Episode.1-26

「すみません。ティアナの話ということもあって、私としたことが取り乱してしまいました。続きをお願いします」


 リリアナ王妃が俺に告げる。


 それにしても、術士をさらう理由は何なのだろう。少なくとも十年以上前からそれは動き始め、四年前には風を除く他国の術士が集まった。そして今は全ての国家の最高位に位置する術士がケスラに集まっている。


 一度話を時系列に併せて整理してみよう。


 聞いた情報の中で最も古いのは、各国で結ばれている同盟の話だ。これがあるお陰で国家間の平和が保たれているのは間違いない。この同盟そのものは100年以上も前から続いており今なお継続している。しかし、現代においては、後述する事件により同盟は形骸化している可能性が高い。先程聞いた限りでは、完全に破棄されたわけではないようだが、現状判断はつかないと言った方が正しいだろう。


 次に来るのは、『ケスラの帝を上回る力をクルーエルアが持っている』ことだ。シグが、騎士就任の儀の時に零していた言葉がこれだった可能性は高い。


    ◆


「だからこそ二人は、余人がどれだけの時間を掛けても身に着けられないような絶対的な力を身に着け、その名を知らしめることで諸国からの侵略を阻んでいる」


    ◆


 もし、これがケスラの帝を上回る力だというのなら、陛下とジークムント騎士長の存在が諸国からの侵略を阻んでいることになる。名を知らしめるきっかけとなったのは、陛下が王位を継いだ時だろうか。判断材料が不足している以上、これについては推測の域を出そうにない。


 こののちに何かがあり、十年前の出来事に至る。


 首謀者たちには何かしらの目論見があり、世界各国の術士が必要となった。そのうちの一人として狙われたのが十年前のティアナ姫。術士としても人質としても価値があると考えれば、これほど適任な人物はいない。しかし、ここで攫うのに失敗し、再度その機会を窺っていた。だが、貴族以下に情報規制を敷いていたことで、ティアナ姫の所在が掴めず諦めざるを得なくなった。恐らくこれが、騎士就任の儀の時にシグが話していた内容だ。辻褄が合う。


 その六年の間があるが、ここは思いの外理由は簡単そうだ。クルーエルアを除く各国の術士を集めていた。同時にティアナ姫かそれと同等の術士が育つのを待っていた。当たらずとも遠からずといったところだろう。続く出来事がそれを物語っている。


 四年前。ティアナ姫の所在は未だに掴めなかったが、それと同等かもしくはそれ以上の術士が育ったことを、ロエフ家を通じて知った。そしてそれに際し、術士を攫うという目的を悟られないようにするため、大量殺人を行った。結果、目的の術士を攫うことはできた。しかしそこで誤算だったのが、俺という目撃者を残してしまったことだ。その者たちが気にしているかは分からないが、今こうして俺の記憶を足掛かりとして事件の片鱗が見えつつある。


 その数日後、ガルシアさんを除くロエフ家の者たちが国を離れようとした。これについては多くを語る必要はあるまい。


 そして三年前。新たな王国騎士たちが、書状に対する回答を記した親書を持ってケスラへ向かい、殺された。この出来事だけは先の二つの事件とは異なる。そう言える根拠は、ジークムント騎士長の言葉を疑うわけではなく、むしろ後押しする形になるが、生き残った兵士たちが彼の『容姿』に言及していることだ。四年前の事件の際に俺が見た術士四人は、仮面や被り物などで決して顔を見せないようにしていた。そのことからも、十年前の事件と四年前の事件は同一人物によるものとみていい。そもそもどちらもロエフ家が関与している以上、この二つの事件を起こしたのは同一人物とみて間違いない。そして三年前の事件は恐らく別の人物によるもの。この事件のみケスラの帝本人によるものである可能性が高い。少なくとも俺はそう考えている。


 つまりこの事件には、協力者を除けば、最低でも二人の黒幕がいることになる。この二人が近しい人物なのかは分からない。そのうちの一人がケスラの帝である可能性は高いが、そうなるともう一人は何者なのだろうか。


 俺が話の続きを口にするべきか悩んでいると、ジークムント騎士長が口を開く。


「お前の慧眼は我々の上をいくと言っても過言ではない。また、術士校での事件を知る唯一人の生き残りだ。今この場においては、言いにくいことでも遠慮せず言え。そのために人払いをしているのだ」


 俺は短く返事をし、先程気付いた事実をどう伝えるべきか考えた。


 ティアナ姫の代わりにローズお姉ちゃんやその他多くの術士が犠牲となった、などと口にすれば、王妃として、そして親として、リリアナ王妃は自分を責めるだろう。勘づいているかもしれないが、これを口に出すことは人として許されない。上手くその事実だけを気付かれないように話をするしかない。ジークムント騎士長もリリアナ王妃も、ティアナ姫がさらわれたあと、貴族以下に情報規制が敷かれたことを、俺がシグから聞いたという事実を、知らないはずだから。


「ティアナ姫が術士だということが事実ならば、十年前の事件は王女としての人質というのもあるでしょうが、術士としてのティアナ姫を攫ったとみるべきでしょう」


「あっ……。そう、そういう……」


 リリアナ王妃が俺の考えを察してしまったのか表情を曇らせ視線を外す。しかしそこでジークムント騎士長が、「姫様が術士だということは一部の者を除き誰も知らないはずでは?」と口にする。


「先程リリアナ王妃が仰っていましたが、術士はお互いの力を感じ取ることができるのでしたよね? 公の場にティアナ姫が顔を出された時にその才覚を見抜き、ティアナ姫を攫うのが最善と判断をしたのでしょう」


 ジークムント騎士長が、「そうだったな」と小さく零す。


「しかし結果的に攫うことはできなかった。再度攫おうとしなかった理由は分かりませんが、六年間の空白期間に何を行っていたかは想像がつきます」


 再度攫おうとしなかった理由は情報が足りなかったから。貴族以下に情報規制が敷かれたことにより、ティアナ姫の所在が掴めなかったから。これが理由。


「恐らく他国の術士を集めていたのでしょう。そして六年の歳月を経て再びクルーエルアの術士を攫いに来た」


「どうして六年も経て?」


 リリアナ王妃が疑問を口にする。


「確実な理由は分かりませんが、一つ確かなのは、これ以上先延ばしにすることができなかった、ということです」


 ジークムント騎士長が「どういう意味だ」という視線を俺に向けている。


「十年前のように子供を攫うだけなら、機会を見極めれば大事にせずに済んだかもしれません。『ケスラの帝を上回る力』もこの方法なら封じることができます。大量殺人を行うほどの大事にしてまで術士を攫った理由は、時間が迫っていたからという以外に考えられません。先程も申し上げたように、その者たちに『ケスラの帝を上回る力のことを知っていても襲撃を行う必要があった』と仮定するならば、時間が差し迫っていたこと、そして条件を満たす術士が育ったことを理由に、術士校襲撃に至ったのだと考えてもおかしくないはずです」


「十年前は『ケスラの帝を上回る力』を恐れて子供を攫うだけだったが、猶予がなくなった四年前は、それを恐れずに襲撃してきたということか?」


 ジークムント騎士長が俺に尋ねる。


「いえ、それについては逆だと思われます」


「逆?」


 リリアナ王妃が首を傾げる。


「首謀者は、『ケスラの帝を上回る力』のことを知っていて、それを警戒している。だからこそ、十年前はロエフ家を使い水面下で事を運ぼうとした。四年前は、『ケスラの帝を上回る力』を前にする事態を予め想定し、最高位の術士四人というそれなりの用意をしてきた。そのことは、ガルシアさんたち王国騎士が駆け付けると同時に姿を消し、目撃者を殺さず逃げを選んだことからも明白です」


 リリアナ王妃もジークムント騎士長も真っ直ぐに視線を向け、俺の話を最後まで聞いている。


「他に重要な情報がないのであれば、それぞれの事件に関して私から申し上げられることは以上です」


 リリアナ王妃は「ありがとうございます」と答え、考え込んでしまった。ジークムント騎士長も瞼を閉じ、思案に暮れているようだ。


 可能性という意味でなら言葉にしていないことが一つある。しかしこの可能性だけは口にしたくない。術士を集めていた、というのは疑いようのない事実だ。それがその者の目的にどう結びつくのかは分からない。しかし、それを考えること自体がその者の仕組んだ罠で、本来の目的は別にあるのではないだろうか。


 例えばそう、クルーエルアとケスラが、『互いに滅ぼし合うよう仕組んでいる』とか。


    ◇


 俺の言葉の後、暫くしてジークムント騎士長が口を開いた。


「お前の考察を元に私も調べられる範囲で調べておこう。まがりなりにも騎士長を名乗る身だ。新人の王国騎士におくれを取るなど、故国への忠誠に懸けても許されざることだ」


 そう言い、ジークムント騎士長がリリアナ王妃に視線を送る。リリアナ王妃はジークムント騎士長の視線に頷き、俺へと視線を向け、口を開いた。


「私からも。あなたの考察、大変納得のいくものでした。あなたが戻ってくるまでの間に、我々ももう一度その筋で調べ直してみようと思います」


 俺が戻ってくるまでの間に?


 リリアナ王妃は小さく息を吸い直し、再び口を開いた。


「今日あなただけをお呼びした本当の理由を今からお話しします。最初にも話しましたが、あの子と離れ離れにしてしまうことになりますから、親としては心苦しい話です。ですが、この国の王妃として、私もまた覚悟を以てあなたに勅命を下さねばなりません」


 リリアナ王妃の視線が王妃のそれに変わる。


「これは以前より決まっていたことです。あなたの話を聞き、その必要性を改めて感じました。本来は数名の王国騎士で臨んで頂きたいことでしたが、やむを得ません」


『以前より決まっていたこと』、『数名の王国騎士で臨む』という言葉が、シグが騎士就任の儀で漏らしていた、三人一組で当たる話と繋がる。


「急な話になりますが、明朝より、バルゲン及びドラバーンの二国へ行って頂きたいのです。クルーエルアの使者として」


 別段驚くことではなかった。先程の話から考えれば、ケスラとの対話は現状意味を成さないことは判りきっている。となれば、ケスラを除く他の三国家と話を付け、敵にまわるのか、味方になってくれるのか、または中立を保つのかについてだけでも確認しておく必要があるということだ。


「本来であれば、騎士就任の儀ののち、三人一組となり、二組ふたくみがバルゲンとドラバーンへ行って頂くつもりでした。あれから約十日。もし予定通りなら、往路の三割程を進んでいたはずです」


 十日で三割。ざっくり計算しても片道三十日か。


「しかし既に過ぎたことを言っていても始まりません。とはいえ、明朝という余りにも急な話……」


 リリアナ王妃の顔に陰りが浮かぶ。


 言いづらいことを言おうとしているのが分かる。気を遣っているのだろう。ティアナ姫もそうだが、母娘共に優しすぎる。ジークムント騎士長が過保護になるのも納得がいく。だからこそ、この国の優しさたるその象徴を、俺たち王国騎士が守らなければならない。


「勅命承りました。明朝よりバルゲン、ドラバーンへ、クルーエルアの使者として、王国騎士として、任務を全うして参ります」


 腰に下げていた騎士剣を外し、正面に構え、クルーエルアへの忠誠を捧げる。リリアナ王妃は目を瞑り、「ごめんなさい」と呟き、改めて口を開いた。


「あなたのクルーエルアへの忠誠、確かにこの目で見、この耳で聞き届けました。その忠誠に恥じぬよう、必ずや我が命を全うして参るのです。リリアナ=アリアス=クルーエルアの名の下、貴殿をクルーエルアの使者に命じます」


 俺は頭を下げ、跪き、リリアナ王妃からの勅命を心に落とし込んだ。




 その、使者に必要な役割や心得について、識者から指導を受けた。それらを聞き、学び終わる頃には昼が近付き、俺は一度自室に戻った。一瞬誰かいるかもしれないと思ったが、自室には誰もいなかった。


    ◇


 身長より高く設置されている窓から射し込む光が眩しい。ゆっくりと近付き窓の外を見やると、クルーエルアの城下街が覗いていた。


「この視点から、この国を見る日が訪れるなんて考えたこともなかった」


 独り言を呟く。


 昨晩は疲れの余り考え事を先送りにしてしまった。今朝も目の前の出来事に囚われ考える時間がなかった。リリアナ王妃に勅命を言い渡されたのち、リリアナ王妃とジークムント騎士長からそれぞれ質問されたことを、再び思い返していた。


    ◇今朝・玉座の間◇


「お前に聞いておきたいことがある。リリアナ様も聞いて下さるなら、説明が一つ省けて助かるのですが」


 ジークムント騎士長の言葉に、俺は頷き、返す。リリアナ王妃は「構いませんよ」と口にし、ジークムント騎士長へ続きを促した。


「私が聞きたいことは二つ。一つは騎士剣を引き抜いた時に見せた、天を貫き雲を裂いたあの光。あれは一体何だ? 決して不快ではない。心が満たされるような心地良い輝きだったが」


「そういえば……」


 リリアナ王妃も口許を人差し指で抑え、その出来事を思い出している。ジークムント騎士長は疑っているわけではない。ただ純粋に分からないから聞いているのだろう。そういう意図が視線を通して伝わってくる。あの時の出来事を思い返してみた。


 ティアナ姫の手を通して伝わってきた何か。共にこの国を守ると誓い合った王国騎士の仲間たち。いつか交わした約束。それらが俺の中で一つになり、その形を騎士剣が具現化してくれたのだと勝手に解釈していた。言われるまで疑問を抱くことすらなかったが、あれは何だったのだろう。


「申し訳ありません。その、出来事は憶えているのですが、何故あんなことが起こったのか、そこまでは……」


 俺は俯き答える。ジークムント騎士長がリリアナ王妃へ視線を送ると、リリアナ王妃は何故自分がいると説明が省けると騎士長が言ったのか理解したようだった。


「先程も言いましたがあなたは術士ではありませんので、少なくともその線は消して頂いて大丈夫です」


 そう、俺は術士ではない。だからこそ、尚更あんなものを発せた理由が分からない。


「それが分からないとなると恐らく二つ目も同じだろう。昨晩のグリフィストーラとの私闘の際、何故お前は『ディクストーラの剣』を振るえたのだ?」


「えっ……?」


 その一言に固まってしまう。何故? 何故……?


「少し離れた位置から見ていたため絶対とは言えないが、私の見立てでは一挙手一投足たがわず『ディクストーラの剣』だった。顔と体つきが違うだけで、本人が振るったとしか思えなかった」


 これについては、確かに俺も違和感を覚えていた。昨晩はあまりの疲れで寝てしまったが、どうしてそんな真似ができたのか、自分なりに結論を出すつもりだった。あの時の俺は、まるで使えるのが当たり前のように『ディクストーラの剣』を振るっていた。それをやりきった直後、糸が切れたように俺の意識も消えた。祝宴の儀の間ですら皆の声が聞こえた気がしたのに、今は誰の声も聞こえない。自分のことなのに、何もかもが、全く分からない。


「その様子だと、やはりそれも分からないといったところか」


 ジークムント騎士長の問いに肯定の言葉を返す。何も答えられないことを申し訳なく思った。しかし、そんな俺の意を察してか、先に口を開いたのは騎士長だった。


「咎めているわけではない。ただ聞いてみただけだ。お前は私が科した試練を乗り越えた。それだけで王国騎士であると十二分に断言できる。何より姫様がお前を信じているのだ。私にはそれだけでお前を疑う理由はない」


「ジークムント騎士長……」


 ジークムント騎士長の言葉は、先の二つの疑問は残しながらも、その不安を一時的に吹き飛ばすほどに俺の心に響き渡るものだった。そんな俺とジークムント騎士長のやり取りを見てリリアナ王妃が笑う。リリアナ王妃は嬉しそうに、俺に質問を投げかけた。


「私からも伺いたいことが一つあります。この回答によって先程の決定を覆すことはありませ……あるかもしれないので慎重に答えて下さい」


 俺とジークムント騎士長が同じ表情で同時にリリアナ王妃へと向く。


 気のせいか? 今言い直したように聞こえたんだが。


「ずばりお伺いします。ティアナのことをどう考えていらっしゃいますか?」

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