Episode.1-13

 ガルシアさんの書物を返納した父さんは、「こんな話題何度も話したくない」と言い、俺の騎士校入校を許可した話を続けて語ってくれた。「一部は話せないところもある」、としながらも当時を思い出し語ってくれた。


「一言でいえば俺の根負けだ。情が湧いたんだと言われたらそうだと思う。今思い出しても、あの日のガルシアの顔はひどいもんだった。だけど三日後、その日記帳を持って現れた時のあいつの顔は、まるで何かに、誰かに救われたような、そんな顔をしていたな」


 父さんの言葉に目を伏せる。ティアナ姫もジークムント騎士長も、共に下を向いていた。リリィ様は変わらず一点を見詰めたまま変化はないが。


 父さんの話が終わり部屋が静まり返る。俺が帰るのが遅かったせいもあり夜も随分と更け込んできた。考えるべきこと、語るべきことはまだまだあるのかもしれない。しかし、あまり長居させてしまうわけにもいかない。


「もう一つの質問というのは?」


 俺は口を開きティアナ姫に尋ねる。ティアナ姫は目許を拭い顔を上げ、「そうですね」と口にし、改めて父さんに向き直った。


「もう一つの質問というのは。アルフレッド様。アルフレッド様は何故、クルーエルアを名乗ることを受け入れられたのですか?」


 再び全員の視線が父さんに集まる。だが、父さんは何でもないような顔をし、「なんだ、そんなことか」と口にする。ティアナ姫は言葉を続けた。


「先程も申し上げましたが、クルーエルア王国では貴族以上の者に限りクルーエルアを名乗ることが義務付けられています。クルーエルアを名乗る者は、有事の際に王国側の命令に従う義務があり、その見返りとして恩恵を受けています。しかし当然不利益もあります。クルーエルアを名乗り続ける限り他国への移住を許しません。また、名前から国名を破棄すれば、我が国への入国は二度と許されません。要人にとってクルーエルアを名乗るということは国を背負うという意味でもあります」


 ティアナ姫はそこで一拍置き話を続ける。


「しかし民についてはクルーエルアを名乗ることを義務付けてはいません。民がクルーエルアを名乗っても貴族と同じ恩恵を享受できる訳ではありません。むしろ、一度国外に移住すれば帰国を許されなくなるという不利益の方が大きく感じられることでしょう。国名呼称登録申請を行う際にも説明はあったと思いますが、これらを踏まえた上でクルーエルアを名乗ることを受け入れられた理由について、差し支えなければお話し願えないでしょうか」


 ティアナ姫の長い説明が終わる。父さんはティアナ姫の目を逸らさず真剣に聞いていた。父さんは立ち上がり、俺の後ろに立ち、俺の肩に手を置き口を開いた。


「息子や娘のためだ。ローズが死んでから俺も日々考えた。こいつが騎士校に入ってからもずっと。そして俺がしてやれるのはこれくらいだと思ったからだ」


 父さんを見上げる。


「ガルシアは俺に自身の死を告げて去った。そして実際に死んだという話を耳にした。だが俺は未だにガルシアが死んだという実感が湧かない。あの朝のようにいつかひょっこり顔を出すんじゃないかと、四年前からずっと、俺は同じ時間に仕事を始めている」


 父さんの目は真っ直ぐに、その言葉を証明するように決意を映し出している。


「こいつが騎士となればガルシアと同じようにどこかへ行かねばならないこともあるだろう。もしその時帰ってこれなくなっても、いつかクルーエルアに戻ってくるなら、国名を含めたアルフレッド=テイル=クルーエルアはこの国に一人しかいないんだ。見付けるのは簡単だろう」


 父さん……。


「それに……もしローズが生きていれば……。生きていれば……。あいつが帰ってくる家はここしかないんだ。だったら父親の俺があいつの帰ってくる家を守っていてやらなくちゃ、あいつを迷子にしてしまうだろ」


「あんた……」、「お父さん……」。母さんやエリーが声を漏らす。


「だから俺は死ぬまでこの国を離れるつもりはない。いや、死んでもこの国にしがみつき続ける。それが、俺が国名を名乗ろうと決めた理由だ」


「父さん……」


 俺も思わず声が漏れてしまった。それを聞いていたティアナ姫は一度目を伏せる。そして、暫くしたのち、優しく微笑み口を開いた。


「名乗られるに至った理由が納得のいくもので、クルーエルアの王女として大変嬉しく思います」


 そう口にしたティアナ姫は、何故かどこか寂しげだった。


「アルフレッド様がクルーエルアを名乗られていたことも実は大きな後押しとなっています。国名登録審査を問題なく通過していたということですから」


 そういえばそうか。考えもしなかったが、俺は騎士校内での王国騎士試験に一度落ち、その後に特例として任命された。他の十一名に関しては元々貴族以上の上、正規の期間を経て騎士就任の儀に至った。しかし俺に限れば、王国騎士としての資格は得たものの、騎士就任の儀までに、途中ティアナ姫が口にしていた俺本人とその周辺の身辺調査があったはず。つまり王国側は、騎士就任の儀までの僅か数日で俺とその周辺を洗い、民から王国騎士に就任する場合に贈呈する特典なども調べ上げ、その結果問題がなかったため、王国騎士就任を許諾したということだ。それだけのことを短期間で調べる必要がある中で、一つでも問題なく通過できる証明があるのであればそれに越したことはない。結果的に父さんの取った行動は、俺が王国騎士になる手助けとなったわけだ。


「父さん、ありがとう」


 父さんを見上げる。父さんは、「こんな嬉しくない感謝のされ方は初めてだよ」と笑い、俺の頭を撫で再び椅子に座った。


「長くなり申し訳ございませんが、これまでの話を総括し、本題に移らせて頂きます」


 父さんが椅子に座り、向き直るのにあわせ、ティアナ姫が口を開く。


「いくつかの巡り合わせはございましたが、昨日騎士剣を得たことにより、"彼"には同時に爵位が贈呈されております」


 父さんを見つつティアナ姫は俺へ手を向け説明する。


「途中説明させて頂きましたが、これは王国騎士となった本人のみならず、その者と同じ血筋の者も対象としています」


 先程聞いた時も気になった、同じ血筋の者……。その理屈だと俺と父さんたちは……。


「今回王国騎士となった"彼"。"彼"は、失礼ながらアルフレッド様の本当のご子息ではございませんね?」


 父さんは特に乱すこともなく、「ああ、そうだ」と言い頷く。


「そういうこ……」


「だから爵位なんてそんなもの、俺はなくても構わない」


 ティアナ姫の言葉を遮り父さんが話す。


「え、いえ、そういうわけではなく!」


 ティアナ姫は慌てて説明を続けようとするが、父さんの声がティアナ姫の言葉に被さる。見たところ、父さんはいつもの調子を取り戻したようだ。しかし、ティアナ姫の態度を見る限り、恐らく父さんは勘違いをしていると思う。俺は立ち上がりかけたが、その前に父さんは言葉を続けた。


「さっき話したが、俺はここで待つって決めたんだ。こいつ一人が貴族の住まいとやらに行っても俺はこいつの父親だ。身分が違おうがそんなもの知ったこっちゃない。だから、血縁じゃないから爵位を贈呈できないと言われてもそんなもの一向に構わない」


 父さんは鼻息が聞こえそうな程自慢げに語って見せた。


 多分、俺の予想は当たっていたと思う。それが証拠に、ティアナ姫が眉をへの字にして困り果てている。ティアナ姫は先程まで見せていた王女としての顔を忘れ、ジークムント騎士長に、らしからぬ情けない顔を向け助けを求めていた。ジークムント騎士長は目を閉じ何も答えない。リリィ様は壁に視線を向け、「ティアナ、減点」と小さく呟いた。


 父さんは、予想とは異なるティアナ姫たちの行動に、未だよく分かっていないようだ。そんな父さんを横目で見ていると、今度は母さんが立ち上がり父さんの隣に行く。一瞬母さんの手がくうを切ったと思ったら、父さんが空を舞っていた。


 絶叫が響いたのち、父さんが床に倒れ大きな音を上げる。兵士の方の一人が、今度こそ何かあったのかと思い飛び込んできたが、「持ち場へ戻れ」とジークムント騎士長が告げると、兵士の方はまた戻っていった。


「あんたの悪い癖だよ! 最初は大人しく人の話を聞くくせに、少し饒舌じょうぜつになったと思ったらこうだ。他人様の話は最後まで聞けと何度言ったら分かるんだい」


 母さんが父さんを蹴りつける。父さんは意識を失っているのか、既にこの場にいないようだ。エリーが父さんを介抱し、カールが母さんに「みっともないからやめてよ」と言っているが、母さんは気絶している父さんの胸倉をつかみ文句を垂れている。


「ええっと……」


 ティアナ姫は俺に視線を向け助けを求めている。俺は、「後で伝えておくのでこのまま話してもらってもいいですか」と伝えるが、ティアナ姫はどうしたものかと視線を泳がせている。「王国騎士として」と付け加えると、渋々ながらティアナ姫は話してくれた。


 内容は概ね予想の通りだった。同じ血筋ではないものの、父さんの人柄、母さんの人望、カールも騎士志望であること、テイル家そのものの評判。そしてローズお姉ちゃんの術士校での勤勉さと将来残したであろう功績を加味し、「爵位を贈呈するに値すると判断した」、とティアナ姫は説明した。それに対し俺は、


「きっと父さんなら、その話を聞いても先程と同じ返答をしたと思います」


 と答える。しかしティアナ姫は、


「そうかもしれませんが、王国としては本人の回答を頂かなければ手続き完了という訳には参りませんので」


 と、ジークムント騎士長へ手を出し、騎士長からまた別の書筒を受け取り、溜息を吐きながら中から一枚の誓紙を取り出した。


 それはテイル家に爵位が贈呈されたことを示す証明書だった。既にリリアナ=アリアス=クルーエルア王妃の署名があるが、父さんが記名するのだろう署名欄と、父さん本人の署名だということを保証するために、ティアナ姫が記名するのだろう欄が空白となっている。


 俺みたいな世間知らずには考えも及ばなかったが、正規の手続きとはこんなにも大変な過程を踏まなくてはいけなかったのかと思い知らされた。シグが言っていた、「政治は理解している」の一言には、こういうことも含まれているのだろうと今更ながらに感心した。


 その後、水を掛けられ父さんは無理矢理起こされた。途中説明を聞いていないにも関わらず、「爵位の件は慎んで辞退します」と、頭から水を垂らしながら笑顔で答えていた。しかし住まいの件に関しては、俺だけはそっちに住むように、垂れる水で床に水溜まりを作りながら父さんから勧められた。


「お前が望むことの第一歩なんだろう? だったら胸を張りその責務を果たしてこい」


 と、背中を濡れた手で叩かれた。


 その後すぐ、どこに住むかという話になった。割り当てられる邸宅は俺一人で住むには広すぎるだろうし、王国騎士なのだからすぐに駆けつけられるに越したことはないということで、今は使われていない客間の一室に住むことを提案された。俺はその案に同意し、二日後の日没より城内に住むことになった。ちなみにエリーに、「またお兄ちゃんがいなくなる」と泣かれた。


    ◇


 お三方を見送る。玄関を出る際ティアナ姫に、「エスコートして頂いても宜しくて?」と言われたため、すぐ家の前に止めてある馬車までティアナ姫の手を取り、付き添わせてもらった。ティアナ姫は「ありがとう。二日後楽しみに待っています」と言葉を残し、笑顔で馬車に乗り込んでいった。


 続いてジークムント騎士長とすれ違う。他の兵士同様敬礼し見送る。その際ジークムント騎士長が、「明日は、グランニーチェは騎士校にいる」と小声で話し、馬車に乗り込んでいった。予想はしていたが、今日俺が騎士校に行っていたことをやはり騎士長はご存じだったわけだ。


 最後にリリィ様が俺の前を通り、乗り込むのかと思いきやそのまま扉を閉める。そして俺へと向き直り、真っ直ぐに俺を見た。リリィ様は室内では壁を見ているだけで何を考えているのか分からなかったが、ティアナ姫が涙を流した時はまるで家族のように心配し抱きしめていた。ティアナ姫とはどういう関係なんだろう。


「減点」


「……えっ?」


 リリィ様が俺にそう告げる。急に言われてどういう意味なのかわからなかったためリリィ様に聞き返した。


「あの、リリィ様。減点とは?」


「更に減点」


 なんだか分からないが更に減点された。


「"きみ"の方が身分は上なんだから私のことはリリィと呼んで。様なんて敬称、寒気がするわ。只でさえ暑い法衣で鬱陶うっとうしいのに」


 暑いのなら多少の寒気はむしろ心地良いんじゃないだろうか。という的外れな疑問は隅に置いておいて、身分は上と言われたが、リリィ……が実際どの身分にいるか分からない以上、正直呼び捨ては気が引ける。聞きたいことはいくつかあるが、先に乗り込んだティアナ姫やジークムント騎士長を待たせるわけにもいかない。


「分かりました。リリィさん。今日はわざわざ足を運んでくださりありがとうございました」


 頭を下げる。しかし、頭を下げた瞬間に『さん』を付けてしまったことに気付いた。「しまった……」と顔を上げると、案の定リリィさんがさげすむような視線で俺を見ていた。


「減点。そんなんじゃお坊ちゃまの代わりなんて務まらないわよ。もっと堂々としないと」


「お坊ちゃま……?」


 誰のことを言っているのか分からない。お坊ちゃま……。お坊ちゃま……?


「あれ? 騎士校時代シグムントが執着していた騎士って"きみ"のことじゃないの? 弟からよく聞かされたけど」


 騎士校時代シグムントが執着していた騎士……。シグムント……。今シグムントって……!?


 リリィ……が馬車の前に座り手綱を握る。シグのことを呼び捨てにしていることも驚いたが、御者ぎょしゃだったことにも驚かされた。


 この人? この方? 何者だ!?


 俺が驚きながら見ていると、俺の視線を感じ取ったリリィが再びこちらを向く。手綱を弱めに打ち付け、夜の街に響かない程のゆっくりした足つきで馬が馬車を引いていく。兵士たちが馬車の周囲を囲むように続き、リリィはぎりぎり聞こえる距離で俺へと口を開いた。


「護衛術士、リリィ=エルミナス=クルーエルア。では二日後また。ごきげんよう」


 ゆっくりと馬車が進んでいく。馬車に続いていた最後列にいた兵士の方が俺の前で止まり大きく頭を下げた。その方は、先程俺を不審者と勘違いし疑った兵士の方だった。頭を上げたのち、足早で馬車を追い掛けていく。


 護衛術士だということは予想通りだったので驚かなかった。だけど驚かされたのは別の理由だった。


「俺の勘違いじゃなければエルミナって確か……」


 リリィは確かにそう名乗った。リリィ=エルミナス=クルーエルアと。エルミナといえば……。


「アリア家から分かれた家系……。王族じゃないか!」


 何が「"きみ"の方が身分は上」だ。しかも「弟からよく聞かされた」とも言っていた。じゃあ、リリィは、あいつの……。シグに勝るとも劣らない、俺たち十二人の王国騎士でも最高位に位置すると呼ばれた……。


「アルヴァ(アルヴァラン=エルミナ=クルーエルア)の姉じゃないか!」

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