Episode.1-23

 王国騎士としての始まりは早朝から疲れるものだった。今回の一件で、ジークムント騎士長に抱いていた人物像が崩壊した。リリアナ王妃は立場とは裏腹に親しみやすい印象だった。ティアナ姫は思っていたよりも意地っ張りで、王女としてだけでなく、年相応の少女らしい一面も見ることができた。そしてリリィは、無感情をつくろっているだけで、実は凄く寂しがり屋なのだと分かった。


 今回の件については謹慎きんしんもなく不問となった。しかし、何故不問なのか、その理由は聞けなかった。今後このようなことがないようにとリリアナ王妃から咎められると思ったのだが、それすらなかった。のちに噂を聞いた兵士の方から声を掛けられたときも、「リリィを幸せにしてやってください」と、茶化されるのではなくむしろ頭を下げられた。俺の王国騎士としての適性が疑われる出来事だったはずなのに、どちらかといえば周囲は応援色が強かった。理由を尋ねてみるも、笑ったりはぐらかされたりで誰も答えてはくれない。この日の出来事は、俺とリリィとティアナ姫以外誰も引きずることはなかった。


 騒ぎが収まって退出を許され、自室に戻り暫くしたのち、改めて兵士の方より招集があった。


 新しい服に袖を通す。窓から眩しく輝く太陽を見上げ、気持ちを落ち着かせる。初任務の緊張を吹き飛ばすような出来事が今朝あったばかりだが、いざとなると緊張してくる。それに、初任務となると、騎士就任の儀の時にシグが言っていたことが気になる。


    ◆


「俺たち十二人は三人ずつ、計四組に分けられる」


    ◆


 あの言葉の意味を、あの時は「話せないから」と言われ聞くことができなかった。三人ずつ計四組、これが何を意味するのかは少し考えれば分かりそうなことではある。しかしこの問題をこれ以上詮索せんさくすること自体が無意味。あの時とは状況が違う。少なくとも今ここにいる王国騎士は俺一人。一人で何ができるのかは分からない。だけど心は常に共にある。十二人分の働きをこなすのはさすがに不可能だが、与えられた任務は必ずやり遂げてみせる。それが、あいつらが帰ってくるまで、俺がしなければならない、あいつらと共に誓い合った約束だ。


 俺は騎士剣を携え、強く握り、玉座の間へと向かった。


    ◇


 玉座の間へと続く扉の前では、祝宴の儀の時と同様に、兵士の方が立っていた。俺の姿を認めると兵士の方々は敬礼し、扉へと手を掛けた。ゆっくりと扉が開かれる。先に広がる赤い絨毯が玉座まで続いている。俺が扉を通り十分に進むと、玉座の間へと続いていた扉は閉じられた。


 靴音を鳴らし、玉座に座る国王陛下の御前へと進む。国王陛下は動けないと聞いていたから、そこに座っていたのがリリアナ王妃だったことは別段驚くことではない。すぐそばにジークムント騎士長が立っていたことも。しかし驚かされたことがあった。この玉座の間には、現在俺を含めて三人しかいない。てっきり、偉人公人含め、多くの識者が集っているものとばかり考えていたが、実際には、国の最高機関である王族の二人しか玉座の間にはいなかった。


 リリアナ王妃の御前で立ち止まり片膝を突く。頭を下げ、「ただいま参りました」と申し上げた。


「よく来てくださいましたね。見ての通りこの場には私たち以外誰もいません。勿論ティアナも。緊張のしようもないと思いますが、まずは固くならずに。顔を上げてあなたの顔をよく見せて下さい」


 騎士就任の儀の時ティアナ姫から掛けられた言葉。リリアナ王妃も同様の言葉を告げる。海をも包み込むような深い優しさ。ティアナ姫の優しさは、母君であられるリリアナ王妃から受け継いだものなんだと気付いた。


 顔を上げリリアナ王妃に視線を向ける。改めて見た王妃のその顔。ティアナ姫を一回りも大きくしていないような若さと美貌びぼう。一児の青年期只中の娘を持つ母親とは思えない。少し歳の離れた姉といっても差支えないのではなかろうか。


「あら、ありがとうございます。そのように見て下さっているなんて」


 リリアナ王妃の言葉に驚きの声が漏れてしまう。


 いつの間にか口に出ていた……? 


「冗談ですよ。あてずっぽうです。でも女はね、勘が鋭いんです。特に男の子が異性に向ける視線には特別敏感に気付くもの。だから、ティアナの前ではそういう目で女性を見てはいけませんよ」


「……肝に銘じます」


 何か分からないが何かに凄く敗北した気分だ。考えようによっては、俺の異性に向ける視線に嫌らしいものが含まれていると言われたわけだから。それにしても、俺はそんな風に女の子を見ていたのか。そういえばティアナ姫にも同じことを言われた。リリィの時は口に出してしまったが……。以後気を付けなければならない。そう心に誓った瞬間だった。


「さて、緊張も解れたところで、早速ですが本題に移ります」


 リリアナ王妃の表情は、先程と打って変わり辛そうな表情になる。周囲に少し緊張感が発せられた気がした。


「せっかくあの子の運命の人が戻ってきたというのに、また離れ離れにしてしまうのは親としては心苦しいです。しかし今は、あなたのその力が、この国の未来のためにどうしても必要なのです」


 あの子の運命の人。それはつまり、攫われたティアナ姫を救った男の子。リリィもリリアナ王妃も、その男の子が俺だと信じて疑わないようだ。それはティアナ姫がそうだと信じているから……? 何故だろう。それ以外のことでは俺もティアナ姫を信じることができるのに、その件に関してだけ、何か黒い感覚が邪魔をして素直に信じることができない。


「これからあなたに伝える使命。それはこの国だけではなく、世界の命運をも左右する可能性を秘めています。だからこそ心して聞いてほしいのです。そして真摯しんしに臨んで頂きたいのです。今代を任されたクルーエルアの、王国騎士として」


 リリアナ王妃の目は悲哀ひあいあふれていた。恐らく、これから告げなければならない王国騎士としての使命の重さと、先にうれいていたティアナ姫のことを想ってのことだろう。


「此度は、王国騎士の資格を持った者が十二名も選出されたと聞いて私は喜んでおりました。一昨年及び前年は、事実上王国騎士に至る者がいなかったこともあり、今年こんねんは良き時代良き仲間に恵まれたのだと思います。後一名、王国騎士に至る者がいれば良いとも思っていましたが、現存する全ての騎士剣が行き渡ることとなったため、結果だけ見れば十二名で良かったのかもしれません」


 瞳が閉じられ唇がきつく締められる。国を想うリリアナ王妃の嘆きが伝わってくる。


 リリアナ王妃の話は現在のクルーエルアの情勢を語るものだった。一昨年及び前年王国騎士が選出されなかった理由は、そこに至るまでに騎士校での遠征、主に凶暴化した動物の鎮圧で多くの候補生が命を落としたからだ。王国騎士が任命されたのは、ガルシアさんの代で五人。その翌年に三人。それから二年は先の理由で選出されず。そして、俺たちの代で十二人という過去最高人数が選出されることとなった。王国としては多くの優れた騎士が選出されるのは喜ばしいことのはずだ。しかしリリアナ王妃は「十二名で良かったのかもしれません」と言った。それはどういう意味なのか。また、という言葉が、この時俺は非常に気になった。


「しかし待ち望んだ王国騎士も今となっては十一名が行方不明。現在活動可能な人数は一名、あなたのみ。前例をかんがみても許されざることではありますが、これ以上問題を先延ばしにすることも出来ません。たとえ一人であっても、遂行して頂きたい使命がございます」


 リリアナ王妃の視線が真っ直ぐに俺に向けられる。俺もまた、瞬き一つせずリリアナ王妃へ視線を向ける。リリアナ王妃は俺の視線に返すように、一拍置き再び話し出した。


「術士ローズ=テイルスの弟であり、クルーエルア王国術士校で起きた未曾有みぞうの惨劇、その現場に居合わせたあなたの運命なのかもしれません。また、ガルシア=ロエフの意志を継ぐ者であることも。これからお話しすることは如何なる理由があろうと口外することを禁じます。その上で真摯に使命に臨んでほしいのです」


 リリアナ王妃への視線は外さず、俺は短く返事をした。


「あの術士校で起きた事件ののち、ガルシアを除く王国騎士四名が、クルーエルアを襲撃した術士四人を追いました。追い付くことができたのは、国境からケスラへ続く獣道であったと報告を受けています。どれだけ壮絶な戦いが繰り広げられたのかは分かりませんが、術士四人を追った王国騎士は全員殺害されました。ガルシアからの報告書によりますと、大地が割れ、木々が炭化し、内地にもかかわらず大量の水溜まりができていたと。そして王国騎士たちの遺体には、耐術加護のある騎士鎧きしがいごと全身を切り裂く爪痕のような傷が残っていたということです」


「私も彼等の遺体を確認しました。にわかには信じられないことでしたが、事実でした」


 ジークムント騎士長が補足する。


「その、彼等を死なせてしまった罪悪感に苦しんだガルシアは、『十年前の事件』、及び四年前の『術士校で起きた事件』の罪を清算するため、王国騎士の立場を退き、自らの手でロエフ家を手に掛けました」


「えっ……?」


 術士校で起きた事件の、罪の清算? ロエフ家を手に掛けた……?


「十年前ティアナをさらった首謀者たちに協力していた貴族がロエフ家だったのです。そして四年前の術士校で起きた事件もまたロエフ家によるものでした」


 そういえば先日、ジークムント騎士長がロエフ家の話をしようとした時、ティアナ姫がそのことは説明する必要はないと言っていた。あれはこういうことだったのか。


「反クルーエルア思想を密かに持っていたことは把握していましたが、まさかティアナをさらおうとする者たちを手引きするまでに至るとは思いも寄りませんでした。同じ思想を持つ貴族を出しに使うことで、当時彼等は上手く立ち回り王国の監視を逃れていたのです。しかしその事実を知ることができたのは、術士校で起きた事件のあと、ガルシアが国を去ってからです。術士校の事件の起こる少し前からロエフ家は使用人を解雇しておりました。ガルシアが去ったのち、ロエフ家の訪問者が異変に気付いて屋敷に入ると、ガルシアの父と兄二名の死体が無残にも切り裂かれ倒れていました。王国が調査したところ、殺害したのはガルシア本人であると、自室に残された彼の遺書に書かれていました」


 遺書……? 先日テイル家でティアナ姫が広げたあれのことか……? 


「またロエフ家で、十年前のティアナがさらわれた事件、及び四年前の術士校で起きた事件を共謀する内容の手書きの文書が見付かったこともあり、王国は二つの事件の真相解明に乗り出しました。しかし手掛かりとなるものは見付かった文書のみで、事件を語ることができる者は既にこの世にはいません。そして遺書の内容から察するに、ガルシアは、事件の首謀者を追って行ったのだと思われます」


 話はまだ続きそうだがリリアナ王妃はそこで一旦間を取った。その間がどういう意図を表しているのか分からなかったが、俺はここまでの話で疑問に思ったことを聞くことにした。


「ガルシアさんは、いつ、家族が二つの事件に関わっていたことを知ったのでしょうか」


 俺の疑問にジークムント騎士長が口を開く。


「それは我々も気になった。しかしそれを知る術は既にない。ただ、遺体の腐敗具合から判断しても、ガルシアは三人を殺害した後も、遺体のある屋敷で数日過ごしていたことになる」


「しかしガルシアさんは私と接する時、家族を殺害したような面を見せてはいませんでした。はっきりと覚えていますが、特に変わったところはなかったと思います」


「そうだな。王国騎士の立場を退く時ですらそのような面は見えなかった」


 ジークムント騎士長が答える。


「これは私の推測でしかありませんが、ここまでの話を聞いた上で思い至ったことが三つあります」


 リリアナ王妃は頷き、俺に続きを促す。


「一つ目は、ガルシアさんは仲間の王国騎士が殺された際、恐らく偽の報告書を書いたのです」


「なにっ?」


 ジークムント騎士長の顔色が変わる。


「ご存じの通り、私は術士校で起きた事件で現地に居合わせた唯一人の生き残りです。あの時の光景は今も昨日のようにはっきりと思い出せます。ローズ=テイルスと対峙していた術士は、才のない術士が繰り出すことはできないような、禍々まがまがしい雷を放っていました」


 リリアナ王妃も俺の言葉に違和感を覚えたのか、先程自分が口にした言葉を呟く。


「ガルシアの報告書にはその記録がない?」


 俺は「はい」と短く答えて続ける。


「二つ目は、ガルシアさんが家族を殺害した動機です。これは、家族が二つの事件に関与していたからだけではない。恐らく、殺さねばならぬ理由があったからでしょう」


「仮説でも構わない。その理由に心当たりはあるか?」


 ジークムント騎士長が尋ねる。


「ロエフ家は恐らく、クルーエルアを捨てその首謀者の元へ行こうとした」


 リリアナ王妃とジークムント騎士長が驚きの顔に変わる。


「使用人を突然解雇した理由も、屋敷にはもう用はないと踏んだからでしょう。首謀者の元へ行かずとも、屋敷を出ていこうとしていたことは明白です。それを確定付ける証拠は……無礼を承知でお尋ねします。ロエフ家を訪れた訪問者は、何故異変に気付かれたのですか?」


「ガルシアの出入りがなくなってから屋敷に灯りも点かなくなった。外からは様子が窺えなかったため、扉を開いたところ、入ってすぐ三人の死体を見付けた。報告ではそのように聞いている」


 ジークムント騎士長が答えてくれる。


「ロエフ家はクルーエルアを発つところだったのです。そして恐らく、それを許さなかったガルシアさんは、真実を知り……殺害したのでしょう」


 リリアナ王妃もジークムント騎士長も言葉を発せずにいる。


「そして三つ目、これもお伺いします。事件を共謀する内容の手書きの文書とは、どこで、どんな形で見付かったか、詳しく教えて頂けないでしょうか」


「報告では、ガルシアの父、ドレニア=ロエフの自室から見付かったと聞いています。私も一度目を通しましたが、文書は何枚か破り捨てられ、重要な部分が抜けているように感じました」


 リリアナ王妃が話してくれる。


「その部分は、ガルシアさんが持ち去ったのです」

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