Episode.1-16
「どうして私まで……」
祝宴の間へと続く道を、
道中、騎士剣を携えた俺に対し兵士の方が敬礼していた。しかしリリィが視界に入った直後、見間違いかと驚くほど前のめりになり目を点にしていた。リリィは「だから嫌だったのに」と小さく呟いていた。
祝宴の間の前に着く。兵士の方が扉の両側に立っている。兵士の方は敬礼をした
「待って」
リリィの言葉に兵士の方々は互いに顔を見合わせ腕を下す。リリィは俺から手を放し、
「どこも変じゃない?」
一瞬自分の耳を疑った。これまでのリリィの態度からそういう感性は持ち合わせていないと思ったからだ。リリィは俺が答えに困っていると感じたのか、俺の顔をじっとみて口を開いた。
「やっぱり……変?」
「いや、とても似合ってる」
とりあえず、思ったままを口にする。驚きはしたが、それは発言内容に対してであって、リリィの
「減点。私は変じゃないかって聞いたの。だから変か変じゃないかで返せばいいの。今の答えじゃ口説いているように聞こえる。私に対してそういうのはやめて」
素直な感想だったんだけどなぁ、と思いながらも口には出さないようにした。また減点されると思ったからだ。しかしリリィは、「でも似合ってるってことは、変ではないってことか」と小さく呟き、髪を耳にかけた。
再びリリィの手を取り共に扉の前に立つ。兵士の方々が扉に手を掛け、扉の隙間からゆっくりと光が射し込んでくる。少し開いたところで、広間内に異変が起こっていることを感じとった。
「最悪」
隣でリリィが呟く。中で何が起こっているのかは想像に難くなかった。
広間の奥では、何人もの貴族の方々がジークムント騎士長に詰め寄っていた。その後方ではリリアナ王妃とティアナ姫が目を伏している。俺はその光景を目の当たりにし、進み出ようとしたが、リリィの手が強く俺を引き止めた。顔を見ずともリリィの言いたいことが分かった。俺はリリィに向き直り、恭しく一礼し、手を放した。そしてジークムント騎士長のもとへと進んでいった。
一歩進む毎に、俺の携えた騎士剣を認めた者たちが声を上げる。ジークムント騎士長のいる場所までは誰も立っておらず、そこまで続く赤い
奥で騒いでいる方々が、周囲の声に気付き振り返る。俺の存在に気付いた方から順に、俺を凝視する。俺は、そんなことには目もくれず、真っ直ぐにジークムント騎士長の元へと進んだ。俺が進むごとに、騎士長の正面に立っていた貴族の方々が道を開ける。いつしか広間には、俺の靴音だけが響いていた。
ティアナ姫が俺に気付き笑顔を向ける。俺は騎士長の前で
「ここはそういう場ではない。そのように振舞う必要はない。お前の望むままに
俺が言葉を発する前にジークムント騎士長が俺に言葉を掛ける。俺は短く返答し、立ち上がり、騎士長に一礼した。そして、リリアナ王妃とティアナ姫のもとへ行くため、騎士長の側を通り過ぎた。
「お前の覚悟、見せてもらうぞ」
通り過ぎざま騎士長の声が聞こえた。騎士長もこの
リリィに教えてもらっていたから落ち着いていられるのもある。だけど本当はリリィに教えてもらっていなくとも、この場に集った方々の想いも背負えないようでは、最初から王国騎士の資格などなかったということだ。
俺は迷うことなく「はい」と答え、また一歩足を進めた。
「待て」
静寂が支配する空間を切り裂くように一人の男の声が
「貴様だな。先日就任した王国騎士は」
俺は「はい」と答え、俺に声を掛けた壮齢の男に体を向ける。
「他の十一人の王国騎士たちを殺し、自らだけが王国騎士となろうと
大きな声が上がる。その声は、目の前で俺を睨むように立っている者たちからでなく、周囲で俺たちを見守っている者たちによる声だった。
心が痛んだ。俺たちは互いに認め合い、誰一人欠けることなく最後までクルーエルアを守ると誓った。あの日全員で誓い合ったことは、今も鮮明に覚えている。それなのに、こういう言葉で
「どうなのだ」
俺が言葉を選び兼ねていると、その男に賛同するように他の者たちが声を上げる。
一度そうだと決め付け信じてしまった者たちの考えを改めるのは容易なことではない。俺が何を言おうと、この方々は、『息子を手に掛けた殺人者』という
入ってきた扉の傍でリリィが心配そうに見守っている。後方からは、席を立ち、言葉を掛けようとするティアナ姫らしき気配を感じる。
俺は……。
「その人は、いや、その方は、王国騎士だ」
俺を問い詰めるようににじり寄る貴族の方々の後ろから声が上がる。その声に聞き覚えがあった。その声の主を認めるように、貴族の方々は左右へ分かれ、声の主が俺の前に姿を現した。
「リンデトーラ」
俺を庇うように言葉を発した人物。それはリンデトーラだった。リンデトーラは歩を進め、俺の前で立ち止まり小さく頭を下げた。
「先日はご指導頂き有難う御座いました。
偉大なる王国騎士。その言葉は、俺が先日リンデトーラに伝えたディクストーラの代名詞だ。この場にいる方々からすれば、それはただの王国騎士という意味で捉えることだろう。しかしリンデトーラは、俺とリンデトーラの間でしか分からない、偉大なる王国騎士という単語でディクストーラを語ってみせた。リンデトーラは本当に、俺のことを心から信用してくれている。
「リンデトーラ!」
俺を問い詰めていた貴族の方々の中から怒声が響く。その声の主は他の方々を押し退け、リンデトーラの隣に立った。
「場を
俺を問い詰めてきた貴族の方と変わらないだろう壮齢の男が声を荒げる。その男の顔付きが語っている。この方が、ディクストーラとリンデトーラの父君だ。
「グリフィストーラ。ここは祝宴の場だ。発言の権利ならば貴公の子息にもある」
ジークムント騎士長がリンデトーラの父君、グリフィストーラ様に答える。
「ジークムント様は口を挟まないで頂きたい。あろうことかこの愚息は、大罪人に
グリフィストーラ様の言葉が広間内に響く。グリフィストーラ様に同意するように、周囲に集った方々がリンデトーラへ野次を飛ばす。中にはリンデトーラに対し、直ちに父君に謝るよう促す声もあった。
俺のことはいい。先日リンデトーラと戦う前から覚悟はできていた。俺が彼らを死んだとは思っていなくとも、実際にいなくなった者の家族からすれば、彼らは死んだも同然。その怒りを、悲しみを受ける覚悟はある。共に誓い合った王国騎士の仲間なのだから。しかし、同じ
一歩足が進む。その足に重なるように、隣で別の足が踏み出していた。
ジークムント騎士長……?
俺と同様に足を踏み出したのはジークムント騎士長だった。その目には隠し切れない怒りが宿っている。騎士長にはもう何度かお会いしたことはあるが、これほど確かに怒りを感じたのは初めてだった。
奥からも動く人影が見えた。視線を向けると、リリィが、
これは俺が付けなければいけないけじめだ。誰の手も
俺はもう一歩を踏み出そうとした。しかし俺の歩みを遮るように、目の前に立つ、偉大なる王国騎士の弟が、父君にも負けぬほどの声を張り上げ叫んだ。
「愚かなのは父上たちの方だ。父上はこの方の強さを知らない。だからそんなことが言えるのです。それに
俺もジークムント騎士長もリリィも足を止める。リンデトーラの叫びに、グリフィストーラ様も同様に声を上げた。
「どうやってなど問題ではない。重要なのは結果なのだ。事実この男以外の者が全員死んでいるのだぞ。それをどう説明付けるというのだ」
グリフィストーラ様の言葉に「それは……」とリンデトーラが
◇???◇
声が聞こえた。大切な友の声。
「ありがとな。リンデトーラを導いてくれて」
そこは真っ白な世界だった。上下左右どこを見回しても何色にも染まっていない。大きく風が吹いたかと思うと俺はここに立っていた。そしてそこには、あの日から変わらぬ仲間の、友の姿があった。
「俺にとっては大事な弟だ。父上がこんなだから、どうしても俺が甘やかしてしまう」
ディクストーラは笑っていた。これまで一度も見たことがないような、優しい顔で。
「こっちは俺たちに任せろ」
そう言い、ディクストーラは握る騎士剣を俺へと渡す。
「信じてくれて感謝する。だが同時に、俺たちもお前のことを信じているということを忘れるな。お前が信じ続けてくれる限り、俺たちは絶対に死なない」
騎士剣を受け取る。剣を握ると、心が満たされる温かい風が吹き込んできた。
「リンデトーラだけじゃない。この場に集った者たち全員にお前のことを認めさせる。それが俺たち王国騎士、十一人の総意だ」
そう言い、ディクストーラの姿が見えなくなっていく。
「ディクストーラ? 待ってくれ、ディクストーラ!」
ディクストーラの姿が白い世界に溶けていく。周囲に少しずつ
「こっちは、俺たちにまかせろ」
その声を最後に、世界には再び
◇
「何の真似だ」
グリフィストーラ様の重く低い声が響く。俺は今、自分が目を閉じていることにも気づいていなかった。何か強い力に動かされ、二人の間に割って入り、リンデトーラへと振り下ろされたその手を受け止めていた。
瞳を静かに開く。真正面に映るグリフィストーラ様の顔を見て、俺は声を上げ叫んだ。
「愚かなのは、あなたの方だ」
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