Episode.2-10
「以前クルーエルアより発せられた大きな光の柱。あれも坊やが起こしたものと見ていいんでしょ?」
エルザの問いに俺は頷いて答える。
「たとえどの国の術士であっても五つの要素のうち一つを取り入れた術しか行使することはできない。それが世界の常識であり今の秩序を保っている。現代において一人を除き、この常識から外れる者なんていない」
「一人を除き?」
俺の疑問には答えず、エルザは淡々と話を進める。
「だけど今より遥か古の時代において、世界を構成創っていたのは五つの要素だけではなかった。そう、五つの要素の他に、残り二つの要素が世界を構成創っていたの」
「そのうちの一つが?」
「坊やが行使することができる光の要素よ」
それを聞き言葉を失う。
「だけど光の力を行使できた一族は既に滅びている。それも500年も前に。だから私は坊やに聞きたいの。あなたは何者なのかを。そして何者でないなら何なのかを。もう一度だけ聞くわ。あなたは光の力を行使できた
エルザの眼から殺意は消えていた。しかし、それと同等と言っても過言ではない程の怒りの色は未だ健在である。
何も答えられない。エルザが俺に聞きたいと思っていることは俺よりもエルザの方が詳しいとさえ思える。まして口ぶりからしても、常人とは桁違いに掛け離れた知識を持っていることは想像に難くない。俺に聞くまでもなく既に答えは分かっているだろう聡明なエルザが、なぜこうまでして俺に問うのか、俺にはそれが分からない。
「私は坊やが私を守ってくれるといったから殺すのをやめたわけじゃない。坊やが何者なのかを知りたいから殺すのをやめたの。そこははっきりと認識しておいて」
エルザの眼は冷酷なまでに冷たく俺を睨みつけている。まるでその光の一族のことを知っていて、その一族に恨みでも持っているような、そんな眼だ。そういえば先程エルザが言っていた二つの一族。一つを光とするならもう一つは何だ? もしそれが対となる存在であるならば、それは闇……?
エルザの顔を見る。
エルザの言うかつて存在した二つの一族のうち、もう一つの一族とは、それはきっとエルザのことで間違いないのだろう。あの闇よりも深い黒い炎の色がそれを物語っている。しかしそうであるならば、俺とエルザは対の存在ということになる。
俺は本当にエルザの言う光の一族なのか? だけど要所に違和感がある。騎士剣を手にした時に発した光の柱は、グレイを救った時や、かつての凶暴化した動物を救った時と比べれば比較にならないほどに大きなものだった。あの時の出来事を忘れはしない。皆に見守られ、ティアナ姫の手から感じた心の光を、そのまま剣より放った。あれは俺の力なんかじゃない。あれはどちらかというと。
「私が言った言葉、覚えてる? 私たちの利害は一致している可能性が高いからと言った言葉」
俺は肯定の意を示す。
「もう分かっているだろうけど、私とあなたは対の存在。だからこそ私たちの利害は一致する」
利害というのが王国騎士の使命の件だとばかり思いこんでいた。しかしエルザが言っていたことはそうではなかった。少しだけ安心した。
「だけどもし、あなたがそうでないと判明した時には、私は容赦なくあなたを殺し眼を取り戻す。そうでなければ私は役目を果たせないから」
「エルザの役目?」
俺の言葉に、エルザは訝しむような表情を俺へと向け口を開いた。
「坊やの記憶がないのは、もしかすれば、誰かによって封じられた可能性もあるわね。使命を忘れ、幸せに暮らしてほしいと願う者の手によって封じられた、そんな可能性が」
「エルザ……?」
エルザは一瞬だけ目を閉じる。そして覚悟を伴った真っ直ぐな瞳で、俺を見据え口を開いた。
「私の役目。それは、この世界の監視者よ」
エルザが口にした言葉の後、俺はその意味を尋ねた。しかしエルザは先の言葉同様、「記憶が戻れば判明する」の一点張りだった。
未知や憶測でしかない情報がどんどん増えていく。まだ俺が知りたい話を聞いたわけではないが、一度話を整理しておかないと俺自身何を知りたいのか分からなくなりそうだ。
エルザが知りたいと言ったことは二つ。そのどちらもクルーエルアに関することではなく俺に関することだった。この時点でクルーエルアへの敵対勢力の可能性は低くなったと言っていい。俺の旅の目的を勘違いしている可能性はあるが、少なくとも王国騎士としての使命で二国に使者として赴くことは知らなそうだ。そういうことなら、王国騎士としての使命を除けば、エルザの言う利害が一致する限りエルザは俺に協力してくれるということになる。この短期間で分かったことだが、エルザの知識量は常人では測り知れないものがあり、同行してくれるならこれ以上ない心強い味方となる。俺の旅の目的を話すことができないのは申し訳ないと思うのだが、今は力を貸してほしいと願うのも確かだ。
王国騎士の使者の件を直接口にすることはできない。それは伏せた上で、旅の目的については話そうと思う。だが今は、この場における話も、それと同じくらい大事な話と言っても過言ではない。
先程の話に意識を戻す。
『俺が何者か。何者でないなら、何なのか』
エルザが聞きたがっていた一つ目の話。結論だけ言えば、それは俺の方が知りたいと思っている。更に言えば、口ぶりからして、エルザの方が俺が何者なのかを知るための核心に近い位置にいるとすらいえる。
十年以上前の記憶がないことは、名前がないと説明をした時に伝えた。だから俺自身に俺が何者なのかを知る術がない。強いて言えば、誰かと交わした約束と、心に残る信念の言葉、この二つだけが自身を知る唯一の手がかりだった。いや、二つしかないと思い込んでいた。だけど俺は、俺が何者なのか、それに至る三つ目の可能性を知らないうちに持ち得ていた。それが、俺が放った『光』だ。
初めて放ったのは恐らく、遠征時に凶暴化した動物を鎮圧した時だ。俺自身必死すぎて記憶が曖昧だが、俺の剣を見た者たちが、「光を見た」と口を揃えて言っていた。それ以降、騎士剣を手にした時や、グレイとの戦いを含めると、俺は合計四回、光の剣閃を発したことになる。ただ、騎士剣を手にした時に発した光は、きっと俺だけの力ではない。あれは王国騎士皆の、そしてティアナ姫の温かい心があったから発せた光だ。そこだけは、体感にしかすぎないが別物だと言い切れる。
エルザが口にした光の一族、俺がその一族なのかと聞かれたら、そうである可能性は高いと、俺でなくとも言うだろう。クルーエルア城の客室で考えていた俺が何者なのかという答え。その答えに、こんなにも早く近付けるとは思わなかったが、その結論そのものと対面できる日はまだまだ先のようだ。
そして最後に、記憶が戻った時に全てが判明するとエルザは言っていた。しかし、今の俺はクルーエルアの王国騎士。たくさんの人たちと大切な約束をした身でもある。それらを反故にしてまで、記憶を取り戻したいとは思わない。仮に俺がエルザの言う光の一族だとして、その一族の使命を忘れているのだとしたら、記憶が戻った時、俺は後悔するのだろうか? そんなことは絶対にない。何故なら俺の心にはずっと響き続いている言葉があるからだ。
『信じること、信じ抜くこと。守ること、守り抜くこと』
この言葉が、その一族の使命を暗示しているのなら、記憶をなくしていなかったとしても俺はこう思うはずだ。
この世界のため、この言葉と共に、今を生きる人たちを信じ守り抜いていく。
俺は口を開きエルザに尋ねた。
「今この場で他に聞きたいことは?」
エルザは口許に手を当て、少し間を置いた後、口を開いた。
「今すぐ聞きたいことは先程坊やが言った通りよ。それ以外のことは後でいいわ。特に、概ね予想はつくだろうけど、互いに聞きたい話の結論に持ってくる話題はこれでしょう。『互いの旅の目的について』」
俺もよく他者から言われてきたが、こうも察しが良いと不気味にすら感じる。言葉を交わさず意思疎通が出来るのは本当なら有難いことなのかもしれない。だけどやはり目の前の女、エルザは、ティアナ姫とも、そしてどことなく、俺とも似ている気がした。
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