Episode.1-8

「決闘の儀にはそれぞれ役割がある。挑む側が宣言をし、挑まれる側はそれに応じるか決める権利がある。決闘の儀を了承し、第一幕を経て第二幕へ移行した際、必ずしも挑む側が平常心で挑んでくるとは限らない。その場合、ここで騎士としての歪みぶれを矯正するため、挑まれた側はそれを正す役割を担う」


 俺の説明を候補生たちは真剣に聞いている。俺はそのまま説明を続ける。


「これによりにごった剣筋を正され、挑む側は本来の自分と剣を取り戻す。そして第三幕にて、己を正した相手の剣を『正しく』受け入れることにより、第四幕を行う必要があるかを判断する。大雑把おおざっぱに説明したがこんなところだ」


 俺に質問をした候補生の子が感心した様子で俺を見ている。その子は「ありがとうございます」と言い頭を下げた。


 偉そうに語ったが、実際は「気に食わない」という理由で挑む奴がほとんどだ。それでも決闘の儀を通さない限り、私闘を禁ずる辺り、争いが起こったとしても、誰かが駆けつける時間的猶予が得られる、という意味で良いのかもしれない。これは俺の予想でしかないが、俺たちより遥か昔の世代で、騎士仲が悪すぎてできた規則だったりするんじゃないか、と思っている。


「一つ、聞いてもいい……ですか?」


 リンデトーラがそっぽを向きながら質問をする。先程と異なり敬語なのは微笑ましいところだ。俺は表情を和らげ「なんだい」と答え、質問を促した。


「その、最初生意気にも、決闘の儀を……お願いした時言ってたじゃないですか。俺では初撃を受け切れないって。でもさっき、体格も力の差も関係なく技量が全てだって。俺はてっきり力の差だとばかり思っていたのですが、違うんですか?」


 質問の内容に感心する。


 本当に大した少年だ。先程の説明からそこまで結び付けるとは。


 俺は候補生たちの後ろで見ている教官に視線を向け口を開いた。


「教官。彼の質問にどこまで答えていいですか?」


 候補生たちの視線が教官へと向けられる。教官はどうしたものかと頭を抱え、俺から視線を外し答えた。


「あー、まぁそうだなぁ。私は責任を取りたくないから、私より身分の高い王国騎士様が判断してくれ」


「はぁっ!?」


 候補生たちの前だというのに素っ頓狂すっとんきょうな声が出てしまった。


 責任を取りたくないって……。あぁ、そうか。今学長がいないから彼らに見せていいのか判断し兼ねるわけか。それにしてもこういう時だけ身分を盾にするのは如何いかがなものか。正式に王国騎士として任命されてまだ一日も経っていないというのに……。


 候補生たちの視線が今度は俺に集まる。俺は心の中でとても大きな溜息を吐き、腹をくくり、リンデトーラへ視線を戻し答えた。


「さっきも言ったが、クルーエルアの剣は体格や力の差に関係ない。技量が全て。もしきみが俺と同じ技量を身に付けていれば、今のきみでもおおよそ俺と互角に戦うことができる」


「えっ?」


 リンデトーラは口を開き驚いている。


 実際は体格も力の差も関係する部分はある。例えば第一幕において、剣と剣がぶつかり合った場合だ。言い換えれば、ぶつかり合わなかった場合には、先程から述べている通り体格も力の差も関係が無くなる。


「だけどきみはまだここで学んで日が浅い。きみ自身は相当の剣の腕と慧眼けいがんを持ってはいるが、クルーエルアの剣を修める騎士としては入り口に立ったばかりに過ぎない」


 一瞬だけちらりと教官に視線を送る。教官は俺の視線に気付き、俺から視線を外し明後日の方角を見て笑う。


 なるほど。こういう感情を抱いた時に私闘を禁ずるため決闘の儀があるのか。遠からずとは思っていたが、ことほか俺の予想は当たっているんじゃなかろうか。


 少しすさみつつある心を無理矢理静め、持っていた模造剣を構え直しリンデトーラに向き直った。


「構えて。そのあとは決して動かないように」


 俺の言った言葉の意味が分かり兼ねたようだが、リンデトーラは俺が言った通りに模造剣を構えてくれた。俺は肩で大きく深呼吸をし、一度心を落ち着けた。


「クルーエルアの精神は『風』。時に受け、時にかわし、時に荒ぶり、時に身を任せる。その基礎をこれからきみたちは学ぶ。そしてそれらを全て修めた者だけが騎士となれる」


 語りながら構える模造剣に、己の心を移しこむように精神を集中させる。


「先程のきみの問いに改めて答える。決闘の儀は勘違いされがちだが、技量の開きが大きければ大きいほど第一幕『始』が成立しなくなる。何故だか分かるか?」


 リンデトーラは微動だにせず俺の話を黙って聞いている。俺は、模造剣を握る拳に力を入れ、地を踏みしめる足に意識を送り、全神経をふるい立たせた。


「その答えがこれだ。忘れるな。力任せの剣ではやいばに風を乗せることなど絶対にできない。そして最初に言った騎士として認められる条件。それは、これを修得することだ」


    ◇クルーエルア城下町◇


 思い出しただけで頭が痛くなる。候補生たちの視線が痛かったとはいえ下級上期で見せていい剣だったとは思えない。焦ったり浮かれたりといった感覚はなかったが、何故あんな行動を取ってしまったのか。一度自分をかえりみる必要がある。


「学長や騎士長に怒られなければいいんだが……」


 俺の溜息交じりのぼやきに「何か言った?」とカールが隣で返す。恨み言の一つも思いつかないこともないが、当然だがカールに当たったところで仕方がない。粛々と己の落ち度を受け入れよう。


 たわいない話をしながら帰路を歩く。カールの入校からまだ数日しか経っていないが、カールが話す騎士校での出来事について、俺の時はこうだったなどと思い出話をしつつ家を目指す。


 騎士校から家まではやや距離がある。騎士校は元が民ではなく貴族以上を想定して建てられた。そのため、貴族たちの居住区一帯に近いところに建っている。城よりも貴族たちの居住区に近い理由は、単に城の周りに丁度良い土地がなかったからのようだ。民の立場としては、少しでも家から近いというのは有難い気はする。ただし、それなりに距離のある者たちは寮住まいが当たり前となっている。俺たちの家は城からずっと離れた所にある。当然、騎士校からもそれなりに距離がある。


 城から続く大通りを歩き続け、ある区画を曲がる。その先に家が見えたところでカールが伸びをしてはしゃぎ出した。


「久しぶりに帰ってきたー!」


 カールは嬉しそうに声を上げる。


「久しぶりって……一週間ぶりくらいだろ? それに明日も朝は早いのに戻ってきて大丈夫だったのか?」


 カールに尋ねる。俺の言葉にカールは振り返り答える。


「大丈夫だよ。そこは友達に言ってきたから。遅れるって」


 さも当然とでも言うように、早朝の自主訓練を「ふける」と公言したわけだが、ここは叱るべきではないだろうか。


「それにもう少し兄さんと話がしたかったんだ。だって僕が騎士校に入校する時には、兄さんは意識不明だったから……」


 徐々に、カールの言葉の語尾がかすれていく。


 そういえばそうだった。昨日俺が目を覚ました時点ではカールは家にいなかった。カールはかつての俺と同じように寮生活を選んだからいつも家に帰るわけにはいかない。俺が意識不明の中、騎士校に入校することになったなんて、悪いことをしたな。


「そうだったな。ごめん、カール」


「いや、謝らないでよ。なんていうか、その、兄さんがもう戻ってこないんじゃないかと不安になって。今日元気な顔を見たら、安心した反動で少しだけ家族が恋しくなったというか」


「カール……」


「家族がいなくなるなんて、もう見たくないから……」


 カールが目を伏せうつむく。父さんが見たら「何なよなよしてんだ! そんなんじゃローズに笑われちまうぞ!」とか言いそうだ。


 実際カールは臆病な面がある。カールが「騎士になりたい」と言い出したと聞いた時は驚いた。父さんも母さんも猛反対しただろう。カールは何故騎士になろうと思ったのか、どうやって父さんと母さんを説得したのか、その辺りはいずれ聞いてみたいと思う。


「カール」


 俺が呼ぶと、カールは短く返事をし俺を見る。俺は続けてカールに言葉を掛けた。


「とりあえず中に入れ。話はまた後でゆっくりしよう」


 そう言いカールの肩に手を置き、体を家の玄関へ向けさせる。その俺はきびすを返し、手を上げた。


「えっ。兄さん、どこ行くの?」


 カールが振り返り目を点にして俺を見ている。


「少し用事があってな」


 俺の言葉にカールは、「意味が分からない」とか「呆れた」とか言いそうな顔をして俺を見ている。


「あの、兄さん。さっきの僕の話聞いてた?」


「聞いてた。だから先に家まで送ってきたんだ。今日はきっとさっきみたいな話も出ると思っていたから。隠すつもりも黙っているつもりもない。元々今晩行くつもりだった。ただあそこは、誰かと一緒に行くところではないから」


 カールは俺の言葉に、「あぁ、そういうこと……」と口にする。俺の言いたいことを分かってくれたようだ。


「でも兄さんがいくら強いからといって、こんな時間に一人で行くなんて危険すぎるよ。四年近く経ってもまだ危険区域として規制が掛かっていることもおかしいけど。そもそもあそこは同じ街の敷地内とは思えない。騎士校でもあそこには近付くなってきつく言われてる」


「だろうな。俺の時もそうだった」


 相変わらず教育が行き届いているな。


「だったら明日でもいいんじゃないの? 昼間の明るい時間に行けば」


 カールの言い分はもっともだ。だけど。


「早めに報告しておきたいんだ、王国騎士になったこと。本当は昨日行くつもりだった。でもその時間はまだ人目があった。帰ったら帰ったでエリーが放してくれなくてな」


「兄さん……」


 カールは何か言いたそうな顔をしていたが、小さく溜息を一つ零し、口を開いた。


「分かったよ。でもさっきの僕の話も忘れないでよ。そうでないと今日帰ってきた意味が無くなっちゃうから」


「分かってる。すぐ戻るさ」


 そう言ってカールに手を振り、俺は元来た道を引き返した。


    ◇

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