Episode.2-16
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)◇
「引き分け……?」
俺たちの闘いを見守っていた誰かがぽつりとつぶやく。俺とユングは互いに一閃を放った
二つの影が
周囲に音はなく、誰一人声を上げようとしない。そんな中、静寂を破り、最初に口を開いたのはユングだった。
「引き分け?」
ユングは体勢を戻し、剣身のない模造剣を握り締めながら腕を下げる。俺もまた体勢を戻し、ユングを真っ直ぐに見据えた。
「馬鹿言ってんじゃねーよ。形無きものを断つのが俺の剣なのに、形有るものだけを断って形無きものを断ててないんじゃ、そんなの引き分けにすらなっていない」
ユングの瞳がゆっくりと閉じられる。俺はそこで何かに気づきユングに促した。
「ユング。空をみてみろよ」
俺の言葉を聞きユングが空をみる。ユングは空をみて、小さく驚きの言葉を零した。
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)〔アーキユング視点〕◇
「ユング。空をみてみろよ」
その言葉を聞き、俺は瞼を開け空を見た。
あの頃と変わらぬ
そう思いながら空を眺めていると、空を飛ぶ小さな影が目に入る。その影を目で追う。影は雲の前を通り、その姿がはっきりと目に映った。
「そんな……」
俺はその姿を認め、頭が真っ白になった。
◆
「メリーのお気に入りの動物っているの?」
俺が聞くとメリーは嬉しそうに「いるよ!」と答え、迷うことなく書物の頁を捲り、そこに描かれている動物を指差す。
「この子! 小さくて青くて可愛らしいなって。それにね。青い鳥は幸せを運んできてくれるんだって」
◆
「そんなはずない。だって、あの鳥は絶滅したって……」
狼狽える俺に、目の前に立つ名のない男が微笑み声を掛ける。
「ユング。今朝俺が視た夢は、お前にちゃんと伝えられたか?」
「えっ?」
一瞬こいつが何を言っているのか分からなかった。もう一度空へ視線を戻す。そこにはもう青い鳥の姿はなかった。
「ま、まさか……」
胸に手を当てる。まるで、腫物が取れたような清々しい気持ちがそこにはあった。
◆
俺には、一つだけ後ろめたい気持ちがあった。それは、嘘を吐いたこと。メリーに、「元気になったら青い鳥を探しに行こう」と嘘を吐いたことだった。
クルーエルア城の書庫で、メリーと一緒に同じ本を読んだ俺は、そこに書かれていた『絶滅種』という記述を見て絶句してしまった。もうその鳥は世界には存在しない、本の中にだけ描かれている存在、だということをその場で知ってしまった。だけど、メリーのお気に入りの動物ということで、病気に打ち勝ってほしい気持ちもあり、咄嗟に嘘を吐いてしまった。
青い鳥はもう世界には存在しない。その事実を知ることなくメリーは亡くなった。他人に言わせれば、それはメリーを思いやっての優しい嘘であって、俺は良い判断をしたのだと。けれど、嘘は嘘。どれだけ優しい嘘であっても、メリーに嘘を吐いたという事実が、俺の心に闇を生んだ。
それから俺は、よく空を見るようになった。可能性は零といっても過言ではない。だけど、もし青い鳥が生きていたら、俺はメリーに嘘を吐いていないことになる。その一縷の望みに懸けた。
来る日も来る日も空を見るが、青い鳥の姿は影も形もない。そんな日々が続いたまま、騎士校に入校したある日のことだった。俺はいつものように空を見上げていた。快晴と呼べる空模様。もしこの
ふと思い出し、空から落ちてきた何かを探してみるがそれらしきものは見つからない。青い鳥の羽だったのではないだろうか、という都合の良い妄想を振り払い、目の前の男に尋ねた。
「今日の夢は何だった?」
男は俺の問いの意味が分からなかったようだが、俺の目を見てはっきりと答えてくれた。これまでに様々な人たちに夢の内容を聞いてきたが、男の答えた夢は、全ての人たちの夢に通ずる夢だった。
きっとその答えを聞いた瞬間から、俺の心の闇はあいつに立たれていたんだと思う。
◆
さっきのは幻だったのか? そんなわけあるか。あの鳥は、あの青い鳥だけは絶対に見間違えるはずがない。だって、俺にとって、あの鳥だけは……。
「お兄ちゃん」
ふと、俺の良く知る声が後ろから聞こえてくる。咄嗟に振り返ると、そこには、(あの頃と変わらない姿をした)メリーが立っていた。
「ね、私が言った通りだったでしょ? 青い鳥は幸せを運んできてくれるんだよ」
メリーはいつも一緒にいたかのように微笑む。俺もまたメリーに微笑み返した。
「そうだね。メリーの言う通りだ。青い鳥は本当に幸せを運んできてくれたよ」
俺の言葉にメリーが嬉しそうに俺の手を取る。メリーの手の温かみが伝わってくる。メリーは、いつか一緒に動物の本を読んでいた時のように、幸せそうな笑顔で口を開いた。
「私ね。お兄ちゃんの事、大好きだよ」
「メリー?」
「物心ついた時から私はお兄ちゃんが大好きだった。いつも一緒にいて、私が喜ぶことをたくさんしてくれて、そんなお兄ちゃんが、私は大好き」
「メリー……」
「だからね。大丈夫だよ、安心して。私はずっとずっとお兄ちゃんと一緒にいる。傍にいてお兄ちゃんの願いが叶うようにずっと願ってる。私はずっとお兄ちゃんの事を見守ってるから」
メリーの身体が光に包まれ見えなくなっていく。
いやだ。この手を離したくない。メリーが亡くなってから、俺はずっと後悔してきた。どうして伝えなかったんだと。どうして伝えられなかったんだと。自分の気持ちを伝えられなかったことをずっと悔やんできた。そして、もしもう一度会えるなら、もし時間が戻せるなら、俺の本当の気落ちを伝えたいと願っていた。でも、いざその瞬間が訪れると言えなくなってしまう。
メリーを包む光が溢れ姿が見えなくなっていく。喉まで出かかっている言葉がどうしても形にできない。メリーの手の感覚は薄れていく。もう時間はない。
俺はこんな時にも勇気を出せない自分を心から情けないと思った。悔やむことを知ろうとも、それと向き合ってこなかった自分だ。同じ
俺の時間は、あの時から進んでいなかったんだ……。
今更悔やんでも意味はない。あの時から、どれほど悔やんだか分からない。だって俺にはその資格がない。
俺が、不幸を呼び込んだせいだから……。
メリーはずっと幸せそうに笑っている。俺の言葉を待っている。
俺は臆病者だ。口にできずに後悔してきたのに、口にすることに後悔以上の恐れを抱いている。だけど、もし今この瞬間だけでも許されるのなら……。
勇気が欲しい。
不幸とか、資格とか、そんなことどうでもいいと思える、我儘で、身勝手な自分を曝け出せる、そんな、勇気が欲しい。
この、臆病で、軟弱な俺に……誰か、勇気を分けてくれ……。
泣き叫びそうになる俺の心に応えるように、金色に輝く小さな光が下りてくる。その光は俺の元へと降り、俺の身体へと入ってきた。
瞬間、世界に色が宿った。
この光を俺は知っている。この光、この温かさ、そしてこの光景……。
消えかかっていたメリーの温かみが再び強く感じられる。それは勘違いなどではない。それまで消えかかっていたメリーの姿が、今はっきりと俺の目に映っている。
あぁ、やっぱりそうだったんだ。お前はこの国にとってだけでなく、俺にとってのオオルリだったんだ。やっぱりお前は、俺が見込んだ通り、いや、見込み以上の男だ。
心を強く持ち、メリーの手を強く握る。俺は心に宿った黄金の勇気を振り絞り、俺の想いを伝えた。
「メリー。俺もメリーのことが大好きだ。それはずっと変わらない。だからこれからも俺と一緒にいて、ずっとずっと俺の願いを応援してくれ」
メリーは俺の言葉を聞いて大きく頷く。そして眩い光に包まれたかと思うと、俺の手を通じ俺の中へと入ってきた。
「メリー。俺はこの世界と向き合うよ。人々の心の病を払うだけでなく、人々の心に光を届けられるように。俺の願いを、叶えるために」
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)◇
空を過ぎった青い鳥を見てユングは動かなくなってしまった。一瞬見間違いかと思った。ユングの話の通りなら、その青い鳥は絶滅したと聞いていたから。じゃあ、あの青い鳥はどうして今になって現れたのだろう。
俺は、あの青い鳥はきっと
ユングが顔を上げる。視線は俺に向けられている。ユングは自嘲するように微笑んだ
「俺の負けだ」
その言葉に周囲からどよめきの声があがる。ユングは言葉を続けた。
「俺の心を分析し、俺の心の闇を断った。そんな奴がただの騎士に留まっていいわけがない。お前はこの国を守るために必要な存在。共に未来に光を紡いでいくもの。紛うことなき、王国騎士だ」
ユングの言葉に周囲が再び静まり返る。そしてユングは再び空を見上げ、これまで一度も見せたことのない、蛍石のような輝きを持った笑みを浮かべ、再び俺に顔を向けた。
「だけど、次は絶対に俺が勝つ。必ず俺と同じところまで上り詰めて来い。勝ち逃げなんてしやがったら許さねーからな」
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)〔シグムント視点〕◇
「どこへ行く気だアルヴァ」
名無しとアーキユングの戦いが終わるや否やアルヴァが去っていく。俺が声を掛けると、アルヴァは立ち止まりその場で答えた。
「明日の準備です」
その一言だけを言い残しアルヴァは再び歩き出す。
「ほう」
俺はアルヴァの背中を見る。少しずつ遠ざかっていくアルヴァの背中に、もう一言声を掛ける。
「お前の番が回ってくるとは限らないのに、随分と念の入ったことだな」
俺が声を掛けるとアルヴァは再び足を止める。そして振り返り、俺に視線を向け口を開いた。
「私はシグムントが目を付ける前から"彼"に目を付けていましたから」
そう言い残し、今度こそアルヴァは去っていく。
「俺が目を付ける前から、アルヴァは名無しの野郎に目を付けていた……?」
昔からあまり語らないアルヴァだ。そのアルヴァが目を付けていたと言った。
「いつから?」
接点が思い付かない。騎士校内で名無しとアルヴァが会話をしたのは数える程度のはず。そもそも俺が奴に目を付ける前ということは、騎士校入校以前だということか?
「考えられるとしたらあの時か?」
一つの可能性に行き着くが確信は持てない。アルヴァを追おうとしたが、その姿は既に視界にはなかった。アーキユングとの戦いを終え、教官から勝利を告げられ胸を撫で下ろしている名無しの姿を見る。アルヴァは明日の準備をすると言った。それは即ち、名無しの野郎が四勝五敗の崖っぷちの状態で、最後を務めるアルヴァの番が回ってくることを、『確信している』ということ。
「アルヴァ……。お前、まさか……!?」
俺は一瞬だけ戦慄した。俺の知る限り、過去に一度たりともアルヴァが戦いのために準備をするなどと言ったことがなかったから。それはつまり……。
「本気で名無しの野郎と戦おうっていうのか?」
◇???◇
「どうした、――――」
光一つない深淵の闇に双眸が浮かび上がる。双眸は目の前で跪くそれへと視線を送り、何を知り得たのかその意味を問い詰めた。
「いずれかの国家にて、成体の一体が殺されたようです」
その話を聞き、双眸とは別の男が声を上げる。
「なんだと!? あれを倒せるほどの力を持った者がまだいるというのか?」
「どこの国だ!」と声を荒げ、言葉を発した男は跪くその人物の髪を掴む。掴まれている人物は「分かりません」と小さく答える。男はその言葉に激昂し、掴む髪を引き寄せ、無造作にその人物を地面へと打ち付けた。
地面に打ち付けられた人物は、苦悶も不満も口にすることはなく、まるで何事もなかったように起き上がり、再び双眸の前で跪く。深淵の闇に浮かぶ双眸は、跪くそれに見向きもせず、双眸を閉じ、静かに言葉を告げた。
「気にはなるがそれに構っている時間はない。我々は今、最優先でやらなければならないことがある。それを忘れるな」
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