Episode.2-13
◇約三年前・クルーエルア騎士校にて◇
「今日の夢は何だった?」
そう話しかけるのは俺と同じ騎士校に通う騎士候補生、――――だ。あるきっかけを経て――――は俺に毎日の夢を聞くのが日課になっていた。俺に聞くようになるまでも、沢山の人に(寝ている時に見た)夢を聞いていたようだが、いつしか俺には毎日聞くようになっていた。初めて聞かれた時は興味本位でしかなく、その問いに意味はないと思っていた。だけど俺が初めて答えた夢の内容を聞いて――――は、「変わった無意識だね」と眉を
◇
蛍石のように様々な色が心の中に溢れてくる。心に満ちる複数の色が多くの視点を見せる。
これが、――――の見ていた光景。
一つの物事に対し、多角的に複数の視点からそれを捉えている。だけど驚くべきことはそれだけに留まらない。見えない光景、見ていない光景、そして誰もが『気付かない光景』までを、――――は心に描いていた。
これが分析するということ。一つの光景を無限に広げ、その無限を一つに還す。それが――――の見出した答え。
騎士剣を強く握る。騎士剣から渦巻くような力が俺へと流れ込み、散り散りになっていた俺の意識を一つにしていく。俺は騎士剣を天へと掲げ、その名を叫んだ。
「共に
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)◇
「二戦目はアーキユングか」
シグが口にするのと同時に、教官がユングの名を呼ぶ。ユングは立ち上がり、ゆっくりと俺の前へと歩み出た。ユングが立ち止まり空を見上げる。そして、口を開き語りだした。
「お前と初めて話した時もこんな天気だったっけ」
釣られて俺も空を見る。小さな雲がいくつか浮かぶものの、あの日と変わらない快晴と呼べる空模様だった。
「あの日お前に夢の内容を聞いてから、俺はずっと考えていた。俺のように、記憶はあるのに視えない景色。お前のように、記憶はないのに視える景色。この違いと意味を」
ユングが模造剣を握り直す。
「多くの人の夢を聞き、分析を重ね、俺は一つの答えに行き着いた。だけど一人だけ例外があった。記憶がないことは恐らく関係ない。ただ一つ、そいつの視る夢が、沢山の人たちの視る夢の集約だと気付いた」
ユングが俺に顔を向け模造剣を突き出す。それは決闘の儀の構え。
「今日の夢が何だったのか聞いていなかったな。だけど今日は話さなくていい。その代わりに今日視た夢を剣で語ってくれ。お前と戦い、俺の理論が、俺の分析が、正しかったことを証明してみせる。そして俺はお前に勝ち、俺の願いへと辿り着く!」
「ユング……」
目を閉じこの三年間のことを思い出す。毎日会う度に聞いてきた俺の夢の内容。他人とは異なる俺の夢に、ユングは違和感を覚えたようだった。首を傾げたり、「他に覚えていることは?」と聞いてきたり、最初は何が目的か分からなかった。だけどユングが目指しているもの、それを知った時、俺はどうしてここまで必死になるのかを理解した。
目を開き真っ直ぐにユングを見る。模造剣を握り直し、ユングの剣に応じるように翳す。そして二つの剣尖は交わり、戦いの開始を告げる小さな
ユングが目指すもの、それは、人々の心から病を取り除くことだ。
◇
騎士剣から透緑色の光が溢れる。光は次第に大きく膨れ上がり周囲を照らす。掲げた騎士剣は、壁上で構える兵士たちの持つ松明の灯りを遥かに上回り、夜の闇を裂き、ラミスの村を照らした。
◇ルーノ視点◇
「あれが、王国騎士のみに使うことが許された、騎士剣……?」
俺は、凶暴化した動物の猛攻を村の者たちと共に凌いでいた。そんな中、後方より突如として発せられた透緑色の光に目を奪われた。余りに突然の出来事に、無意識に振り向いていた。だが、目を奪われたのは俺だけではなかった。村の者たちだけでなく、凶暴化した動物ですらその光に目を奪われていた。互いに無防備な状態を曝していたのかもしれない。しかし、俺もラミスの村の者たちも凶暴化した動物すらも、その光から視線を外せなかった。
◇王国騎士試練初日(対アーキユング)◇
決闘の儀第四幕へと移行し、幾度となく剣を振るったがユングには届かない。騎士としての最低限の強さを除けば、技量も、早さも、王国騎士となった他の者と比べてもユングは劣るはず。それなのに、ディクストーラと渡り合った俺の剣がユングに届かない。
「駄目だ、そんなんじゃ。俺が視たいのはそんなんじゃない。ディクストーラに負けて焦りがあるのは分かる。だけどそんなんじゃ、俺はお前に勝ちを譲れない!」
ユングは俺の剣戟を軽々と躱す。まるで思考を読まれているように、小細工を織り交ぜようともその一切が当たらない。確かに俺の目にユングは映っているのに、俺の剣はユングを捉えられない。
「くっ……」
模造剣を握り直し横薙ぎを放つ。だが、俺の剣はまたもユングを捉えることはなく、その一撃は虚しくも空を切るだけだった。
「そんなんじゃ勝ちを譲れないって言っただろ」
目の前の男の低く囁く声に、悪寒が走る。俺はこの後訪れる一撃に備え、急ぎ剣を構え直した。
重く響き渡る衝突音と共に周囲に余波が広がる。その影響を受けてか、落ちていた木の葉が舞い上がっていた。
ユングの渾身の力を込めた一撃を受け止める。瞬間的な威力はともかく、ユングの剣は決して重くはない。受け止めた剣を払うと、ユングは受け身を取り、そのまま距離を取った。
模造剣を強く握りしめたままユングを真っ直ぐに見据える。その眼には俺が映っている。
「お前の眼に俺が映っていても、今のお前には決して俺を捉えることはできない」
ユングは続けて口を開く。
「お前の視る夢は、お前の視る景色は、そしてお前の守りたいものはなんだったんだ!? 俺が視た、お前と共にこの国を守っていく未来は、一体なんだったんだ。お前の覚悟がその程度なら、俺はたとえ一人であっても、人々の心から病を取り除いてみせる!」
叫びの言葉とは裏腹にユングは剣を下げ静かに目を閉じる。周囲から見れば無防備に他ならない。剣の道を志す者にとってあるまじき行為。しかしその姿を見て、戦いを見守っていたシグが小さく言葉を漏らした。
「
シグの言葉に合わせるかのようにユングがゆっくりと瞼を開く。目を見開いたユングは、まるで先程とは別人のように静かな闘志を放っていた。
「残念だよ。王国騎士試験に落ちたお前を見て、どうしても俺たちはお前を諦められなかった。シグムントと共に騎士長に、もう一度機会を与えてもらえるよう頼みにいった。あの時、お前に抱いていた俺たちの期待はなんだったんだろうな」
「ユングのやつ、余計なことを」
シグが言葉を漏らす。
「最初に言った言葉は嘘だ。俺はお前に勝つことで確信を得られるんじゃない。お前が俺に勝つことで、俺は本当の確信を得られるんだ。でもお前は俺が期待していた男じゃなかった。お前はこの国の者じゃない。だからこそ、この国に幸福を
ユングが涙を流す。
ユングが泣いている……。なんで、どうしてなんだ? どうして俺なんかにそこまで。
◆
「この国に幸福を
◆
先程のユングの言葉が胸に刺さる。
オオルリ……? そういえば、かつて一度だけユングが俺のことをそう呼んだことがある。あの時、ユングは確か……。
◆
「ごめん。オオルリっていうのは、俺がお前のことを心の中でそう呼んでるんだ。名前がないから認識しづらいっていうのもあったし。それに名無しって呼ぶのも、それはそれで二番煎じだからさ。いいだろ? 心の中くらい」
◆
オオルリ。当時の俺はその意味が分からなかった。後に書物で見掛けて、ユングがこれのことを言っていたのだと理解したことがある。
オオルリとは、既に絶滅した鳥類の一種らしい。一説によると、『幸福を舞い込む』などの意味があるようだ。
ユングがどうして俺をそう呼ぶようになったのかは分からない。一体ユングに何があったのか、そしてユングの期待がどうしてそこまで俺に向けられているのか、俺には分からない。
「俺は、不幸を呼び込んでしまったから」
ユングが小さく呟く。
「俺は父上と母上の、本当の子ではないから」
ユングの言葉に、俺は驚きの声が漏れる。
「俺は
俺を真っ直ぐに見据えたままユングが話を続ける。
「俺が生まれたのは、クルーエルア領土内のある村だと聞いている。しかし、その村がどこなのか、父上は今なお真実を話してはくれない」
表情は変わらないが、ユングの声調が徐々に下がっていく。
「騎士校に入校した時、俺と似た境遇を持つ者がいるのだと知った。自分が誰なのか分からないにもかかわらず、この国を守るため、騎士を目指す者がいるのだと知って、俺は嬉しかった」
ユングの表情に温かみのようなものがさす。
「お前の隣席がライオデールでなかったら、俺はすぐにでもお前に話しかけに行ったかもしれない。ライオデールはああ見えて、相手は選ばないが相手を見抜く能力には長けているんだ。隣席とはいえライオデールがあんなにお前に世話を焼いたのは、お前に見込みがあったってことさ。だから俺は遠くからお前のことを観察していた」
ユングの視線に懐かしむような色が浮かぶ。
「初めて会話した時の事、覚えているか?」
ユングの問いに俺は頷いて返す。
「覚えている。木を見上げ、何を観察しているのか気になった俺が、ユングに話し掛けたんだ」
「そう。尋ねられたのは、何を見ているのか、という他愛ない一言だった。その頃には俺も日々時間に追われていたから、お前への興味も半分薄れていたと思う。だけどお前に話しかけられた時、当時研究していた
◆
「今日の夢は何だった?」
◆
◇
透緑色の光が周囲を照らし、光は再び騎士剣に収束する。収束した光は剣身へと宿り、その光を宿した騎士剣は俺の手に握られていた。
騎士剣を払い腕を下げる。俺は凶暴化した動物を瞳に映し、その存在を多角的に捉えていた。凶暴化した動物が大きく雄叫びを上げる。その衝撃は余りに大きく、周囲の兵士の方の何人かが吹き飛ばされている。だが、(凶暴化した動物は)そちらには目もくれず、真っ直ぐに俺へと駆けてきた。俺はその雄叫びに動じることなく、心の世界に広がる無限の書庫から一冊の書物を取り出し、迷うことなくその頁を開く。そして、俺はユングと共にその頁を読み上げた。
「その動物は人よりも大きな体をしており、普段は四足で行動する。外敵と争う際には二つの足で立ち上がり、強靭に発達した前足を武器に戦う。目は誠よく発達しており、耳は小さな物音も聞き逃さない。しかしこの動物の最も発達しているもの、それは……」
最初に切り掛かろうとした時の光景を思い出す。
凶暴化した動物は一心に門を破壊しようと体を打ち付けていた。その際、奴はこちらを見ていなかった。門を打ち付けていた音で、耳は聞こえていなかったはず。つまり、奴に切り掛かろうとした際、俺のことを正確に迎撃できた、その理由は……!
「凶暴化したことで異常発達した、嗅覚だ!」
俺は凶暴化した動物に対し、腕を下げ、瞳を閉じた。
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