Episode.1-24

「えっ?」「まさか」とリリアナ王妃とジークムント騎士長が同時に口にする。


「たとえ家族であっても逆賊ぎゃくぞくったと報告すれば、騎士としてこの国にいることはできたはずです。しかしそれができなかった。ティアナ姫がさらわれたことも、同じ王国騎士の仲間が死んだことも、全ては家族の過ちに気付けなかった己の落ち度だと気付いてしまったから。だから自らの手で清算するため、王国騎士としての立場を返上し首謀者の元へ向かったのでしょう。やり取りを行ったであろう文書を頼りに。そしてその向かった先とは」


「噂には聞いていたが大した慧眼けいがんだ。お前の読み通り、ガルシアが向かった先はケスラだ」


 ジークムント騎士長が答える。リリアナ王妃が続けて口を開いた。


「実は、それに関しては事実であると思われる書状がある経路から届きました。国家間で交わされる正式な書状ではありませんでしたが、私たちはそれをケスラからの正式な書状と判断しました。そしてそこには次のように書かれていました」


 リリアナ王妃は一拍置き言葉を続けた。


「『風の使いが我に刃を向けた。故に我は風を断った。我等は共に未来を築くと誓い合った仲ではなかったのか。風がいかずちに滅びをもたらすのなら、雷は風に厄災をもたらすであろう』。この文言の後に、『ヴァレリア』と署名がありました」


 ヴァレリア?


 分かっていない俺のことを察し、ジークムント騎士長が補足してくれる。


「ケスラを治める帝の家名だ。おいそれと口にすることが許される名ではない。その名を口にするときは十二分に気を付けることだ」


 ジークムント騎士長の言葉に頷いて返す。そして俺は、今聞いたケスラから届いた書状の内容を一語一句頭の中で反芻はんすうした。


『風の使いが我に刃を向けた』は、恐らくガルシアさんのことで間違いないだろう。文言から察すれば、ガルシアさんは剣を抜き斬りかかったのだと判断できる。『故に我は風を断った』は、ガルシアさんを殺したと言っているのだろう。先の言葉から続けて読めばそう捉えるのがしっくり来る。次の『我等は共に未来を築くと誓い合った仲ではなかったのか』は、過去の同盟、国同士の約束事の話だろう。今回の件にはそう深く関係はなさそうということくらいしか、俺には判断できない。

 最後の『風が雷に滅びをもたらすのなら、雷は風に厄災をもたらすであろう』は、これはどう解釈すればいい? 前者については、クルーエルアがケスラを滅ぼすのなら、と解釈することはできる。だが後者の、『厄災をもたらす』は皆目見当がつかない。前者同様に解釈しそのまま言葉を繋げば、ケスラはクルーエルアに厄災をもたらす、となる。厄災とはなんだ。どういう意味だ。何かを暗喩あんゆしているのだろうか。そもそも人がもたらすものを厄災とは言わない。厄災とは結果であって過程ではない。ここで言う厄災とは、一体何を意味している?


「気付かれましたか?」


 考え込んでいる俺にリリアナ王妃が声を掛ける。


「お分かりだとは思いますが、最後の一文に違和感を覚えるのです。『厄災をもたらす』、とは一体何を表しているのか。ケスラの帝ほどの実力ならば、滅びに対し終焉とでも表現したほうが適切だと思うのですが」


 リリアナ王妃が俺と同じ疑問を口にする。


 現時点でこの言葉の意味を把握する手立てがない。話の続きを聞けば自ずとその言葉の本質に辿り着くことができるのだろうか。


「『厄災』が何を意味するのか、現時点では判断がつきません。それ以外は恐らく、事実に基づいた書状だと考えられます。話の続きをお願いしても宜しいでしょうか」


 俺の言葉にリリアナ王妃は頷き話の続きを語る。


「その、今より三年前に、新たに王国騎士三人が就任しました。ガルシアの件もあり、我々としては出来るだけ早期にこの問題の解決を図りたかったのです。新たに就任した王国騎士三人に親書を預け、ケスラへ使者として送り出しました。しかし、結果として分かったのは、クルーエルアにはケスラに対抗する手段がない、という事実だけでした」


 ケスラに対抗する手段がない?


「王国騎士三人がケスラへの国境を越えたのち、にわかには信じられないと思いますが、ケスラの現帝ヴァレリア様が王国騎士三人の前に現れたそうです」


「現帝であられるケスラの帝が、ですか?」


 俺の疑問にジークムント騎士長が答える。


「お前の疑問はもっともなことだ。私とてそれだけの報告で信じたりはせぬ。だがその取った行動が、余りにも人智を超えていることからそう判断せざるを得なかった」


 ジークムント騎士長が顔を伏せ無念な心の内をにじませている。リリアナ王妃が続けて語る。


「ケスラの帝は名乗り、王国騎士たちに何用か問うたそうです。王国騎士たちは、その風貌ふうぼう、形相、身にまとっている衣装、そして溢れ出る国を背負う帝としての威圧感、それらからケスラの帝本人であると判断し、その場で跪き親書を手渡したそうです。帝は親書を読み、「答え」と称し、その場で親書を雷で焼き切ったということです」


 雷で焼き切った……。


「帝はその場をあとにしようとしましたが、それに王国騎士の一人が抗議しました。そして……」


 リリアナ王妃はそこで顔を伏せる。何か良くないことが起こったのだろうと容易に想像できる。


「帝が振り返った時には既にその手には剣が握られていました。それと同時に、抗議した王国騎士の首が断たれていたのです」


「そんな、当時の王国騎士が何の抵抗もできずに……」


 俺は驚きを隠せないでいたが、リリアナ王妃は話を続けた。


「同行していた兵士たちが困惑する中、一人の王国騎士が撤退するよう促しました。もう一人の王国騎士が剣を抜き帝へ斬りかかったようですが、難なく止められ、もう一方の手で掴まれ全身を雷で焼かれたようです。兵士たちは撤退し、王国騎士以外の者は皆無事生還しました。生き残った者たちからの証言が今話した通りでした。撤退を促した王国騎士の生死は確認が取れていませんが、今も戻ってこないことからも、その場で殺されたとみて間違いないでしょう」


 そこでリリアナ王妃は口を閉じた。


 にわかには信じられない。いや、信じたくない。当時の王国騎士たちに会ったことはないが、弱かったなどと考えられるはずがない。今の話が真実なら、クルーエルアにはケスラに対抗する術がないというのも頷ける。しかしそれならそれで疑問が残る。それだけの力があるのなら、


「どうして、帝はクルーエルアに直接手を下さないのでしょうか」


 俺が疑問を口にすると、ジークムント騎士長がそれに答える。


「直接手を下すとなれば他国からどんな非難を浴びるか分からない。だからあからさまな行動には出ないのだと、我々は判断している」


 それもそうか。クルーエルアが同盟を破棄し再三の呼びかけにも応じなかったから、などの明確な理由があるならともかく、今の状況でクルーエルアを滅ぼしたりなどすれば、他国も黙ってはいない。


 ジークムント騎士長の言葉を聞き考え込む。考え込んでいる俺に、リリアナ王妃が語る。


「術士校での事件ののち、術士の育成は滞っています。国内に術の才を持つ者もいるでしょうが、現状術士校があのような状態では新たな術士の育成は見込めようはずがありません。そういう事情もあり、近年我々は騎士の育成に力を入れてきました。しかし三年前の王国騎士は、三人ともが就任後間もなく殺されました。二年前と一年前は、王国騎士に相応しい者も当然いたのですが、あなたも知るように遠征の際に命を落としています。そして此度は、十二人就任したはずの王国騎士が今は一人。肩書だけの王国騎士ならいくらでも用意はできるでしょう。ですが、それでは意味がないことは、騎士校で三年という時間を過ごしたあなたが一番よく理解しているはずです」


 リリアナ王妃の言いたいことは分かる。肩書だけの王国騎士というのは、力がない者、能力が足りない者を指すのではない。王国騎士と同等の力があり、能力があるだけの者も含まれているのだろう。そう、聞こえは悪いが、例えば最初のシグのように。


 シグほどの実力がある者ならば、三年と言わず二年でも長いといえたのではないだろうか。逆に俺のように、三年を経ても王国騎士になれず、その後の特例で王国騎士となった者にとっては三年でも短いくらいだ。だけど本質はそこじゃない。三年という時間を、『共有』したことに意味があるのだ。俺たちは共に学び、共に同じ飯を食い、共に戦ってきた。仲間を守り、仲間を助けた。そしてその絆が、いつかこの国を守り、この国に生きる者を守る想いとなる。その心を持った者が騎士。騎士校での三年という時間は、力を得るだけのものではない。その本質は、騎士としての心を養うことにある。


 リリアナ王妃の言葉ののち、沈黙が続く。リリアナ王妃も顔を伏せ、次の言葉に困っている。俺は目を閉じ、ここまでの話を心の中で纏めた。そして一つ、また一つと浮かぶ疑問に心の中で首を傾げつつ、その疑問の一つを口にした。


「十年前ティアナ姫が攫われた事件。四年前の術士校での事件。そして三年前の王国騎士殺害事件。これらの事件の首謀者は全て同一人物なのでしょうか」


「どういう意味だ」


 ジークムント騎士長が俺に尋ねる。


「私が術士校での事件で見かけた術士は、攻撃手段として術しか使用していませんでした。しかし三年前の事件において、最初の王国騎士が殺されたのは術によってではありませんでした」


「そうか、剣の有無か」


 ジークムント騎士長が答えを口にする。


「手慣れた者ほど初動は決まっているもの。四年前の事件で私が見た術士は手に剣を所持していませんでした。ローズ=テイルスが砕いたということなら話は変わってきますが。しかし、如何に優れた術士であっても、王国騎士が何の抵抗もできないような剣を躱せるものなのでしょうか」


 ジークムント騎士長もリリアナ王妃も考え込んでしまう。


 始まりは恐らく十年前のティアナ姫が攫われた事件。だけど、物事が大きく変化し始めたのは四年前の術士校での事件から。そこから、クルーエルアでは術士の育成ができなくなった。三年前の王国騎士殺害事件から二年は王国騎士も就任せず、此度は十二人就任するはずだった王国騎士が僅か一人。偶然という言葉で済ませるには余りにも不自然だ。昨今凶暴化した動物たちが増えつつあり、迎撃や拠点防衛の際に騎士や兵士が命を落とす例も少なくない。四年前から徐々にクルーエルアの防衛力が落ちているのは火を見るよりも明らか。これではまるで、帝の言う『厄災』の完成だ。やはり偶然という言葉では片付けられない。だが、もしそうなら、凶暴化した動物たちが増えているのはケスラの仕業なのか? いや、そう考えるのは早計過ぎる。結論付けるには足りない情報が多すぎる。それなのに何故、頭は急かそうとする。


 散らかった考えが纏まりつつあったものの、それらは再び散っていく。集めようと必死に手を伸ばすが、やがてそれらは黒いもやに覆われその形を失っていく。『厄災』という言葉を聞いてから、頭の中を何か黒い感覚が駆け巡っている。そして今、それらは少しずつ数を増し、俺の意思とは無関係に、口を開き、言葉という形に変わった。


「『悪意』によるもの」


 その言葉を発した直後、頭の中を駆け巡っていた黒い感覚は一瞬にしてなくなった。


 俺は今、確かに『悪意』って……。


「その言葉、以前にも口にしていたが、何か思い当たる節が見付かったのか?」


 ジークムント騎士長が尋ねる。


 あの時もそうだった。『悪意』という言葉は、俺の深層心理に潜む、大きな黒い何かを形容する時、俺の口を突いて出てくる言葉のようだ。


「いえ。しかし今回はそれについての説明はできるかと」


 ジークムント騎士長は頷き俺に続きを促す。


「ガルシアさんの行動、残された文書から、十年前の事件と四年前の事件の首謀者が同一人物であることは間違いないと思われます。しかし三年前の事件はその人物ではない。もしかしたら本当にケスラの帝だったのかもしれません」


 リリアナ王妃も黙って俺の話を聞いてくれている。


「ただ残念ながら、そのどちらもケスラの者が関わっているというのは覆しようのない事実でしょう。行動がそれを物語っています」


「雷だな」


 ジークムント騎士長の言葉に頷く。


「しかし一つだけ、ずっと気掛かりなことがあるんです。四年前の事件、術士校を襲った術士は四人でした。この目で見ています。ですが、その、その四人を追い、王国騎士たちが殺された理由は……」


 俺はそこでずっと気になっていたことを口にする。術士校で俺が見た事実がなければ永遠に気付けない謎。だから、この矛盾に気付けるとしたら俺以外にいない。


「大地を割った。木々を炭にした。水場がないのに水溜まりを作った。騎士鎧を裂いて王国騎士たちを八つ裂きにした。各国の中で『高位』の術士であっても王国騎士を殺すには至れない。つまり、『最高位』に位置する術士が揃っている。そしてこれらは、地、火、水、そして風の術士によるもの。術士校を襲った一人は間違いなく雷。頭数が合わない」


 リリアナ王妃とジークムント騎士長が驚愕し言葉を失っている。


「襲撃後、獣道を通っていることからも風の術士が迎えに来たとも考えにくい。つまり、四年前の術士校を襲った本当の理由は」


「クルーエルアの術士を攫うこと……」


 リリアナ王妃が、俺が口にしようとした言葉を口にする。だけど、それも最高位の……。


「死体の四肢を散らしたのは誰を攫ったのか判断できなくするため。そして本来は目撃者が残るはずもなかった。だけど想像以上にその術士を捉えるのに手間取った。結果、王国騎士たちが駆け付けてきたことにより、生存者を一人作ってしまった」


「もうよい」


 ジークムント騎士長が俺に声を掛ける。だけど俺はここで言葉を止めるわけにはいかなかった。


「追った王国騎士四人は、騎士鎧を裂いて八つ裂きにされていた。つまり殺したのは、風の、クルーエルアの術士。その名前は」


「もう結構です。だからその先は……」


 リリアナ王妃も止める。だけど言わなければならない。状況から考えても該当する人物が一人しかいないから。


 王妃の御前だというのに、玉座の間だというのに、俺は両膝を突き、顔を覆うことしかできなかった。みっともなく涙が流れ、止まらない。生きていたことを素直に嬉しく思うべきなのか。だけど、本当に王国騎士たちを殺したのがそうなら、俺は、これからその人を、大好きで、大切で、守ると約束したのにその約束を守れなかった、俺が騎士を目指すきっかけとなったその人を、この手で殺さなければならない。


    ◆


「ねえ"たっくん"。もし私が"たっくん"のこと『好き』って言ったら、"たっくん"はなんて答えてくれる?」


    ◆


「ローズ、お姉ちゃんです……」


    ◇

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