Extra edition

番外編―師走―(201912)

※こちらは番外編になります。季節ネタを考えていた際に投稿しました。

小説の末尾に置いておくと、最終更新日としてこの番外編の更新日が表示されてしまうとご指摘いただいたため、一章と二章の間に入れておきます。

(今後場所移動することがあるかもしれません)。

一章を読み終わった後であれば理解しやすいと思いますため、ご一読頂けたら幸いです。


 ――――――――――――――――――――


 寒空が白い結晶をちりばめる季節がやって来た。人々は手を伸ばし、天からの贈り物に甘美な喜びを覚える。昨今のクルーエルアにおいてこういった小さな幸せを共有する機会は貴重だ。この心休まる瞬間を共に作り上げていきたいと願い、手を取り合った者たちが新たな命を紡いでいくのだろう。


「くだらぬ」


 ディクストーラが部屋に入るなり不機嫌そうに言い放つ。見回りから帰ってきたところだろうか。少し苛ついているようだ。


「やぁ、勉強は捗ってる?」


 ディクストーラ達と共に見回りから戻ってきたライオデールが俺に声を掛ける。この日、俺は非番だった。だから空き教室を借りそこで民の仲間と勉強をしていた。長い付き合いということもあり、ライオデールがここに来るのは分かる。しかし、他の貴族以上の候補生がどうしてこの空き教室に来たのかは分からない。俺は、ライオデールに聞いてみることにした。


「何で全員でここに来たんだ?」


 俺の問いにライオデールは、「あれ、気付いてなかった?」と答える。そして窓の外を見るよう俺たちに促した。俺たちは互いに顔を見合わせ、窓の外を覗いた。


「雪か。それにしても随分と唐突な」


 外の景色はまだ元の色を多く残しているが、この降雪量だと翌朝には積もっているかもしれない。ライオデール達を見ると、背中にはまだ雪が乗っている者もいた。正面だけは払い落としたのだろうが、背中側までは払えなかったようだ。ここには暖を取りに来るついでに服を乾かしに来たのだろう。ライオデールが俺たちのところへ来て笑顔で口を開く。


「この感じだと、明日の朝には積もってるかもしれないな。もし積もってたらみんなで遊ばないか? 名付けて『鮮血の雪合戦』!」


 文言通りに受け取ると、雪合戦が終わった後は、空想的で情緒的な白銀世界が真っ赤に染まっているんだろうなと安易に想像できた。


「『鮮血』はどこから持ってきた」


 ライオデールに尋ねる。


「普通の雪合戦じゃ劇にならないだろ? 『鮮血の』って付くだけでわくわくしないか?」


 劇じゃないんだけどなぁと心の中でぼやく。そもそも『鮮血の雪合戦』だと、雪玉じゃなくて短剣や刃物が飛び交う光景が想像されてしまう。まぁでも、ライオデールの話は聞いていて飽きない。唐突過ぎたり突拍子のないことで驚かされたりすることはあるが、ライオデールの言葉を借りて言えば、演じる役者を困らせることはない。本当に明日雪が積もったら、短剣や刃物はないにしても、当たり前のように雪合戦をして楽しむのもいいだろう。そう思うと、明日の朝が凄く楽しみになってきた。


 その後、俺たちは明日の朝雪が積もったら雪合戦をする約束をして盛り上がった。今期最強の人物が聞いていることも知らずに。


    ◇翌朝◇


「さぁ遊ぶぞ!」


 普段よりかなり早く登校してきたライオデールが、主に民が住む宿舎にやってきて叫んだ。毎度思うがこいつの一日はどうなっているのか。寝てないというだけあって登校時間は早い。今日に至っては日が昇り始めて間もないのに宿舎に訪れた。つまりこいつは、日が昇る前に家を出てここまで来たということになる。他の候補生たちと比べてもこいつの活力は群を抜いている。もう少し騎士を目指す方に向いていれば最上位の奴らと肩を並べて戦えるだろうに、勿体ない。


    ◇騎士校◇


 登校すると案の定だった。遊べる程度に積もった雪は子供心(?)を擽ったようで、教室に行くよりも先に、修練場に足が進んだ。修練場には誰の足跡もついていない新雪が積もっていた。俺たちは一目散に駆け出し、雪を手に取りぶつけ合った。


「当たった回数が多い側が今日の昼食一品譲ることな。適当に二班に分かれてぶつけまくれ!」


 ライオデールが下らない提案をする。それに対し他の奴らは、「子供じゃないんだぞ」、「そんな条件付けなくても最初からお前にぶつけまくる気だったさ」等、文句を言い合いながらも雪玉を手に取り投げ合っている。


「ななー!」


 ライオデールが俺を呼ぶ。『なな』と言うのは、名無ななしから取って付けたあだ名だそうだ。ちなみにその時々で呼んだり呼ばなかったり、名無しだったりななだったりするから分かり辛い。勿論、名前がない俺が悪いのは重々承知している。俺が返事をすると、ライオデールはこっちへ来いと手招きした。


「お前は俺の方に入れ。その方が人数的にもいい」


 ライオデールは俺を呼びながらも雪玉を一発貰う。「卑怯だぞこの野郎!」と叫びつつ、ライオデールは雪玉を投げ返していた。


 確かに人数的にはライオデールこちら側が不利。しかし身体能力的には相手の方が不利。そのように感じた。俺は僅かに思案したものの、すぐさまライオデールに顔を向け返事をした。


「分かった。そっちに入るよ」


 俺も駆け付けながら雪を手に取りライオデールに加勢する。


「よし、一緒にあいつらの昼食を一品頂くぞ!」


 ライオデールが笑顔で雪玉を作り投げている。俺も負けじと雪玉を投げる。


 こんな時に冷静に分析している場合じゃない。そうだ、楽しむべき時には楽しまないと。たまには心から熱くなってみるのも悪くない。


    ◇


「うへえ、ちょっとは手加減しろよ。服の中にも雪入って冷たくなってきてんじゃねえか。これは講義が始まる前に一回着替えてくるかな。仕方ない、一回宿舎に戻るわ。昼の一品は楽しみに待っとけ、どうせ今日は外れだろうからな! ありがとうライオデール、楽しかったぜ」


 そう言って数人が修練場から離れ宿舎に戻って行く。残ったライオデール以外の面子も、「暖を取る」と言って先に校舎へ入ってしまった。残ったのは俺とライオデールだけだが、当のライオデール本人は今度は一人で雪だるまを作り始めている。


「あれだけ遊んだ後なのにまだ余力があるなんて凄いな」


 俺が声を掛けると、ライオデールは雪玉を転がしながら満面の笑みで答えた。


「そりゃ遊びだからな。疲れることなんてないさ」


 少しずつ大きくなる雪玉を押しながらライオデールは嬉しそうに声を上げる。ライオデールのこういうところは素直に尊敬している。どんなことにも全力で取り組み、たとえ遊びであっても絶対に手を抜かない。その上裏表のない性格をしている。騎士校で初めてできた友達がライオデールで本当に良かったと思う。こいつのお陰で俺は、自分を追い込むことなく騎士校で過ごすことができているといっても過言ではない。


「なぁライオデ……!?」


 何かが飛んでくる気配を感じ、咄嗟にライオデールの腕を掴み飛び退く。


「あぁ! 俺の雪だるまが!」


 飛んできた何かが、作りかけの雪だるまに当たり真っ二つに割れた。俺とライオデールが目を向けると、そこには見知った顔があった。


「ほう、良く躱したな」


「シ、シグムント!?」


 ライオデールが声を上げる。立っていたのはシグムント様だった。手には模造剣が握られている。


「酷いじゃないか。俺の雪だるまがそんなに羨ましいからってこんなことしなくても」


 ライオデールよ。シグムント様は、雪だるまなんか羨ましいと思ったりしないだろ。


 俺はそう思ったのだが、シグムント様は薄く笑い、俺たちを見て口を開いた。


「あぁそうだ。お前の雪だるまが羨ましくて、気に喰わないから壊してやった。……と言ったらどうする?」


 何を言っているんだこの人……いや、この方は。雪だるまが羨ましい? 気に喰わない? だから壊した? 意味が分からない。いや、どちらかというと意図が読めない。そもそも何しに来られたんだこの方は。


 困惑する俺を他所に、拳をわなわなと震わせたライオデールが一歩前に出る。そしてシグムント様へ叫んだ。


「絶対に許さない! この場で雪に顔を埋め謝らせてやるぞ!」


 ライオデールが雪を手に取り雪玉を作る。そしてその雪玉を俺に渡してくる。


「もしかして、俺にも参加しろと?」


 やりとりに付いていけていない俺に、ライオデールは眉をへの字にして口を開く。


「当たり前だろ! 俺たちの友達が真っ二つにされたんだぞ。泣いて謝っても許されない蛮行を犯したんだぞ、シグムントは!」


 どんなことにも全力なのは良いことだと褒めはしたが、これもそうなのだろうか……。見るとシグムント様は模造剣を構え直してるし……って何故!?


「安心しろ、切り掛かったりはしない。手に雪が付くのが嫌だから剣で代わりをしようと言うだけさ」


 剣に敬意はないんですかシグムント様。いやそれよりも、こうなったライオデールは聞く耳を持たない。恐らく何がなんでも全力でぶつかっていくだろう。敵わないと分かっても……。


 俺は一つ決心をし、ライオデールから雪玉を受け取った。


「分かってくれたか!」


 ライオデールが嬉しそうに声を上げる。俺はシグムント様にお願いをした。


「シグムント様。雪合戦をするなら、さっきまで俺たちがやっていた規則ルールに則って頂くことになりますが、よろしいですか?」


規則ルール?」


 シグムント様が尋ねる。


「ぶつけられた数が多い側が昼食を一品譲る、という規則ルールです」


「なんだそりゃ」


 シグムント様が笑う。シグムント様は一度構えを解き、俺たちを見て口を開いた。


「俺が勝っても別に何もいらない。俺が負けたら望み通り昼食を一品くれてやるさ」


 シグムント様は笑いながら答える。俺は、この方の性格なら必ず乗っかってくると踏んだ上で、敢えて、別の条件を提示することにした。


「後出しで申し訳ありませんが、昼食はいいんです。既に何品かもらえることが決まっているので。代わりに、一つお願いを聞いていただきたいのですが」


「ん? お願い?」


 シグムント様が俺に尋ねる。


「――――」


「えっ?」


 ライオデールが俺の言葉に驚いて目を見開いている。俺は、目を閉じるシグムント様を真っ直ぐに見据え答えを待つことにした。シグムント様はすぐに目を開き、少しだけ真面目な顔をして口を開いた。


「いいだろう。俺が勝っても別に何もいらない。お前が勝ったらお前の願いを聞いてやる。それともう一つ」


 シグムント様は続けて口を開く。


「俺に一発でも当てられたらお前たちの勝ちで良い。俺もそれくらい真剣にやってやる」


 背筋が凍り付くほどの眼力で睨まれる。それを感じ取ったのか、ライオデールは屈み竦んでいる。……のかと思ったが、俺の心配とは裏腹に、相も変わらずこの男はせっせと雪を丸めていた。


「そこまで舐められたら絶対に勝つしかないよな。俺たちの力、見せてやろうじゃないか。俺とお前、そしてシグムントにやられた雪だるまの、俺たち三人の力を!」


 顔を覆いたくなったが、これ以上何かを考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。もうどうにでもなれ!


「何かおかしい気がするがもう気にしないことにする! ライオデール、お前は右から、俺は左から攻める。いくぞ!」


「任せろ!」


 こうして『鮮血の雪合戦』は幕を開けた。


    ◇


「何故王族の、しかも王国騎士間違いなしと言われ、将来はこの国の王とまで言われている俺が、凡人どもと雪だるまを一緒に作っているんだ……」


 シグムント様がぼやきながら、『体』の部分の雪玉を転がし大きくしている。さっき真っ二つにした雪玉を再びくっ付け、もう一度作り直すことにしたようだ。

「手伝いましょうか」と進言したが、「男に二言はない」と物凄い剣幕で言い返され一人で転がし始めた。ライオデールは満足そうに『頭』となる雪玉を転がしている。


 結果だけ言えば、ご覧の通り俺とライオデールが勝った。ただし、シグムント様に当てることができたのはたった一発に対し、こちらは雪の斬撃を何度も浴びた。シグムント様は、自身に当たった瞬間驚きはしたが、その場で負けを認め、俺が出した『負けたら一緒に雪だるまを作る』という条件をのんでくれた。何故当てることができたのかは未だに分からない。俺の勘違いでなければ、当たった雪玉は最後にほんの少しだけ加速したように見えた。


 シグムント様が『体』となる雪玉を所定の場所に置く。その上に、ライオデールと俺が一緒に、『頭』となる雪玉を乗せる。ライオデールが拾ってきた枝を両側に差し、俺が木の実を顔に付ける。そしてシグムント様に短く折った木の枝を渡した。


「いずれこの雪辱果たしてやるからな」


「雪だけに?」


 ライオデールが嬉しそうにシグムント様に答えている。シグムント様はライオデールを睨み付けたのち、ぎりぎりと歯を食い縛りながらも、折れた枝を雪玉に付けた。


「完成!!」


 ライオデールが大声で叫ぶ。雪だるまに笑顔が灯った。


 ライオデールが俺とシグムント様の手を取り両手を上げる。俺とシグムント様は驚いたが、互いに顔を見合わせ、初めて共に笑い合った。


 これは、騎士校時代のある日の出来事。

 俺の記憶に刻まれた、大切な師走のひととき。

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