Episode.1-19

 再び祝宴の間に戻ってきた。先程と異なるのは、今度は俺一人ということだ。部屋を出る際リリィが「私たちは少し遅れていくから先に行ってて」と言ったからだ。


 倒れたのちから部屋に運ばれるまでの経緯はリリィから聞いた。意識を失い倒れかけた俺を支えてくれたのはリンデトーラだということ。意識を失った俺を兵士の方々があの部屋に運んでくれたこと。主だった外傷がないため、ティアナ姫とリリィだけが部屋に残ったこと。そして、意識を失っていた時間はそれほど長くないことなど。


 祝宴の間に一人で戻るのは気が引けた。しかし、意識を失ったにもかかわらず、その場で止めを刺されなかったことから考えても、グリフィストーラ様たちの心境に何かしらの変化があったのかもしれない。少し心細い気もするが、今一度気を強く持たなければならない。王国騎士としてだけでなく、あいつらと誓いを交わした仲間として、友としての責務を果たしにいこう。


 俺が祝宴の間の扉を守る兵士の方に視線を送ると、彼らは互いに頷き合い、広間へ続く扉を開いた。


 広間から零れる光は先程と違わずまばゆい。ただ、先程は喧騒が響き渡っていたが、今回は誰もが静かに食事をするだけでどこかぎこちない雰囲気だ。だからこそ、戻ってきた俺に全員の注目が集まることとなった。


 静まり返った広間に、俺は足を踏み入れた。先程と同じく、奥でリリアナ王妃が椅子に腰掛け、ジークムント騎士長が傍に立っている。扉が閉じる音を背中で聞きながら、自身の無事と騒動の報告をするべく、ジークムント騎士長の元へと進んだ。


 真っ直ぐに赤絨毯の上を進んでいく。すると、壮齢の男性が俺の進行を遮るように前に立った。


 ……グリフィストーラ様。


 先程とは打って変わり、グリフィストーラ様の目には憎悪も殺意も映っていなかった。かたわらではリンデトーラが父の動向を見守っている。ただ、見守っているのは、リンデトーラだけでなくこの場にいる全員のようだった。


「先刻見せた我が息子の……いや、貴兄の剣。見事であった」


 グリフィストーラ様が双眸を閉じる。先程の俺との一戦を思い出しているようだ。グリフィストーラ様は十秒ほど瞑想したのち、ゆっくりと瞼を開け、改めて俺を見据え、口を開いた。


「認めよう、貴兄を。我が自慢の息子、ディクストーラと同じ王国騎士として」


「父上!」


 リンデトーラが感嘆かんたんの声を上げる。グリフィストーラ様は今度は俺ではなく、様子を窺っていた周囲の方々に向け、語りかけた。


「私以外にも、"彼"を王国騎士であると認められぬ者がいるだろう。名がないこと。唯一人生き残ったこと。それ以外にも多くの疑念、疑問を持った者がいるはずだ。遠慮することはない。そういう者は"彼"に挑めばよい。"彼"は応えてくれるはずだ。貴兄らの想いに。この場にはいない王国騎士たちの代わりとして」


「グリフィストーラ様……」


 グリフィストーラ様の言葉に周囲の貴族の方々が目を逸らし、しばしの沈黙が訪れる。しかしその沈黙を破って、何処かから拍手が響いた。音が聞こえる方に目を向ける。リリアナ王妃のすぐ傍でありながら、全体の死角となっている袖幕の陰に、今日一度も見掛けなかったグランニーチェ学長の姿があった。学長は拍手を止めると、いつものように杖を突きながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。学長はグリフィストーラ様の傍まで来て声を掛けた。


「この歳になってようやく信じることを覚えたのか、愚か者め」


 俺はリンデトーラを見たが、彼は何も知らないと言いたげに首を振った。


「息子の前です。許して頂けませんか、グランニーチェ教官」


 きょ、教官!?


 再びリンデトーラに視線で話しかける。だが、リンデトーラは再び大きく首を振り俺の視線に答えた。


「歳を取ったからとて恥をさらすことを恐れることはない。人は生涯成長し続ける生き物。その成長が早いか遅いかは、いくつ心をさらしたかで変わる。それだけだ」


 心をさらす?


「私が受け持った候補生の中で最も出来が良いのと最も出来が悪いの。今となっては私より長生き出来るかもしれない者がこの二人しか残っておらんというのは、良くも悪くも悲しいものよ」


「最も出来が悪くて悪かったな糞爺」


 聞き間違いかと疑うような言葉がグリフィストーラ様の口から発せられる。リンデトーラは父親を見て口を開けたまま固まっていた。学長は笑いながら「口ではなく剣で語ってみよ。騎士の心があるのなら」と返す。グリフィストーラ様は「必ず吠え面かかせてやる」と返し、そこで初めてグリフィストーラ様の本当の笑顔を見た気がした。


 学長が改めて周囲を見回し、最後に俺を見る。学長はほがらかに笑い口を開いた。


「ここは主役に飾ってもらおうではないか。祝宴の儀のの言葉を」


 学長が口にした言葉は、終わりではなく始まりだった。祝宴の儀は、俺の遅刻や先程のいざこざのせいで、間もなくお開きとなってもおかしくない時刻を迎えていた。だが、周囲はそんな雰囲気ではなく、貴族の方々も歓迎するような笑みを浮かべている。ジークムント騎士長か学長が指示していたのか、ここからが本番とでもいうかのように、演奏隊の方々が次々と楽器を携え準備を始める。指揮者の方が、全員の準備が終わったのを見届けたのち、いつでも始められると、目で俺に合図をしてきた。


 どうすればいいのだろうか。そもそも今日呼び出された理由も直前まで聞かされていなかったし、何をどうしろとも言われていない。


 飾る? 始まりの言葉? 何を宣言すればいいんだ?


 俺が必死に考え始めた直後、祝宴の間の扉が開く。そちらに振り返ると、俺に向けられていた視線も、一斉に、扉から入ってきた人物へと移った。


「ティアナ姫」


 祝宴の間に入ってきたのはティアナ姫だった。ティアナ姫と、そのすぐ後ろにはリリィもいた。二人が広間に入り、扉が閉まる。ティアナ姫は先程の正装とは別の衣装に着替えていた。


 ティアナ姫がゆっくりとこちらへと歩いてくる。ティアナ姫は俺の後ろにいる学長と目で会話をしていた。ティアナ姫は、「わかりました」と答えるように目を伏せ、俺の前で立ち止まり、真っ直ぐに俺を見て言葉を紡いだ。


「続けて下さい。そして私にも聞かせて。あなたの約束ことばを」


 騎士就任の儀の時から不思議だった。この方を、ティアナ姫を前にして、俺は一度も緊張したことがない。むしろ安らぎを覚えている。それだけではなく、騎士剣を手にした時。気を失っていた時。そのどちらにおいても、手を握られると安らぎだけでなく懐かしささえ感じられた。そして今も、ティアナ姫を見ているだけで先程感じた不安は晴れ、俺が口にすべき言葉が形になった気がする。


 ティアナ姫へ頷き、短く返事をする。そして俺は周囲を見回し、騎士剣を抜き、掲げ、俺の想いを口にした。


「この剣を手にした時から俺たちは始まった。共に戦う仲間として、共にこの国を守る王国騎士として」


 俺の心が、自然と仲間たちの心に接続される。騎士剣が黄金の輝きを放ち、俺と十一の騎士たちは、共に剣を掲げた。




「俺たちは消えちゃいない!」


「俺たちは死んじゃいない!」


「我々は自らの意志の下!」


「クルーエルアを守るため!」


「今も戦っている!」


「だけどいつか必ず戻ります!」


「だからそれまで!」


「待っていて下さい!」


「俺たちが信じ!」


「私たちが命を懸けるに値すると信じた!」




「……アル?」


 リリィのかすれるような声が聞こえる。その頬に一筋の感情が伝う。




「共にこの国を守る王国騎士、"名無し"の野郎と共になぁ!」


    ◇

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