Episode.1-32
◇謁見後◇
謁見の
「アルメリアを呼んでもらえるかしら」
リリアナ王妃が尋ねると使用人さんの一人が一歩前に出て、「畏まりました」と頭を下げる。使用人さんはそのまま部屋を出ていく。リリアナ王妃は俺に向き直り、今朝話をした時の口調で口を開いた。
「すぐに護衛術士が来ます。私は着替えた
俺は短く返事をしながらも、心の中で「どこで?」と考えていた。それを察したリリアナ王妃は微笑み口を開いた。
「クルーエルア王国の王、サイコロンド=アリア=クルーエルアの元です」
それから暫くして、リリアナ王妃がおっしゃっていた護衛術士を名乗るアルメリアさんがやってきた。リリィと同じ法衣を纏っていることから、この人だとすぐに分かった。リリアナ王妃はアルメリアさんに短く説明し去っていった。
リリアナ王妃を見送った
「アルメリアと申します。お噂は常々伺っています。名前がない王国騎士として、名前がある者たちよりも噂を耳にします。ここで立ち話もなんですから先に向かいましょうか」
そう言い、アルメリアさんに連れられ、俺はサイコロンド国王陛下の元へと向かった。
◇クルーエルア城上階◇
先程ティアナ姫の部屋に向かった時と同じ経路を通りつつ、ティアナ姫の部屋よりさらに奥へと進んでいった。先程訪れた時とは異なり日が沈みつつある。ティアナ姫の部屋を通り過ぎる際に少し胸が痛んだ。
まだ眠っているのだろうか。できればそうであってほしい。今もしティアナ姫の顔を見たら、俺はその顔に触れたくなってしまう。
そんなことを考えながら歩いていると、アルメリアさんが立ち止まり俺へと向き直る。厳かに
「この先は待合室です。入った先にもう一つ扉があり、現在サイコロンド様はその先で暮らしておられます。リリアナ様がいらっしゃるまで待合室で待つよう仰せつかっています。どうぞ、お入りください」
その言葉を受け、扉を押し開け中へと入る。王の私室前だというのに警護兵が一人もいないのが気になった。それを言えばティアナ姫の部屋に入るときもそうだった。実際この階には、アリア家の者と護衛術士以外誰も目にすることがなかった。
中に入ると、余り広くはないが、待合室というだけあって温かく落ち着いた雰囲気だった。見る者を
アルメリアさんが、「待合室ですので楽にしてください」と言う。そうはいっても場所が場所。俺は一礼しつつ、目の前の扉の正面から少し外れる位置に身を置き、目を閉じ心を落ち着かせた。そうしていると、アルメリアさんが俺に声を掛けてきた。
「一つ聞いてもいいですか?」
俺は目を開けアルメリアさんへ視線を向け、「はい」と答える。アルメリアさんは笑顔で口を開いた。
「ローズの弟さんと聞いたけど、本当なんですか?」
「えっ?」
その名前を聞いて一瞬驚いてしまった。どうして知っているのかと。だけどそれは少し考えればわかることだ。なぜならアルメリアさんは、ローズお姉ちゃんがいずれ就任しただろう護衛術士だから。
「直接血が繋がっているわけではありません。ですが、身寄りのない私を助け面倒を見てくれたのは、ローズ=テイルスでした」
俺の言葉に、「あぁ、やっぱり」とアルメリアさんは笑顔で答え話を続けた。
「私ね。昔ローズの訓練に何度か付き合ったことがあるんですよ。その度にあの子は弟さんのことを忙しなく口にして。……才能の塊みたいな子で、私から見ても羨ましかったのをよく憶えています」
言葉尻が重く、声が小さくなっていく。術士校で起きた事件のことを思い出しているのだろう。ローズお姉ちゃんのことは、俺とリリアナ王妃、ジークムント騎士長の三人しか今は知らない。術士を連れ去る理由も分からなければ目的も分かっていない。それが分かるまでは口外すべきではないとジークムント騎士長なら言うだろう。
アルメリアさんは、重くなる雰囲気を払拭するように再び笑顔に戻り口を開く。
「それにしても姉弟揃って凄いですね。護衛術士に、王国騎士……。あ、でも姉弟で護衛術士と王国騎士といえば、リリィとアルヴァラン様もそうでしたね」
リリィとアルヴァラン様。姉と弟なのに、敬称の使い分けがあるのはどういうことなのだろう。リリィに対しては、誰もが『リリィ』と呼ぶ。それに対しアルヴァのことは『アルヴァラン様』。エルミナ家に仕えている使用人さんたちですらそう呼び分けていた。いや、呼び分けていたというよりも、もうそれが自然体となっていた。
唐突にリリィの言葉を思い出す。
◆
「身分は"きみ"の方が上」
◆
あの言葉はその場の冗談だと思っていた。だけどもしそれが本当だったなら、リリィは一体……。
俺は、リリィと同じ護衛術士であるアルメリアさんに尋ねることにした。
「私からも一つ聞いてもいいですか?」
アルメリアさんは笑顔で、「いいですよ」と答える。
「リリィはエルミナ家のご息女なんですよね? どうして皆、リリィのことはリリィ様と呼ばないんでしょうか」
俺の言葉にアルメリアさんは「えっ?」と口にし、
「ご存じないんですか?」
と尋ねてくる。
俺は何の話か分からなかったため首を傾げ黙った。アルメリアさんが困ったように俺から視線を逸らす。そのままどうしたものかと互いに黙っていたが、暫くして入ってきた扉が開いた。リリアナ王妃とジークムント騎士長が姿を見せる。二人はゆっくりと待合室に入って来た。
「お待たせしました。それでは参りましょうか」
リリアナ王妃がそう口にする。俺はその場で敬礼すると、アルメリアさんもまた同じように敬礼した。
アルメリアさんとリリィを比べてもそうだ。もしこの場にリリィがいたとしても、リリィは敬礼を行うことはないだろう。それは、行う必要がないから……?
俺が考えを巡らせながらも、リリアナ王妃は一歩また一歩と足を進める。そこに、これから向かおうとする奥の扉が開き、中から気弱そうな少女が顔を出した。その少女は俺の顔を見るなり、怯え、再び扉の奥へと戻ってしまった。
ジークムント騎士長とリリアナ王妃が俺を見る。
なんで俺が悪者みたいな扱いをされなければならないんだ。
「こらエリカ。人見知りしている場合じゃないでしょ」
そう言ってアルメリアさんが奥の扉を開け、すぐそこにいたであろう少女に声を掛ける。少女はおずおずと姿を見せると、リリアナ王妃の前へ行き口を開いた。
「リリアナ様、申し訳ありません。サイコロンド様はたった今お休みになられました」
少女の言葉にリリアナ王妃は特に表情を曇らせることもなく、「そう」と小さく呟く。リリアナ王妃は続けて少女へ尋ねた。
「お願いしていたものはどうなりましたか?」
「そちらは既に用意してあります。すぐに取って参りますので少しお待ちください」
少女が再び扉の奥へと消える。少女がいなくなると、アルメリアさんが俺へと向き直り口を開いた。
「あの子はエリカシオンって言います。私たちはエリカと呼んでいます。人見知りで気弱なんですが、とても良い子だから仲良くしてあげてください」
俺は笑顔で頷く。
「見た目じゃ分からないと思いますが、エリカは術士としてみれば私よりも上です。あの子気が弱いから術士校も休みがちで。余り知られてはいませんが、事件の際は家にいて助かったんです」
術士校の生き残り!? でも、そうか。当時術士校に登校していた術士たちが全員殺されただけで、その時術士校にいなかった者は逃れていて当然か。
「あの子ローズに憧れてたみたいなんです。人柄が好きだって言ってました。でも話したことなんてほんの少ししかないらしいです。しかも、エリカって名前がローズの妹さんと似てるって話くらいで。いったい術士校で何を学んでたんでしょうね」
エリーのことか。確かに外見だけ見れば、ローズお姉ちゃんから見てエリカさんはエリーと同い年に見えたのだろう。まるで妹同然に。
「ローズが亡くなってからは独学で修練を積んだようです。本当に大した子ですよ。公にはされていないので仮の護衛術士として役割を果たしてもらっていますが、いずれ術士校が再建できた日には、もう一度入校して、正式な護衛術士になってほしいと思っています」
リリアナ王妃を見る。リリアナ王妃は目を閉じ、「まだ話すべき時ではありません」と言いたげな顔をしていた。
「強さの序列で言ったら、リリィ、エリカシオン、私アルメリアですね。ここにローズが加わればリリィの上に入ることになるから……って言ってて私、惨めになってきました」
そう言いながらも、アルメリアさんは少しも悔しそうには見えない。そんな話を聞いていると再び奥の扉が開き、中からエリカさんが書筒を二つ抱え姿を現した。
「お持ちしました」
そう言ってエリカさんはリリアナ王妃へ書筒を差し出す。リリアナ王妃は「ありがとうエリカ」と答え、それらを受け取った。そしてそのまま、「ここでは何ですから場所を移しましょう」と口にした。
ここまで来たものの、国王陛下はお休みになられたということで、元来た道を戻ることになった。勿論アルメリアさんとエリカさんとはその場で別れた。エリカさんを怯えさせても申し訳ないと思い、俺はアルメリアさんに向かって一礼し、待合室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます