の両親は生死が分からない。
生まれたのは本土ではない地方の村。その村は既に滅びている。
次にメリーの生い立ちだ。ユングの話だとメリーは、
名前はメリアルイズ。
フローライト家の本当の娘。
ユングの『妹』。
生まれつき身体が弱かった、などもあるが、ここでは関係ないと思う。次にマリアライズさんについてだが、
ラミスの村ではない、既に滅びた村の出身。
両親は既に亡くなっている。
『兄』がいる。その『兄』の名前がメリアルイズ。
……偶然じゃないな、これは。本土に戻った時にフローライト様にお伺いするのが手っ取り早い気がするが、正直言ってこう考えるのが妥当だ。
ユングが、マリアライズさんの兄『メリアルイズ』だ。
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