Episode.2-6
◇クルーエルア〔ティアナ視点〕◇
瞼に火照りを覚え、もう日が昇った時間なのだと脳が警鐘を鳴らす。目を開けると、そこはいつも私が目を覚ます、私の部屋の
『彼』が旅立って一日が経った。(『彼』が旅立った)あの後、私は自分の部屋に閉じこもってしまった。『彼』の旅立ちを笑顔で見送ってあげたかったのに、私にはそれすらできなかった。
「信じて待ってるって決めたのに、どうして私にはそれができないんだろう」
見上げていた視線はいつの間にか下を向き、窓枠に乗せていた手へと注がれていた。
『傷一つ付いていない綺麗な手。過保護に育てられた、苦労を知らない穢れのない手』
そんな否定的な感情が湧き上がってくる。
『彼』が騎士剣を手にした時、十年ぶりに触った『彼』の手は、まるで別人のように大きく逞しくなっていた。その時は手をまじまじと見る余裕はなかった。けれど、祝宴の儀で『彼』と踊った時、『彼』の手を見て、『彼』は私なんかには想像も及ばないような十年を生きてきたのだろうと、感じさせられた。
同じ日の遡ること少し前、『彼』は命を懸けた戦いに身を投じた。あの時私は、『彼』ならきっと、グリフィストーラも、あの場にいる貴族たちも、そして私も守ってくれると信じることができた。だから私は『彼』に騎士剣で以て応えるよう命じた。でもあれは『彼』があの場にいたから口にすることができた。今の私にはきっと、あの時と同じ言葉を口にすることはできない。
この十年、私も私にできることを頑張ってきた。『彼』はきっと生きているからと心を強く持ち、『彼』の残した言葉を信じ前を向いてきた。そして『彼』は約束を守ってくれた。また、生きて会うことができた。それが本当に嬉しかった。
でも、十年という時間が私を子供ではいさせてくれなかった。
騎士就任の儀で再会した『彼』を見て、誰もがそうでないと言ったとしても、私は『彼』が十年前私のことを助けてくれた男の子だと一目で気付いた。本当はあの場で泣きつきたかった。私がどんな想いでこの十年を生きてきたのかを言いたかった。助けてくれて、願いを叶えてくれて、約束を……守ってくれて、どれだけ嬉しかったのかを伝えたかった。でも私は一国の王女。あの場でそういった行為が許されないことを、もう理解している。
「あなたに会いたい」
次に会えるのは、早くとも百度以上の太陽がこの空を通り過ぎた後。火の国、そして土の国を経由して帰ろうともなれば、それだけの月日が必要なのは理解している。十年に比べれば百日など取るに足らない数字だが、生きていたことを知った今、片時たりとも傍を離れたくない。
空を見上げると太陽が欠けていた。私はいつものように指を差し出す。太陽の欠けは次第に大きくなり、やがて小さな鳥の形となり私の元へ下りてくる。そして私の指に乗り、朝出会う度ずっと繰り返してきた言葉を、薄緑色の小鳥へと私は声を掛けた。
「おはよう、ぴーちゃん」
ぴーちゃんは私の指の上で首を傾げ、私の顔をじっと見ている。いつもと変わらないその表情は、少しだけ心に安らぎを与えてくれる。だけど、いつもならぴーちゃんが来てくれると、嬉しくて微笑みかけてあげられるのに、今日はそれができない。それが、それが本当に辛い。
「ごめんね。ごめんね、ぴーちゃん」
泣かないように頑張るって決めたのに、私はいつまで経っても泣いたまま。でも、心が締め付けられるように痛い。その痛みが止められない。痛みが、止まない。
「やだ、やだよ。あんな想いはもうやだ。だからお願い。早く、早く帰ってきて。私が初めて……きになった男の子。そしてずっと、……きな人」
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