Episode.1-12

 ティアナ姫は涙をぬぐい、リリィ様に「大丈夫」と告げる。リリィ様は躊躇ためらいながらも元の位置に戻り、ティアナ姫は続けてガルシアさんの遺言ゆいごんを読み上げていった。


「"少年"はうらんでいなかった。姉を殺した者たちも、姉を守ってやれなかった王国も、誰も。只々己の無力さを嘆いていた。私はその時に思った。この"少年"は騎士になるべきだと。"少年"が騎士校へ入校することが決まり嬉しい。だが私にはやるべきことがあり、"少年"の成長を見守ることができない、それが何より残念だ。もしこれを誰かが見た時、これを私の遺言ゆいごんとしてほしい。あの"少年"が、学長の推薦に値する騎士となりながら、それでもなお王国騎士を目指す上で証人が足りぬというのなら、ここに、私、ガルシア=ロエフ=クルーエルアが"少年"を王国騎士に推薦する」


 そこでティアナ姫の言葉が途切れた。遺言には他にも多くのことが書かれていたが、俺に関係した内容はここだけのようだった。もっとも全文を読んだわけではないので定かではないが。


「以上が、ガルシア=ロエフの遺した言葉です。王国が行った調査の結果、あなたがこの国の生まれではないこと。更に言えば、クルーエルアに来るに至るまでの素性が一切分からないこと。それらも全て把握しています」


 流石。というより、当然といえば当然か。


「現騎士校学長と現騎士長、加えて当時現行の王国騎士の遺言。証人として申し分はありませんでした。しかし民から王国騎士へなるに至り、特典の一つ目にあるように、王国騎士となる本人以外も調査を行う必要がありました」


 そうか。貴族となることで、本人よりもその家族に問題がある場合もあるということか。


「では、四人目の証人というのは?」


 俺は思わず口を開く。ティアナ姫は頷いたのち、父さんへと視線を向け口を開いた。


「四人目の証人というのは、あなたです。アルフレッド=テイル=クルーエルア様」


 皆の視線が父さんへと向けられる。


「俺が?」


 父さんは、顎に手を添え視線を上に向け考え込んでいる。母さんもカールもエリーも父さんを見ているが、父さんは困った表情をし頭を抱えていた。


「全く以て身に覚えがないんだが」


 普段通りの父さんの口調。目の前にいるのが一国のお姫様だということなどお構いなしだ。


「ご安心ください。アルフレッド様については、私たちが人となりを確認して、証人として相応だと判断したまでです」


 ティアナ姫の言葉に、父さんはそれまでの態度を一転し、「どういう意味だ」と聞き返した。


「アルフレッド様、お二つ質問させて頂きます。あなたはどうして、"彼"の、騎士校入校を許……」


「俺は許可していない!」


 父さんは立ち上がり両の手で机を叩いた。肌で感じる父さんの叫びが響く。兵士の方の一人が何かあったのかと入ってきたが、「持ち場へ戻れ」とジークムント騎士長が伝えると、兵士の方は戻っていった。


「俺は許可していない。いや、するつもりはなかった」


 普段見ない父さんの怒った顔。ローズお姉ちゃんが死んだ時ですら涙一つ見せず家族を励まし続けてくれたのに……。こんな父さん、初めて見た。


「理由を聞かせて頂けませんか?」


 ティアナ姫が父さんに尋ねる。父さんは鬼のような形相をしながらも、一度目を閉じ、感情を押し殺すような低い声で語り始めた。


「俺は今でも後悔しているんだ。ローズの、あいつの術士校の入校を許可したことに」


 初めて聞いた父さんの胸中きょうちゅう。俺だけでなく、母さんもカールもエリーも、瞬き一つせず父さんを見ている。


「あんたらが知らないはずないだろう。術士校にいた俺の娘、ローズのことを」


「存じています」


 ティアナ姫が短く答える。


「四年前、あの子は術士校で起きた事件に巻き込まれ死んだ。死体は……確認が取れないほどに四散し、その場にあった四肢ししは誰のどの部位か分からないほどだったという」


 思い出したくもなければ忘れたいとも思うあの光景。俺の記憶に刻まれた悪夢の出来事。ローズお姉ちゃんを忘れることはないという幸せと、守れなかったという後悔の二つを記憶に刻み込んだ。


「自分の子供が殺されたというのに、守ってやるどころか死に顔すら見てやることができなかった。そんなことがあったすぐあとにも関わらず、息子が騎士になりたいと言ったんだ。許可できるはずがないだろう!」


胸中きょうちゅうお察しします」


 ティアナ姫が目を伏せる。


「だから俺は何があろうと騎士なんぞになることを許すつもりはなかった。もし、もしあの時ローズが術士になることを止めていれば、今も家族全員で暮らしているはずだった。いや、もしかしたらローズは嫁いでいてもおかしくない歳だ」


 父さんが肩を震わせる。必死に感情を抑えつけていることがわかる。


「そんなことがあったんだ。それなのにあの男は、他人ひとの気も知らないで毎日のように尋ねてきやがった……」


 あの男……?


「あの男とは、どなたでしょうか」


 ティアナ姫が尋ねる。父さんは椅子に腰掛け視線を逸らして答えた。


「死んだ奴を悪く言うのは気が進まないが、さっきあんたが話していた王国騎士。ガルシア=ロエフだ」


「……えっ?」


 思わず声が漏れる。


 初耳だ。ガルシアさんと父さんに接点があったなんて。


 ティアナ姫はジークムント騎士長へ顔を向ける。しかし、騎士長も同様「初耳です」と答えるように視線で返していた。


けなすわけではないが、今思い返しても騎士らしくない奴だった。腕は確かなのだろうが、心根が優しすぎた」


「ジークムント。ガルシア=ロエフについて、皆さんに説明していただけるかしら?」


父さんの言葉を受けて、ティアナ姫がジークムント騎士長に説明を促す。


「ガルシア=ロエフは、ロエフ家の末子、三男として生を受けました。兄二人はお世辞にも剣才に恵まれていたとは言えず、ガルシア本人も同期の王国騎士と比べ卓越たくえつした力を持っていたとは言えません。彼と共に学び騎士となった者の中には、ガルシアが王国騎士となり自身がなれなかったことに抗議した者もいたと聞きます」


 そうだったのか。ガルシアさんとは騎士校への入校前に別れて以降、亡くなったという話を耳にしただけだった。術士校で俺を助けてくれたことと、騎士になることを薦めてくれたこと以外、俺はガルシアさんのことを何も知らない。


 ジークムント騎士長が続けて話す。


「しかしガルシアのり方、ガルシアの剣は、王国騎士に相応しいものでした。悪を許さず正義に邁進するその姿は、理想の王国騎士像であったと言えます。そしてこの度、彼の推薦で二人の王国騎士が就任しました」


「二人、ですか?」


 思いもよらぬ話を聞き言葉が漏れる。


「お前とシグムントだ。シグムントはガルシアから剣を教わり、お前はガルシアの推薦で騎士校に入校した」


 シグがガルシアさんから剣を……。全然知らなかった。


「アルフレッド様もおっしゃっていましたがガルシア=ロエフは優しすぎたのです。しかしそれが故の王国騎士だったともいえます。ただガルシアの場合、本人よりも」


「ジークムント。そこから先の話はここでは結構です」


 ティアナ姫がきつい口調でジークムント騎士長へ告げる。ジークムント騎士長は「申し訳ございません」と答え頭を下げた。


「なんだ? 本人よりも家族に問題があったとでも言うつもりか?」


 意外なところから声が上がる。ティアナ姫とジークムント騎士長の会話に父さんが割って入った。


「ガルシア本人よりも、ロエフ家に問題があった、と」


「アルフレッド様」


 ティアナ姫は別段取り乱すこともなく、毅然きぜんとした態度で正面から父さんを見ている。


「そしてその家族が起こした事件の汚名をそそぐため、ガルシアは命を懸け王国に尽くした」


 父さん……?


「失礼ながらアルフレッド様。どうしてをご存じでいらっしゃるのですか?」


 ティアナ姫が否定せず父さんに尋ねる。ジークムント騎士長は依然表情に変化はないものの、多少警戒をしている様子が伺える。ティアナ姫がと言い換えたあたり、父さんの話は本当のようだ。


 父さんは腕を組んだまま黙っている。この場の全員の視線が父さんに向けられている。父さんは黙っていたが、暫くしたのち、耐えられなくなったのか小さく呻き声のようなものを上げ口を開いた。


「ぬあああああああ! やっぱり俺には無理だ。隠し事をしながら腹の探り合いなんて性に合わん」


 父さんはぶっきらぼうに言い放ち、いつもの顔をして話を続けた。


「さっきは悪かったな、怒鳴ったりして。ローズの事となるとどうも上手く自分を保てないんだ。もう四年も経つのに」


 父さんが申し訳なさそうな顔をしてティアナ姫に謝る。


「いえ、こちらこそ。急なご訪問の上、配慮に欠けたお話を申し上げたこと、お詫び致します」


 ティアナ姫が頭を下げる。ティアナ姫が頭を上げるのに合わせ父さんは立ち上がり、「少し待ってな」と言葉を残し作業場へと入っていった。作業場からは少しだけ物を動かすような音が聞こえ、暫くして、手に少し厚めの書物を持って父さんは戻ってきた。父さんが書物を机の上に置く。見るからに民の家には不釣り合いな外装をした書物であり、誰がどう見ても父さんの所有物ではなかった。


「ガルシア=ロエフの日記帳だ」


「えっ……?」


 その場の全員が声を上げる。ティアナ姫がジークムント騎士長に目配せするが、さすがの騎士長もこの展開は予想だにしていなかったのか、驚きの表情をしていた。


 ティアナ姫が父さんへ視線を戻し、「拝見してもよろしいでしょうか?」と声を掛ける。父さんは、「そのために持ってきたんだ」と言いティアナ姫へ書物を差し出した。ティアナ姫は頭を下げ、書物を受け取り、ゆっくりとめくり読み進めていく。ジークムント騎士長も覗き込み確認をしている。リリィ様は相変わらずティアナ姫の後方で横を向き壁を眺めていた。


 それにしても、この場の誰もが抱いているだろう疑問がある。このあと説明があるだろうが、そもそも父さんとガルシアさんに接点があったというだけでも驚きなのに、父さんがガルシアさんの私物を持っていたことには驚きを通り越して疑念を抱かれても不思議ではない。父さん自ら持ち出してきたからまだ良かったものの、誰か別の者に見つかりでもしていたら、たとえ父さんの言葉が全て真実だったとしても信じてもらえないかもしれない。どうして只の民が、貴族の、それも当時の王国騎士の私物を所持していたのだろうか。


 ティアナ姫は一通り目を通し終わったのか、書物を閉じ机の上に置く。改めて父さんに向き直りティアナ姫は口を開いた。


「拝見しました。私見ではございますが、ガルシア=ロエフ本人の筆跡及び内容だと見受けました」


 ティアナ姫がそう口にしたということは、事実上王国がこれをガルシアさんの書いた書物と認めたようなものだ。ジークムント騎士長は目を閉じ下を向いている。黙して語らずということは、ティアナ姫と同じ見解ということなのだろう。


「アルフレッド様、率直なお願いがございます。この書の最後に書かれている内容だけ、本当かどうか、ご自身の言葉でご説明頂いてもよろしいでしょうか」


 ティアナ姫が父さんに尋ねる。父さんは先程までのような苛立いらだった様子はなく、落ち着いた顔付きで口を開いた。


「本当だ。その日記帳は、さっきあんたらが読んでいた遺書を書いた二日後の早朝に、ガルシア本人が俺の元に持ってきたんだ。……死ぬ前に」


「死ぬ前?」


 最後の言葉だけ明らかに声色を下げて話したがはっきりと聞き取れた。もしかして父さんは、ガルシアさんがという事実を知るよりも前に、ガルシアさんがという事実を知っていたということなのだろうか?


「アルフレッド様、このガルシア=ロエフの書いた書物。他の誰かには」


 俺の疑問を遮るようにティアナ姫が父さんに尋ねる。


「見せたことはない。ガルシア本人から受け取った四年前の早朝から誰にも。当然ここにいるこいつらにもだ」


 父さんの目は至って真剣、嘘を言っているようには見えない。後はティアナ姫がどう取るかだが。


「ありがとうございます。今日こんにちまでこちらを守り抜いて下さり本当にありがとうございます」


 ティアナ姫が深く頭を下げる。父さんとティアナ姫は俺の知らないところで会話をしていた。


 正直に言えば、ガルシアさんに関わる内容だから俺も知りたいと思った。だけど、父さんが俺を介さず、わざわざ王国の要人に直接渡したということは、俺が見るには早いか、俺が見てはいけない内容が書かれていたということなのだろう。ガルシアさんに直接手渡され、父さんだけが読み、今日王国へ返納した。少しだけ、ほんの少しだけ心が寂しいと感じた。


「アルフレッド様、こちら王国でお預かりしてもよろしいでしょうか」


 ティアナ姫がガルシアさんの書物を見つつ父さんに尋ねる。父さんは、「元々持っていたくなどなかった。やっと手放せる」と清々せいせいした表情で答えながらも、「条件付きで」と口にした。


「いずれ時期が来たとき、こいつには見せてやってくれ。俺は奴と男の約束をして誰にもこれを見せなかった。だけどそれは王国に返すまでだ。俺はもう見なくても内容を覚えている。だからといって俺が口にしていい内容じゃない。こいつには見る義務があり、当時のガルシアと同じ、王国騎士という立場になった責務がある」


 ティアナ姫は「はい」と答え、「お約束します」と優しく微笑んだ。

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